面倒事
訓練終了後、シュウは血で汚れた服を着替えて街に繰り出そうとしたのだが、そこに事務局による放送が聞こえてきた。
「シュウ隊長は直ちにシンラ隊長の部屋にお越し下さい。シンラ隊長とレイナ隊長がお待ちです」
「ん?めんどくせぇな」
今日の『フェンリル』との訓練はなかなか楽しめ、シュウとしてはまだその余韻に浸っていたかった。
そのため高確率で戦闘に関係無いこの呼び出しは無視したかったのだが、隊長全員が対象の会議と違い名指しの呼び出しは無視した方が後で面倒になる。
そのためシュウは気は乗らなかったがシンラの部屋へと向かった。
シンラの部屋に着いたシュウは、キキョウにシンラが仕事部屋として使っている部屋に案内された。
そこには既にシンラだけでなくレイナもおり、二人を見て早々シュウは呼び出されたことへの苦情を口にした。
「ったく、訓練が終わってすぐに呼び出しやがって。何の用だよ?」
どうして自分が呼ばれたのかシュウは分かっていなかったが、ただの事務連絡ならリンシャかガドナーでよかったはずだ。
そう考えてのシュウの苦情だったのだが、それを聞いたレイナは不快気に口を開いた。
「あんたこの時間じゃないと本部にいないじゃない。私だって隊の訓練途中で切り上げて来たんだから文句言わないでよ」
「文句ぐらい言わせろよ。せっかくいい気分だったのに面倒な呼び出し食らったんだから」
どちらも不快気な表情で言葉を交わしていたシュウとレイナに横からシンラが声をかけた。
「お忙しいところ呼び出してすみません。しかし一つ問題が起こりそうだったのでこうして来てもらいました」
シュウはばれたら面倒になることはいくつも行っていたが、それを周囲に知られるようなへまはしていない。
そのためシュウはシンラの言う問題とやらに心当たりが無く、実際シンラが口にした話題はシュウが考えていたいずれとも違うものだった。
「今朝の新聞かニュースは見ましたか?」
「いや、昨日は訓練室で寝たからテレビは見てない。新聞はそもそも読まねぇし」
シンラとしては訓練室で寝起きしたというシュウの発言に突っ込みたいところだったが、シュウと話す時にこの程度のことをいちいち指摘していては話が進まない。
そのためシンラは淡々と本題を口にした。
「私たち隊長に対する情報開示要請に関する法律が来月には成立するそうです」
「ああ、そういや最近テレビとかでぎゃーぎゃー言ってたな」
今シュウとシンラが話している法律は去年から話題になっていたもので、簡単に言うと現在公の場での発言が禁止されている局長以外の隊長に会見を開くことをアイギスの議員が要請できるというものだ。
この法律はここ数ヶ月の間様々な報道機関で話題になっていたので、そういったことに大して興味が無いシュウでも知っていた。
それらの報道を見聞きした際にシュウは他の隊長たちが苦労しそうだなと他人事の様に思っていたのだが、シンラとレイナがシュウを呼び出したということはシュウがこの法律の標的になると二人は考えているのだろう。
そう考えてシュウは自分の考えを二人に伝えた。
「俺、てっきりセツナかリク、ヴェーダ辺りが呼ばれると思ってたんだけど、じいさんたちは俺が呼ばれると思ってるのか?」
「はい。セツナさんはさすがに議員の方々も呼び出さないでしょうから、この法律で狙われる可能性が一番高いのはシュウさんだと私たちは考えています」
確かにシュウの言う通り、失言を引き出すという目的を果たすためなら、まだ若いリクとヴェーダに会見を開かせるという手段は効果的だ。
シンラとレイナは王族に対するそれなりの情報網をもっており、王族が資産家でもあるリクとヴェーダの両親を取り込もうとして失敗したという話を聞いていた。
それを考えると王族がその報復でリクとヴェーダを狙う可能性はあった。
しかし議員、正確に言うなら彼らの裏にいる王族が一番目の敵にしているのはやはりシュウで、わざわざシュウを後回しにしてまで彼らがリクとヴェーダの会見を求めるとは考えにくかった。
今回の法律の成立自体に機構としてできることはないが、せめてシュウに覚悟だけはしておいてもらおう。
そう考えてシンラとレイナはシュウを呼び出したのだが、二人の話を聞いたシュウは呆れた表情を見せた。
「わざわざ呼び出すなんて何事かと思ったらそんな事かよ。……出なきゃ駄目か?」
実際に議員や記者たちを相手に質疑応答をすることになっても相手を言い負かす自信がシュウにはあった。
しかし勝ちの決まった勝負は得るものがあまりないので、できれば避けたいというのがシュウの本音だった。
「シュウさんがこの法律の対象になったにも関わらず呼び出しに応じなかった場合、最悪シュウさんが罷免される可能性があります」
「ふーん。別に困らねぇけど、まあ馬鹿共のせいでくびはおもしろくないか。分かった、分かった。もし呼ばれたらその場にいる全員ちゃんと潰してやるよ」
シュウがまともに会見を行えるかを心配して今回二人はシュウを呼び出したのだが、案の定過激な発言をしたシュウを見てレイナはため息をついた。
「言っとくけどその場で相手殴ったらくびじゃ済まないわよ」
シュウの予想通りの発言を聞き念を押しに来て正解だったと思っていたレイナだったが、そんなレイナの反応を見てシュウは表情を変えた。
「俺のこと何だと思ってんだ。相手が手ぇ出さなきゃこっちも何もしねぇよ。要するに口で勝てばいいんだろ?大丈夫、大丈夫。俺、口喧嘩超強いし」
レイナの心配をよそに余裕の表情を崩さないシュウを見て、シンラはとりあえず話を終えることにした。
会見の話をしている時に口喧嘩などという単語が出てくる時点でシンラはシュウの当日の言動が心配になったが、自分たちが忠告したぐらいでシュウが態度を改めるはずがないと最初から半ば諦めてもいたからだ。
「……聞いた話ではその会見には当事者の隊長以外は出席できないそうです。法律が成立した以上呼ばれたら行くしかありません。会見後のことは私たちで何とかするので、できるだけ穏便にお願いします」
レイナ同様シュウが会見で問題を起こすことを前提で話すシンラを見てシュウは心底心外だったが、口にしたのは別のことだった。
「へぇ、こっちからは俺一人か。そりゃ、まあご愁傷様で」
今回の件にある意味邪竜と戦う時以上の緊張感を抱いていたシンラとレイナに対し、シュウは最後まで普段通りだった。
シュウが去った後もシンラとレイナはその場に残り話をしていた。
「シュウの会見については私はもう諦めてますけど、それで王族がシュウの罷免までしてくると思いますか?私はさすがにそこまではしてこないと思ってるんですけど……」
シンラ同様レイナもシュウが公の場で発言する以上穏便に済むとは考えていなかった。
そうなると討伐局と事務局の局長を務める二人としてはその後の対応を考えないといけないのだが、王族の動きは正直レイナには予想できなかった。
レイナが普段はあまり見せない不安気な表情を見せる中、シンラは口を開いた。
「ボルス様たちはかなり意固地になっているようなので、会見の結果次第ではシュウさんが罷免される可能性はあると思います」
「どうしてそこまでシュウを目の敵に……」
レイナは何度もボルスたちに会っているためボルスたちが傲慢な人間であることは知っていた。
しかしボルスたちとシュウは会ったこともないはずで、シュウが外周部出身というだけでここまでボルスたちがシュウを敵視するのがレイナには理解できなかった。
しかしシンラにはボルスたちの気持ちが少しは分かった。
「ボルス様たちは人間関係で我慢したことが無いので、自分の思い通りにならない人間が許せないのでしょう」
大抵の人間は役職、年齢、血縁など様々な理由で頭の上がらない相手に人生で必ず出会う。
しかしボルスたちはシュウに出会うまでそういった人間に会ったことがなく、そのため怒りを制御できていないのだろう。
シンラもシュウに生涯で初めての敗北を喫した時はやり場の無い感情を抱いたものだった。
もっとも大抵の人間はそれを理性で表に出さず、それにより社会は成り立っている。
そのため良い言い方をすれば正直者なシュウとボルスたちではうまくいくわけもないとシンラは考えていた。
どちらにも会ったことがあるシンラはシュウとボルスたちのどちらも引かず、時期や程度の差こそあれ二人を中心とした機構と王族の衝突は避けられないだろうと考えていた。
例の法律が正式に成立するのは来月だと聞いているので、とりあえずこの問題は保留しよう。
そう考えたシンラはレイナを見送った後自室で仕事に励んだ。
シュウがシンラとレイナに呼び出された数時間後、リンドウは自室に兄のサンヨウを招き酒を酌み交わしていた。
「シュウ隊長はもう少し何とかならないのか?王族の方々に八つ当たりされるこっちの身にもなってくれ」
今の王族のシュウを始めとする外周部出身者への態度も決して褒めれたものではないが、それでもシュウがもう少し言動を改めれば今よりは波風が立たないだろう。
そう考えてのサンヨウの愚痴を聞き、リンドウは申し訳無さそうな表情をした。
「あの男に関しては俺も問題だと思っている。しかし何度注意しても無駄で、あの男は他の隊長たちからは慕われているから罷免も難しいだろう。悪いが我慢してくれ」
「はっきり言うが、……王族の方々は年に一人か二人は隊長に死んで欲しいと思っているぞ」
「……ああ、分かってる」
サンヨウが申し訳無さそうな表情で口にした発言を聞き、リンドウは表情を硬くしながら酒を飲んだ。
ここ数年隊長から殉職者は出ておらず、邪竜による街への被害も出ていない。
そのため機構は安定した運営を行えており、外部からの批判に対してもかなり強気に出ることができていた。
こうした現状が今の王族を始めとする機構に批判的な勢力にはおもしろくなく、彼らとしては隊長が適度に死んで機構の戦力が安定しないまま機構には邪竜との戦いを続けて欲しかった。
しかし機構の隊長たちや隊員たちは自分たちの命が懸かっているのだからそんな思惑に付き合う義理は無かった。
「俺たちは俺たちの仕事をするだけだ。兄貴も自分の仕事をがんばってくれ。王族の馬鹿な発言を適当に聞き流す。簡単な仕事だろ?」
「まったく、簡単に言ってくれるな」
からかう様なリンドウの発言を聞き、サンヨウは苦笑した。
サンヨウもここで自分たちが話し合ったぐらいで現状が変わるとは思っておらず、王族と機構の関係者の多くは来年のシンラ引退後に大きな動きがあると考えていた。




