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あいさつ

 シンラと別れてすぐに自分の部屋に向かったシュウだったが、シュウが部屋の前に着くと予定外のことが起こっていた。

 リクとヴェーダ、そしてリンシャが部屋の前で立ち尽くしていたのだ。


 先程リクには鍵を渡したし、リンシャもシュウの部屋の鍵は持っているので入れないはずがなかった。

 一体どうしたのかと思いながら三人に近づいたシュウにリンシャが気づいて現状を説明した。


「隊長にサインをもらう必要がある書類を持って来たんですけど、いきなり女の子に鍵を奪われてしまって…。その後リク隊長とヴェーダ隊長が来て、とりあえずシュウ隊長を待とうという話になりました」

「女?赤髪のポニテか?」


 シュウに質問にうなずくリンシャを見て、シュウはため息をついた。

 シュウの横ではリクとヴェーダもこの騒ぎを起こした人物の正体に気づき驚いた様子だった。


「お知り合いですか?」

「明日から俺の部下になるシンラのじいさんの孫娘だ」

「ああ、彼女が」


 ミアが『フェンリル』に配属されること自体は知っていたリンシャは、納得した様子でミアが入って行ったドアに視線を向けた。


「いきなり隊長室占拠とはやってくれるな。一体どういう教育受けたんだか」


 そう言ってシュウがドアを開けると、室内には一人の少女が仁王立ちで立っていた。

 少女の横には年季の入った大きな斧があり、室内にあった机に立てかけてあった。

 ミアは燃えるような赤い髪を後ろで束ね、鋭い視線をシュウに向けてきた。

 そんなミアの敵意すら感じさせる視線を軽く受け流し、シュウはミアに今回の暴挙の目的を尋ねた。


「よう、テロリスト。俺だからよかったが、他の隊でこんなことやったら即くびだぞ。何の用だ」

「私の上司になる隊長の腕を試しに来たのよ。弱い奴の下で戦うなんてごめんだから」


 ミアは不敵な笑みを浮かべながらシュウの質問に答えた。

「ふーん」


 ミアのシュウを小馬鹿にした様な表情にもシュウは気分を害した様子は無かった。

 シュウは気の無い返事をしながらミアの髪に目をやり、その後ミアの体を一瞥した。

 討伐局への配属が決まった時点で支給される隊服に身を包んでおり、どうやら本気でシュウとこの場で戦うつもりらしかった。


「ちょっと、あんまりじろじろ見ないでよ」


 シュウの遠慮の無い視線を受け、さすがに少し恥ずかしそうにしたミアにシュウは安心するよう伝えた。


「別にエロい意味で見てたわけじゃねぇよ。動きやすそうな体形でよかったな」

「なっ…」


 思わず起伏に乏しい自分の胸を押さえたミアに構わずシュウは話を続けた。

 シュウがミアの体全体に視線を向けたのは暗器の有無や筋肉の付き具合を確認しただけで、他意は一切無かった。

 そのためシュウには一切恥じるところは無く、ミアの平たい胸を見ても単に蹴りやすそうだと思っただけだった。


「戦いたいって言うなら別に構わないぜ。確か重力使いだろ?表に出な」


 身振りで外に出るようにミアを促したシュウだったが、ミアはその指示に従わなかった。


「別にそこまでしなくていいわよ。それなりに広いところならどこでも」

「じゃあ、ちょうど訓練室が空いてるからそこでやろうぜ。後ろの三人が観戦するけど構わねぇか?」

「別にいいわよ。あんたが恥かくだけだし」


 自分が負けることを全く考えていないミアを見て、シュウは苦笑した。

 おそらく多くのアイギス市民同様、シュウが序列通りの強さだと思っているのだろう。

 シュウへの恨みを考えないとしても、この勝気な性格ではシンラが『レギオン』に配属させないわけだと納得しながらシュウは訓練室に向かった。

 シュウ、そしてミアを追う形で歩いていたリク、ヴェーダ、リンシャの三人は、声を潜めながら前の二人について話していた。


「一対一、しかも接近戦でシュウさんに勝つのは難しいんじゃないでしょうか?」

「はい。というより接近戦でシュウ隊長に勝てる人なんていないと思います」


 ヴェーダの発言に答えたリンシャの発言を聞けば、シュウを知っている人間なら誰もが同意するだろう。

 シュウは本人が純粋に剣士として強いことに加え、『万物切断』の能力でどんな攻撃や防御も突破できる。


 さすがに広範囲攻撃は斬り裂けず回避するしかないが、コウガによる落雷攻撃も斬り裂いたことがあった。

 以前リンシャが興味本位でシュウに勝てる可能性があるとすれば誰かとシュウに直接聞いたことがあった。


 その時のシュウは、少し考えてからコウガとセツナの名をあげた。

 どちらも遠距離型の隊長だ。

 そういった事情を知っているリンシャもシュウに日頃稽古をつけられているリクとヴェーダもシュウの勝利を疑っておらず、一様にミアの心配をしていた。


「一番怖いのがミアさんが半端に強いせいでシュウ隊長が手加減し損ねることですが、こればかりはシュウ隊長を信じるしかないですね」


 リンシャがそう口にしたところで、一行は『フェンリル』に割り当てられた訓練室に到着した。

 ミアはついに迎えたシュウとの戦いを前に怒りと闘志を燃やしていた。

 見学者がいるという状況は予想していなかったが、シュウに精神的ダメージを与えられるという意味では好都合だった。


 自分が推薦した、しかも年下にすら序列を抜かれるような男が相手だ。

 相手が遠距離型なら負ける可能性もあったが、ミアは接近戦にも能力の威力にも自信があったので剣士であるシュウに一対一で負けるはずがない。

 ミアはそう考えていた。


 隊員二百人が一堂に集まり訓練をしても大丈夫な広さの訓練室は、シュウとミアの戦いの場としては広過ぎた。

 しかしそれを気にした様子も無くシュウとミアは部屋の中央で対峙した。

 そして戦いが始まろうかという時、ミアはここまでずっと気になっていたことを尋ねた。


「あんたその恰好で戦う気?」


 シュウは腰に刀こそ帯びているが、着ている服は討伐局の制服も兼ねた戦闘服ではなく普段着だった。

 本来なら会議の直後なのでリクとヴェーダの様に制服を着ているのが当然なのだが、隊長としての意識が希薄なシュウがそんなことを気にするはずもなかった。

 しかしミアが怒りを覚えているのはそこではなかった。


「今からあたしと戦うのよ?なめてんの?」


 シュウの能力は基本的に武器に使う能力なので、着ている服が普段着だろうと戦闘にあまり影響は無い。

 シュウの能力を知っているミアもそれは分かっていた。

 しかし戦闘ともなると服が破れたり汚れたりするので、普通は着替えるべきだ。


 実際シュウもリクとヴェーダとの訓練の前に着替えるつもりだった。

 それにも関わらず着替えていないということは、シュウがミアとの戦いがそれ程のものになるとは考えていないことを意味していた。

 この場でシュウを倒そうと意気込んでいたミアからすれば侮辱としか思えず、それが口をついて出たのだがそんなミアを見たシュウは呆れた様子だった。


「なめてる?少し腕に覚えがある程度で調子に乗るなよ?ほんとは刀だって使わなくていいぐらいだ」


 シュウが今回刀を使うのは、ミアが負けた時のショックを少しでも小さくしてやろうというシュウなりの配慮だった。


「それと俺が言っても説得力無いだろうが、討伐局に入るつもりなら年上への口のきき方には気をつけな」


 このシュウに発言に少し離れた所にいたリンシャたちが何か言いたそうにしていたが、シュウは無視した。


「もういいわ。さっさと始めましょ」


 これ以上シュウと話しても怒りが増すばかりだと考えたミアは武器を構えた。


「おう、殺す気できて構わないぞ。どうせ無理だから。後刀の切れ味は普通にするから安心してくれ」

「あっそ、せいぜいかっこつけながら負けなさい!」


 そう言い終わるやいなや、ミアは我慢の限界とばかりに一気に踏み込んだ。

 ミアが降り下ろした斧をシュウが刀で防ぎ、周囲に金属音が響いた。

 その攻防の直後、シュウは一瞬表情を変えると斧に視線を向け、そのままわずかに後退した。


 そこにすかさずミアが追撃を仕掛けた。

 シュウの左肩から袈裟懸けに斬りかかったミアに対し、シュウは刀で直接防ぐのではなく『空間切断』による障壁で斧の攻撃を防いだ。


 シンラが斬り裂いた空間の強度はレイナの障壁に匹敵し、これを一瞬で破壊できるのは今の隊長でもシュウ、シンラ、コウガの三人だけだ。

 斧の一撃程度で斬り裂けるはずもなく、シュウはミアに余裕の笑みを向けた。

 しかし余裕の笑みを浮かべたのはミアも同じで、その理由はすぐに明らかになった。


「あまい!そんなもの通用しないわ!」


 ミアはそう叫ぶと同時に斧から右手を離すと、右の手のひらに重力を凝縮して球体を造り出してそれをシュウの斬り裂いた空間に叩きつけた。

 空間が割れる音が周囲に響き、シュウの守りを突破したミアはそのまま左腕を振るってシュウに斧を振り下ろした。


 それをシュウは上体をそらすことで回避したが、ミアは斧に上方向の重力をかけて通常なら不可能な速度でシュウの胴体を狙った。

 その攻撃自体はシュウが斧を踏みつけることで防がれ、シュウはその反動を利用して後ろへと跳んだ。


 お互い魔力で強化した状態の斧と足がぶつかり、ミアの斧がシュウの足どころか靴さえ斬れなかった事実は魔力による物質の硬化技術の練度でシュウはミアを上回っていることを意味していた。

 今の攻防でそれを理解したミアは一瞬顔をしかめたが、シュウの防御の要『空間切断』を突破できたのだからまずは予定通りだった。


 ミアだって何の準備もせずにシュウとの戦いに臨んだわけではなかった。

 隊長と邪竜との戦いは毎回映像で記録されており、機構の一階にある図書館で閲覧できる。

 さすがに部外者が娯楽目的で見ることはできないが、機構の職員、あるいは討伐局入りが内定している者は自由に見ることができた。


 もちろん邪竜との戦いの記録なので、遠くから撮影されたものばかりで参考になるものは数える程しかなかった。

 それでもミアはシュウが邪竜と戦っているところをいくつか見て、シンラからも話を聞くなどして考えた結果、シュウとの戦いで一番厄介なのは『空間切断』による障壁だという結論になった。


 それと同じぐらい警戒していた『万物切断』を自分から使わないとシュウが言ってきた時は腹も立ったが、『空間切断』による障壁を突破できた以上ミアの勝利は確実になった。


(追い込まれて『万物切断』使ったら鼻で笑ってやるわ)


 そう考えながらミアはシュウを追い詰めるべく前に出た。


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