『妖精女王』
『妖精女王』により意識を奪われた後、ミロックが目を覚ますとミロックは部下三人と一緒に店の客席に座らされていた。
自分が一度意識を失った理由を思い出し、ミロックは慌てて立ち上がろうとした。
ミロックたちの同業者の間では『妖精女王』はシュウやセツナ以上の危険人物とされている。
仮にも隊長なのである程度は動向が把握できるシュウや刑務所に入っているセツナと違い『妖精女王』は神出鬼没だからだ。
出会ったらそこで人生終了とまで言われている『妖精女王』相手に話し合いをしようとする程ミロックたちは平和ボケはしていなかった。
洗脳される前に何とか自分だけでも逃げなくてはと考え、ミロックだけでなく部下三人も席を離れようとした。
しかしミロックたちが腰を上げようとすると動きが何かに阻まれ、不思議に思ったミロックたちが自分の体を見るといすから生えた鎖がミロックたちの腰から下に巻きついていた。
ミロックたちは『妖精女王』の能力は当然知っていたので、この鎖は幻術によるものだろうと判断した。
幻術の鎖で本当に動きを封じられるわけがなく、意識をしっかり持てば動けるはずだと考えてミロックたちは再び動き出そうとした。
しかしミロックたちがいくら体を動かそうとも鎖はびくともせず、ミロックたちの動きに合わせて幻のはずの鎖から金属音が鳴るだけだった。
いくら試してもミロックたちは逃げるどころか席から離れることすらできず、程無く絶望した様子で四人全員が動くのを止めた。
そんな四人を見てこれまでミロックたちの無駄なあがきを冷めた目で見ていた『妖精女王』が口を開いた。
「もう気は済んだ?」
この『妖精女王』の発言を聞き、ミロックたち恐る恐る視線を『妖精女王』に向けた。
そんなミロックたちの視線を受け、『妖精女王』は不思議そうな顔をした。
「どうしたの?さっきまで元気にしゃべってた。僕に遠慮する必要は無いから好きにしゃべっていい」
ミロックは『妖精女王』に見つかった時点で問答無用で危害を加えられると思っていた。
そのため動きを封じる以上のことをしてこない『妖精女王』を見て、ミロックは何とか交渉できるのではと考えて口を開いた。
「俺たちが悪かった。もう二度とこの店には来ないから許してくれ。この通りだ」
こう言って頭を下げたミロックを見ても『妖精女王』は表情を一切変えなかった。
「悪かったって何について謝ってる?」
「……店内でたばこを吸って床に捨てたことと大量の料理を頼んだこと、そして料理に虫の死体を乗せて店で騒ぎを起こそうとしたことを謝っている」
ミロックも謝っただけで『妖精女王』が自分たちを解放するとは思っていなかった。
そのため『妖精女王』に自分たちが店に行った嫌がらせの内容を具体的に口にするように言われてもミロックは特に動じなかった。
嫌がらせの現場を『妖精女王』に押さえられた時点でほとんど詰んでいるのだ。
『妖精女王』の発言に動じている余裕など今のミロックには無く、この場を切り抜けるためなら土下座でも何でもするつもりだった。
しかしミロックの謝罪を受けた『妖精女王』はわずかながら不快気な口調でミロックに話しかけてきた。
「あなたが悪いと思ってるのはそれだけ?」
「え?」
自分の謝罪に対する『妖精女王』の反応にミロックはどう返事をするべきか分からなかった。
喫煙しながらの入店、大量の料理の注文、そして料理への虫の死骸の混入。
これらがミロックたちがこの店に入ってから行った行為だ。
まだこの店で暴れてはいないので『妖精女王』が自分たちを非難するならこの三つについてのはずだ。
これ以上何について謝れというのか。
『妖精女王』に内心不満を持ちながらもミロックは必死に『妖精女王』が求めている答えを考え、一つ自分が見落としていたことに気がついた。
「すまない。予約席に勝手に座ったことを忘れていた。これについても謝らないといけないな。すまなかった。ところでこの席を予約していた客がそろそろ来るかも知れない。もう逃げたりはしないから席だけ変えさせてもらえないか?」
このミロックの発言を聞きミロックの部下たちは自分たちへの拘束が解かれるのではと期待した。
ミロックも本来この席に座る予定だった客のことなど知ったことではなかったが、席を移る際に少しでも逃げるチャンスができればと期待していた。
しかしミロックの要望に対する『妖精女王』の発言を聞き、ミロックたちは自分たちが最初から『妖精女王』の手のひらの上だったことを思い知らされた。
「この席に予約なんて入ってないから安心して欲しい。それを置いておけば嫌がらせ目的で来た人間はそこに座るだろうと思って置いてただけ」
『妖精女王』がそう言うと予約席と書かれていた札が紫色に光る蝶数匹に変わり、やがてその蝶も粒子となり消えた。
「ここは店の隅だから少し騒いだぐらいじゃ目立たない。本当にいい席」
自分たちがまんまと誘い込まれたと知りミロックたちは絶望したが、『妖精女王』の指摘はまだ続いた。
「この席に座ったことは僕が用意した罠だから何も言わない。で、他に謝ることは無いの?ちゃんと謝ってくれないといくら言葉だけで謝っても信じられない。これが最後の質問。他に謝ること無いの?」
『妖精女王』にそう問いただされてもミロックには他に謝らないといけないことなど見当もつかなかった。
そんな中ミロックの部下の一人が口を開いた。
「まさか店員にたばこの煙吹きかけたこと言ってるんじゃねぇだろうな?あれぐらいでいちい、おげっ、」
ミロックの部下の文句を聞いた『妖精女王』は男に最後までしゃべらせず、無言で男の腹部に巻きついていた鎖を締めつけた。
突然体が鎖で締めつけられて声を出せなくなった男を見てミロックたちは恐怖から一言も発せなくなった。
幻のはずの鎖で動きを封じられている時点でミロックは『妖精女王』の能力の練度は理解しているつもりだった。
しかし幻術で創られた鎖で締めつけられて苦しんでいる部下を目の当たりにし、ミロックは『妖精女王』への評価を上方修正した。
しかし『妖精女王』の恐ろしさを再認識したところで現状を打破できるわけでもなく、ミロックたちの恐怖の時間は続いた。
「あれぐらい?たばこの煙を相手に吹きかけるのってそんなに軽いこと?この男は殺そうかな」
最後の部分はつぶやく様に言った『妖精女王』を前にミロックは慌てて口を開いた。
「わ、悪い!俺の教育不足だ!店員への非礼は謝るし、他に俺たちが気づいてないことがあっても許してくれ!もう二度としない!」
このミロックの発言を受けて『妖精女王』は男への攻撃を止め、男たちにここから帰るための条件を伝えた。
「僕は『千刃』に命令されてここに来た。『千刃』からはこの店でふざけたことをした人間は全員殺せって言われてる。あなたたちを洗脳して自殺させるのは簡単だけど、僕は人を殺すのはあまり好きじゃないからあなたたちが罰を受けるなら今回は見逃してもいい」
「な、何をすればいいんだ?」
まさか本当に見逃してもらえるとは思っていなかったので、ミロックは『妖精女王』の発言を聞いて食い気味に質問した。
ミロックの部下たちも期待を込めた視線を『妖精女王』に向ける中、『妖精女王』はミロックたちを解放するための条件を口にした。
「とりあえずここにある二十人前の料理は全部食べて。一人五人前ずつ食べて全員が食べ終わったら解放する」
『妖精女王』のこの条件を聞きミロックたちは少し考え込んだ。
しかし洗脳されてこれから一生農業を強制されることに比べたら『妖精女王』の出した条件ははるかにましだったので、ミロックたちは『妖精女王』の出した条件を受け入れた。
定食五人前は正直きついが文字通り一生がかかっているのだから死に物狂いで食べるしかないだろう。
そう考えてミロックが目の前の定食を食べようとした瞬間、ミロックたちの動きを封じていた鎖が消えてミロックたちの両腕が自由になった。
その代わりミロックたちの脚はひざまで石化していたので逃げることはできないままだったが、すでに逃げる気力を失っていたミロックたちには大した問題ではなかった。
しかし『妖精女王』の与える罰はここからが本番だった。
食事を始めたミロックたちは定食に乗った虫の死骸をどかそうとしたのだが、『妖精女王』はそれを許さなかった。
「何をやってるの?それも食べて」
「いや、こんなもの食べられるわけ……」
親指程もある虫の死骸を前にミロックがためらう中、『妖精女王』は表情を変えることなく口を開いた。
「どう見ても営業妨害に来たあなたたちをただのマナーの悪い客ということにして見逃してあげるんだから、それは持ち込みのトッピングってことにしないといけない。ただ誤解しないで欲しい。僕は命令してるわけじゃない。嫌なら別に食べなくていい。あなたたちの人生をもらうだけ」
そう言うと『妖精女王』は頭をつかむ様な形で手を差し出してミロックたちに視線を向けた。
ミロックたちの前に姿を見せた時から一貫して『妖精女王』は淡々とした態度を崩しておらず、『妖精女王』はミロックたちに警戒心はもちろん嫌悪感すら抱いていない様子だった。
そんな『妖精女王』を見てミロックは一生洗脳されるぐらいならと意を決し、虫の死骸を食べることにした。
しかしミロックの部下の一人、クバーナはそれが我慢できなかったようで、自由になった右手を『妖精女王』に向けた。
そのまま能力で創り出した火球を『妖精女王』に撃ち出そうとしたクバーナだったが、なぜかクバーナの能力は発動しなかった。
何度試しても能力が発動せず、それどころか魔力を高めること自体ができなくなっていたことに気づきクバーナは愕然とした。
そんなクバーナに『妖精女王』が話しかけた。
「知らないみたいだから教えておく。僕みたいな強力な幻術能力を持っている能力者に完全に感覚を支配されると魔力も能力も使えなくなる」
この『妖精女王』の発言を聞きミロックたちも能力を使おうとしたが、『妖精女王』の言う通り能力の発動も魔力による身体強化もできなかった。
「店の前で僕に待ち伏せされた時点であなたたちの負け。首の火傷にも気づいてないんだから僕には勝てない」
そう言って『妖精女王』が今までミロックたちの首にできた火傷にかけていた能力を解除すると、ミロックたちは一斉にうめき声をあげて突然痛み出した首に手をやった。
「い、一体何をした?」
『妖精女王』に攻撃された覚えが無かったため、動揺しながらもミロックは現状把握のために『妖精女王』に何をしたのか尋ねた。
それに対する『妖精女王』の答えは簡単なものだった。
「あなたたちが床にたばこを捨てようとしてたからあなたたちを洗脳して自分の首でたばこの火を消させただけ。その時の記憶は消したから覚えていないのは当たり前」
すでに『妖精女王』が自分たちに能力を使っていたこと、そして『妖精女王』がその気になれば自分たちの記憶すら消せることを知り、ミロックたちの心は完全に折れた。
もはやミロックたちにとっては首の痛みなど取るに足らないもので、一刻も早くこの場を立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
こうしてミロックたちが定食に手を伸ばそうとする中、クバーナはまだ『妖精女王』に屈しておらず、机に乗っていたフォークを手にすると『妖精女王』目掛けて投げつけた。
クバーナが投げつけたフォークは『妖精女王』の首に刺さり、その後『妖精女王』が倒れたと思ったら『妖精女王』の体が紫色に光る無数の蝶に変わった。
その後その蝶の群れはクバーナに襲い掛かり、クバーナは必死に自分にまとわりつく蝶を振り払おうとした。
しかし幻に過ぎない蝶は力ずくでは振り払えず、数秒後蝶の群れが消えるとクバーナは意思を感じさせない表情で口を開いた。
「さっきも言った通りある程度のマナー違反は大目に見るけど僕への攻撃はさすがにアウト。そもそも幻術使いが正直に姿を現すわけない。あなたたち、自分たちが三人で来たこと忘れてるでしょ」
このクバーナを通じての『妖精女王』の発言を聞き、ミロックたちは自分の同行者たちに視線を向けた。
ミロックを含む全員が店に入る前から自分たちは確かに四人いたと記憶していたが、自分の記憶が信じられない今の状況では『妖精女王』の発言の真偽は分からなかった。
いくら『妖精女王』でも長期間の記憶をいじるとなるとそれなりに手間がかかる。
そのためいつどこから来るか分からないミロックたちの様な人間を待ち伏せてあらかじめ記憶をいじるのはさすがに難しいので、ミロックたちが元々三人連れだったという『妖精女王』の発言は嘘だった。
しかし自分の記憶、感じる痛み、そして自分の同行者と何一つ信じられない状況でこの『妖精女王』の嘘を見抜けるわけも無く、ミロックたちは大人しく食事を始めた。
しばらくは普通の食べ物だけを食べていたミロックたちだったが、そこに『妖精女王』が声をかけてきた。
「さっきも言ったけど虫も食べないと駄目だから気をつけて。全部食べるつもりなら僕この後キャペスとかいう人のとこに行かないといけないから急いで欲しい」
キャペスというのは今回のミロックたちの雇い主で、この名はミロックしか知らないはずだ。
それにも関わらず『妖精女王』はキャペスの名を知っていた。
予想はしていたが自分が洗脳されて今回の件について洗いざらい聞き出されていたことを知らされてミロックは呆然とした。
ここで虫を食べなかったら『妖精女王』に何をされるか分かったものではない。
そう考えてミロックは虫の死骸を口に含んだ。




