評価
残ったミアは出力こそ高いが特に変則的な技は持っていないため、手負いとはいえ隊長に一対一で勝てる見込みは無い。
すでに勝負あったと判断したシュウは呆れた様子で口を開いた。
「地味子の奴、人間相手の技ばっかり覚えやがって。殺し屋にでもなる気かよ」
一見無敵に見える『メリジューヌ』だったがそれは相手が人間だからの話で、邪竜を相手にする時はほとんど役に立たない。
『ウロボロス』と『メリジューヌ』のいずれもあまり大量のものを取り込めないからだ。
サヤの能力に使う血液はあくまで毎日少しずつ貯めているだけで、血液を能力で大量に作り出しているわけではない。
現時点でもサヤはかなり無理して討伐局所属の他の能力者と比較しても多目の食事を取っているらしいので、これ以上サヤが一回の戦いで使える血液の量を増やすのは難しかった。
もちろん今後サヤが能力で血液を作り出せるようになる可能性はあるが、予兆すら無いただの希望を今後の戦術に組み込めるはずもない。
またこの問題が解決したとしてもサヤが毒物に近い邪竜の体を取り込めない以上、サヤの能力を邪竜との戦いで攻撃に使うのは難しかった。
「でも血を切り離して操ればサヤさんが苦しむこともないんじゃないですか?」
シュウ同様すでに勝負はついたという表情でリクはサヤの戦闘方法の改善策を口にし、それを聞いたシュウは苦笑した。
「簡単に言ってくれるぜ。あいつも俺や孫娘みたいに能力遠くに伸ばすのが苦手みたいでな。体から切り離したら机に垂らした血一滴操るのにも苦労するらしい」
「それは大変ですね。でも邪竜に通用する技持ってる上に再生もできるんですから、邪竜の頭狙えばAランクが相手でも一体ぐらいなら何とかなるんじゃないですか?」
話には聞いていたサヤの能力が思ったより強かったので、そこまでシュウが心配する必要は無いとリクは考えたのだがシュウはそう考えてはいなかった。
「切り札無しじゃBランクの翼一つ潰せない奴がAランクの相手なんてできるわけねぇだろ。そもそもあいつ能力以前に基本ができてないし」
「基本ですか?」
シュウの言いたいことが理解できなかったリクが不思議そうな顔をすると、シュウは自分の発言を補足した。
「魔力での武器の強化とか身のこなしっていう大前提ができてねぇんだよ。能力が強いせいで半端に孫娘や氷使いといい勝負ができてるから、俺が何度言ってもピンときてないっぽいんだよな」
「でもサヤさんは全部それなりにはできてると思いますけど……」
もちろん隊長である自分たちと比べるといくらか劣るが、それでも『フェンリル』に入って二ヶ月も経っていないことを考えるとサヤの戦闘技術は十分な域に達しているとリクは考えていた。
先程のヴェーダとサヤの戦いは位置が悪くリクからヴェーダの様子はほとんど見えなかったが、それでもサヤはヴェーダの攻撃に勝てないまでも必死に抵抗していた。
これで基本ができていないと評価するのはあまりに辛辣なのではないだろうか。
そんなリクの考えを聞き、シュウもリクの考えを否定はしなかった。
「もちろんただの隊員なら今のままで十分だぞ。でもあいつは隊長になれると思うからあの程度で満足されても困るんだよな」
「隊長にですか。あの、もしこの前僕たちに言ったこと気にしてるなら無理しないで下さい」
「別に関係無いとは言わねぇけど別にそれだけじゃねぇよ。どんな時でも戦力は多いに越したことはないだろ?」
「それはまあ、そうですけど……」
シュウが自分たちのためにサヤに必要以上の訓練をさせているなら止めようと思ったリクだったが、シュウが否定しにくい一般論を口にしたため反論できなかった。
そんなリクを見てシュウは気にしないように伝えた。
「お前が気にする必要ねぇよ。地味子に関してはあっちから強くなりたいって言ってきたんだからな。まさかあいつがお前らのために強くなろうとしてるってこともないだろうし、そもそも俺は嫌なことは命令されたってしない。俺もあいつも好きでやってるんだから気にするな」
「……はい。分かりました」
これ以上この話題を続けても意味が無いと判断し、リクはヴェーダに視線を向けた。
リクがヴェーダに視線を戻した時にはミアは斧を手から叩き落され、その後ヴェーダの拳を腹部に食らい気絶していた。
完全に戦いが終わったことを確認してからシュウとリクはヴェーダに近づき、最初にシュウが口を開いた。
「さすがだな。大したけがもさせないで倒すなんて。骨の一本ぐらい折ってもよかったんだぞ?」
「別に手加減したわけじゃないですよ。何度か本気の攻撃はしましたし。でもさっきの『メリジューヌ』でしたっけ?の後は二人の連携が全然取れてなかったので、そこまでしなくても勝てましたから」
『メリジューヌ』によりヴェーダは体のいたるところに火傷の様な傷を負い、その上服もあちこちが破けてかなり際どい恰好になっていた。
そのため本人が言う程楽に勝ったようには見えなかったが、ヴェーダがシュウの注文通り正面からミアとサヤに勝ったのも事実だったのでシュウはヴェーダの発言を否定はしなかった。
「ふーん。まあ、いいや。こいつらもいい経験になっただろう」
シュウとばかり戦ってミアとサヤに負け癖がつくといけないと考え、シュウは今日のこの訓練を行った。
Bランクの邪竜に勝てなかった後サヤのやる気が向上したように見えたので、どうせなら年も近い同性のヴェーダに負けた方が刺激になると思ったのだが今後どうなるだろうか。
シュウが鍛えているのだから途中で死なない限りは二人共隊長になれるだけの実力者になることは間違いないが、その過程がどうなるかまではシュウにも分からなかった。
「そいつら二人は俺が運んどく。今日は朝早くから悪かったな。今日はどうしても外せない用事があって」
「いえ、いつもお世話になってますからこれぐらいは。でも用事って何ですか?」
シュウはお世辞にも気遣いができるとは言えない性格だが、それでも理由も無くわざわざ早朝に部下や後輩を呼び出す様なことはしないはずだ。
そう考えたヴェーダの質問にシュウは少し考えてから答えた。
「馬鹿やらかそうとしてる連中がいるっぽいから、ちょっと顔出そうかと思ってな」
「そういうことなら僕たちも行きますよ?」
シュウの軽い口調に反してリクとヴェーダは表情を引き締めた。
ちょっと馬鹿共蹴散らしてくると言って出かけ、警察も治安維持局も居場所を把握していなかった犯罪者数人を捕まえて帰って来るのがシュウだ。
もし今回もそうなら犯罪者たちの身の安全のためにも自分たちも同行した方がいい。
そう考えてシュウに同行を申し出たリクだったが、シュウはそれを断った。
「何かまじな顔になってるところ悪いけど、そこまで面倒なことにはならないと思う。というか『妖精女王』に会いに行くつもりだから、お前らは来ない方がいいと思うぞ」
「『妖精女王』にですか?」
シュウが『妖精女王』の名を口にした途端、リクもヴェーダも複雑そうな顔をした。
以前妖精女王が『メリクリウス』所属の精神操作系の能力者を破壊した際、リクは部下五十名を引き連れて現場にいた。
その能力者の男は子供を売る際に買い手に都合がいい様に子供の記憶や性格を書き換えていたのだが、男の所業を知り激怒した『妖精女王』に徹底的に破壊された。
その能力者は目、耳、のど、手足を回復不可能な程破壊された上に能力の使用と自殺を禁じる洗脳を『妖精女王』に施され、そのまま治安維持局に差し出されたのだ。
この男は今も病院のベッドの上で横になり、ただ生きているだけという人生を送っている。
リクとヴェーダが妖精女王の名を聞いて複雑な表情を浮かべた理由は、その際に『妖精女王』を止めようとしたリクを含む治安維持局局員二十人近くを『妖精女王』が病院送りにしたからだ。
同時に居合わせた『メリクリウス』の構成員は残らず殺されたのでリクたちには『妖精女王』なりの手加減をしたのだろうが、それでもリクはもちろん他の治安維持局局員にとっても『妖精女王』は色々な意味で特別な存在だった。
『妖精女王』の能力は幻術・洗脳なのだが、リクが対峙した際の『妖精女王』はそういった能力を一切使わずに怒りに任せて周囲の人間を全て殴り飛ばし、蹴り飛ばした。
あの時の『妖精女王』の暴れ振りをリクは生涯忘れないだろう。
こういったわけでシュウが『妖精女王』に会いに行くと聞きリクとヴェーダは複雑な表情をしたのだが、シュウは二人の苦悩を笑い飛ばした。
「そう嫌そうな顔するな。お前らがあいつ恨むのは無理もねぇけど、でもあいつはあいつで便利なんだぞ?俺に殺されないようにか知らねぇけど、色々便利な情報集めてくれるし」
長年治安維持局局員の間で謎とされてきたシュウの情報網の一端を聞かされ、リクとヴェーダは返事に困った。
そんな二人を見てシュウは苦笑した。
「お前らは清く正しい正義の味方やってればいい。それ以外は俺たちが担当するからな。ほら急がないと『回復者』帰っちまうぞ」
そう言うとシュウは話は終わりとばかりに地面に横たわるミアとサヤのもとに向かい、そのまま二人を担いでその場を後にした。
シュウの発言に納得したわけではなかったがそれでも現時点でリクとヴェーダにできることはなく、妖精女王には極力関わりたくないというのも二人の本音だった。
そのため二人はこの場を離れ、リクは自分たちの部屋に、ヴェーダは病院へと向かった。
全身傷だらけのため早朝で人が少ないとはいえ人目を気にしながらヴェーダが指定された部屋に向かうと、部屋にはすでに一人の男が待っていた。
「お一人ですか?」
場合によっては二、三人治療してもらうことになるとシュウに言われていたため男は来たのがヴェーダ一人なのかと尋ね、ヴェーダは今回治療を受けるのは自分一人だと伝えた。
ヴェーダの返事を聞いた男はそのまま治療に移り、左右の手をそれぞれヴェーダの両肩に置くと自分の魔力をヴェーダに流し始めた。
『回復者』による治療を受けるのは初めてだったのでヴェーダは突然自分の体が熱くなる感覚に驚いた。
しかしわずか数秒で『メリジューヌ』でできた傷がみるみる治っていくのを見て、ヴェーダは男の魔力を大人しく受け入れることにした。
「はい。終わりましたよ」
わずか三十秒程でヴェーダの体にできていた傷はきれいに消え、その上着ていた討伐局の制服すら元通りになっていた。
ヴェーダが自力で今回の傷を治そうと思ったら二時間はかかり、終わった頃には魔力が尽きているだろう。
それ程の傷をこれだけの短時間で治した上にヴェーダは一切魔力を消費していないのだから、話には聞いていたが『回復者』とはすごいものだなと感心しつつヴェーダは男に礼を言った。
能力者の中には極まれに固有能力を持たず魔力による身体強化も行えない者が現れる。
そういった能力者は能力の使用も身体強化も行えない代わりに自分の魔力を他者に流すことで対象の治癒を促進することができる。
『回復者』と呼称される彼らは病院で雇われることが多く、彼らがいれば全治数か月のけがでもわずか数時間で治すことができる。
もっとも『回復者』は存在自体がまれで、今のアイギスには二人しか確認されていない。
そのため彼らの治療を受けるには本来は予約が必要で、それでも一ヶ月以上待たされる。
しかし今回はシュウが今回ヴェーダのけがを治した『回復者』に個人的に借りを作ったらしく、ヴェーダがすぐに治療を受けることができた。
これなら問題無くこの後『リブラ』に訓練をつけることができそうだった。
病院を後にしたヴェーダは、機構に向かう道中今日オープン予定のレストランのことを考えていた。
この店はリクとヴェーダの姉、ミーシャが店長を務め、店員のほとんどが外周部出身だ。
もちろん教育期間をしっかり取り店員たちも治安維持局から紹介された身元のしっかりした人間ばかりだ。
しかし店員のほとんどが外周部出身という事実を街の人間がどう受け止めるか考えた時、ヴェーダはあまり楽観的な予想ができなかった。
本音を言うと見回りのついでに様子を見たかったのだが、治安維持局の副局長が勤務中に姉の経営している店に顔を出すというのは外聞が悪い。
機構に敵が多いことはヴェーダも理解していたので、そういった人物たちに揚げ足を取られるような行動は慎まないといけなかった。
今度の休日にリクと一緒に顔を出そう。
そう考えながらヴェーダは自分たちの部屋へと向かった。




