野心
六月二十三日(火)
この日の午前中、シュウは能力者専用の刑務所に顔を出し、セツナと面会していた。
「よお、誰も来なくて寂しがってると思って忙しい中来てやったぞ」
会って早々恩着せがましくそう言ったシュウを見て、セツナは呆れた様子で口を開いた。
「ありがたくって涙が出てくるぜ。昨日大活躍だった俺に誰一人礼も言いに来ないんで、泣きそうになってたんでな」
「あいにくだったな。別に礼を言いに来たわけじゃねぇ」
「そりゃ、残念。じゃあ何しに来たんだ?」
セツナがこの刑務所に収容されて以来、最初の頃に何度か顔を出していた弁護士を除けばセツナに会いに来る人間はシュウだけだったが、それでも頻繁ではなく二、三ヶ月に一回といったところだった。
そのためセツナは今日シュウが来たのは昨日の戦いが関係しているのだと予想していた。
そしてセツナの予想は当たっており、シュウは昨日の戦いでのセツナの動きに言及した。
「聞いたぞ?お前邪竜のところに行かないで後ろでサボってたらしいな」
「いやいや、それ誤解だから。じじいと雷野郎が負けた時に備えてただけで、俺なりに街を守ろうとしただけだ」
こう言いながらもセツナは笑っており、セツナ本人すら自分の嘘が通用するとは思っていないようだった。
とはいえセツナが本当はどう思っていたかなどセツナ本人にしか分からないので、シュウもこの件でセツナを強く批判できないだろうと考えていた。
仮にこの程度でシュウがセツナを殺そうとしたらその時はセツナも全力で抵抗するだけだ。
そうセツナは考えていたのだが、このセツナの考えは前提が間違っていた。
「誰がシンラのじいさんとコウガの話した?俺が言ってるのはリクたちの件だ」
「リク?ああ、あの双子の。そうそう気になってたんだよ。あいつら無事だったか?何か無線ではやべぇことになってるみたいだったけど」
「ああ、あの三人なら、」
「シュウ隊長」
アヤネ、リク、ヴェーダの三人が無事だったことをシュウがセツナに伝えようとした時、シュウの後ろで二人の会話を聞いていた刑務官がシュウの発言を遮った。
セツナには外部の情報を一切伝えないという方針が取られており、おそらく刑務官は隊長たちの現状がセツナに伝わるのを止めようとしたのだろう。
しかしシュウはセツナにアヤネたち三人が危うく死にそうになったことの苦情を言いに来たので、残念ながら刑務官の指示には従えなかった。
「俺今日、こいつが仕事サボってリクたちが死にかけたことの文句言いに来たんだぞ?あいつらが無事だったって伝えないでどうやって文句言えって言うんだ。止めたきゃ力ずくで止めろ。そっちも仕事だから気絶で済ませてやるぞ?」
面倒そうな顔で刑務官にこう言い放ったシュウを前に刑務官は何も言えなかった。
そんなシュウと刑務官のやり取りを見て、セツナは楽しそうに笑った。
「何だ、全員助かったのか。そりゃ良かった。大事な同僚が無事でほっとしたぜ」
「三人には感謝しろよ?あいつらの内一人でも死んでたら、俺がお前殺してたからな」
このシュウの発言を聞きセツナの笑顔が固まり、そんなセツナを見てシュウは意外そうな顔をした。
「当たり前だろ?お前は仕事ができるからぎりぎり生きてられるんだぞ?仕事やる気ねぇっていうなら殺すしかないだろ」
「おいおい、空飛んでるあいつらに車で追いつけるわけないだろ。無茶言うなよ」
昨日に限らずセツナに仕事への熱意が無いのは事実だったが、昨日の件に限って言えば仮にセツナにやる気があっても移動速度の問題でアヤネたちがやられるのは防げなかっただろう。
そう考えてシュウの難癖に反論しようとしたセツナだったが、他人の意見などどこ吹く風の二人が話しているのだからこの口論に正しさなど何の意味も無かった。
「ああ、お前がまじで急いでも無理だったかもな。そこをどうこう言う気はねぇよ。でもお前後ろでサボってたんだろ?お前がどういうつもりだったかはこの際どうでもいいんだよ。俺たちからサボってるように見えたっていうのが問題なんだから」
「無茶苦茶言ってくれるな」
シュウの暴論に反論しようとしたセツナだったが、どうせシュウには何を言っても無駄だと思い諦めた。
そんなセツナにシュウも助け舟を出した。
「安心しろ。車で『飛燕』に追いつけないっていうお前の意見ももっともだから、そっちの方は俺が何とかしてやる。だから俺かコウガが死ぬまでは精々がんばってますアピールしといてくれ」
そう言って笑うシュウを見てセツナは舌打ちをした。
「やっぱあの時勇気出して殺しとくべきだったな」
「そうだな。あの時だったら百パーお前が勝ってた。もしそうしてればお互い楽できたんだけどな」
シュウとセツナは二人がかつて一度だけ戦った時のことを思い出しながら視線を交わし、しばらくにらみ合ってからシュウが口を開いた。
「何なら今からでも勇気出してみたらどうだ?今なら俺丸腰だからワンチャンあるぞ?」
今のシュウは武器を服の袖に忍ばせたナイフぐらいしか携帯しておらず、着ている服も何の加工もされていない私服だった。
このシュウの発言を聞き刑務官の表情が引きつったが、セツナは殺気も闘志も示さなかった。
「ふん、それぐらいでお前に勝てるならとっくにやってるぜ」
セツナはシュウを倒すために手を組もうと『メリクリウス』からこれまで何回か誘われたことがあった。
その誘い自体はシュウに敵対しようとしている時点で論外だったので断ったのだが、『メリクリウス』は今もシュウを倒そうとしているのだろうか。
刑務所に収監された囚人を通して何度かセツナに接触してきた彼らが今どうしているかふと気になり、セツナはシュウに『メリクリウス』について尋ねた。
「『メリクリウス』とかいう連中今どうしてる?」
「ん?どうした急に?」
『メリクリウス』は歴史の浅い組織だったのでセツナがその名を知っていたことを意外に思い、シュウは驚いた。
「少し噂を聞いただけだ。お前相手に馬鹿やってる連中がいるってな」
「話してやりたいとこだけどあんまりこいつ困らせるのも悪いし、ノーコメントだ」
「あっそ」
セツナもそこまで『メリクリウス』に興味があったわけではないので、刑務官に気を遣い口をつぐんだシュウにこれ以上食い下がりはしなかった。
「こいつが『メリクリウス』のこと知ってるって地味にやべぇだろ。俺の事どうこう言う前にここの防犯しっかりしろよ」
「はい。すいません」
セツナに『メリクリウス』の情報が伝わっていたことは刑務官にとっても驚きだったようで、慌てた様子の刑務官に見送られながらシュウは刑務所を後にした。
セツナに『飛燕』を渡す件はシンラが簡単には承諾しないだろうから、シンラを納得させらられるだけの新技を開発してから提案したほうがいいだろうとシュウは考えていた。
あまりこういったことを考えるのに時間を割きたくはないのだがと不満に思いながらシュウは帰路に就いた。
刑務所から帰り昼食を終えた昼下がり、シュウはいつもの様に機構本部の裏で訓練を行っていた。
『纏刃』の改良も大事だがその他の小技の訓練もおろそかにはできない。
これから練習する小技は初見殺しの小技であまり人に知られたくない技で、もうすぐミアとサヤが来るので手早く終わらせる必要があった。
シュウは刀を手にするとためらうことなく左の手首を斬り落とし、その後地面に落ちた自分の手を拾い上げた。
それから数分が経ち、ミアとサヤがそろってシュウの前に現れた。
「よぉ、おそろいで」
「今日もよろしくお願いします」
いつもはあまり感情を表に出さないサヤだったが、昨日Bランクの邪竜に勝てなかったことが相当悔しかったらしく一目で分かる程やる気に満ちていた。
そんなサヤだったがあることに気づき、見たところ傷一つ無いシュウに視線を向けた。
「血の気配が強いですけどけがでもしたんですか?」
「ああ、さっきちょっとな。それにしても血の臭いならまだしも気配か。お前まじで警察向きだな」
シュウやアヤネは人を殺した直後の人間を雰囲気で見破ることができるが、これはある程度集中していないと行えない。
それを考えると血の気配とやらを特に集中もしていない状態で察知できるサヤがいれば警察が捜査している事件のいくつかはすぐに解決するだろう。
そんなことをシュウは考えていたが、サヤに警察に入る気などみじんも無かった。
「警察には興味がありません。訓練をお願いします」
「二対一でいい?まずはあんたに少しでも本気を出させようってサヤさんと話し合ったの」
「ああ、構わないぜ。目標は高くしとかないとな」
すっかり手慣れた様子で斧を手にしているミアの提案をシュウは笑顔で受け入れ、その後シュウは二人を一時間かけて徹底的に痛めつけた。
この日の夕方、アヴィスは午前中に隊の訓練と書類仕事を終え、一通り自分の訓練を行った後部屋で今後について考えていた。
Aランクの邪竜程度に初陣であれだけの被害を出してしまったのは予想外で、これについては反省しないといけないだろう。
去年までなら隊員など死んでもいくらでも補充できたが今は新しい隊員の補充が難しくなっており、何よりあまり隊員を死なせ過ぎるとアヴィスの目的である出世に支障が出るかも知れない。
隊長に欠員があったこともあり思ったより簡単に隊長になれたアヴィスだったが、ここで満足する気は無い。
さすがに序列一位の座に就くのはそう簡単ではないだろうが、それでも時間をかければ自分なら可能だろうとアヴィスは考えていた。
とりあえずは序列五位か六位ぐらいを目標にするつもりで、そのためにもアヴィスはリクとヴェーダには引退してもらおうと思っていた。
昨日の戦いを見る限りコウガは今後の機構に必要な戦力で、アヤネ、セツナ、シュウの外周部出身組は出世という意味では障害にならない。
外周部出身の三人は精々便利に使ってやろうとアヴィスは考えていた。
どちらか一人が死ねば戦えなくなる点を考えてもリクとヴェーダを排除するのが一番手っ取り早いとアヴィスは考えていがすぐに強硬策に出るつもりは無く、しばらくは様子を見るつもりだった。
まだ噂程度でしか知らない王族とシュウとの確執などについても調べる必要があり、アヴィスが何もしなくても隊長が死ぬ可能性もあったからだ。
明日からもがんばろう。
そう考えてアヴィスは目の前の資料を手に取った。




