『グングニル』
「ほーら、がんばれ、がんばれ。どっちか一人でも殺せたらほめてやるぞ」
セツナはシンラとコウガが双頭の邪竜と戦っている様子を二百メートル程離れた場所から観戦していた。
車に積まれていた水と食料を手に完全に観戦気分で邪竜の応援をしていたセツナだったが、シンラが邪竜の頭の一つを吹き飛ばしたのを見てため息をついた。
「あら、これ駄目っぽいか?俺の能力もパクったんだからもっと気合見せろよ」
自分とコウガの能力を併せ持っていながらシンラもコウガも殺せない邪竜のふがいなさをセツナが嘆いていると、邪竜の体が液体状になり地面に沈み始めた。
「おっ、これはちょっと読めねぇな。一応街の近くまでは行っておくか」
ここでシンラとコウガの戦いを見ているだけで戦いに参加しなかったことがばれた時、セツナはシンラとコウガが突破された時に備えて邪竜の進路上に待機していたと言い訳するつもりだった。
そのため二人が苦戦しているだけなら観戦だけしていればよかったが、もし邪竜が二人を無視してアイギスに向かった場合はセツナも戦わなくてはならない。
シュウに殺されない程度には働いておく必要があったからだ。
しかしコウガが雷撃を放ち邪竜の動きが鈍化するのを見て、セツナはまだ自分が動く必要は無いと判断した。
そんな時だった。
セツナの通信機が鳴り、セツナの耳にコウガの声が聞こえてきた。
「おい、いつまでそこにいるつもりだ?こちらの状況は分かっているだろう?俺たち二人では押し切れそうにない。さっさと来い」
「えー、でもお前らが突破された時に備えて俺後ろにいた方がよくね?」
セツナは自分の二百メートル程後方に討伐局の用意した見張りがいることには気づいていた。
しかし邪竜がいない場所でこの見張りを殺すとさすがに言い訳がきかないので、うっとうしいとは思ってもセツナはこの見張りを殺せずにいた。
こうした事情から自分がここでサボっていることがコウガにばれていたことにもセツナは動じず、あらかじめ考えていた言い訳を口にした。
しかしコウガにはセツナを説得する気など毛頭無く、セツナがコウガの指示への異論を口にした次の瞬間にはセツナの乗っていた車の近くに雷が落ちた。
セツナを見張っていた連絡要員からセツナの位置を聞いたコウガによる催促を受け、セツナは呆れた様な表情を見せた。
「おいおい、もうちょっと穏便に話し合おうぜ?」
「お前と長々と話す気は無い。大人しくこっちに来るか、帰って来たあの馬鹿に殺されるか好きな方を選べ」
コウガはそれだけ言うとセツナの返事も待たずに通信を切った。
「ったく、どいつもこいつも調子に乗りやがって」
口を開けばシュウの存在をほのめかして自分を働かせる同僚たちにセツナは不快な気持ちになったが、ここでやけになっても隊長たちの言う通り後でシュウに殺されるだけだ。
シンラとコウガが近くにいる現状ではシュウが着くまでもなく殺される可能性すらあり、セツナは少し迷ったものの今回は大人しく邪竜と戦うことにした。
その後シンラとコウガのもとに辿り着いたセツナはシンラに指示を仰いだのだが、セツナに指示を出したのはコウガだった。
「地面に潜った邪竜を引きずり出して邪竜の体を固定しろ。邪竜を倒すのは俺がやる」
「ちょっと待て。当たり前の様に何言ってんだ?邪竜を引きずり出す?そんなことできるわけが……」
「さっきこの邪竜のもとになった雷撃を取り押さえようとしたら短時間だけだったができた。液状になっているとはいえこの邪竜はすでに実体化している。お前なら制御だけならできるだろう」
このコウガの発言を聞きセツナだけでなく二人の通信を聞いていたシンラすら可能なのだろうかと思っており、セツナは実際にコウガに反論した。
「いやいや、簡単に言うなよ。そもそもお前失敗したんだろ?だったら俺も無理だろ」
「……勘違いしているみたいだから教えてやる。お前は俺たちの何倍も働いてようやく死刑を延期されている身だ。この程度のことができないなら生かしておく意味が無い。無理だと言うなら俺と局長だけで片をつけるから退がっていろ。さあ、時間は無いぞ。早く決めろ」
コウガとセツナが話している間にも邪竜は地中を進んでいたがその進みはとてもゆっくりとしたもので、このままのペースでは邪竜がアイギスに到着するまでに一時間はかかるだろう。
しかし今回の邪竜はこれまで何度も変化してコウガたちを手こずらせた。
他にどんな能力を持っているか分かったものではなく、早めに倒すに越したことはなかった。
邪竜の毒に侵食された地面の上に立ち平然としていたセツナは、面倒そうにため息をつきながらもコウガの指示に従った。
「引きずり出すだけだぞ?これ以上面倒なこと言ってきたら俺も黙ってねぇからな」
「ああ、俺の雷撃をコピーした部分は破壊したから残っているのはお前からコピーされた毒の部分だけだ。これはさすがにお前が倒すのは難しいだろうから引きずり出す以上のことは期待していない」
不快な気持ちを隠そうともしないセツナの鋭い視線を受けてもコウガは全く動じず、シンラを伴ってセツナの後方へと飛んで行った。
二人が後退するのを見送った後セツナは改めて地面に視線を向け、コウガの指示が実現可能かどうか確認した。
「あれ?意外と簡単じゃね?」
セツナが軽く地中の邪竜に干渉しただけで邪竜の動きは止まり、その後セツナが邪竜を地表に引きずり出そうとした際も邪竜の抵抗はセツナの予想していたよりもずっと小さかった。
邪竜の抵抗が小さかった理由はこれまでの戦いでコウガが邪竜の体の三割近くを焼き払っていたからだが、セツナがそれを知る由も無かった。
あれだけ自分に悪態をついていたコウガが自分に割り当てた仕事が楽だったことを不思議に思いながらも、セツナはわずか数秒で邪竜どころか地面にすら手で触れることなく地面に溶け込んでいた邪竜の身体だけを地表へと引きずり出すことに成功した。
しかしセツナの仕事はまだ終わりではなかった。
「固定しろって言われてもな。とりあえずこんな感じか?」
コウガの指示に従いとりあえず地中から引き上げた液体状の邪竜を一ヶ所に集めたセツナだったが、液体状の邪竜を元に戻す方法などセツナには見当もつかなかった。
しかしそれをそのまま正直にコウガに伝えても信じてもらえるかは微妙なところだった。
そのためどうしたものかとセツナが悩んでいるとセツナの干渉とは別の変化を邪竜が見せ始めたので、セツナは邪竜への干渉を止めた。
すると邪竜の体は徐々に実体を取り戻していき、十秒程で体の色こそ濃い紫色だったが大きさは通常のSランクやAランクの邪竜と変わらない邪竜が姿を現した。
首は一本になっていたものの翼や後ろ脚は当たり前の様に復元しており、それを見たコウガはセツナに指示を出した。
「後は俺がとどめを刺す。巻き込まれたくなければどけ」
「はい、はい」
労いの言葉一つ無くどけと言われたことに文句一つ言わずにセツナは大人しく邪竜から距離を取った。
セツナに『飛燕』についての知識は無かったがコウガだけでなく南の戦線でも隊員の何人かが使用していたので、セツナはそれが加速・飛行用の新装備であることは察していた。
そしてコウガが何故か左手用の籠手型の装備を二つ持っていることに疑問を持っており、最初は予備かと考えたが微妙に細部が違うため片方は攻撃用の装備だとセツナは判断した。
自分の脅威となり得るコウガの新装備となるとセツナとしては見逃せない。
精々お手並みを拝見しようとセツナが考えている中、左手に『グングニル』を装備したコウガは、実体化してアイギスへと向かおうとしている邪竜に狙いを定めていた。
すでに一度だけ試し撃ちもしているので使用に関する不安はない。
コウガは上空にいる邪竜目掛けて『グングニル』を発動した。
『グングニル』は発想としてはシュウの『瞬刃』と同じで能力の出力を上げるための装備だ。
コウガが全力で放った雷撃は『グングニル』の内部で増幅され、それに伴いコウガと『グングニル』をおびただしい量の雷撃が包み込んだ。
それに対して邪竜も黙ってはおらず、邪竜は翼をはためかせながらコウガ目掛けて毒の息吹を吐き出した。
すでに邪竜はコウガから模倣した雷撃の能力を失っていたため自分の生成した毒ガスに引火させることはできなかった。
しかしそんな小細工をしなくても今のこの邪竜なら毒の能力だけでコウガの『雷帝の鎧』すら侵食できる濃度の毒を創り出すことができた。
雷撃の制御に回していた力を毒の生成に回して邪竜が創りだした必殺の息吹が迫る中、目の前の息吹の恐ろしさを瞬時に察したコウガは邪竜に同情した。
『グングニル』が無かったら逃げ一択の状況下でコウガは『グングニル』で強化された雷撃を放った。
その直後『グングニル』から直径五メートルの雷の柱が放たれ、その雷の柱は邪竜の放った息吹をいともたやすく消滅させた後邪竜の頭部に命中した。
コウガは液体状の邪竜の放つ毒から逃れるためセツナから二百メートル程後ろにいたのだが、その程度の距離はものともせずに『グングニル』から放たれた雷撃は邪竜の体を貫いた。
『グングニル』から迸った雷の柱が消えた後には邪竜の翼が半分程残っていただけで、それも程無く消滅した。
自分の雷撃が一撃で邪竜を消し去ったのを確認したコウガは、当然の結果に特に驚きも喜びも見せず雷撃を放った直後にバラバラになって地面に落ちた『グングニル』の残骸に視線を向けた。
これは『グングニル』の耐久力に不備があったわけではなく、コウガが全力で雷撃を放ったら『グングニル』が壊れることはクオンもコウガも織り込み済みだった。
そのためコウガもこの結果がしかたのないことだと分かってはいるのだが、それでも幼馴染が忙しい中作ってくれた装備が使用の度に壊れるというのはなかなかつらいものがあった。
『グングニル』が発動したと思った次の瞬間には邪竜の胴体の大部分が雷撃により消し飛び、それを見たシンラはしばらく放心状態だった。
「実際に見るとすごいですね」
クオンは『グングニル』はもちろん『瞬刃』も完成した際には討伐局局長のシンラには報告している。
そのためシンラはクオンがコウガに『グングニル』という遠距離攻撃用の装備を作ったことを知ってはいたが、実際にその威力を目の当たりにすると驚かずにはいられなかった。
しかしほめられたコウガはというと特に照れた様子も見せずにクオンへの称賛を口にした。
「そうですね。他の研究の合間にこんな物を作るのだから本当に大したものです」
このコウガの発言を聞き、シンラは少しあっけにとられてから口を開いた。
「いえ、もちろんクオンさんもすごいですが、実際にその武器を使えるコウガさんもすごいと思いますよ」
「ああ、そっちですか。『グングニル』はあいつの『瞬刃』と違って使おうと思えば誰でも使えますから、そこまですごいというわけでもないと思いますけど」
能力を飛ばせないシュウのために能力の効果範囲を伸ばすことに主眼を置いた『瞬刃』と違い、『グングニル』は威力を増幅することを目的にしている。
そのため『グングニル』は能力の威力が低い能力者が使っても効果が薄い『瞬刃』とは汎用性の高さが比べ物にならなかった。
もっとも『グングニル』は使われている金属全てにコウガの血が含まれており、その上使用されている金属の中にアイギス全土から集めても二百キログラムも集まらない希少金属が使われているので量産は難しかった。
また『グングニル』は別に耐久力が低いわけではなく、並の能力者が使った場合何回使おうと壊れはしない。
しかし並の能力者が『グングニル』を使ってもそれなりに能力が強化されるだけで、今回のコウガの攻撃の様な威力は望めない。
一回の使用で『グングニル』を破壊できることが『グングニル』使用の最低条件だとクオンは考えていて、この条件を満たす能力者はクオンの知る限り討伐局に五人もいなかった。
そういった理由もありクオンは『グングニル』の量産は考えておらず、『グングニル』は今のところコウガの専用武器となっていた。
「そろそろ行きましょうか?セツナさんを刑務所に連れて行かないといけませんから」
「そうですね。面倒なことになる前にさっさと済ませましょう」
シンラとの通信を切ったコウガはシンラと合流する前に砕けたり熱で融解したりした『グングニル』の部品を全て拾い、持参していた容器に収納した。
クオンに『グングニル』使用後は部品は全て回収するようにしつこく言われていたからだ。
その後コウガはシンラと合流して共にセツナを刑務所に連行し、『シールズ』と合流するというコウガと別れたシンラは『グングニル』について考えていた。
といってもシンラが考えていたのは威力や射程距離といった『グングニル』の機能についてではなく、『グングニル』という名前についてだった。
コウガに聞いたところ『グングニル』という名前はクオンがつけたらしく、どうして籠手に槍の名前をとコウガは呆れている様子だった。
しかしわざわざシュウと同格と言われているコウガの武器に『グングニル』という名前をつけたということはそういうことなのだろう。
シンラはクオンのネーミングセンスが壊滅的だと話に聞いており、その上シンラの持つクオンへのイメージは研究以外に興味が無い人物だった。
しかし幼馴染の武器に『グングニル』という名前をつけるとはクオンにもかわいらしいところがあるものだ。
コウガはクオンの気持ちに気づいていないようだったが、それを直接コウガに言う程シンラも野暮ではない。
コウガにはクオンの期待に応えてがんばって欲しいものだと微笑ましい気持ちになりながらシンラは機構本部への帰路についた。




