更なる変化
「おい!無事か?誰か返事をしろ!おい!」
アヤネ、リク、ヴェーダの三人が双頭の邪竜の起こした爆発に巻き込まれた直後、アイギスの西へと向かっていたコウガは自分が向かっている場所から巨大な音が聞こえてきたため、詳細は分からなくても何らかの異変が起こったことだけは察した。
そのためコウガは慌てて現場にいるはずの同僚たちに通信を繋いだのだが、三人の誰からも返事は返ってこなかった。
そして数分後、最悪の事態を想定しながら何度も叫んだコウガの耳にアヤネの声が聞こえてきた。
「そんなに叫ばなくても聞こえてるわよ。遅くなってごめん。私の通信機壊れちゃって。今ヴェーダの通信機で話してるとこ」
「二人は無事なのか?」
アヤネの声を聞きコウガは安堵したが、発言内容から考えて少なくともヴェーダの近くにはいるはずのアヤネが二人の安否について何も言わなかったためコウガは一抹の不安を感じた。
しかしコウガの心配は杞憂に終わった。
「大丈夫よ、二人共生きてるわ。リクはともかくヴェーダは無傷ってわけじゃないけど、命に別状は無いし引退するようなけがでもないわ」
「そうか」
三人全員の無事を知りコウガは静かにため息を吐いたが、まだ今回の戦いは終わっていなかったためアヤネとの会話を続けた。
「二人のことは任せたぞ。少し遅れているがこっちには局長もいる。こっちのことは心配するな」
『飛燕』で先行しているコウガはシンラを置き去りにして邪竜のいる場所まで向かっていたが、コウガとシンラの距離はそこまで離れているわけではなかった。
そのため邪竜との戦いは自分とシンラの二人がかりで臨めばいいとコウガは考えていたのだが、そんなコウガにアヤネがある報告をした。
「セツナもその内着くと思うから後は三人でいいようにして。悪いけど二人を早く病院に連れて行きたいから切るわね」
そう言うとアヤネは自分たちが戦った邪竜の姿や能力を手短に説明してから通信を切った。
「……自分の周囲全てへの爆発か。アイギスに近づけたら面倒なことになるな」
レイナがいない今アヤネから聞いた邪竜の爆発による攻撃をアイギスの近くで行われたら、外周部の住民や建物に甚大な被害が出てしまう。
後退しながらじわじわと削り殺すのではなくある程度短期決戦で決める必要がありそうだ。
そう考えたコウガはシンラへと通信を繋ぎ、今後の打ち合わせを行った。
一方コウガとの通信を終えたアヤネは自分の目の前で横になっている後輩二人に近づいた。
リクとヴェーダは二人そろって気を失っていたが負傷の度合いにはかなりの差があった。
ヴェーダが右腕の大部分に火傷を負いその他にも体中に大小無数の傷を負っているのに対してリクは小さな傷をいくつか負っているだけで、同じ爆発に巻き込まれたアヤネにとってリクの状態は信じられないものだった。
邪竜や魔力を高めた能力者には魔力の込もっていない攻撃は効果が薄く、今回邪竜の引き起こした爆発にはほとんど魔力が込もっていなかった。
とはいえ比較的効きにくいというだけで、今回の邪竜の攻撃の規模を考えると爆発の範囲内にいたら大抵の能力者は死んでしまうだろう。
自分の様に再生能力を持っているわけでもなく能力者の基本技術、魔力の放出による防御力向上だけであの爆発をしのいだ後輩二人を素直に称賛しながらアヤネは二人を担いでその場を離れた。
コウガとアヤネが話を終えてから二十分程経った頃、アイギスから西に十五キロ程離れた地点でシンラとコウガは双頭の邪竜と戦っていた。
コウガが雷撃を三発放ちその全てが邪竜に命中したが、コウガの雷撃は邪竜の体を多少焦がしただけで大して効いていない様子だった。
シンラの重力球による攻撃はこれまで現れたSランクやAランクの邪竜と戦った時と同程度の傷を邪竜に負わせており、コウガの雷撃の効果が薄いのはこの双頭の邪竜が雷撃と毒に耐性を持っているためだった。
「やっぱり雷撃の効果は薄いですね。多分あの男が来ても大して戦況は変わらないと思います」
Sランクの邪竜との戦いで予想外の事態が起こるのは珍しくないのでコウガは自分の雷撃が邪竜に通用しなかったことにもそれ程慌てず、淡々とシンラに自分の攻撃の結果を伝えた。
「参りましたね。ブラックホールを作ってもいいんですが、この邪竜が大規模な爆発を起こせるとなると吸い切れない可能性があります。このままだと押し切れませんね」
今回現れた双頭の邪竜は雷撃と毒への耐性以外に再生能力まで持っており、まだ完全にではないがリクとヴェーダが先程の戦いで破壊した左右の翼と後ろ脚が再生していた。
後ろ脚はともかく翼が完全に再生すると邪竜がそのままアイギスに向かう可能性があったが、シンラの攻撃が通じる以上翼程度ならいつでも潰せるのでシンラとコウガはこの再生自体にはそれ程焦っていなかった。
しかしこれ以上の長期戦を行うとなるとシンラとコウガの魔力に不安があり、ここまで飛んで来たため二人共体に多少の疲労や違和感もある。
セツナが来た時点で勝負に出る必要があるだろう。
そう二人が考えていた中、双頭の邪竜が体中から気体状の毒を放出し始め、それを見たコウガはすぐに雷撃を放ち邪竜が纏っていた毒を爆発させた。
先程アヤネたちを襲った爆発程の威力は無かったが、それでも今回の爆発はシンラとコウガを十分巻き込む規模の爆発だった。
それに対してシンラは上空へと回避することで爆発の直撃を避け、コウガは一歩も動かずに『雷帝の鎧』で爆発を防いだ。
シンラが上空から降りてくる中、コウガは爆発直後の隙を突いて邪竜に雷撃を放ち、その雷撃は邪竜の腹部を大きく吹き飛ばした。
この戦いが始まってから初めて邪竜にまともな傷を負わせたにも関わらず、コウガは特に喜んだ様子を見せなかった。
「やはり威力を上げたら通るか。……これを何度もはきついな」
先程からコウガは威力を微妙に増減して邪竜に雷撃を放っていた。
威力を変えて放った雷撃を受けた邪竜の傷の大きさが明らかに違ったことから今回の邪竜の雷撃への耐性がその気になれば力押しで突破できることにコウガは気づいていた。
しかし今回の邪竜に通用する威力の雷撃は通常の邪竜戦ならとどめに放つような大技だったため、それを連発していると隙ができてしまう可能性があるのでコウガも極力避けたかった。
「あの男はまだか」
セツナはシンラやコウガと違い飛んで向かっているわけではないため遅れるのはしかたがないが、それでも通行人も標識も無いアイギスの郊外を車で向かっているのだ。
二百キロ近い速度は出しているはずでそろそろ到着してもおかしくないはずだ。
そうコウガが考えていると双頭の邪竜が右の頭からコウガ目掛けて直線状に毒ガスを飛ばし、毒ガスがコウガに届く前に自分の雷撃で毒ガスに火をつけた。
自分目掛けて巨大な火の柱が迫るのを見て、コウガは正面から火の柱を雷撃で受け止めた。
その後しばらく雷撃と火の柱による互角の押し合いが続き、邪竜が送り込むガスの量を増やしてコウガの雷撃を押し返そうとした。
それに対してコウガは雷撃の威力を上げることで再び拮抗状態を作り出し、その後邪竜に対して呆れた表情を向けた。
「ガスに指向性を持たせる知恵と技術があったのには驚いたが、半端な技を使ったせいで隙だらけだぞ」
このコウガのつぶやきはもちろん邪竜には届かなかったが、コウガの言う隙の意味を邪竜は身をもって知ることになった。
コウガとの攻防に邪竜が意識を向けている隙を突き、シンラが邪竜に接近して至近距離から重力球数十発を叩き込んだのだ。
シンラの重力球を至近距離から四十発以上食らった邪竜は左側の頭部が完全に吹き飛び、その後の流れ弾で右側の頭部と首にもかなりの傷を負った。
シンラの奇襲を受けて慌てた邪竜は先が失われた左側の首を鞭の様に振るい、シンラを叩き落そうとした。
邪竜の頭を吹き飛ばしたにも関わらず首だけが襲い掛かってくるという初めての経験に多少驚いたものの、シンラは空中を縦横無尽に動いて邪竜の攻撃をよけた。
セツナの到着を待って三人がかりで双頭の邪竜を倒そうと考えていたシンラだったが、不意打ちとはいえあっさり邪竜の頭部を吹き飛ばせたことで予定を変更した。
「セツナさんが来なくてもこのまま押し切れそうですね」
「そうですね。攻撃の威力は高いですし私の攻撃が効かないのも厄介ですが、逆に言うとそれだけです。このまま二人で、」
押し切ろうと言おうとしたコウガだったが、邪竜の体の輪郭が突然崩れ始めたのを見てシンラとの会話を中断した。
シンラとコウガが見ている中邪竜の体は完全に形を失い、セツナの毒同様の濃い紫色の液体へと変化した。
「また変化するつもりですか?あいにく待つ義理は無いですよ」
今回の邪竜は大量のCランクの邪竜の死体から生まれた邪竜なので、自分たちの攻撃を受けて再び姿を変化させる可能性は十分にある。
そう考えて変化前を叩こうと邪竜が変化した液体に向けて重力球を放ったシンラだったが、シンラの放った重力球は液体を素通りしてそのまま地面にぶつかってしまった。
シンラの重力球は体を不定形に変えた状態の能力者にもダメージを与えられるので今回の邪竜も全くダメージを受けていないということはないはずだ。
しかしこれだけ質量差がある中どれだけ効いているか分かりにくい攻撃を続けるというのはあまり現実的ではなかった。
その後コウガが両手から雷撃を放ち液体状の邪竜を焼き払おうとしたが、表面が削れただけでこちらも致命傷にはなっていなかった。
シンラとコウガ双方が邪竜を攻めあぐねる中、液体状の邪竜は全身を大きく振るわせた。
何をするつもりかとシンラとコウガが警戒していると邪竜の体中から無数の棘が発射された。
この棘による攻撃はとても回避できる数と飛距離ではなく、『雷帝の鎧』を使えるコウガはともかく空中で隠れる場所も無いシンラにとっては致命的な攻撃だった。
しかしシンラは慌てることなく空中に重力の壁を創り出して飛来する無数の棘を防いだ。
シンラの創り出した壁にぶつかった棘は弾かれるのではなく壁にぶつかると潰れて液状になり透明な盾を汚した。
「ふー、ミアさんの訓練に付き合っていなかったら危なかったですね」
シンラのこの重力の壁はミアの『リフレクトウォール』の訓練に付き合った際に使えるようになった技だが、元々この技は生まれつき能力の出力が高いミアが使うことが前提の技だ。
能力の出力自体は精々上の下といったところのシンラが創った壁では攻撃を跳ね返すどころか壁自体の耐久力もミアの『リフレクトウォール』の半分も無かった。
この邪竜の攻撃が毒による攻撃ではなく純粋に破壊を目的とした攻撃ならシンラの壁は破られていた可能性が高く、少なくともシンラはこの壁を他に選択肢がある状態で使う気にはなれなかった。
邪竜による棘の全方位射出は数秒間続き、その間シンラは重力の壁の後ろから動けずにいたのだが『雷帝の鎧』を発動したコウガは自分に迫り来る無数の棘などものともせずに邪竜に雷撃を放っていた。
自分の重力球すらたやすく防ぐ『雷帝の鎧』を纏いながらひるむことなく邪竜と戦うコウガを見て、この時代のアイギスの住人は本当に幸せだとシンラは思った。
コウガだけでも数十年に一人の天才だと言うのにそれと同格の能力者が他に二人もおり、その三人全員が隊長を務めている現状はシンラが隊長を務めて以来対邪竜に限って言えば最も安全な状況と言えた。
邪竜が出た際の戦いで先陣を切る役がここ数年で自分から自分の半分も生きていない部下たちに移ったことをシンラが素直に喜んだと言えば嘘になる。
コウガの雄姿を見てここ数年感じている寂しさと悔しさの入り混じった感情に襲われたシンラだったが、邪竜の棘の射出が止まると気持ちをすぐに切り替えて邪竜への攻撃を開始しようとした。
相手がわざわざ液体状になってくれたのだから今度こそブラックホールで吸い込んでやろう。
そう思ってシンラがコウガと戦っている邪竜に目を向けると、今回の邪竜はシンラたちにとことん嫌がらせをしたいらしくまた新しい動きを見せ始めた。
「どこまでも面倒な。……いい加減に死ね」
そう言うとコウガは地面に染み込み始めた邪竜目掛けて雷撃を放った。
このまま地中を進みアイギスまで行かれるのだけは阻止しなくてはならないと考えてコウガは雷撃を幾度も放ち、その結果液体状になって地中に逃げようとした邪竜の体の一部を焼き払うことには成功した。
しかし邪竜の体と混ざっている地面が邪魔で地上にいた時より邪竜にダメージを与えるのが難しくなっていた。
そして邪竜の体が完全に地面に染み込むとコウガは『雷帝の鎧』を解除し、いざという時のために左腕に装備していた『グングニル』を外して腰につけていた『飛燕』を装備した。
邪竜が毒を飛ばして来るだけなら毒をよけるなり焼き払うなりするという対処方法も取れるが、足元の地面全てが毒に侵食されるとそうもいかない。
今日は『雷帝の鎧』を何度も使用しており、すでにコウガは能力の使用に若干の違和感を覚え始めていた。
この状態で地上に残り『雷帝の鎧』を発動しながら戦っても一分も持たないだろう。
そう考えて上空に逃れたコウガがこれからどうするか話し合おうとシンラに視線を向けた時、二人の通信機に連絡要員の一人からの通信が入った。




