Sランクの真価
「やっぱり正面からは難しいね。今度は私が正面から行くからお兄ちゃんは横から攻めて。タイミング見計らって私がお兄ちゃんのとこに跳ぶから」
「分かった。気をつけて」
リクとの打ち合わせを終えた後邪竜の正面へと向かったヴェーダは、雷撃数発を回避して邪竜の近くに辿り着いた。
後一回の跳躍で邪竜の頭部に到着することができ、もしも雷撃で迎撃されてもリクのもとに転移すればいい。
そう考えて跳び上がったヴェーダだったが、それに合わせたかの様に邪竜が体全体からセツナの毒を放出したためヴェーダは慌ててリクのもとに転移した。
邪竜が体から放出した毒の量はそれ程多くなく、邪竜の体の周囲を薄く覆う程度だった。
リクがいざという時のためにかなり邪竜から離れていたこともありリクもヴェーダも毒を食らうことはなかった。
しかし邪竜を覆う毒は増えこそしないものの減る様子も無く、どちらも接近戦タイプのリクとヴェーダは邪竜相手に攻撃を仕掛けられずにいた。
「僕が近づいてみるからヴェーダはもっと離れてて!」
「でも兄さん、他に邪竜がどんな技持ってるか分からないし、アヤネさんたちが着くの待った方が……」
「駄目だよ!僕たちが引き過ぎるとこいつがアイギスに行っちゃう!」
実際先程リクとヴェーダが二人だけで戦うのを諦めて邪竜と大きく距離を取った際、邪竜が二人から視線を外してアイギスへ向かおうとした。
リクとヴェーダに決定打が無いのはすでに邪竜にばれているようで、一度アイギスに向かった邪竜の注意を再び自分たちに引きつけるのにリクとヴェーダは大変苦労した。
現時点でこの邪竜はリクとヴェーダに雷撃を飛ばしながらもゆっくりとアイギスに向けて移動しており、すでにリクとヴェーダとの戦いを始めてから三キロ程アイギスに近づいていた。
正直に言うと邪竜が移動のついでとばかりに放ってくる雷撃をよけるだけでも精一杯だったが、これ以上自分たちが攻撃の手を緩めたら邪竜の移動速度はますます上がってしまう。
そう考えたリクが決死の覚悟を決めてヴェーダもいざとなったらと決意した時、リクとヴェーダにアヤネからの通信が入った。
「ごめん!遅くなった!」
通信を受けてリクとヴェーダが邪竜の進路上に視線を向けると、邪竜の五十メートル程前にアヤネの姿があった。
深紅の隊服を着て自分の前に立つアヤネを見て、邪竜は特に動きを止めることもなく前進を続けた。
「調子乗ってんじゃないわよ!」
自分目掛けて雷撃を放ちながらも動き自体は止めない邪竜に対し、アヤネは声を荒げながら正面から突撃した。
南の戦線からここに来るまでに『時間加速』を多用していたためアヤネは肉体的にはともかく精神的にはかなり疲労していた。
しかし泣き言を言っていられる状況でもなく、セツナの毒にさえ気をつければ時間稼ぎ程度なら自分一人で何とかなるだろう。
そう考えたアヤネは雷撃の雨をくぐり抜けて邪竜のもとに辿り着き、そのまま跳び上がると左手に持った細剣で邪竜の左の頭部の左眼を斬り裂いた。
邪竜が纏っている毒の量が少ないと言ってもそれは邪竜の体全体と比べたらの話で、人間の腕を完全に飲み込む程度の厚さはあった。
そのため邪竜の左眼を斬り裂いた際にアヤネの左腕と細剣は毒に触れてしまい、三秒と持たずにアヤネの左腕は崩れ落ちた。
しかしこの事態を予想していたアヤネは袖口に忍ばせていたナイフで左腕を傷口ごと斬り落とし、その後すぐに体の時間を巻き戻して左腕を復元した。
目の一つを潰されて叫び声をあげる邪竜を見てアヤネは馬鹿にした様な表情で口を開いた。
「四つもあるんだから一つぐらいいいじゃない。こっちは左腕なくしたんだからお互い様でしょ」
そう言うとアヤネは左腕で先程落とした細剣を拾い、再び邪竜へと斬りかかった。
邪竜の生成する毒はセツナのものより若干威力が落ちるらしく邪竜の毒に触れたアヤネの細剣は多少形が崩れていたものの原型を保っていた。
もし邪竜の毒がセツナの毒と同等の威力だった場合、まともに触れたら研究局製の武器でも半壊していたので、これはアヤネにとって嬉しい誤算だった。
その後もアヤネは邪竜の未知の技に備えて『時間加速』を使わないという制限の下で邪竜と戦い、それでも邪竜を相手に互角以上に戦っていた。
しかしやはりSランクの邪竜を一人で相手取るのはアヤネには荷が重く、徐々に危ない場面が増えていった。
邪竜の頭部が動いた結果邪竜の首に着地してしまったアヤネは脚が崩れ落ちる前に何とか跳躍し、その後脚を二十回以上復元しながら邪竜の頭部へと到着した。
毒を纏っている自分の体の上を何事も無いかの様に駆け抜けるアヤネの行動を受け、アヤネが何をしているかは理解していなかった邪竜も邪竜なりに抵抗をした。
力任せに邪竜が首を振り、それによりアヤネの体が宙に浮いた。
突然空中に放り出されてしまい思わず舌打ちしてしまったアヤネだったが、邪竜からはアヤネの姿は見えていないのでこのまま攻撃を仕掛けられると考えていた。
しかしそんなアヤネに邪竜の右側の角がたまたま当たり、胴体を角で強打した痛みと体を毒に侵食される痛みで気を失いそうになりながらもアヤネは何とかナイフで自分の首を斬り落とした。
首を切り離した時点で現状把握もままならなかったので、アヤネは『時間加速』を使い安全を確保するとそのまま地面に落下した。
上空二十メートル程の高さで邪竜に振り落とされて背中から地面に落下したアヤネだったが、魔力を高めて防御力を高めていたため致命傷を負うだけで済んだ。
「あっぶな。死ぬとこだった」
体の傷をすぐに復元して立ち上がったアヤネは間一髪死を免れたことに安堵すると、深いため息をついた。
アヤネは頭部さえ無事なら瞬時に体を復元できるが、先程の邪竜の角が頭部かナイフのどちらかに当たっていたら終わりだった。
うまくいけばコウガとセツナが来る前に邪竜の眼全て、あるいは首のどちらか一本ぐらいは潰せるかも知れないと思っていたアヤネだったが、この辺りが自分の限界だと悟った。
ちょうどその時アヤネにばかり気を取られていた邪竜の右後ろ脚をリクが、右の翼をヴェーダが斬り落とした。
「やっぱ火力じゃあの二人にも負けるか。……新しい武器用意しないとまじめにまずいわね」
自分なら数回は攻撃を仕掛けないと潰せない邪竜の翼と脚をそれぞれたった一回で潰した後輩二人の活躍を見て、アヤネは自分がこれ以上この場で無理をする必要は無いと判断した。
とはいえコウガとセツナがここに来るまで遊んでいるわけにもいかないので、先程落とした細剣を回収しようとアヤネが歩き出した時だった。
残っていた後脚と翼を斬り落とされて苦悶の叫び声をあげていた邪竜が体を震わせたかと思うと、邪竜が纏っていた毒の厚さが二倍にまで膨れ上がった。
邪竜が纏っていた毒の量が増えたのを見て毒の散布を警戒したアヤネだったが、その後邪竜が動かなかったため胸を撫で下ろすとリクとヴェーダに通信を繋いだ。
「さすがね。でもあんたたちの武器もそろそろ限界なんじゃない?」
邪竜の体を斬り裂いた際にリクとヴェーダの武器も邪竜の毒を浴び、アヤネの武器同様ダメージを負っているはずだ。
そう考えて二人に通信を入れたアヤネにリクとヴェーダの返事が返ってきた。
「はい。僕の薙刀は刃の部分はほとんどなくなりました。一応突くぐらいならできるとは思いますけど……」
「私の武器はアヤネさんや兄さんのより大きいのでまだ大丈夫です」
比較的細身の武器を使っているアヤネとリクと違い、ヴェーダは自分の背丈程ある大剣を武器にしている。
そのためヴェーダの武器が無事なことはそれ程不思議でもなかったので、アヤネもリクもヴェーダの報告に特に疑問を抱かなかった。
二人の報告を聞いたアヤネは武器はともかくリクもヴェーダも致命傷を負っていないことに安心と共に敗北感を覚えたが、それは口にせずに今後の方針を二人に伝えようとした。
しかし邪竜の体を覆っていた毒が緩やかに拡散し始め、その毒に邪竜が雷撃を放ったのを見てアヤネはリクとヴェーダに警戒を呼び掛けた。
「二人共気をつけて!こいつ爆発を、」
アヤネは警告を最後まで言うことができず、邪竜が引き起こしたガス爆発に巻き込まれた。
このガス爆発は邪竜を中心に半径二百メートルを吹き飛ばした。
この爆発に対して二人共爆発の範囲内にいたリクとヴェーダは転移での回避ができず、『時間加速』で逃げようとしたアヤネも先程『時間加速』を使用したばかりだったため数秒で『時間加速』の使用ができなくなり爆発に巻き込まれた。
爆発とそれに伴う土煙が収まった後、邪竜の周囲には誰一人立っておらず、邪竜は残った前脚を使い這うようにアイギスへと向かった。




