二人のエース
シュウがレイナの障壁で創られた箱の中で十体目の邪竜を倒していた頃、ギオルとミアもそれぞれBランクの邪竜との戦いを開始しようとしていた。
ギオルと別れてすぐ浮遊したミアを一体の邪竜が追う中、ギオルは走って邪竜へと近づいた。
自分に近づいて来るギオルを上空からの火炎放射で迎撃しようとした邪竜に対し、ギオルは邪竜の動きから火炎放射を予測して大きく右に回避した。
邪竜の火炎放射を毎回能力で防いでいると今のギオルではすぐに魔力切れになってしまうので、ギオルとしては邪竜の攻撃は極力回避して魔力は攻撃に回したかった。
危ない場面もあったがギオルは何とか自分の射程範囲に邪竜を入れることに成功した。
しかしその瞬間邪竜が本日数度目となる火炎放射をギオル目掛けて行い、この攻撃は距離が近かったためギオルは回避できなかった。
邪竜との距離を詰めた時点でこの状況は想定していたので、ギオルは慌てることなく能力を発動した。
ギオルを起点に巨大な氷の槍が生成され、ギオルを包み込むように創られた氷の槍は邪竜が放った火炎の中を進み邪竜の口元に命中した。
しかしこの氷の槍は邪竜の放った火炎によりかなり溶けていたので、邪竜の体に突き刺さるまでには至らなかった。
それでも邪竜の動きを一瞬止める効果はあり、その隙にギオルは邪竜の横に回ると邪竜の左の翼目掛けて二本の氷の槍を創り出した。
防御目的だった先程の槍と比べて細く創られた氷の槍は邪竜の翼を見事に貫き、邪竜の飛行能力を奪った。
墜落した衝撃で動けなくなった邪竜の首元目掛けてギオルは再度氷の槍を創り出し、これもギオルの狙い通り邪竜の首元に突き刺さったが邪竜を倒すまでには至らなかった。
「ちっ、こりゃ何発撃っても駄目だな」
自分の予想より浅くしか刺さらなかった氷の槍を見て、ギオルは直接刀で邪竜を倒すことにした。
ギオルは裏がスパイクになっている靴で傾斜をつけて創った氷の槍を駆け上がり、そのまま邪竜の左眼を手にした刀で斬り裂いた。
このギオルの攻撃で邪竜がひるんだ隙にギオルは邪竜の頭に刀を突き刺し、そのまま刀の先から氷の刃を侵食させて邪竜の頭部を破壊しようとした。
しかし邪竜が翼に刺さっていた氷の槍を破壊したことで邪竜の動きが激しくなり、邪竜の体から振り落とされたギオルは攻撃を中断せざるを得なくなった。
「まだ無理か」
後五秒程あれば邪竜の頭部を内側からズタズタにできたと思うのだが、実戦で仮定の話をしてもしかたがない。
気持ちを切り替えたギオルは空中で氷の足場を創り、今度は邪竜の首へと跳び移った。
その後ギオルは邪竜の首を刀で斬り裂き、氷の槍で突き刺し、スパイクで踏み荒らした。
五本目の氷の槍が邪竜の首に突き刺さった頃には邪竜の首の三分の一程まで傷口が開いていたがまだ邪竜は倒れず、その上邪竜の攻撃が届かない首の上に立っているギオルに対して抵抗すらしてきた。
しかし抵抗といってもほとんど悪あがきの様なもので、邪竜はギオルを首に乗せたまま後方へと倒れた。
「うおっ!」
邪竜が横転ならともかく後転するということはギオルの予想には無く、何とか邪竜の動きに巻き込まれることは避けたギオルだったがとっさの回避の際に刀を失ってしまった。
武器を失ったことに焦りを覚えたギオルだったが、その後すぐに邪竜に視線を向けたギオルは思わず表情を緩めてしまった。
「ったく、びびらせやがって。結局ただの悪あがきか」
ギオルの視線の先では背中から倒れた邪竜が起き上がるのに苦労してもがいていた。
かなり滑稽な光景ではあったがギオルの見たところ邪竜はそれ程時間をかけずに体勢を立て直しそうだった。
せっかく邪竜が無防備な状態になってくれたのだから好意に甘えよう。
そう考えたギオルは急いで邪竜に近づくと一度氷で足場を創って邪竜の上へと跳び乗り、現時点でギオルが創れる最大の槍を生成した。
その後重力に従い落下した氷の槍は邪竜の首に深々と突き刺さり、さらにギオルが氷の槍を両足で踏みつけた。この攻撃でできた傷が先程ギオルが邪竜の首につけた傷と繋がったことで邪竜の首はちぎれ落ちた。
しばらくの間邪竜の首から先は動いていたが、それでも徐々に首の動きは緩やかになりやがて体共々消滅した。
「ふー、思ったより手こずったな。俺ならまず負けないって隊長俺の事買い被り過ぎじゃないか?」
邪竜がひっくり返り身動きが取れなくなったことによる勝利という何とも言えない勝ち方をしたため、ギオルは勝利の実感を得られずにいた。
ギオルにとっての勝利とはシュウが毎回している様に正面から邪竜を圧倒して倒すことだったため、今回の戦いは勝ちこそしたもののギオルにとって多くの課題が残るものだった。
満足いく勝利とはいかなかったがとりあえず勝負には勝ったのだからシュウたちと合流しようと考え、ギオルはシュウが今も戦っているはずのレイナの創った箱に視線を向けた。
しかしギオルとミアが邪竜との戦いを始めた頃にはシュウは箱の中の邪竜を全て倒していたため、ギオルが視線を向けた先には何も無かった。
いくら何でもこの短時間でと驚いていたギオルに後ろから声がかかった。
「よお、思ってたより苦戦したな」
急に話しかけられて驚いたギオルが振り向くと、そこには満足気に笑っているシュウがいた。
「さすがですね。まさか俺より早く終わらせていると思いませんでした」
「邪竜が逃げなきゃこんなもんだろ。それよりお前の戦い見させてもらったけどやっぱ自分で足場と盾創れるって便利だな。最後までずっと安定しててよかったぞ。がんばればもう少し早く邪竜を倒せるとは思うけどこれからも安全第一でがんばってくれ」
「はい。ありがとうございます!」
シュウの称賛を受けてギオルは嬉しそうに頭を下げた。
そんなギオルの横でシュウは今も戦っているミアに視線を向けた。
「あいつの方が先に終わると思ってたんだけど、あいつ遊んでやがるな。まあ、二人同時に終わると見るの大変だから助かるけどよ」
呆れた様子でそう言うシュウの視線の先ではミアと邪竜の戦いが最終局面を迎えようとしていた。
ギオルとほぼ同時に邪竜との戦闘を開始したミアは、先月の初陣同様邪竜相手に空中戦を行っていた。
邪竜の頭上を取ろうとしたミアに対して邪竜は火炎を放ち、ミアはそれに対して『リフレクトウォール』を発動した。
シュウ以外にも『フェンリル』の隊員何人かを相手に実験していたため頭では大丈夫だとは理解していても、やはり実戦での初めての『リフレクトウォール』の使用はミアにも不安があった。
そのためいざとなったら逃げられるようにミアは炎の端で『リフレクトウォール』を使用したのだが、『リフレクトウォール』は問題無く邪竜の火炎を防ぐことができた。
「よし、これなら大丈夫ね」
火炎放射はAランク以下の邪竜の最大の攻撃方法なので、ミアが火炎放射を防げた時点でミアが邪竜に負ける可能性はなくなった。
もし『リフレクトウォール』が邪竜に突破されるようなことがあったらヒット&アウェイの戦法を取るしかなかったのだが、これなら正面から戦っても問題無さそうだ。
そう判断したミアは邪竜の火炎放射が収まると邪竜の顔面に正面から斬りかかった。
自分の放った火炎が原因でミアの行動を把握できていなかった邪竜はミアの攻撃をまともに受け、ミアの斧により左眼を深々と斬り裂かれた。
ミアの攻撃を受けた邪竜が苦悶の声をあげる中、ミアは続いて邪竜の翼に攻撃を仕掛けた。
速度を落とすことなくミアが前進すると、ミアの手にした斧は邪竜の翼をまるで紙の様に斬り裂いていった。
「あれ?」
おそらく二、三回は攻撃しないと邪竜の翼を斬り落とせないと考えていたため、ミアはあまりにあっさり邪竜の翼が斬り落とせたことに拍子抜けした。
しかし戦闘中にいつまでもじっとしているわけにもいかないので、ミアは続いて重力球を創ると翼を失って墜落した邪竜の背中に叩きつけた。
邪竜の背中はまるで水の様に重力球を手にしたミアの手を飲み込み、またしてもミアを拍子抜けさせた。
「何かこいつ弱くない?」
あまりのあっけなさに戸惑いすら感じ始めていたミアだったが、その後も何度か邪竜との攻防を行い邪竜が弱いのではなく自分が強くなっているのだと気づいた。
重力球はもちろん斧による攻撃でも邪竜に容易にダメージを与えることができ、その上邪竜の攻撃は打撃も火炎放射も『リフレクトウォール』で防ぐことができたからだ。
先月Bランクの邪竜との戦いで全身傷だらけで気を失ったことを考えると我ながら驚異的な成長速度で、ミアはまだ戦いが終わっていないにも関わらず笑みを浮かべた。
しかし一瞬シュウが戦っているはずの方向に視線を向けた後、ミアはすぐに真顔に戻った。
「嘘でしょ?」
ミアが邪竜相手に実験も兼ねて時間をかけて戦っていたのは事実だったが、それでもミアが戦いを始めてからそれ程時間は経っていないはずだ。
それにも関わらずミアが視線を向けた先にはレイナの創った障壁も邪竜の姿も無かった。
自分が全力で邪竜を仕留めにかかったとしても十六体のBランクの邪竜をこれ程短時間で全滅させるのは不可能だ。
そう考えたミアは自分とシュウとの実力差を改めて感じ、Bランクの邪竜一体を圧倒している程度で得意気になっていたことが恥ずかしくなった。
とりあえずどこかで自分の戦いを見ているはずのシュウと合流しようと考え、ミアは手早く邪竜を倒すと無線でシュウに連絡を取った。
「シュウ隊長私たちより早く戦い終わらせたんですね?」
シュウとギオルと合流して早々、ミアはシュウが自分たちより早く戦いを終わらせていたことに言及した。
それを聞いたシュウは特に誇った様子も照れた様子も見せなかった。
「隊長二人がかりでBランク程度に苦戦してられるかよ。それよりお前の戦いだ」
ミアの悔しそうな視線を無視してシュウはミアの戦いを見た感想を口にした。
といっても技の威力、戦いの運び方、決着までの時間どれをとっても文句の無い内容の戦いだったためシュウのミアへの称賛はすぐに終わった。
シュウに素直にほめられたのは初めてだったため多少戸惑ったミアだったが、礼を言うとすぐに気になっていたことを尋ねた。
「シュウ隊長は今回のBランクどれぐらいで倒したんですか?」
「さあ、一々数えてなかったけど今回はお前らの戦い見たくて急いで終わらせたからな。一体当たり二秒もかかってなかったと思うから一分以内には終わってたと思うぜ」
「……そうですか」
事も無げに自分の戦果を口にしたシュウにミアは短く返事をするのがやっとだった。
そんなミアを見てミアの心情を察し、シュウは呆れた様な表情を見せた。
「何だ?討伐局入って二ヶ月ちょいでBランク倒したのがそんなに不満か?知ってるだろうが大抵の能力者は数十人がかりでも倒すの苦労するんだぞ?」
「それは分かってますけど隊長になろうと思ったらもっとがんばらないといけませんよね?」
「今回俺が邪竜の群れ瞬殺できたのはレイナのサポートがあったからだし、今回の俺ぐらい早く勝負つけられる奴は隊長にもほとんどいないぞ?お前なら二年もすれば今回の俺程度のことはできるようになると思うから気にするな」
シュウとの差を見せつけられる度に半年後や二年後にはミアにもできるようになっていると言われているミアだったが、そう言われて素直に分かりましたと言える程ミアは大人ではなかった。
しかし急激に強くなれるわけがないことも分かっていたため、ミアはそれ以上食い下がらなかった。
ミアは自覚していなかったが能力者としての才能に恵まれた上に討伐局に入る数年前からシンラの指導を受け、現在シュウの指導を受けているというミアの環境は能力者が強くなるためには考え得る限り最高の環境だった。
これに加えてミアのやる気もありミアは確実に強くなっていたのだが、隊長になるという目標を持っているミアとしては自分の成長速度に満足できずにいた。
こうしたミアの不満をシンラはもちろんシュウも漠然とは感じ取っており、シュウは何度も焦る必要は無いとミアに言っていた。
しかしミアが焦っている最大の理由がシュウを目標にしていることだったため、シュウのこの助言はあまりミアには効果が無かった。
とはいえこの場でのシュウとミアの話は一段落つき、それを見計らいギオルがシュウに話しかけた。
「ところでガドナーさんたちの方にいかなくていいんですか?『飛燕』ならすぐだと思いますけど」
「馬鹿言え。Bランク二体とかちょうどいい練習相手じゃねぇか。お前らがいないからってBランクも止めれないようなら訓練の中身見直さないとな。ガドナーもついてるんだから心配いらねぇよ。レイナ待たせてるからとりあえず車まで戻るぞ」
こう言ってシュウは二人の返事を待たずに歩き出した。
シュウはともかくギオルとミアは自分たちの後方でBランク二体と戦っている『フェンリル』の隊員たちのことを心配していた。
しかし隊長のシュウが大丈夫と言う以上それに従うしかなく、確かにガドナーもいるのだからそこまで心配しなくても大丈夫だろうと考えてギオルとミアはシュウの後を追った。




