要望
六月二十二日(月)
会議から二時間後の日付が変わった頃、アイギスの東にシュウと『フェンリル』、そしてレイナが集まり今回の作戦の確認を行っていた。
「俺とレイナは先に行って邪竜を潰す。それでうまくいけばよし。何体かレイナが取りこぼしたらそれはお前らで対処しろ。といっても邪竜が逃げた場合、俺もすぐに追うからお前らの出番は無い可能性が高いけどな」
今回はアイギスから邪竜の出現場所までの距離と出現時間を考えると隊全体で徒歩で向かっていてはぎりぎり間に合わない。
そのためシュウとレイナだけは車で先行し、仮に二人が邪竜を取り逃がしたらそれらの邪竜はガドナー率いる『フェンリル』が相手をすることになっていた。
この事は前もって『フェンリル』の隊員全員に伝えてあり、最後の確認を終えたシュウとレイナは車で現場に向かおうとした。
そこにギオル、ミア、サヤの三人がそろってやって来て、シュウとレイナにある提案をしてきた。
「私たちにBランク一体ずつと戦わせて下さい」
三人を代表して口を開いたギオルがしてきた提案を聞き、シュウはおもしろそうに笑った。
「そうだな。お前と孫娘は別にいいぜ。まず負けないだろうし」
自分たちの提案が突然だったにも関わらずシュウの承諾がもらえたことにギオルとミアは喜びたいところだったが、サヤだけは戦う許可が下りなかったため二人は気まずそうにサヤに視線を向けた。
そんな二人の視線を受け、ネストで働き始めてからするようになったツインテールを揺らしながらサヤはシュウに質問をした。
「どうして私だけ駄目なんですか?」
サヤは以前シュウからサヤとミアの強さは互角だと聞いていた。
そのためギオルとミアが今回の提案をすると聞き自分もと考えたサヤは、シュウにBランクの邪竜との戦いを止められたことが意外だった。
そんなサヤを見てシュウはサヤの勘違いを正した。
「前に俺が言ったお前と孫娘の強さが互角っていうのを当てにしてるならあきらめろ。まあ、これに関しては俺の言い方が悪かったか。あれは人と戦う場合の話だ」
人と戦う場合と邪竜と戦う場合では必要な能力が全く違う。
極端な話強力な能力者を殺したければ不意を突けばただのナイフでも殺せるが、邪竜の場合はそうはいかない。
鉄以上の硬度の巨体を持つBランク以上の邪竜が相手となると高い威力の技を安定して何度も使用できなくては話にならず、今のサヤにはそれは不可能だった。
「今のお前じゃ『暴食』と『ウロボロス』以外じゃBランクにダメージを与えるのは無理だ。お前まだそんな大量にはもの取り込めないだろ?」
『ウロボロス』を使い邪竜の体を取り込み、許容量を超えたら『ウロボロス』に使っていた血は捨てればサヤが体調を崩すことはない。
しかし今のサヤがBランク相手にそれをしても邪竜を倒す前にサヤが内蔵している血が底を尽きるだろう。
「翼だけ壊して後は地上戦で時間をかければ、はい分かりました」
シュウの発言を聞いても納得せずに食い下がろうとしたサヤだったが、シュウの顔を見て突然自分の意見を取り下げた。
シュウがこれまでに何度かサヤに見せたすでに話し合う気をなくした顔をしていたからだ。
普段は隊員たちの反論や文句を楽しそうに聞いているシュウだったが、戦うなや逃げろといった隊員たちの命に関わる自分の指示に隊員たちが逆らった場合シュウは相手を粘り強く説得したりはしない。
ただ気絶させるだけだ。
そのことを知っていたギオルもシュウの表情を見てサヤの身を案じたが、間一髪でサヤが引き下がりほっとしていた。
実際サヤの判断が後一瞬遅かったらサヤはシュウに気絶させられ、今回の戦いには参加できなかっただろう。
「よし聞き分けがよくて助かるぜ。じゃあ、俺たち四人だけなら車で行けるから、お前はガドナーたちと一緒に歩いて来い」
「分かりました」
完全に納得した様子ではなかったが、それでもサヤはシュウの指示に従い『フェンリル』の隊員たちと合流した。
その後シュウたち四人は車を使い、一足先に邪竜が出現する現場へと向かった。
現場へと向かう道中の車内で助手席に座っていたレイナは先程のシュウとサヤの会話について気になったことをシュウに尋ねた。
「あんたが『メリクリウス』から助けた子の面倒見てるっていうのは聞いてたけど、あの子そんなに強いの?」
シュウがサヤに一対一での訓練をつけているといってもそれはシュウが普段行っている助け出した相手の就労支援の延長だとレイナは考えていた。
そのためサヤが隊長候補と目されているミアと互角というシュウの発言を聞き、レイナはサヤに興味を持った。
そんなレイナの質問に運転中のシュウは軽い口調で答えた。
「ああ、対人戦闘だとほぼ無敵だな。まじでモンスター映画のモンスターみたいな攻撃してくるからな。『ウロボロス』は『魔装』使えるか再生持ちじゃないときついだろうし、あいつ自身が再生能力持ちだ。ガドナーにも言ったけどクオンやセツナみたいな能力が強いタイプだな」
「へぇ、それは楽しみね」
シュウが人をほめているという珍しい光景を見て、レイナはサヤの強さを確信した。
「でも能力が強いだけだとどうしても限界があるからな。『ウロボロス』実戦以外では使うなって言ってあるから、お前と戦う時のあいつそこまで強くないだろう?」
「うん。再生前提でがんがん突っ込んでくるのはちょっと面倒だけど、でも訓練だと大体私が勝つわね」
シュウに話を振られ、ミアはサヤとの訓練を思い出しながら返事をした。
「人相手ならともかく邪竜と戦うだけなら能力の訓練だけすりゃいいって何度も言ったんだけど、何でか知らないけど武器の訓練止めないんだよな。手っ取り早く強くなりたければ能力の訓練だけしてればいいのに」
「武器も能力もどっちもっていうのは悪いことじゃないでしょ。実際長期戦になれば能力連発ってわけにもいかないし」
隊に指示を出しながらの戦闘の際は絶えず能力を使用しているため、戦闘後の疲労が隊長たちの中でも群を抜いて大きいレイナの発言にシュウは同意した。
「まあな。とりあえずあいつは今の調子でいけば半年ぐらい経てばクオンよりは強くなってるだろ。あいつが強くなれなければ俺のせいらしいからな。後で文句言われないように精々がんばるさ」
そう言ってシュウが話したシュウに訓練をつけて欲しいと頼んだ際のサヤの発言を聞き、三人は驚いていた。
「すごいですね。シュウ隊長にそこまで言える人なかなかいないですよ」
「あいつ思ったより図々しいぞ。そもそも使うなって言われてる『ウロボロス』、この前治安維持局局長様と戦った時普通に使ったらしいし」
「何でそれ知ってるの?」
サヤの言動に驚いている様子のギオルに向けてのシュウの発言を聞きミアは驚いた。
あの戦いに目撃者がいるとは思っていなかったからだが、シュウがそのことを知っていたのは至極当然の理由からだった。
「使われた本人から聞いた。やばい部下育ててるわねって笑ってたぞ」
「アヤネ隊長から聞いたの?それはしょうがないか」
あの時アヤネは他言無用という雰囲気を出していたが、サヤの上司のシュウになら話しても大丈夫と判断したのだろう。
そう考えて納得しながらミアは訓練中に『ウロボロス』を見た時のことを思い出していた。
隊長ではない能力者の強力な技というのは今の自分の能力の強さを確かめたいミアにとってとても都合がいい技だった。
そのためさすがに同僚との訓練で使うのは嫌だというサヤを説得し、ミアは一度だけ斧を起点にした重力の障壁、『リフレクトウォール』で『ウロボロス』を受けたことがあった。
この技名は最終的に相手の攻撃を防ぐのではなく跳ね返せるようになるというミアの目標を込めたもので、現時点で『リフレクトウォール』はただの障壁に過ぎない。
しかしそれでもミアが自力で行える最高の防御技であることには違いなく、ミアは恐れ半分期待半分で『ウロボロス』を『リフレクトウォール』で防いだ。
結果は三秒も持たずに『リフレクトウォール』は『ウロボロス』に破られ、それを見て慌てて後退したミアはその際に飛び散ったサヤの血を数滴体に浴びた。
サヤの血が当たった場所には激痛が走り、まるで硫酸を浴びた様な状態になってしまった。
それを受けてミアは血を飛ばせば強力な攻撃ができるのではとサヤに提案したのだが、血の消耗は極力避けたいと考えているサヤはミアの提案を断った。
しかし消耗後のことを考えなければサヤは酸の様な性質も持つ血を敵目掛けて散布できるのだから、対人戦闘ではほぼ無敵というシュウの発言にはミアも同意だった。
しかしそれとは別に気になることができたミアはシュウに質問をした。
「私がシュウ隊長に個人的に訓練つけて欲しいって頼んだらつけてもらえるんですか?」
ミアのこの質問を受け、シュウはしばらく考えてから口を開いた。
「たまにならいいけど、あいつみたいに毎日は無理だ。お前まで面倒見るときりがなくなるし、そもそもあいつの面倒見てるのはあいつの母親殺した罪滅ぼしって意味もあるからな」
先日サヤに言った通りシュウはチャルチィを殺したことは別に何とも思っていなかったが、こう言えばミアはこれ以上食い下がれないだろうと考えて口実に使った。
シュウの予想通りミアはシュウの発言を受けて黙り込んだが、予想以上に車内の空気が重くなったためシュウは口を開いた。
「そもそもあいつが今受けてる訓練お前じゃ無理だぞ」
「どうして?少しきついぐらいで音をあげたりしないわよ」
サヤを馬鹿にするわけではないが、ミアだって強くなろうとする気持ちは負けていないつもりだった。
そのためシュウに無理と言われて不快に思ったミアだったが、それはミアの早とちりだった。
「やる気の問題じゃなくてあいつとの訓練は再生能力前提で攻撃の寸止めなんてしないし、手足もばんばん斬り落とす。やってる俺ですらよく止めるって言い出さないなと思うぐらいの、はっきり言って訓練っていうより拷問に近いことやってるからあいつ以外じゃ無理だと思う」
実際シュウがサヤとの訓練で毎日使っている場所は、周囲の地面に血がしみ込んでいた。
「何もそこまでしなくても……」
大量の流血を伴う訓練を毎日行っていると当然の様に口にしたシュウにミアは思わず引いてしまった。
しかしシュウはミアの視線など気にした様子も無く話を続けた。
「相手の能力で訓練内容変えるのは当たり前だろ?リンドウのおっさんだって再生前提の無茶な訓練毎日してるらしいし」
リンドウは隊の訓練や隊長としての各種業務が終わった後、毎日一人で数時間の訓練を行っている。
魔力は無理でも体の疲労は能力で回復できるリンドウでなくてはこの訓練方法は一ヶ月も続かないだろう。
「あんた一日どれぐらい訓練してるの?」
先程から衝撃的な発言を何度もされて動揺していたミアは、完全にシュウへの口のきき方が砕けたものになっていた。
しかし他の三人の誰もそのことを指摘しなかったため二人の会話はその後も続いた。
「俺一人の訓練はそうだな、……一日二時間もしてないと思う。体を動かしてないってだけで新技とかのイメトレは暇な時によくやってるけど」
「二時間。思ったより短いわね」
ミアはシュウが一日中本部裏の森の奥で訓練をしていると思っていたため、シュウの答えを聞き驚いた。
そんなミアにシュウは説明を続けた。
「俺大抵の技は思いついたらすぐにできるからな。定期的にやらないと忘れちまう小技の練習以外はそんなにしないんだよ」
「小技ってどんなの?」
「なかなか口を割らない相手を死なせないよう拷問する方法とかだ。治りやすい骨の折り方とかだけど興味あるなら教えるぜ?」
「遠慮しとくわ。興味無いから」
ここまでの会話で戦いの前にどっと疲れてしまったミアは、シュウが笑いながらしてきた提案を力の無い声で断った。
「何か疲れた顔してるな。どうせあっちに着いてもしばらくすること無いし、何なら寝てもいいぞ」
「そうね。じゃあ、そうさせてもらう」
そう言ってミアが目を閉じると横のギオルも目を閉じ、前にいる隊長二人は起きたまま現場へと向かった。




