面接
しかしその勘違いについては指摘せず、テュールはサヤの質問に答えた。
「お気持ちは嬉しいですけど、仮に私の家族が生きていたとしても会いたいとは思いません」
「どうしてですか?」
テュールの答えを聞きわずかに表情を硬くしたサヤにテュールは自分の考えを伝えた。
「私は家族というのは誰かと友達になるのと同じで時間をかけて関係を築くものだと思っています。だから一緒に過ごした時間が全く無いのに血が繋がってるから家族だと言われても反応に困るというのが正直なところですね」
「時間ですか……」
テュールの発言を聞きしばらく黙り込んだサヤを相手にテュールはしばらく待ったのだが、サヤがなかなか話し出さなかったので話を進めた。
「もちろんこれは私の考えなのであなたが家族を見つけた場合はあなたのしたいようにすればいいと思います。もしお気に障ったのなら謝ります」
「いえ、気にしないで下さい」
確かにこちらの気持ちばかりで相手の気持ちを考えていなかったと反省したため、サヤは謝罪してきたテュールに謝罪で返した。
その後テュールは一度息を吐くと面接を再開した。
「さてと話を戻しますけどこの店で働いてもらう以上気をつけて欲しいことがあります」
「何ですか?」
「今日ミアさんがあなたをここまで案内してくれたわけですけど、あなたはミアさんにちゃんと感謝していますか?」
テュールのこの質問にサヤは即答できず、そんなサヤを見てテュールは話を続けた。
「あなたの詳しい事情については私も聞いてませんけど、かなり苦労をしたと思います。でもだからといって自分が優しくされるのは当然だと思っているとその内痛い目に遭いますよ?」
シュウに助けられ、アヤネに『フェンリル』を紹介され、シュウに一対一の訓練をつけてもらい、ミアにこの店まで案内してもらう。
ここ最近の出来事を思い出したサヤはテュールの指摘について考え、言われてみればここ最近は誰かに面倒を見てもらうのが当たり前になっていたことに気づいた。
自分が周囲の人間に面倒を見られていることについてサヤは特に感謝も罪悪感も抱いていなかったのだが、テュールがこのことを問題視していることに気づき少なからず焦った。
テュールが何を問題にしているか全く分からなかったからだ。
そんなサヤの考えを察し、テュールは自分の考えを伝えた。
「能力が低いだけなら努力すればいいです。でも性格や考え方は普段から意識していないと治せませんよ。特に性格や考え方は今のあなたの様に問題があるということにすら気づいていない場合が多いですから」
テュールにここまで言われてもサヤは返事ができず、テュールはそんなサヤを怒るでもなく諭した。
「私の言った事が理解できてないみたいですけど、とりあえず誰かの世話になったら礼を言う。それだけでいいと思います。見たところあなたはそこまで終わってる人でもないようですし」
「よく分からないですけど分かりました。とりあえずミアさんにはお礼を言っておきます」
「ええ、それがいいと思います。とりあえず明日の午後三時に来てもらえますか?多分私はいませんけど店の人たちには話しておきますので」
「分かりました」
これで面接は終わり、サヤがまだ出されたカフェオレを飲んでいないことに気づいたテュールはサヤにカフェオレを飲むように勧めた。
言われるがままカフェオレを飲んだサヤはカフェオレを口に含んだ瞬間表情を変えた。
「……おいしい」
短いながらも感情のこもったサヤのつぶやきを聞き、テュールは嬉しそうに笑った。
「そうでしょう。それを飲みたいばかりにここにはつい他の店よりも多く顔を出しちゃいます。この店で働くならこれからも飲めますよ」
「へー、すごいですね」
飲み物など水で十分と考えていたサヤは、自分のこれまでの考えを根底から覆す飲み物の存在に驚きながらコップを空にした。
その後サヤが部屋を後にすると、テュールは深いため息をついた。
「ふー、何か変な勘違いをさせたみたいですね。考えてみればコウガさんと同じ様なことができるわけがないので当たり前といえば当たり前ですが」
テュールはサヤの能力をあらかじめ知っていたので、サヤとの面接に不安を持っていた。
そして今日面接を行ったわけだが、結果はテュールの予想とは少し違うものとなった。
サヤに余計な誤解をさせてしまったのはテュールとしても心苦しかったが、今回の結果はテュールにとって好都合だったのでサヤには何も言わなかった。
後はサヤが今回の件でシュウに何を言うか次第だとテュールが考えていると、床に置いていたカバンから通信機の音が聞こえてきた。
すぐにテュールが通信機に出ると連絡してきた相手から急用を告げられ、すぐに店を出なくてはならなくなった。
今日は後二時間程ここでゆっくりするつもりだったため、テュールはため息をつきながら出かける準備をした。
一方テュールが部屋で通信機を手にしていた頃、ミアとサヤは二人そろって帰路についていた。
「面接はどうでしたか?」
「明日から来るように言われました。後最低限の読み書きはできないと困ると言われたので、講習とかいうのにも行くつもりです」
「へー、そんなに色々やって大丈夫なんですか?睡眠時間とか」
ミアは毎日訓練を欠かさないが、それでも一日に訓練に割く時間は長くても四時間程だ。
それでも日によっては翌日に疲労が残ることがあり、それに勉強と仕事が加わるとなるとかなりきつい日程になる。
そう心配してサヤに質問したミアだったが、サヤは全く表情を変えることなく大丈夫だと言い放った。
「私は少しでもシュウ隊長に近づきたいと思っています。そのためにはいくらがんばってもやり過ぎということはないです。それよりも一つ質問があります」
「何ですか?」
これまでミアの質問に答えるという形での発言がほとんどだったサヤから質問があると言われ、ミアは意外そうな表情を浮かべた。
「あなたには今日お世話になったので何かお礼をしたいです。何か私にして欲しいことはありますか?」
「いえ、そんな気にしないで下さい。大した手間じゃなかったですし」
「でもさっきテュールさんから面倒を見てもらったらちゃんとお礼をするようにと言われたので」
サヤからテュールの発言を聞いたミアは、前から考えていたことを伝えた。
「それなら時々私と一緒に訓練しませんか?サヤさんの能力は変わってて私もいい刺激もらえそうで、前からお願いしたいと思ってたんです」
「……それはいいですけどそれだと私も助かるのでお礼にならないです」
ミアの提案を受け入れながらもそう言って困った様子を見せたサヤにミアは気にしないように伝えた。
「気にしないで下さい。私も助かってサヤさんも助かる。助け合いってそういうものですし、何なら読み書きも私が教えましょうか?その方が空いた時間で他のことできますし」
ミアの学校の成績は下から数えた方が早かったが、さすがに小学校低学年程度の内容なら教えられる。
そう考えてのミアの発言を聞いてサヤは考え込んだ。
正直講習とやらで更に多くの人間と関わるのが面倒だと考えていたため、ミアの提案はサヤにとって好都合だった。
しかしミアの提案をそのまま受け入れてしまっては先程テュールから言われたことに逆らうことになる。
テュールとも仲良くなりたいと考えていたサヤはそれを避けたかったので、しばらく考え込んでからミアにあることを頼んだ。
「あなたの提案はありがたいので受けたいと思います。でも私の方がたくさん得してるので、あなたが私にして欲しいことがあったらいつでも言って下さい」
「はい。分かりました」
ミアに現時点でサヤに頼みをする気は無かったが、こう答えないと話が進まないと考えてミアはサヤの頼みを聞き入れた。
その後二人はさっそく訓練を行うことを決め、二人で機構本部へと向かった。
その道中サヤは先程初めて会ったテュールについて思い出し、これまでよくも悪くも何とも思っていなかった親に呆れに近い感情を抱いた。
しかしそれはとても小さなもので、すぐにサヤが抱いているもっと大きな不安により忘れ去られた。
ここまでミアと話していて、サヤは全くミアに感謝できずにいた。
先程ミアに礼をしたいと言ったのもテュールの指示に従っただけで、別にサヤがミアに感謝していたからではない。
サヤは感謝の気持ち以前にシュウ以外の人間と話す時ほとんど何の感情も抱かず、このこと自体がまずいのだろうということはサヤも周囲の人々を見て察するようになった。
しかしどうすれば他の人間の様にできるのかがサヤには分からなかった。
自分はテュールが期待している様な人間になれるのだろうかという不安をサヤは消せないまま帰路についた。
六月二十一日(日)
この日の午後十時頃、機構本部に邪竜襲来の放送が鳴り響き、隊長たちは急ぎ会議室に集まった。
「ったく、夜遅くにめんどくせぇな。今から寝るとこだったのに」
「文句なら創造主に言いなさいよ」
夜中の招集に不満を隠そうとしないシュウの発言を聞きレイナが面倒そうに反応したが、当のレイナも不快そうにしていた。
またすでに夜遅くだったためシンラとリンドウは飲酒していたのだが、これに関してはしかたがないことなのでどの隊長も触れなかった。
今のこの部屋にはクオンとセツナ以外の全隊長がいた。
夜勤の研究局局員による放送は機構本部全体に届くのでクオンも現状は把握しているはずだったが、クオンは隊長特権で夜間の隊長業務は免除されているので今回出席していなかった。
「研究局の予報によると今日の朝九時にアイギスから東に五十キロの地点にBランク二十体、アイギスから北と南に十キロの地点にCランクの邪竜がそれぞれ千体、計二千体が現れるそうです」
「Cランク二千体?Sランクとは別の意味で面倒ね」
シンラからの報告を聞き、アヤネが心底面倒そうにつぶやいた。
一方シュウは邪竜の出現時間を聞き嘆いていた。
「十時間後って予報もうちょっとがんばれよ。今までで最短じゃねぇか?」
シュウの言う通りこれまでの研究局の予報では前日までには邪竜の襲来を察知できていた。
今回も前日と言えば前日だが、実際に出撃する隊長たちからすればもっと余裕をもって予報を出して欲しいというのは本音だった。
「あらかじめ分かるだけましだと思うしかありません。クオンさんには気の毒ですが、出現時間が朝の九時なのでクオンさんにも出てもらいます」
クオンが隊長業務を免除されている時間帯は夜の十時から朝の八時なので、今回の邪竜の戦いにはぎりぎり出撃できた。
「クオンにはご愁傷様だったな。今の内に寝とくように連絡しとくか」
クオンは十日以上前から自分に研究用の能力三つを入れる程の大規模な実験を行っており、ここ最近ほとんど寝ていないはずだった。
このとばっちりでシュウは最近透明化能力を借りれなくなっており、四日前に廊下を死にそうな顔で歩いていたクオンを気絶させて部屋まで連れて行ったのは記憶に新しい。
そんなことを思い出しながら通信機を取り出すシュウを放置してシンラは会議を進めた。
「今回は邪竜の数が多いのでセツナさんを含めた全隊長で出撃するつもりですが、Bランクにどの隊を送るか正直悩んでいます。何か意見があればどうぞ」
AランクとBランクの邪竜が出た場合、どちらも五体につき一つの隊を送るのが討伐局の方針だった。
しかし今回それをしてしまうとCランク二千体と戦う隊が六つしか残らず戦線が維持できない場合があった。
六つの隊と言ってもシンラとセツナは隊を率いていないので、この二人を含む隊長六人とその隊でCランクの群れに挑むと八百人足らずで二千体のCランクの邪竜と戦わなくてはならなくなる。
Cランクの邪竜は戦力的には大したことないので、正面からぶつかるなら隊を二つも差し向ければ倒せるだろう。
しかし余裕を持った戦線を敷かないとCランクの邪竜を討ち漏らす恐れがあり、Cランクといえども邪竜を街に入れてしまうと被害が出る可能性があった。
先日シュウたちが戦った邪竜の行動の変化も考えるとCランクの邪竜が群れをこれまでより広く広げて討伐局の隊を無視してアイギスに向かう可能性もある。
そのため今回アイギスの近くにどの隊を残すかは重要な問題だった。
「Bランク二十体だろ?隊四つも送る必要ねぇよ。俺の隊と『リブラ』で十分だ。セツナも出すなら残りの隊でCランクの群れなんてどうにでもなるだろ」
「シュウさんがいればその案も可能だとは思いますが、今回はBランク二十体が相手です。いくら『飛燕』があるとはいえ邪竜数体を取り逃す可能性がある以上、さすがに隊二つでは不安が残ります。危ない賭けになりますが、せめて隊を三つは送りたいと思います」
自信満々にシュウがしてきた提案は、シンラにとって魅力的なものだった。
しかし能力者なら素人でも倒せるCランクの邪竜と違い、Bランクの邪竜は一体でも討ち漏らしたらアイギスに甚大な被害が出てしまう。
そのためシンラはシュウの提案には乗れなかったのだが、二人の会話を聞きレイナが口を開いた。
「だったら『フェンリル』と私だけで出撃すればいいと思います。私が邪竜をシュウ隊長ごと障壁で囲ったら、後はシュウ隊長が倒すだけです。念のため『フェンリル』にはついて来てもらいますけど『レギオン』は置いて行きます。これならどちらも問題無く対応できると思います」
「……なるほど、それなら大丈夫そうですね。シュウさんはどうですか?」
「特に文句はねぇけど、レイナこっちに来させるのはまずいかもな。今回街の方がおもしろいことになりそうだし」
シュウのおもしろいことという発言を聞き、シュウとアヴィス以外の隊長は表情を硬くした。
こういった場合のシュウのおもしろいこととは強敵の出現に他ならず、シュウの勘の良さは隊長のほとんどがこれまで何度も経験していたからだ。
「こっちの方が面倒なことになるということか?」
「ああ、できれば俺が残りたいぐらいだ」
面倒そうな顔で質問したコウガにシュウは不敵な笑みを向けた。
前回シュウとコウガがそろって街を離れた結果被害が拡大したことを受け、街から離れた場所に二人を同時に派遣するのは避けるということが隊長間の話し合いで決まっていた。
そして同時に二つの場所で戦いが行われた場合、アイギスから離れた場所にシュウが、アイギスに近い方をコウガが守るということも決まっており、ここでその取り決めを破ろうとはシュウも思っていなかった。
「不安が無いわけではありませんが、これ以上の布陣は思いつきませんね。あまり出撃まで時間がありませんがよろしくお願いします」
このシンラの発言で会議は終わり、隊長たちはそれぞれ準備のために会議室を後にした。




