腕試し
興行地区にある風俗店やカジノはもちろんアイギスの認可を受けているが、こういった店の利用者の中にはさらなる刺激を求めて非合法な店や集まりを求める人間が少なくない。
するとそういった人間を相手に商売をする人間も出てくるわけで、そうなると大小様々な犯罪が行われることになる。
そういった事態を防ぐために警察と治安維持局は興行地区に常に目を光らせており、アヤネにいたっては興行地区で働く人間から自分たちより事情に詳しいなどと言われる程だった。
大きな声では言えないが興行地区に店を持つ者何人かの弱みすらアヤネは握っており、数分間店の屋上を無断で使用する程度なら問題になることはなかった。
「さてと、どっからでもかかってきなさい。隊長がどれだけ強いか知りたいってことだから魔力での身体強化以外はしないであげるわ」
「手を抜かれても困ります」
「大丈夫よ。どっちにしろ私が勝つから」
自分の勝ちを全く疑っていないアヤネの発言を聞き、不覚にもシュウと似ていると感じたサヤはいら立ちを覚えながら血で鎌を創り出してアヤネに斬りかかった。
「話には聞いてたけど派手な武器使ってるわね」
サヤの創り出した鎌が迫る中、アヤネは全く慌てた様子を見せずにサヤの攻撃を涼しい顔で防いだ。
自分が全体重を乗せた鎌での一撃をアヤネが左腕だけで防いだのを見てサヤは驚いたが、ここで動きを止める程サヤも甘くはない。
すぐに鎌を引いたサヤはアヤネの頭、腹部、左脚と続けざまに鎌で斬りつけたのだがアヤネには傷一つつかなかった。
その後何度もアヤネの体を斬りつけたサヤだったが、結局アヤネの服すら傷つけることができず最後はアヤネがいつの間にか手にしていたナイフをサヤのど元に突きつけて一回目の勝負は終わった。
「確かに『時間加速』使わなければ私は隊長の中でも弱い方だけど、でも弱いの前に隊長にしてはって一言がつくわ。そうやって武器を振り回すだけなら何度戦っても結果は同じよ?」
能力者が行う魔力による身体及び武器の強化は地味に見えるが能力者が戦う際の基本となる技術で、この技術の練度に差があると格下側が余程強力な能力を持っていない限り勝負にならない。
今のサヤは能力により血の鎌を創っているものの鎌自体に特別な仕組みなどがあるわけではない。
アヤネがこれぐらいはさすがにしてくるだろうと警戒していた戦闘中の武器の形態変化すら今のサヤにはできず、これでは普通の鎌を振るっているのと変わらない。
今のサヤの鎌による攻撃ではアヤネが無抵抗で一時間立っていてもアヤネに傷一つつけられないだろう。
結局二回目の戦いもアヤネがあっけなく勝利し、互いの実力差を的確に把握していたアヤネと違いサヤはアヤネとの実力差に愕然とした。
「どうする?三回目する?正直言って時間の無駄だと思うんだけど」
「いえ、三回目もやらせて下さい」
「分かったわ。どうぞ」
これまで同様サヤが攻撃をしてくるのを待っていたアヤネだったが、今回サヤはすぐに動き出さなかった。
一体何のつもりかとアヤネが不思議に思っているとサヤは突然手にした鎌で左手を斬り落とし、その後左手から噴き出した血で刃を創って右手も斬り落とした。
「ちょっ、何やってるの?」
サヤの突然の行動にアヤネが驚く中、手首から先が斬り落とされたサヤの両手からは不自然な程大量な血が流れ出ていた。
それを見てこれがサヤの攻撃準備だとようやく気づき、アヤネは迎撃準備を整えた。
アヤネはそこまで自分の強さに誇りを持っているわけではないが、それでも客観的に見てはるかに格下のサヤの攻撃準備を邪魔するのはさすがに気が引けた。
そのためアヤネは自分からは動かずサヤの準備が整うのを待ち、それ程かからずにサヤは攻撃準備を終えた。
「またずいぶんグロい技ね」
サヤが両手から生やしたものを見て、アヤネは思わずそうつぶやいてしまった。
今のサヤの両手からは血が鞭状に伸びており、その鞭の太さはサヤの腕の二倍程だった。
しかしサヤが今回創り出したものの用途が鞭でないことは一目瞭然だった。
サヤの両手から生えたものの先が口の様に開いていたからだ。
そしてアヤネの予想通り、サヤは両手から生えた鞭状の血を伸ばしてアヤネに攻撃を仕掛けてきた。
「へー、結構すごいわね」
先程鎌の形状を全く変えてこなかったことからは信じられない程俊敏な動きで今回のサヤの技、『ウロボロス』はアヤネに襲い掛かってきた。
『ウロボロス』から感じる魔力はかなりのものだったので、一瞬『ウロボロス』に手を出すかアヤネは迷った。
しかし隊長を目指すなどと口にした生意気な新人が追い込まれて出してきた技の威力に興味があったためアヤネは向かって左の『ウロボロス』に魔力を込めた右拳を叩き込み、その後アヤネの叫び声が周囲に響いた。
「いったー!何これ?指がなくなったんだけど!」
アヤネに殴られて『ウロボロス』の頭部は吹き飛んだものの、サヤの血に触れたアヤネの手も一部が消滅しており右手の薬指と小指、そしてその根元が消滅していた。
アヤネはすぐに体の時間を巻き戻して指を復元し、その後これまでとは違う鋭い視線をサヤに向けた。
そんなアヤネの見ている前でアヤネの拳を受けて吹き飛ばされた『ウロボロス』はサヤから血が補充されて瞬く間に復元された。
先程アヤネが『ウロボロス』を殴った際に飛び散った血からは魔力を感じないので、これらの血を警戒する必要は無いだろう。
そう考えながらアヤネはサヤに話しかけた。
「すごい技隠してたわね。どうして最初から使わなかったの?」
サヤの『ウロボロス』を食らった直後、アヤネはセツナの毒を受けた時のことを思い出した。
時間を巻き戻してすぐに痛みが消えたので、『ウロボロス』が毒とは違う性質の技であることにアヤネは気づいていた。
しかしこれまでの人生でアヤネが感じてきた痛みの中でも上位に来る痛みを目の前の少女が与えたことは事実で、アヤネはサヤが思っている以上に驚いていた。
そんなアヤネにサヤは『ウロボロス』を使わなかった理由を説明した。
「ほとんどの能力者が防げないだろうからこの技は実戦以外で使うなとシュウ隊長に言われていました。ですが他にあなたに通用しそうな技が無かったのでこの技を使いました。……すみませんけどこの技、『ウロボロス』はすごく疲れる技なので話は後にして下さい」
そう言うサヤの顔には離れた場所にいるアヤネが見て取れる程の汗が流れ、その上今のサヤは周囲への警戒もおろそかになっていた。
今のサヤなら素人でも攻撃を入れることができるだろう。
もっともそれは迫り来る二本の『ウロボロス』を突破できたらの話で、サヤが技の制御に全神経を集中させているだけのことはあり『ウロボロス』の攻撃は簡単に突破できる様な代物ではなかった。
『ウロボロス』は『時間加速』無しのアヤネでは無傷で攻略するのは不可能だろう。
そう考えたアヤネはサヤに謝罪をした。
「ごめん。時間の巻き戻しは使わせてもらうわ。能力使わないで勝った方がかっこいいんだろうけど無理っぽいし」
「好きにして下さい」
そもそもサヤは『時間加速』を使わないように頼んだだけで、体の時間の巻き戻しまで使わないというのはアヤネが勝手に言い出したことだった。
そのためアヤネが自分の発言を撤回してもサヤに文句を言うつもりはなかった。
サヤがアヤネの謝罪に返事をした直後、アヤネは『ウロボロス』が待ち構える前方へと進みサヤへと近づいていった。
サヤは『ウロボロス』を鞭の様にしならせて攻撃することが多く、今回もそれぞれ顔と胴体の高さから二本の『ウロボロス』が左右同時にアヤネに襲い掛かった。
サヤは能力で鉄以外に人の血肉も取り込むことができ、サヤが能力で取り込んだ人の血肉は全てサヤの血に変換される。
その攻撃をアヤネは一切回避せず、頭部こそ左腕で守ったものの腹部への攻撃はそのまま受けた。
その結果『ウロボロス』によりアヤネの腹部は完全に削り取られたが次の瞬間にはアヤネの負った傷は跡形も無く消え、アヤネは何事も無かったかのように前進を続けた。
『ウロボロス』は『暴食』の改良技で、対象を取り込むのに使う血を体内に出すことで血に対象を取り込んだ際の体への影響をなくした技だ。
この発想自体は悪いものではないとサヤは考え、実際シュウにもほめられた。
しかし技の難しさにサヤ本人の技術が追い着いておらず、『ウロボロス』の使用に全神経を注いでいたサヤは『ウロボロス』を回避せずに最短距離で突破したアヤネへの反応が一瞬遅れた。
その後サヤが右腕をアヤネにつかまれたと思った次の瞬間にはサヤは屋上に叩きつけられ、胸を強打した衝撃で能力の制御が乱れた結果『ウロボロス』を構成していた血が屋上に飛び散った。
その後まだ戦えると考えて立ち上がろうとしたサヤにアヤネが話しかけた。
「言っとくけどあなたにこの後の予定が無かったらとっくに頭蹴り飛ばして気絶させてるわよ?再生能力持ちは気絶させるのが手っ取り早いし」
一回目と二回目の戦いは、両方ともアヤネがナイフをサヤののどに突きつけるという形で決着がついていた。
そのためサヤは屋上に叩きつけられた時点ではまだ負けていないと考えていたのだが、今も無言でサヤの関節を極めてくるアヤネを前に敗北を認めた。
そんなサヤを見て安心したアヤネはサヤを解放してからサヤと戦った感想を口にした。
「いやー、びっくりしたわ。さっきの『ウロボロス』だったかしら?シュウが実戦以外で使うなって言うのも納得よ。ほんと絶対に訓練で使っちゃ駄目よ?隊長以外じゃまず防げないから」
こうサヤに伝えたアヤネだったが、『ウロボロス』は場合によっては隊長でも防げないだろうと考えていた。
何の能力も入れていないクオンは間違い無く『ウロボロス』を防げず、他の隊長の中にも対峙した距離次第では不覚を取りかねない者が何人かいた。
先程の様子を見る限りでは『ウロボロス』を使われても逃げに徹すればサヤが先に疲労で限界を迎えるだろうが、これは今後の訓練次第で解決できる問題だ。
ミアといいサヤといい、シュウのもとには末恐ろしい子ばかり集まるものだとアヤネは呆れにも近い感情を抱いた。
「私に負けたことはそんなに気にしなくてもいいわよ。相性が悪かっただけで再生能力持ってない能力者にはかなり有効な技だと思うし、そもそも今回私能力使う気も無かったから」
敗北のショックからか黙り込んでしまったサヤを励ましたアヤネだったが、サヤに釘を刺すことも忘れなかった。
「これからテュールさんのところに面接に行くのよね?間違ってもテュールさんにけんか売ったりしないでね?戦えば普通にサヤちゃんが勝つと思うし、そもそも犯罪者でもない人間に戦い挑むこと自体が論外だから」
「……分かりました」
外周部でシュウと並び称され、強さもそれなりというテュールにサヤは自分の上司になるかも知れない人物という以上の興味を持っていた。
そのためアヤネの忠告を聞いてからサヤが返事をするまでには少しの間が空いた。
そのことにアヤネは気づいていたが、これからサヤの面接について行ける程アヤネも暇ではない。
ミアもついているのだからそこまで物騒なことにはならないだろう。
そう考えてその場を立ち去ろうとしたアヤネだったが、その前に先程から気になっていたことがあったので確認してみた。
「この飛び散った血何とかできない?さすがにこのまま放置ってわけにはいかないんだけど」
サヤが『ウロボロス』に使っていた血の量は人間の致死量を超えており、それが飛び散った結果屋上には血だまりができていた。
この始末をどうしたものかと悩んでいたアヤネにサヤは問題無いと伝えた。
その後サヤは左右の手のひらから血を伸ばし、屋上に飛び散った血を取り込んだ。
五秒もかからずに屋上の血は消え去り、その後サヤが傷口から砂やほこりを吐き出して掃除は完了した。
「本当に便利ね、あなたの能力」
「まだあんまり血を貯めておけないので血は大事にしないといけませんから」
微妙にかみ合っていないサヤの返事を聞き、アヤネはこのままサヤをテュールの店に行かせていいものか悩んだ。
しかしアヤネも忙しい合間を縫ってここに来ていた。
そのためテュールの店では機構と関係無い人間三人が店員として働いているので、どうにか穏便に面接を終えて欲しいと思いながらアヤネはその場を後にした。




