変化
一方クオンとアヴィスとその配下の部隊、そして『フェンリル』もシュウが鎌の練習を始めた頃、それぞれ邪竜との戦いを始めた。
「ローグさん、私は右の邪竜から倒すのでもう一体の足止めをお願いします」
「分かりました」
自分に代わり『プロメテウス』の訓練を担当している副官、ローグと手短に打ち合わせを終えたクオンは目標と定めた邪竜に光線三発を撃ち出した。
クオンが放った光線は全て邪竜の頭部に命中したものの距離があったため致命傷にはならなかった。
それでも邪竜の気を引くことには成功し、クオンは邪竜との一騎打ちを始めた。
邪竜がクオンに向けて火炎を放ったが、クオンはそれを障壁を創ることで防いだ。
その後邪竜の火炎による攻撃が終わるとすぐにクオンは上空に向かい、そのまま邪竜と空中戦を始めた。
今回の任務は隊長三人でAランクの邪竜十体を相手にするという楽な内容だ。
それに加えて出撃している隊長の一人にシュウがいるのでクオンは自分が担当する邪竜は多くても三体程度になるだろうと予想していた。
そのためクオンは、霧になる能力ではなく邪竜と正面から戦うための障壁を張る能力を入れて今回の戦いに臨んでいた。
もちろんシュウが邪竜を全部倒してくれれば楽だったというのがクオンを含むほとんどの者の本音だった。
しかし邪竜との戦いを命懸けの行為と考えている他の面々と違い、シュウは邪竜との戦いを経験を積む機会だと考えている。
そのためクオンが邪竜を全部倒して欲しいと言ってもシュウは断っただろう。
クオンが使い慣れていない障壁の能力を使っても自分の近くに一枚張るのが精一杯なので、レイナの様に隊員たちを守りながら戦うということはできない。
それでも邪竜一体を相手にすればいいだけなら、空中戦に持ち込むことで隊員たちはもちろんクオンも安全な状態で邪竜を倒すことができた。
しかし能力使用の練度が低いというクオンの欠点が解消されたわけではないので、クオンが邪竜を倒すのにはそれなりの時間がかかる。
そのためローグを始めとする『プロメテウス』の隊員たちは、自分たちが任された邪竜がアイギスはもちろん他の隊のもとに向かわないように必死に足止めを行っていた。
「無理に攻めなくていい!クオン隊長が邪竜を倒し終わるまでの足止めに徹しろ!」
ローグが『プロメテウス』の隊員たちに指示を出す中、邪竜は隊員たちが集まっている場所に火炎を放った。
しかしその火炎は隊員たちには向かわず、何も無い空中で右にそれると誰もいない地面に命中した。
これはローグの能力、『火炎操作』によるもので、ローグ自ら炎を発生させることはできないがその分この能力の火炎操作精度は高い。
能力者の産み出した火なら相手次第では制御権を奪うこともできる能力だったが、邪竜が放つ程巨大な火炎はそらすのがやっとだった。
今日ローグは邪竜の火炎を三回そらしており、誰がやっているかまでは分からなくても邪竜も周囲の人間の誰かが自分の放つ火炎を操っていることに気づいた様子だった。
火炎による攻撃を止めた邪竜は、左右の翼を大きく動かして発生させた風でローグを含む数十人を吹き飛ばした。
その後邪竜に吹き飛ばされて身動きが取れなくなった隊員たちを踏み潰すべく邪竜が動き出した。邪竜の攻撃を受けなかった『プロメテウス』の隊員たちが邪竜に攻撃を加えたが、邪竜はそれを意にも介さずに前進した。
そこに上空でクオンが戦っていた邪竜の放った火炎が着弾し、十人以上の隊員たちが吹き飛ばされた。
上空から火炎を放った邪竜はその後も地上の隊員たちに攻撃を仕掛けようとしたが、その間に割って入ったクオンが障壁を創り隊員たちを守った。
「ごめんなさい。邪竜が急に動きを変えて」
今までは隊長が目の前で邪竜に攻撃を仕掛けたら、邪竜は迷わず攻撃を仕掛けている隊長を狙ってきた。
そのため空中戦を行うことが多いクオンにとって邪竜の誘導は比較的容易だったのだが、今回の邪竜は先程のクオンの発言通り急に気が変わった様に攻撃対象を隊員たちに変えた。
『プロメテウス』の訓練を行っていないため、クオンは別に『プロメテウス』の隊員たちにそれ程の思い入れは無い。
しかし自分のミスで隊員たちが死んだことを気にしない程クオンは図太くはなく、今回の出撃はシュウの戦闘の様子を研究局の部下たちに観察させるために行ったためクオンの罪悪感は大きかった。
「二体共私が相手をするので邪竜たちをアイギスに行かせないようにだけして下さい」
ここで負傷者の救出を口にしないことがクオンの隊を率いる能力の低さを物語っていたが、この場でそれを指摘する者はいなかった。
「大人しく考え無しに暴れてればいいのに……」
邪竜二体を前にクオンは心底忌々しそうにそう口にした。
別に邪竜の移動速度や攻撃力が上がったわけではないが、邪竜が目の前の敵を倒すのではなく少しでも多くの人間を殺すことに目的を変えたらクオン以外の隊長たちも今までと戦い方を変えなくてはいけないだろう。
Aランクの邪竜五体が目の前の隊長や隊員を放置してアイギスに向かうようになったら、討伐局全体の戦略すら見直す必要が出てくる。
邪竜風情が余計な小細工をと思いながらクオンは邪竜を倒すべく動き出した。
アヴィスの創り出したBランクの邪竜もどきは正面からAランクの邪竜にぶつかった。
アヴィスの創り出した邪竜もどきの体長はAランクの邪竜の半分程しかない。
そのため邪竜もどきはすぐに邪竜に押さえつけられたが、その間にアヴィスは邪竜の右側面に近づくと魔力の弾丸を何十発も邪竜の右翼に撃ち込んだ。
すぐにアヴィスの攻撃に気づき上空に逃れようとした邪竜だったが、それを邪竜もどきが邪魔した。
邪竜の右前脚に噛みつき邪竜が飛び立つのを邪魔する邪竜もどきに対し、邪竜は至近距離から火炎を放った。
その火炎は邪竜の右前脚も焼いたが、邪竜もどきは頭部のほとんどを焼失する程のダメージを受けた。
これで上空に逃げられると思った邪竜だったが、アヴィスから魔力が送り込まれた邪竜もどきの体は瞬く間に復元された。
その後邪竜もどきが邪竜の左の翼に噛みつき邪竜の動きを止め、それに対して邪竜は邪竜もどきの腹部に火炎を放った。今度の邪竜の攻撃も邪竜もどきの体を大きく破壊したが、邪竜もどきの体は再び復元された。
ここでようやく邪竜は自分が戦っている相手とまともに戦う意味が無いことに気がついた。
厳密に言えばアヴィスは邪竜もどきの体の二回の復元に魔力を三分の一程消費していた。
そのため後数回邪竜もどきの体を大きく損壊させれば邪竜にも勝機はあった。
しかし邪竜にその事実を知る術は無く、さらにこの時にはアヴィスの弾幕により邪竜の右の翼は飛行能力を失っていた。
邪竜の周りにはアヴィスだけでなく多くの人間がいた。
この状況で自分が戦っている存在を操っている人間が誰かなど邪竜に分かるわけもなかった。
「よし、邪竜の右側に攻撃を集中して下さい!私の召還した邪竜には決して近づかないように!」
邪竜もどきと戦うことに集中している間に邪竜の体はアヴィスだけでなく『オーダー』の隊員の攻撃も受けてボロボロだった。
その後ここが勝負どころと判断したアヴィスと『オーダー』の隊員たちの攻撃を受けて邪竜は消滅した。
アヴィスたちが邪竜を一体倒した時点で少数ながら『オーダー』には犠牲者が出ていた。
そのことにアヴィスは顔をしかめたが、邪竜は後一体残っていたのですぐに戦いに意識を戻した。
今のアヴィスではBランクの邪竜もどきは二体同時に創れないので、もう一体の邪竜は隊の半分とCランクの邪竜もどき二百体を差し向けて足止めさせていた。
邪竜もどきを壁にして被害を極力出さない様にアヴィスは隊員たちに命令していたのだが、Aランクの邪竜はそう甘い敵ではない。
邪竜の翼が破壊されてはいたが、少なく見積もっても二十人以上の隊員の死体が辺りに転がっていた。
「この邪竜は私が一人で倒します!動ける者はけが人の救助!その後は邪竜がアイギスに向かった場合に備えて後方で待機して下さい!」
それだけ言うとアヴィスはBランクの邪竜もどきに邪竜を襲わせた。
先程までの邪竜と邪竜もどきの戦いを見ていたのか邪竜は邪竜もどきに火炎を放つのではなく尾を振るってきた。
単純な力ではアヴィスの邪竜もどきはAランクの邪竜に及ばないので、邪竜もどきは大きく横にずれた。
邪竜の尾が当たった邪竜もどきの体は大きく損傷したが、アヴィスは今度は復元しなかった。
アヴィスの創った邪竜もどきは極端な話頭が吹き飛んでも戦闘を続行できるため、腹部の一部が削られたぐらいで復元する必要は無かったからだ。
しかし最大の理由はアヴィスの魔力にそれ程余裕が無かったからで、隊員をかばいながら戦うことの難しさをアヴィスは痛感していた。
邪竜もどきの攻撃を食らいながら邪竜が放ってきた火炎を跳んでよけたアヴィスは、その後邪竜のあごに魔力の弾丸数発を食らわせた。
その後何度も邪竜はアヴィスよりもその後方にいる『オーダー』の隊員たち目掛けて火炎を放ち、回避に専念していたアヴィスがそれに気づいた時にはかなりの被害が出ていた。
「くっ、面倒な……」
自分の予想以上に隊に被害が出たことにアヴィスは顔をしかめたが、隊長と戦っている最中に他のことに意識を向けていた邪竜はその報いをきちんと受けていた。
邪竜もどきを放置するという選択をした邪竜は遠目から分かる程のダメージを体に負っており、アヴィスの後方に火炎を四発放った時点で邪竜は邪竜もどきとの押し合いに負けるようになっていた。
こうなれば後は単純な消耗戦なので、邪竜がアヴィスか邪竜もどきのどちらかを短時間で倒せない時点で邪竜に勝ち目は無かった。
すでに作業と化している戦いに意識を向けながらアヴィスは想像以上に部下に被害が出たことと魔力を消費したことに顔をしかめた。




