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竜滅者たちの進化論(おかげさまでPVが15万を超えました。ありがとうございます)  作者: 紫木翼
2章

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サヤ

 シュウが訓練室を去った後、アヤネとガドナーが話し合い、サヤは今日はとりあえず帰宅することが決まった。


「このままあなたは『フェンリル』に入るってことで話進めるけどそれでいい?」

「はい」


 昨日までいくら話しかけても返事をしなかったことを考えるとましとはいえ、アヤネの質問に対して最低限の返事しかしないサヤの態度にアヤネは閉口した。

 とはいえサヤの心を開くという目的をシュウは見事に果たしてくれたので、これ以上望むのは欲張り過ぎというものだろう。


 シュウが自分への暴言を含めて大抵のことでは怒らないためあまり知られていないが、シュウは沸点そのものは大変低い。

 そのためアヤネは自分が初対面でされた様にシュウがサヤの首を締め上げながら持ち上げるぐらいはするかも知れないと思っていた。


 シュウに再び会わせるまでのサヤは、無気力というのもはばかられる程周りの声に反応しなかった。

 アヤネが何度か跡が残らないように痛めつけてもまるで反応せず、こういう自分がこの世で一番不幸という顔をしている人間はシュウの逆鱗に触れるはずだとアヤネは考えていた。


 しかしシュウとサヤの間にチャルチィに関する因縁があったため、シュウがそこまでしなくてもサヤが方向性はともかく心を開いてくれた。

 アヤネもできればシュウの評判を落としたくなかったのでちょうどよかった。


 しかし最後のロイヤルアイギスに泣きつけというシュウの煽りは不要だった。

 もしサヤがそんなことをしようとしたらサヤには『行方不明』になってもらうしかないので、サヤが賢明な判断をしてくれることをアヤネは切に願った。


「とりあえず討伐局局員用の寮の部屋に空きがあるから、しばらくはそこに住んで。ずっといてもいいし、気に入らなかったらお金貯めて引っ越してね」

「はい」


 先程から『はい』しか言わないサヤにため息をつきつつ、アヤネはアヴィスとサヤを連れて機構本部一階に着いた。

 そのままアヤネはアヴィスの研修のために外周部に行くついでにサヤを寮まで案内しようとしたのだが、サヤが急に足を止めて事務局の受付に視線を向けた。


「どうしたの急に?」


 サヤの突然の行動に戸惑うアヴィスの隣でアヤネがサヤに声をかけたが、そんな二人に構わずにサヤは一人の人物に視線を向けていた。

 サヤの返事をあきらめたアヤネがサヤの視線を追うとその先にはフミナがいた。


「アヤネ隊長、その子は一体?」


 突然見知らぬ少女に凝視されて戸惑っているフミナにアヤネはサヤを紹介した。


「この子はサヤちゃん。今日から『フェンリル』に入ることになった新人よ。この人はフミナさん。あんたと同じ外周部出身だから、何かあったら相談するといいわ」

「私が力になれるかは分かりませんけど、何かあったら遠慮無く言って下さいね」


 能力者でもない外周部出身、しかも中年の就職先はかなり限られている。

 とある理由からアヤネに声をかけられたことがきっかけで街に出て来たフミナだったが、読み書きすらまともにできなかったフミナに働き口などほとんどなかった。


 それでも機構で働きたいというフミナの考えを聞いたアヤネがレイナに頼み込み、何とかフミナを事務局局員にねじ込んでくれた。

 そのことを大変感謝しているフミナは、アヤネが連れているサヤの力に少しでもなれればと考えていた。

 そんなフミナを見てサヤは何やら考えている様子で、そこにアヤネが声をかけた。


「どうしたの、サヤちゃん?何か言いたいことがあるなら言ってみて?」


 アヤネにそう促されたサヤだったが、結局何も言わずにアヤネに寮に案内して欲しいと言ってきた。


「ごめんなさい。騒がせちゃって」

「……いえ、気にしないで下さい」


 アヤネに謝られたフミナはサヤに視線を向けられた理由を理解していなかったため、困惑しつつも気にしないようにアヤネとサヤに伝えた。

 もっともサヤは言われるまでもなく気にした様子は無かった。

 その後三人を見送ったフミナは、不思議な言動の少女に首をかしげつつも仕事に戻った。


 サヤを寮に案内した後、アヤネは予定通りアヴィスを伴いヘルガの家へと向かっていた。

 その道中アヴィスが心配そうな顔をしてアヤネに話しかけてきた。


「サヤさんは大丈夫でしょうか?シュウさんの父親のことを気にしていた様子でしたけど……」


 先程サヤはアヤネが外周部の事情に詳しいかを聞いた後で、シュウの父親は本当に死んでいるのかをアヤネに確認した。

 訓練室でのシュウとサヤのやり取りを聞いていたなら、このサヤの言動は誰もが気にするはずだとアヴィスは考えていた。

 しかしアヤネは特に慌てた様子を見せなかった。


「大丈夫よ。シュウの言ってた通りシュウの父親が生きてたらまたシュウにたかりに来るだろうから、今まで顔を見せてないってことは確実にシュウの父親は死んでいるわ。いくらあの子がシュウの家族を殺したくても、もう死んでるんじゃどうしようもないでしょ?」


 シュウが隊長に就任した時、後で面倒なことにならないようにアヤネはシュウの身辺整理は念入りに行った。

 そのためアヴィスの心配が杞憂であることをアヤネは知っていた。


「シュウ本人が殺されることはまずないし、私への態度からしてあの子シュウ以外に興味無さそうだったもの。しばらく経てば勝手に落ち着くわよ」

「シュウさんのことを信用しているんですね」

「強さって意味ならね。サヤちゃんの件については嬉しい誤算だったわ」

「シュウさんなら何とかできると思って連れて行ったんじゃないんですか?」


 当然肯定的な答えが返ってくると思っていたので、アヴィスはアヤネの答えにわずかながら驚いた。

 そんなアヴィスに対してアヤネは少し考えてから口を開いた。


「シュウなら大丈夫って言うよりは、シュウで駄目ならもうどうしようもないと思ってたっていうのが正直なところね。優しくされたことない子って周りが優しく接しても意味無いのよね。本人が優しさに慣れてないから。その点シュウは鞭百パーセントみたいな男だから、相手に気力さえあれば容赦無く更生させるわ。そういう感じのことを期待してたんだけど、さすがにあの子がチャルチィの子っていうのは予想してなかったわ」


 そう言いながらもアヤネは納得もしていた。

 シュウもサヤと初めて会った時に違和感を覚えていたが、サヤは誰かに売り飛ばすにしては年を取り過ぎていた。


 しかも押収した資料によるとサヤだけはどこかから買った形跡が見つからず、アヤネを含む治安維持局の者は不思議に思っていた。

 おそらく『メリクリウス』にもう先が無いと分かっていたチャルチィが自分の娘だけでも助けようと記憶を消して商品の子供たちに紛れ込ませたのだろう。


 確かに『メリクリウス』の幹部の子供よりは親に売られた気の毒な子供の方が今後生活していく上ではるかに楽だろう。

 そういう意味ではこのチャルチィの行動は親心と言えなくもなかったが、チャルチィに死んでいった部下たちへの罪悪感や更生のための苦労を受け止める気概があれば親子そろって暮らすことは不可能ではなかった。


 結局楽な道を選んだだけのチャルチィにアヤネは怒りを覚えたが、このアヤネの予想自体が状況から判断しただけの推測に過ぎない。

 チャルチィが死んだ以上確認のしようも無く、これ以上考えても無駄だと思ったアヤネはもやもやした気持ちのまま足を進めた。


 シュウならアヤネのこの推測を聞いてもチャルチィを鼻で笑って終わりだろう。

 アヤネはシュウ同様普段から優先順位をはっきりさせて行動しているつもりだった。

 それにも関わらず死んだチャルチィのことをいつまでもうだうだと考えている自分の半端さにうんざりし、話題を変えることにした。


「シュウの心配なんてしてる暇あったら自分の心配しなさい。いくらあんたが外周部関係の仕事しないからって気ぃ抜かないでよ?」

「すいません。そういう意味では……」


 アヴィスの隊長特権は、『治安維持に関する任務に従事しなくてよい』だ。

 街中でアヴィスの能力を使うと市民に恐怖を感じさせてしまう恐れがあるという理由でアヴィスはこの隊長特権を要求し、それ程無茶な内容でもなかったので即許可された。


 つまりアヤネがこれからアヴィスに外周部及びそこにおける治安維持活動について説明する意味はあまりない。

 しかしアヴィスの部下の隊員たちは今後治安維持局と協力して外周部の見回りを行い、また本人が直接参加しないとはいえ隊長が機構の行っている任務について全く知らないというのも困る。


 そのため二日間の研修で治安維持局が普段行っている業務についてをアヤネがアヴィスに教えることになっていた。

 ちなみに治安維持局局員としての仕事が多いアヤネとその部下の『パニッシュメント』の隊員たちは、他の隊と比べてあまり対邪竜用の訓練を行わない。

 シュウが『フェンリル』に行っている訓練の方法も一般的とは言い難いので、そういった普通の訓練の仕方はリンドウが教えることになっていた。


 ヘルガにあいさつをした後、二時間程外周部を歩いて回って要注意人物や場所の説明をアヴィスに行う。

 それがアヤネの立てた今日の計画だった。

 実地研修のために小さな騒ぎの一つでも起こって欲しいと思いながらアヤネは足を進めた。


 六月六日(土)

 クオンは朝から自室の机に向かい、シュウの『鎧』の分析を行っていた。

 各隊長に与えられた部屋は隊長が家族と住むことを想定しており、六人までなら各自の部屋を持って暮らせる作りとなっている。


 クオンはそれらの部屋の内二つに設備や薬品を持ち込み、仕事用に使っていた。

 これまでコウガの固有技術だと思われていた『雷帝の鎧』に似た技をシュウが使ったと聞いた時、クオンは驚くのではなく怒りを覚えた。


 他に使える人間がいるとは思っていなかったから放置していただけで、魔力で発生させたものを鎧の様に纏う技術など本来なら真っ先に装備への反映のために研究されるべき技術だった。

 こんな興味深い研究対象に気づかずにいたのかとクオンは憤慨し、当然シュウをすぐに呼び出してシュウの『鎧』の計測を行った。


 その後すぐにクオンはシュウの『鎧』の研究を行いたかったがそれは無理だった。

 ここ数日のクオンは医師として行っている新種の薬の開発の他にシンラから頼まれている新型武器の開発、さらには能力者限定ではあるが失われた眼や四肢の復元技術の発表準備など仕事に追われていた。


 体の部位の復元技術に関してはすでに研究・開発の段階は終了していたので、クオンとしては発表は研究局において能力者について研究を行っている第三班と対外交渉を担当している第五班に任せたかった。


 しかしこの技術は使い方次第で非能力者を後天的に能力者にできる倫理的な問題を含んでいたので、発表の場に研究局局長のクオンがいないと余計な批判を受けかねないと言われてしかたなく発表の場に同席した。


 その発表も昨日終わり、クオンはようやく自身の研究に集中することができた。

 しかしこれらの仕事とは別に個人的に進めていたこともあり、ここ数日のクオンはぎりぎりの日程で過ごしていた。


 正直寝ている時間すら惜しかったのだが、クオンが徹夜していることに気づいたシュウは容赦無くクオンを気絶させてくるのでしかたなく最低限の睡眠はとることにしていた。

 研究も一段落したのでそろそろシュウが作ってくれたカレーでも食べようかとクオンが思った頃、客の訪問を知らせるブザーが鳴りコウガが入って来た。


「あいつはいないのか?」


 部屋に入るなり室内を見回しながらコウガはシュウの所在をクオンに尋ねた。


「大丈夫。シュウなら透明化能力入れてどっか行った」

「そうか……」

「ねぇ、そろそろシュウが何やってるか教えて」


 クオンにそう言われてコウガの表情が硬くなった。

 確かにコウガはクオンに透明化能力を入れてもらったシュウが何をしているか知っている。

 しかしコウガはそれを誰にも言う気は無かった。


「何度も言ってるだろ。それについては話す気は無い」

「……エロいこと?」

「いや、そういうことはしていない。もう聞くな。別に犯罪をしているというわけでもないんだから」

「じゃあ、教えてくれてもよくない?」


 クオンにこう言われてコウガは迷った。

 シュウが透明化能力でしていることは先程コウガが言った通り犯罪ではなく、それどころか多くの人間に感謝される行為だった。


 しかし透明化能力を使っていることからも分かる様にシュウはこの行いを自分が行っていることが知られない様にしている。

 コウガは確かにシュウのことが嫌いだが、かといってシュウの善行を邪魔する程ひねくれてはいない。

 これ以上この話題を続けたくなかったコウガは、話題を変えることにした。


「俺やあいつの技、『魔装』だったか?の研究は進んでいるのか?」

「びみょー、シュウもコウガも言うことがアバウト過ぎる」


 シュウとコウガの使う『鎧』の技の研究局内での呼称を口にして質問したコウガに対し、クオンは不満そうな顔をした。

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