進路相談
「隊長を辞めるですか?でもそれは禁止されてますし……」
シュウの突然の提案に戸惑いながらも、リクは何とか口を開きシュウの提案を否定した。
隊長は再起不能の怪我でもしない限り辞めることはできず、無理に辞めようとしたら逮捕されてしまう。
以前会議で出たシュウを序列三位以上の隊長三人の連名で罷免するなどという方法は裏技の様なもので、そう何度もできることではない。
頻繁に隊長が罷免されるようでは外部からの批判の声も大きくなり、何より隊員たちの士気への悪影響が大き過ぎる。
そのためリクもヴェーダもシュウの発言を冗談の様なものだと考えていたが、シュウは本気だった。
「クオンにも言ったんだけど、お前らがまじで辞めたければ代わりの隊長用意するぜ?隊長が十一人以上そろえば辞めるの簡単になるだろ?」
自分たちが隊長を辞めるために新しく隊長を育てるというシュウの提案を聞き、リクとヴェーダは再び黙り込んでしまった。
この案なら実現することに現実味があったからだ。
しかしキノアの件があるとはいえリクは隊長を辞めようとは考えたことすらなかった。
ヴェーダも大変ではあるがやりがいも感じている隊長という仕事を辞めるという選択肢を突然与えられ、シュウに何と返事をすればいいか分からなかった。
そんな二人を見たシュウは二人が自分たちが不要だと言われたと勘違いしているのでは考え、自分の考えについて補足した。
「勘違いしないで欲しいんだけど、お前らが抜けるのは滅茶苦茶痛いんだぞ?お前らの抜けた穴埋めようと思ったら隊長三人は用意しないといけないし」
このシュウの発言でわずかながらに表情がやわらいだ二人にシュウは話を続けた。
「でもお前らを隊長に推薦しちまった手前、お前らが隊長辞めたいって言うなら俺はそのために全力を尽くす。お前らが周りの評判気にしなければ今すぐにだって辞めさせてやるぜ?」
「それはシュウさんは隊長を続けるということですか?」
ヴェーダのこの質問にシュウは即答した。
「ああ、別に俺は隊長だろうが隊員だろうがどっちでもいいし、何が何でも辞めたいってわけじゃない。……いきなり言われてすぐに返事はできないだろうし、別に今すぐ決めろって言ってるわけじゃねぇ。ただそういう選択肢もあるってことだけは覚えといてくれ」
「……話は変わるんですけど一つ質問いいですか?」
「ん、何だ?」
何やら考え込んでいるリクの隣でヴェーダが口を開いた。
「チャルチィさんと戦った時、チャルチィさんは何か言ってませんでしたか?」
「何かって言われてもな。まあ、色々わめいてたけど」
シュウにこう言われて自分の質問があいまい過ぎたと思い、ヴェーダは改めてシュウに質問をした。
「この前チャルチィさんと戦った時に投降すれば今からでもやり直せると言ったんですけど、でも家庭環境に恵まれてる私にチャルチィさんたちの苦しみが分かるわけがないと言われて結局言い返せなくて……」
「ああ、そういうことか。それなら似た様なこと言ってたな。強いお前に私たちの気持ちなんて分かるわけないみたいなこと言ってた気がする」
「それに何て答えたんですか?」
チャルチィの指摘を受けて動揺したヴェーダはシュウがそれに何と答えたのか知りたかった。
シュウの戦闘力という意味の強さに憧れているリクと違い、ヴェーダはどちらかというとシュウの精神的な強さに憧れていたからだ。
別に敵を容赦無く殺せるようになりたいわけではないが、シュウの様に何を言われても堂々と反論できる様な人物になりたいとヴェーダは常々思っていた。
もちろんシュウはそんなヴェーダの考えは知らず、むしろ自分はヴェーダに避けられているとさえ感じていた。
とはいえヴェーダが大切な後輩であることに変わりはないので、シュウはヴェーダの質問に答えた。
「そんな難しいことじゃないだろ。誰かを助けようとしてる人間が助けられる奴より恵まれてるのは当たり前だ。貧乏人に貧乏人は助けられないし、頭の悪い奴は勉強教えられない。弱い奴が弱い奴助けられたら、この世に不幸な奴なんて存在しねぇよ」
シュウのこの身もふたも無い発言にヴェーダはもちろんリクもすぐに返事ができなかった。
シュウも二人が自分の発言に即同意するなどとは思っていなかったので、無言の二人を気にせずに話を続けた。
「分かってるだろうけどこれ言ったら大抵の奴に嫌われるから気をつけろよ。人助けなんて何の足しにもならない趣味みたいなもんだ。自分のやりたいようにやればいい」
「……すごいですね、シュウさんは」
全く迷い無く極論を口にできるシュウをヴェーダは素直に称賛した。
「でも全員が俺みたいな考えでもそれはそれで困るけどな。よそ行き用のお利口さんなこと言う奴もいないとできることの幅が減っちまうし。お前らは俺に貧乏くじ引かせてるつもりなのかも知れねぇけど、俺だってしたくない仕事お前らに押しつけてるんだから気にするな。毎日こつこつがんばるとか俺の性に合わねぇし」
シュウの言う通り治安維持局の仕事は地味なものが多い。
見回りなど何も起きずに終わることが多く、逮捕する程ではない迷惑行為を行っている相手への対応などはある意味戦闘よりも面倒だ。
その他にも暴れて解決できるわけではない仕事、例えば事件に巻き込まれた可能性が高い行方不明者の調査や今回の『メリクリウス』の拠点の摘発後の後始末などはシュウではできないだろう。
アヤネは能力を使えば食事もせずに不眠不休で働けるため、昼夜を問わず単独で大小様々な仕事を行っていた。
「さてと、俺はそろそろ行くぞ。お前らの上司に面倒事押し付けられてるんでな」
「確か助けた子を『フェンリル』に入れるんでしたっけ?」
「ああ、どうせ長続きしないだろうけどな」
実際昨日の『フェンリル』の訓練を見た新人二十人の内、十一人が他の隊への転属を希望してきた。そんな人間に自分の隊に入られても困るのでシュウはすぐに許可したが、彼らはやる気関係無くどうせ長続きしないだろう。
「飯ありがとな。いつも通りうまかった。それじゃ」
そう言ってリクとヴェーダの部屋を出たシュウは、『フェンリル』に割り当てられた訓練室に向かいながら新たに隊長を育てる件について考えていた。
育て上げれば隊長になれるような逸材はさすがにそう簡単には見つからない。
シュウが隊長を辞めたいのかと聞いた三人全員はあまり乗り気ではなかったが、こちらから提案した手前いざという時のために準備はしておいた方がいいだろう。
トラースが自分を襲ってくれれば話が早いのだがと考えながらシュウは訓練室に入った。
明日の朝早く起きる自信が無かったので、シュウは今夜は訓練室で眠るつもりだった。
しかし訓練室に入った瞬間『安置所』に一人でいた隊員に気づき、シュウは顔をしかめた。
「隊長、どうかしましたか?」
「いや、何でもねぇ。悪いけど明日来た奴に俺の部屋まで来て俺を起こすように頼んどいてくれ」
「明日も訓練をするんですか?」
シュウが二日連続で訓練を行うことなど今までなかったので、シュウに頼み事をされた隊員は驚いた様子だった。
そんな隊員にシュウはアヤネからされた頼み事を伝え、そのまま久しぶりの使用となる自分の部屋へと向かった。
六月四日(木)
この日の朝訓練室に集まった『フェンリル』の隊員たちは、シュウが二日連続で訓練室に顔を出したことに驚いていた。
そしてアヤネが一人新人を連れて来ると聞き、隊員たちのざわめきはさらに大きくなった。
「どんな人なんですか?」
寝起きのため今も気だるそうにしているシュウにガドナーが自分たちの同僚になる人物のことを尋ねた。
しかしそれに対するシュウの答えはそっけないものだった。
「ああ、そいつのことなら気にしなくていい。どうせ入らないだろうし」
「どういうことですか?」
シュウ本人から『フェンリル』に新しく隊員が入ると聞かされていたため、ガドナーはシュウのこの発言に困惑した。
「討伐局って人に言われて入るような場所じゃねぇだろ」
「……それはそうですね」
シュウからアヤネの頼み事の具体的な内容を聞き、ガドナーはシュウの発言に理解を示した。
討伐局の局員はその重要性とは逆に志望者はあまり多くない。
必要な仕事なのは分かるが自分はやりたくないというのがアイギス市民の多くの正直な気持ちだった。
そういった意味では『フェンリル』に入ることを嫌がった新人たちは、討伐局に入ろうとしているだけまだ有望と言えた。
アヤネもそれぐらいは分かっているはずで、別にあの少女を本気で『フェンリル』に入れようと思っているわけではないだろう。
すぐに紹介できる働き口がいくつかあったので、シュウは会った後で少女にそれらのいずれかを選ばせるつもりだった。
昨日アヤネが言った通り、暗殺をして生計を立てていたアヤネの更生、というより引退の原因はシュウだ。
シュウを殺そうとした時だけでなく自分が殺されそうになった時も無表情だった当時のアヤネを見て無性にいらついたシュウはアヤネをぼこぼこにした。
その後ようやく泣いて命乞いをしてきたアヤネを見て、シュウは後は好きにしろと逃がしてやった。当時のシュウはアヤネ同様他人にそこまで興味が無かったからだ。
その後しばらくしてからアヤネは外周部を離れ、それからセツナ、シュウの順番に隊長となった。
おそらくアヤネはあの時の様な対応をシュウに求めているのだろう。
犯罪組織に売り飛ばされたのだから周りに心を閉ざすのは無理も無く、シュウも力になるのはやぶさかではない。
しかしシュウも隊員たちの目がある中で昔の様な振る舞いをする程若くはない。
アヤネの期待には応えられないだろうと思いながらシュウはアヤネの到着を待った。
その後隊員たち全員がそろってから数分後、アヤネが今日から二日間研修を行うアヴィス、そして礼の少女を連れて姿を現した。
「おせぇよ」
予想より待たされて不機嫌なシュウにアヤネは早速少女を紹介した。
「この子があんたに面倒を見てもらいたい子よ」
「ふーん。名前は?」
「二十七番と呼ばれていました」
少女のこの発言に室内の人間のほとんどが表情を曇らせる中、シュウは気にした様子も見せずに口を開いた。
「その名前、銀行で順番待ちする時紛らわしいから止めた方がいいぞ。というか何でその年で名前が無いんだよ?」
二、三歳なら名前を付けられる前に売り飛ばされたのだろうと納得がいくが、目の前の少女はどう見ても十代だ。
『メリクリウス』で商品扱いされていたとしても自分の名前ぐらいは憶えているはずなので、少女が自分の名前を知らないことを不思議に思ったシュウにアヤネが横から説明を加えた。
「ほら妖精女王に壊された頭の中いじれる能力者がいたでしょ?似た様な能力者のせいで名前とか親のことと覚えてないみたい」
「ああ、そういうことか」
以前一度だけ見た男の顔を思い出し、似た様なことをする人間がまだいるのかと自分のしていることを棚に上げながらシュウは怒りを覚えた。
深呼吸をして何とか自分を落ち着けたシュウはアヤネに視線を向けた。
「名前ぐらいつけてやれよ」
「だって私たちがいくら話しかけてもうんともすんとも言わなかったんだもの。私その子の声今初めて聞いたわ」
「ふーん。ま、その辺は俺の人徳だな。二十七番、……とりあえずニーナってことにしとくか」
「ニーナは止めときましょ。嫌よ、呼ばれる度に『メリクリウス』に捕まってた時のこと思い出す名前とか」
安直を通り越して配慮が無いシュウの発言に周囲が口を出せない中、アヤネが即座にシュウの少女への命名を止めた。
しかしシュウはアヤネの発言が理解できなかった。
「親に売り飛ばされたなんてこと一生忘れられるわけないだろ。ま、親の顔覚えてないのがせめてもの救いか」
「言いたいことは分かるけど、とりあえずニーナは止めときましょ」
「じゃあ、もういいや。名前は後で自分で決めろ」
アヤネは隊長になる際に名前も顔も変えたので、シュウより自分の名前に思い入れが無い。
そのためこのシュウの提案にはアヤネも異論は無かった。
こうして少女の名前について本人を放置して話していたシュウに当の少女が話しかけてきた。
「親の顔は覚えていませんけど、あなたが私の家族を殺したことは知っています」
「ん。記憶無いんじゃなかったのか?」
家族を殺したという発言については心当たりがあり過ぎたので何も言わず、シュウは少女に家族についての記憶が残っているという点についてだけ質問をした。
しかしシュウの質問は微妙に的を外していた。
「家族のことは覚えてません。でもあの日あなたと会った時、あなたの右腕に私の家族の血が付いてました」
自分たちが閉じ込められていた部屋の扉が開かれた時、何をする気も起きずに無気力に座っていただけの少女は大変な衝撃を受けた。
シュウが現れた時はただ驚いただけの少女だったが、シュウの右腕に自分の血縁者の血が付いていたため少女は複雑な気持ちになった。
そんなことは知る由も無いシュウだったが、少女の発言から一つ思い当たることがあったので本人に直接聞くことにした。




