晩餐
午前から昼過ぎにかけて外周部を歩いて回ったシュウだったが結局トラースに襲われることはなく、シュウはもはや自宅と化している機構本部裏の森に帰りもらった魚と野菜で適当に食事を済ませた後うたた寝をしていた。
しかし腹部に重みを感じたシュウが目を開けると、仰向けに寝ていたシュウに馬乗りになっているアヤネの姿があった。
「……重い。降りて」
寝起きゆえの普段からは考えられない程穏やかな口調でアヤネに降りるように言ったシュウに対し、アヤネは楽しそうな笑みを返した。
「ほーら」
シュウに降りるように言われた後もアヤネは楽しそうに腰を動かした。
「降りろ」
不機嫌そうな声を出したシュウは、その直後アヤネの左わき腹に手刀を放った。
食らったら体が真っ二つになると判断したアヤネは、即座に『時間加速』でシュウの攻撃を回避した。
手足の一本ぐらいならともかく、下半身が斬り落とされるとさすがに後始末が大変になる。
アヤネはシュウの攻撃はできるだけ受けるようにしているのだが、今回はしかたがなかった。
寝起きのシュウの危険さは尋常ではなく、寝ぼけて目覚まし時計を止める様な感覚で強力な攻撃を繰り出してくる。
以前アヤネにそそのかされたリクとヴェーダが寝ているシュウに攻撃を仕掛けたことがあるのだが、その時は二人共武器を破壊された上リクは右わき腹をえぐられてしまった。
二人が重傷を負うことを予想していたアヤネがクオンを連れて来ていなければ、リクは死んでいただろう。
それにも関わらずアヤネは今回の様な事を度々繰り返しており、膝蹴りで腰の骨を砕かれたことすらあるのだが全く懲りる様子が無かった。
「……何だ、お前か。普通に起こせ、うっとうしい」
シュウは寝ているところを起こされるのが嫌いなため、普段の笑いながらの悪態とは違い心底うっとうしそうにアヤネに視線を向けた。
「ちょっと頼みがあって来たの。もうちょっと遅く起きてれば倒れ込んであげたのに」
シュウの今にも襲い掛かりそうな視線を受けてもアヤネは動じず、楽しそうな笑顔で自分の豊満な胸を強調する様なポーズをとった。
「頼みって何だ?下らない用だったら一発殴るぞ」
「あんたの攻撃ならいつでも歓迎よ。とりあえず用件言うわね。昨日あんたが助け出した子供たちの中に結構大きい子がいたでしょ?」
「ああ、あの黒髪の。あのガキがどうした?」
アヤネの発言で昨日見た艶やかな髪を思い出したシュウだったが、あの子がどうしたというのだろうか。
『妖精女王』の様に逃げ出したから捕まえてくれという話なら断ろうと考えていたシュウにアヤネは用件を伝えた。
「あの子、あんたの隊に入れてくれない?」
「は?俺の隊、託児所じゃねぇんだぞ」
先月ミアが入隊したと思ったら今度は犯罪組織に捕らわれていた少女を自分の隊に入れられそうになりシュウは声を荒げた。
「でもほら、あんたと同じ境遇だしもしかした強くなるかもよ?」
「はっ、親に売り飛ばされたぐらいで強くなれたら苦労しねぇよ。そもそもお前がそこまでする義理無いだろ。あの偽善者のところに放り込んどけ」
シュウが言う偽善者というのはテュールのことで、シュウは一方的にテュールのことを嫌っているのでこの様な呼び方をしている。
「ええ、他の子はそうしてるわ。でもあの子ほとんど口きかないのよね。だから暗殺をして食いつないでた幸薄い美少女を更生させたあんたなら何とかできるかもと思って」
「そんな女に会ったことねぇけど、もうめんどくせぇから会ってやるよ。ただしどうなっても知らねぇからな?」
よくも恥ずかし気も無く自分のことを美少女などと言えるものだとシュウが呆れていると、アヤネが礼を言ってきた。
「分かってる。昨日『メリクリウス』から押収した薬物とか売ったお金あんたの隊にも回すことになったけど、ちょっと色つけとくからがんばってね」
「何か妙にやる気だな?」
いつになく助け出した相手に親身なアヤネに疑問を覚えたシュウが問いただすと、アヤネはあっけらかんと本音を口にした。
「まあ、ぶっちゃけそこまでその子助けたいと思ってるわけじゃないわ。でもほら、何人も子供引き取ってもらってるわけだから、面倒な子そのまま送るのも気が引けるし」
「俺はいいのかよ?」
勝手なことを言うアヤネに呆れた様な顔をしたシュウだったが、アヤネは全く動じなかった。
「アイギスの聖女様とあんたじゃ扱いが違うのも当然でしょ。私たちと同世代でよくあんな性格になったわよね」
シュウやアヤネが外周部に住んでいた頃の外周部の治安は最悪で、住民の半分以上が十歳までに誰かを殺すか自分が殺されるかのどちらを経験する様な場所だった。
そういった環境で育ったにも関わらず全くすれた様子が無いテュールにアヤネは心底驚いていた。
「私たちって勝手に巻き込むんじゃねぇよ。お前やセツナと違って俺はまともに育ったんだからよ」
テュールの二つ名を口にしながらテュールを称賛したアヤネを見て、シュウは呆れた様な顔をした。
そんなシュウの発言に何か言いたそうにしたアヤネだったが、この後予定があったためとりあえず用件を終わらせることにした。
「とりあえず明日の朝、『フェンリル』の訓練室にその子連れて行くからあんたも顔出してね」
「昨日連れて来いよ。昨日うちの連中に訓練つけてやったばっかりなんだぞ」
二日続けて早起きをしなくてはならなくなったシュウは面倒そうにしたが、アヤネは特に動じなかった。
「あんたが昨日『メリクリウス』と戦ったんだからしょうがないじゃない。さっき言った礼だけど二百万は払うつもりよ。あの子と会ってさえくれれば駄目でもいいから。時給二百万だと思えばぼろい仕事でしょ?」
「はいはい。……やってることあいつらと大差ねぇぞ」
「立場や権力って便利よね」
アヤネのこの発言を聞き、今さらながら自分やアヤネに取り締まられている『メリクリウス』の構成員を始めとする犯罪者たちにシュウは少なからず同情した。
アヤネと別れたシュウは、その後夜まで待ち約束通りリクとヴェーダの部屋を尋ねた。
慣れた様子でシュウは食卓へと向かい、それ程待つことなくシュウの前には数種類の料理が並んだ。
現在の時刻は夜の七時を回ったところで時間を考えるとカロリーが心配になる量だったが、能力者は一時間能力を使うと平気で二、三キロ?せるためこれぐらいは許容範囲だった。
今のアイギスに年齢による飲酒の制限は無いが、この場にいる三人はいずれも酒を飲まないため机にはソフトドリンクが用意されていた。
料理と呼ぶのがはばかられるような自炊しかしないシュウですら一目でわかる程、並べられた料理はどれも手間がかかっていると分かるものばかりだった。
「すげぇな。これもう店で何万って取られるやつだろう」
これまで二人の自宅で振る舞われた料理と比較しても豪華な料理を見て、シュウは思わず驚きを口にした。
「昨日の件は本当に申し訳なかったのでせめてお礼ぐらいはと思って……」
「申し訳ない?よく分かんねぇけどまあいいや。食おうぜ」
感謝ならともかく何やら罪悪感を覚えている様子のリクを見てシュウは不思議に思ったが、リクがそれ以上は話したくなさそうだったのでそのまま食事を始めた。
「何度も言われてもシュウさんも嫌でしょうからこれで最後にします。改めて、昨日はありがとうございました」
そう言って頭を下げるリクに続き、ヴェーダもシュウに頭を下げた。
それを見たシュウはお互い様だから気にしないように二人に伝えた。
「なーに、お前の親のところには俺が助けた連中も何人か世話になってるからな。むしろ俺が何かしたいと思ってた。あのばばあにいいように使われたのはムカついたけど、ま、ちょうどよかった。確かもうすぐお前らの姉ちゃんが外周部に新しい店開くんだろ?」
「はい。来月にアイギスの東の外周部寄りの場所に一軒開いて、その店の売れ行き次第でもう一軒開くって昨日父が言ってました」
リクとヴェーダの両親は数店舗の店を経営する傍ら、外周部への支援にも力を入れている人物として知られている。
外周部への街の有志による支援はずっと以前から行われていた。
しかしこれは食料などの物資による支援ばかりで、行う理由も外周部の人間が街で盗みを働くよりは支援をした方がましという消極的なものだった。
しかし治安維持局局長に就任したアヤネが本格的に外周部の治安向上に力を入れ始めたのを機にリクとヴェーダの父親、トルイットは外周部の人間の就職まで含めて面倒を見始めた。
トルイットはアヤネが近づくと浄化されそうという程の人格者だ。
トルイットの妻、エリスがシュウを嫌っているためシュウは二人に会ったことは一度しかないが、シュウの耳に入ってくる二人の評判は概ね好意的なものだった。
「よっぽどいかれてなきゃ、金さえ手に入りゃ犯罪なんてしないだろうからな。お前の親にはまじで感謝してる。そういや話は変わるけど、お前彼女の件どうなった?確か昨日あいさつに行くって言ってたよな?」
シュウにこの話題を振られ、リクはもちろん隣のヴェーダも表情を硬くした。
「その様子じゃまた駄目だったのか」
リクには一歳年上の彼女がおり、二人は結婚も視野に入れていた。
今のアイギスでは十五歳で結婚でき、十代で親になることは一般的なことだった。
そのため十七歳のリクが彼女の親にあいさつに行くのも不思議な話ではなく、シュウも何度か相談を受けていた。
しかしリクの彼女、キノアの両親はリクとキノアの結婚に難色を示しており、昨日で三回目のあいさつだったが結局色よい返事はもらえなかった。
落ち込む二人を見たシュウは、慰めの言葉を口にするのではなくキノアの両親に同意する様なことを口にした。
「そりゃまあ、娘の結婚相手の職業は、いつ死ぬか分からない隊長よりでかい会社の跡取りの方がいいだろうな」
「……はい。親の仕事を継ぐかはともかく、僕が隊長をしてる以上キノアさんとの結婚は認めないと言われてて……」
「も、よくね?親の反対なんて無視して結婚しちまえよ。別に親の許可なんて無くても結婚自体はできるわけだし、結婚して一年ぐらい経てばあっちの方から折れてくるだろ」
シュウのこの乱暴な意見を聞き、リクはためらいがちに口を開いた。
「何度かそういう話にもなったんですけど、でもそれは本当に最後の手なのでもう少しがんばってみます」
「そうか?悪いな。こういう話だと俺力になれねぇからなー」
料理の付け合わせの人参を口に運びながらシュウはリクとヴェーダの隊長就任時のことを思い出していた。
元々リクとヴェーダは討伐局に入る時も家族に猛反対された。
この時は二人が意地を通して結局家族の方が折れたのだが、シュウが二人を隊長に推薦した時はエリスがひどく取り乱したらしい。
らしいというのはシュウが直接トルイットとエリスと話したわけではないからだ。
シュウは自分が話をつけるつもりだったのだが、アヤネがシュウが出たらまとまる話もまとまらないと止めた。
おそらくシュウが出ていたら、話自体はついてもトルイットたちと機構の関係は修復不可能になっていただろう。
既に当時機構への大口の寄付を行っていたトルイットとの間に問題を起こすわけにはいかず、結局アヤネが比較的邪竜と戦わない治安維持局の局長と副局長にリクとヴェーダを後任として推すということで何とか話をつけた。
「シンラのじいさんかリンドウのおっさんには相談したのか?」
隊長で既婚者の二人の名前を挙げたシュウの質問にリクは即答した。
「はい。でもシンラさんは当時既に序列一位でシンラさんなら大丈夫だろうと相手の親御さんも納得してくれたそうです。リンドウさんは隊長になる前に結婚してましたし、それに隊長になった事情が事情ですから……」
リンドウは隊長になる前は警察に勤めており、現場でのエースとして活躍していた。
しかし十年前に生まれた息子が難病にかかり、入院させるために隊長になることを決めた。
今のアイギスに入院設備が整った病院は二つしかなく、入院できる者の数は限られていた。
大抵の患者は小さな診療所で診てもらっているのが現状で、金もコネも無い一警察官が息子を病院に入れるなど不可能だった。
そのためリンドウは隊長特権で息子を入院させるためだけに討伐局に入り、その後二年かけて隊長になった。
こうした理由でリンドウは隊長になったため、家族からの反対など全く出なかった。
「リンドウのおっさんの件は特別だとして、シンラのじいさんの件は参考になるだろ。自分が負けるわけないから心配するなって言えばいいだろ?」
「キノアさんのご両親どっちも機構と関係無い人なので、その説得のしかたじゃ通じないと思います」
「ふーん。じゃあ、いっそのこと隊長辞めるか?」
シュウは先日クオンに提案したことと全く同じことを二人に告げた。
事も無げに告げられたシュウの提案を聞き、二人はその内容にしばらく言葉を失った。




