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竜滅者たちの進化論(おかげさまでPVが15万を超えました。ありがとうございます)  作者: 紫木翼
2章

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事件翌日

 六月三日(水)

 この日の朝、シュウがいつも通り機構本部の裏の森の奥で修行をしていると、荷物を載せた台車を押しながら一人の男がシュウに近づいてきた。

 その男に気づいたシュウは手にしていた武器をわきに置くと男に視線を向けた。


「訓練中にすみません。魚と野菜を持って来ました」

「おお、ありがとう。そういや、お前が持ってきた情報役に立ったぜ。ありがとな」

「ああ、昨日大変だったそうですね。シュウさんの役に立てたならよかったです」


 シュウに礼を言われて男は嬉しそうに笑った。

 この男はアイギスの外で生活を行っている外周部出身者たちのまとめ役をしている男で、週に一回はこうしてシュウのもとを訪れて食べ物や知り合いから聞いた情報などをシュウに提供していた。


 アイギスから西に五十キロ行った所にはアイギスが生活用水を引いている川があり、アイギスから離れてその川の近くで自給自足の生活をしている人間の作った集落はシュウが把握しているだけで三ヶ所あった。


 当然ながら街で生活できる程のやる気や才能が無い外周部出身者全員が犯罪に走るわけではない。そうした人間の中で家族や知人もおらずアイギスに特に未練も無い人間二百人程がシュウの支援を受け、集落を作って静かに暮らしていた。

 他の二つの集落では外周部出身者以外の人間が人間関係に疲れた、邪竜の襲撃が怖い、妖精女王ティターニアに一生農業をして過ごすように洗脳されたなどの理由でアイギスを離れて集落を作っていた。


「これ知り合いからもらった写真です。この前シュウさんについてふざけた記事書いてた新聞社の記者が写ってます」


 そう言って男が差し出した写真を見たシュウは、写真をしまってから男に謝礼を差し出した。

 男も男に野菜などを託した集落の人間たちもシュウから謝礼をもらう気は無いのだが、受け取らないなら二度と来るなとシュウに言われているため男は黙って受け取った。


「ところでシュウさん、一つ相談があるんですけど……」

「ん?何だ?」

「うちの集落に住んでる奴の子供が来年六歳になるんですけど、子供を学校に通わせたいらしくて……」

「ああ、確か戸籍無くても通えたはずだぞ。来週までには書類用意しとく。そのガキだけ預かる場所世話してもいいし、家族そろって引っ越したいっていうならそれでもいい。さすがに街とお前らのとこ毎週往復するのはだるいだろ?九年間離れ離れが嫌なら、その辺まで決めさせてからまた来い」


 今のアイギスには高校や大学という機関は無く、中学を卒業したら働く者がほとんどだ。

 研究職や医師になろうと思ったら、伝手を頼って現職の指導を受けるしかない。

 今のアイギスでは医師免許は最短二年で取得でき、クオンも所持していた。

 その後しばらく男の近況報告を聞き、男が帰りシュウが今日の分の訓練を終えた頃、リクとヴェーダが姿を現した。


「どうした?用があれば無線で呼べばよかったのに」


 機構本部四階の部屋ならともかく、わざわざ機構本部裏の森の奥までシュウに会いに来る者など隊長の中ではアヤネぐらいだ。

 もっともシュウは自分の部屋を全く使わないので、部屋に行っても意味は無いのだが。


 実際リクとヴェーダもシュウと簡単なやり取りをするだけならいつもは無線で済ませていた。

 それなのにどうして今日に限ってわざわざ直接ここに来たのだろうか。

 そう疑問に思ったシュウだったが、昨日の件を思い出して納得した。


「昨日はありがとうございました。シュウさんが『メリクリウス』の幹部二人捕まえたって聞いて。それでヴェーダと話して直接お礼を言いに来ました」

「相変わらず真面目だな、お前らは。どっちかって言うと俺が謝らないといけないんだけどな。悪かったな、お前らの手柄奪っちまって」

「いえ、そんなことは……」


 予想通り昨日の件の礼を口にしたリクは、シュウに謝られて恐縮していた。

 そんな兄を見かねたのかヴェーダが二人の会話に口を挟んだ。


「お礼と言う程ではないですけど、今日の夜私たちの部屋に来てくれませんか?食事を用意したいと思っているので」

「あいつらと戦った報酬がお前らの料理か。もらい過ぎな気がするけど、喜んで行くぜ」

「はい。お待ちしてます」


 リクとヴェーダの両親はアイギスに七店舗の店を展開している飲食店の経営者だ。

 リクとヴェーダも料理の腕前はプロ並みで、これまでも何度か二人の料理を食べたことがあるシュウは喜んで二人の提案を受け入れた。


「ところで、『メリクリウス』の幹部の残り一人、トラースだったか?は大人しくしてるのか?」


 隊長クラスの能力者が街で突然暴れた場合、死者は軽く百人を超える。

 そんなことをされたら真面目に生活している外周部出身者たちが迷惑するので、シュウはこれから外周部を目立つように歩き回るつもりだった。


 これでトラースがシュウを襲ってくるようなら『メリクリウス』関連の事件は今日中に解決だが、やけになったトラースがシュウを徹底的にさけて殺人を繰り返すようになるとさすがにシュウも簡単には解決できない。

 もっともトラースとやらが昨日戦った二人と同格なら、アヤネはもちろん二人そろった状態でのリクとヴェーダでも対処できるだろうとシュウは考えていた。


「今のところ街でも外周部でも暴れてるって報告はきてません。この前シュウさんが暗殺者たちを返り討ちにした時みたいに『メリクリウス』から脱退者が出てくれると助かるんですけど……」

「あれで辞めるような奴ならとっくに辞めてるだろ。俺やお前らがいくら強いからってできることには限りがあるんだから、情けをかける相手間違えるなよ?」


 シュウのこの発言を聞き、リクもヴェーダも返事ができなかった。

 今年の三月にシュウが『メリクリウス』の差し向けた暗殺集団に襲われた。

 十九人からなるその集団をシュウは事も無げに返り討ちにし、三名を殺害、十六人を病院送りにした。


 殺された三人は運が悪かったわけではなく、シュウが以前見逃した相手だったため殺された。

 シュウが『メリクリウス』の切り札の一つだった彼らを返り討ちにしただけでなく初めて会う相手にだけ的確に手加減したという事実は『メリクリウス』の構成員たちの心を折るには十分だったようで、これをきっかけに『メリクリウス』からの脱退者が続出した。

 昨日の件がとどめとなったこともあり、現在『メリクリウス』に所属している者は二十人もいなかった。


 シュウの行動が『メリクリウス』の勢力を大きくそいだことにはリクもヴェーダも異論を唱えるつもりはない。

 しかし場合によっては相手を容赦なく殺せと言われ、二人はうなずけなかった。


「まあ、いいや。今回はばあさんに頼まれたから戦っただけで、俺としてはそこまで出しゃばる気はねぇよ。もう大したのも残ってないだろうし、そこまで物騒なことする必要も無いだろ。俺も動いてみるつもりだけど、もしあの珍獣野郎に会ったらできれば俺を狙う様に言っといてくれ」

 自分の発言に即答できなかった後輩二人を見かねたシュウは話を切り上げ、そのままクオンの部屋へと向かった。


「頼まれたからか……」


 部屋に帰る道中、先程のシュウの発言を思い出したリクは、気づかない内にそれを口にしていた。

 リクは『メリクリウス』の幹部の内、ロンとトラースと戦ったことがある。

 ロンとは一人で部下を率いている時に戦い、トラースとはヴェーダと二人で戦った。


 トラースの時はトラースの部下の捨て身の足止めがあったとはいえ、結局リクはどちらも捕まえることができなかった。

 自分が取り逃がした『メリクリウス』の幹部二人を知り合いに頼まれたからと簡単に捕まえたシュウにリクは尊敬を抱くと同時に敗北感を覚えていた。


「シュウさんに勝てないのはしょうがないよ。シュウさんもいつも言ってるけど、私たちより年上なわけだし……」

「でも二十歳過ぎた頃、僕たちがあれぐらい強くなってると思う?」

「それは……」


 無理だとは言えないヴェーダは兄の質問に答えられず、そんなヴェーダの前でリクはさらに発言を続けた。


「それに指定犯罪者も半分近くシュウさんが捕まえてるし、強さはともかく犯罪者の検挙でも負けてるのはなー」


 リクが言った指定犯罪者、正式名称、特別指定犯罪者というのは街の警察が指定した能力者のことで、身も蓋も無い言い方をすると警察が独力での逮捕をあきらめた犯罪者のことだ。

 腕に覚えがある能力者は討伐局に入るか犯罪者になることが多いため、警察に所属している能力者の強さは入隊直後の討伐局局員と大差が無い。


 そのため少し強力な能力者が犯罪を行うと警察の手には負えなくなる。

 そういった場合、警察は相手を特別指定犯罪者として広く市民に知らせ、それと同時に治安維持局に協力を要請する。


 こういったことが機構設立直後から行われていたため、今では警察は治安維持局の下請けと揶揄されていた。

 そしてこの二年の間に十五人が特別指定犯罪者に指定されたのだが、その内の実に七人をシュウは逮捕するか殺害していた。


 ちなみに残りの八人は、アヤネが二人、リクとヴェーダが一人ずつ、治安維持局局員が二人捕まえ、残りの二人は警察にも機構にも所属していない者が捕まえた。

 さすがに治安維持局が窃盗犯や詐欺師の相手まではしていられないので、警察に不要論が出ることはない。

 しかし市民の警察への目は冷たくなる一方で、警察は討伐局並に人材不足だった。


「でもシュウさんやアヤネさんのまねは私たちにはできないし……」


 リクとヴェーダにはアヤネの様に清濁併せ呑むといった振る舞いはできず、かといってシュウの様に『モブの意見一々気にして人助けができるか』と言い切ることもできない。

 もっともアヤネは『上層部全員が自分みたいな考えの治安維持局なんて嫌過ぎる』と事ある毎に言っているが……。

 これがさすがにアヤネの自虐交じりの冗談だということは二人共分かっていたが、いざという時に犯罪者や市民に対して自分の言葉で言い返せないことは今の役職について以来の二人の悩みだった。


「……とりあえず見回りに行こう?」


 治安維持局の計画より大分早かったが、治安維持局の目標の一つだった『メリクリウス』の解体はシュウのおかげで現実味を帯びてきた。

 当面は『メリクリウス』の影響を受けて大人しくしていた小悪党たちに警戒しなくてはならない。自分たちにだってできることがあるはずだ。

 そう考えたリクはヴェーダの発言にうなずくと治安維持局の本部へと向かった。

 

 一方リクとヴェーダがシュウと別れた頃、アヤネとミザーナは治安維持局の本部で昨日シュウが潰した『メリクリウス』の拠点から押収した品物や助け出された子供たちの処遇について話し合っていた。


「とりあえず押収したリストで判明した奴隷の購入者七人は今日中に逮捕できると思います」

「あのエロ親父捕まえられたのは大きかったわね。……さすがに奴隷にまで手を出してるとは思わなかったけど」


『メリクリウス』が子供たちを売りさばいているということは当然買い手がいるわけで、それらの買い手には街では有名な資産家や政治家も含まれていることが珍しくなかった。

 今回捕まった者の一人は外周部への支援政策に強固に反対していた政治家だったので、そういった意味でも今回は治安維持局にとって大きな成果だった。


 今アイギスのニュースは彼らの逮捕一色で、シュウのやり過ぎを批判する記事もいくつかあったがシュウへの批評記事など天気予報並みに目新しさが無い。

 そのためあまり市民の注目を浴びてはいなかった。

 アヤネ個人としては後々のために裏取引したい人物が二人いたのだが、後でシュウに知られたら面倒なので今回は大人しく逮捕することにした。


「押収した薬物は病院と研究局が全て買い取ってくれるそうです。代金の半分は『フェンリル』に送るつもりです」

「えぇ、それでいいわ。子供たちの引き取り先はどうなってる?」

「それが、……何ヶ所か声をかけてみたんですけどどこも余裕が無いらしくて」

「あっそ、ま、予想通りだけど」


 犯罪に巻き込まれた外周部の孤児を引き取るような酔狂な養護施設が街にあるはずがない。

 アヤネは多少不快気にため息を吐いた後、ミザーナに先程連絡を取ったとある人物の言葉を伝えた。


「テュールさんが全員引き取ってくれるそうよ」

「……さすがに悪いですね」

「しかたないわよ。他に引き取り先無いんだし、私たちもさすがに助けた子たちの面倒までは見れないし」


 テュールというのは外周部で孤児院を経営している女性の名で、外周部出身者だけでなく様々な事情で引き取り先が見つからない子供を引き取ってくれる人物として街、外周部問わず有名な人物だった。


「とりあえず例の子以外はテュールさんの所に連れて行って。明日私もアヴィス外周部に連れて行くついでにお礼言っとくから」

「分かりました。しばらくの間は外周部が騒がしくなると思いますけど、他の隊のみなさんと協力して何とかします。ところであの子はどうするつもりなんですか?」


 助け出した子供たちの内一番年上の少女は助け出されて以来まともに食事をせず、治安維持局局員が話しかけてもろくに返事もしなかった。


「あの子はシュウに任せるつもりよ」

「えっ、シュウ隊長にですか?ショック療法にしてもやり過ぎな気が……」


 今アヤネとミザーナの話題に挙がっている少女は、『メリクリウス』に所属していた洗脳や記憶操作を行える能力者の男に記憶を奪われて自分の名前すら憶えていなかった。

 ちなみにその男は男たちの所業を知り激怒した妖精女王により同僚共々今は専業農家となっていた。


「でも他に方法思いつかないし。大丈夫、大丈夫。一応私なりに勝算あるから」


 アヤネにこう言われ、特に対案があるわけでもなかったミザーナはそのまま部下たちが待つ外周部へと向かった。

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