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尾行者

「ったく、お前らの上司はどこで油売ってるんだ?」


 隊長序列六位で治安維持局局長も務めている二人の上司の所在を聞いたシュウにリクが返事をした。


「アヤネさんは今『パニッシュメント』のみなさんと外周部の犯罪組織の摘発に向かっています。だから僕たち二人が街の見回りを任されたんですけどあんなことになってしまって…」


 そう言って申し訳なさそうにするリクを見ながらシュウはなるほどと納得した。

 アイギスの外周部は治安が悪い。

 邪竜襲来の際の被害が出ることが多かったため開発が進んでおらず、行政の手もほとんど入っていない。


 自然と貧困層が多く集まることになり、はっきり言って無法地帯となっていた。

 討伐局に入るまでを外周部で過ごしたシュウは外周部の汚さも危なさもよく知っていた。

 対人戦闘、それも犯罪者相手の場合は邪竜戦とはまた違ったノウハウが必要になる。


 酔っ払い相手に手こずっている人間にはまず無理だった。

 今の治安維持局局長のアヤネは外周部の状況改善に力を入れてはいるが、土地と資源に限りがある今のアイギスでは現状の抜本的解決は難しかった。

 外周部について今シュウがあれこれ考えてもしかたがないので、シュウは二人との話を進めた。


「とりあえず次に馬鹿やってる奴が俺の部下名乗ったら問答無用で殴っていいぞ。その後で俺が制裁加えるから」

「…分かりました」


 発言の内容が内容なのですぐにはいとは言えなかったリクだったが、それでも何とか返事をした。そんなリクを見て同情してしまったシュウは素直にそれを口にした。


「お前らも大変だな。アイギスの上空うろついてる女もいるみたいだし」

「はい。その不審者についてはうちでも話題になっています。能力の使用自体は犯罪ではないので対応に困っていて…。え、女?」


 正体不明の不審者の性別をシュウが言い当てたことに気づきリクは困惑した。

 そんなリクにシュウは当然の様に口を開いた。


「不審者ってあれだろ?」


 そう言ってシュウが上空を指差し、つられる形でリクとヴェーダも上を見た。

 シュウが指差した先には確かに人影があった。

 といっても人影は目を凝らしてようやく識別できる大きさで、それに気づいたシュウにリクとヴェーダは驚きを隠せなかった。


「よく気づけましたね」

「ここ何日か俺尾行してるみたいなんだよ。特に何もしてこないんで放っといたんだが、捕まえた方がいいのか?」

「はい。話ぐらいは聞きたいですし」


 急な展開に驚きながらも動こうとするリクに対し、シュウは気だるそうに上を見たままだった。


「と言ってもこの高さはな。さすがに無理だろ。俺刀持って来てねぇし」


 シュウたちに気づかれたことに気づいた人影がその場から遠ざかったため、リクもこの場での逮捕をあきらめた。


「今度刀持ってる時に見かけたら捕まえとくからとりあえず放っとけ。よし、じゃあそろそろ解散するか。ヴェーダ、何度も言ってるけどお前はもう能力的には問題無い。後は自信を持つだけだ。言われてすぐにできることじゃないだろうが努力はしろよ」

「はい。今日はありがとうございました」


 ここに連れて来られてからほとんど口を開かなかったヴェーダがシュウに礼を言い、この場はお開きとなった。

 二人と別れたシュウは今日の外出の目的、尾行者の目的の確認が終わったため本部に帰ることにした。


 あの尾行者はこの三日間連続でシュウの尾行を続けていた。

 シュウが外出した時間は日によってまちまちだった。

 それにも関わらずあの不審者がシュウのいる時間と場所に現れたということは、あの不審者の目的はシュウだと判断していいだろう。


 目的が他にあると面倒だったが、シュウを狙って来るならどうとでもなる。

 心配事のなくなったシュウは約束をしていたクオンの待つ研究局へと向かった。


 シュウが研究局のクオンの部屋に入ると、そこにはクオンの他にもう一人隊長がいた。


「ん?何だ、お前も来てたのか?出直した方がいいか?」


 クオンと話していた長く伸びた銀髪が目立つ女、レイナに視線を向けた後でシュウはクオンに視線を向けた。


〈 レイナ(二十一) 討伐局局長序列三位、事務局局長兼任 能力:障壁の生成 〉


 レイナは歴代の隊長の中で唯一、一人ではAランクどころかBランクの邪竜すら倒せない隊長だ。

 能力が全く攻撃向けではなく、本人自身の戦闘力も大したことがない。

 本来なら隊長になれるはずのないレイナが隊長に就任できたのは、アイギスの王族からの機構への嫌がらせが原因だった。


 制度上は機構は行政府の管理下にあるが、事実上は独立している。

 そして自分たちの制御できない戦闘集団である機構を王族は目の敵にしており、事ある毎に妨害行為をしてきた。


 機構が機能不全になると自分たちも困るのでそこまで露骨な妨害はしてこないが、機構の多少の戦力ダウンを狙った行動は度々行っていてレイナの隊長就任もその一つだった。

 四年前、アイギスに隊長が三人しか残っていない時にアイギス近辺にAランクの邪竜十体が現れる事態となった。


 隊長三人が遠征に出ている時に予報漏れの邪竜が現れるという不運が重なり、当時の機構はアイギスの一部を戦場にする案も考えていた。

 当時討伐局には七人の隊長がおり、出現したAランクの邪竜を倒すだけなら残っていた隊長だけでも可能だった。


 しかしアイギスのすぐ近くでの防衛戦だったため、隊長たちが討ち漏らした邪竜何体かが街にたどり着く恐れがありかなりの被害が予想された。

 その時レイナがアイギスの一部を広範囲に渡って覆う形で障壁を創り、隊長たちが戦っている間アイギスを守り抜いた。


 現れた邪竜の数自体はそこまで多くもなかったので邪竜は無事に倒され、アイギスにも被害は出なかった。

 その功績を王族が評価してレイナは王族推薦で隊長になった。


 しかし攻撃力皆無のレイナは隊長としては完全にお荷物で、最初の一年は隊を率いてもBランクを倒すのが精いっぱいだった。

 機構が王族に気を遣う必要さえ無かったら、すぐに罷免されていただろう。


 そうして一年以上苦労した末、レイナは能力で隊員たちを支援しながら戦うという独自の戦い方にたどり着き、何とか戦力になるようにはなった。

 しかしそれまでの間苦労させられた他の隊長たちからすれば、王族の行為は迷惑などといった言葉で片づけられるものではなかった。


 そんな困難を乗り越えて序列三位まで登り詰めた隊長の中でも多忙を極めるレイナがこんなところで何をしているのか不思議に思ったシュウにクオンが手短に説明した。


「大丈夫。レイナはこの布を見に来ただけだから」


 そう言ってクオンは手にした紅い布をシュウに見せた。

 これはただの布ではなく、クオンが開発した特殊な技術が使用されていた。

 その技術とは物に能力者の血や髪を混ぜるという技術で、この技術で作られた武器には使用者の能力の効果を増大させる効果があった。


 また透明化や体を不定形に変える能力を使った場合、ただの服だと服は変化しないが、この技術で作られた武器や服は体と同様に変化する。

 この技術は様々な応用が期待されている技術で、ここにシュウが来た目的の武器にもこの技術が使われていた。


「ああ、なるほど。あいつに頼まれて作ったって言ってたな」


 今の討伐局支給の戦闘服にも使用者の血や髪が使用されており、戦闘の際は討伐局局員たちにとってありがたい存在となっていた。

 しかしその見た目は黒一色の飾り気の無いもので、それを嫌がったアヤネがクオンに違う色の布を作るように頼んだ。

 それをクオンから聞いていたシュウは、話を聞きつけたレイナが布の実物を見に来たのだろうと納得した。


「じゃあ、私はもう行くわね。この布を三着分お願いできる?」

「服じゃなくて布?」

「ええ、リマにそのまま渡すつもりだから」


 同居している女性の名前を出して布の使用目的を伝えたレイナの発言を聞き、クオンは机の上にあった紙にその内容をメモした。


「分かった。できたら部屋に直接届くように手配しとく」

「えぇ、お願い」


 クオンとの話を終えたレイナは、振り向くなりシュウに話しかけてきた。


「さっきの件、部下から聞いたわ。あんた静かに外出できないの?」

「心外だな。俺はただ散歩してただけだぜ?文句言われる筋合いねぇよ」


 呆れた表情で先程の酔っ払いとの件を口にしたレイナを前にシュウは全くひるんだ様子を見せなかった。


「そうね。今回の件はリク隊長たちからも報告を受けてるから文句を言う気は無いわ。ただ呆れただけ」

「あっそ」


 言葉通りレイナはシュウに文句があったわけではないようで、すぐに部屋を出て行った。

「何かしたの?」


 レイナがいなくなるなり質問をしてきたクオンにシュウは先程の一件を伝えた。


「ふーん。『シールズ』の隊員が…。ほんとなくならない」

「しょうがねぇだろ。千人以上いるんだから」


 年に何度も法律や機構の内規に反する行為をする人間が出ることにクオンは呆れた様子だったが、シュウとしてはどうでもいい話だったので本題を切り出した。


「それより、『瞬刃』できたんだろ?早く見せてくれよ」

「うん。ちょっと待って」


 シュウに促されたクオンは机の横から細長い包みを持ち上げるとシュウに差し出した。


「一応発動はできるけど、五回も使ったら壊れると思う」

「十分だろ。連発する様な武器でもねぇし。これで完成ってわけだ」


 シュウはクオンに手渡された刃の潰された刀の様な武器を手にして嬉しそうな表情を浮かべた。

 シュウは生まれつき魔力を飛ばせない体質だ。

 クオンによるとシュウの能力は斬撃に変えた魔力を物に纏わせているらしい。


 理屈の上では斬撃を飛ばせるはずなのだが、飛ばすどころか斬撃が数センチ放出される気配すら無かった。

 そこでシュウが遠距離攻撃を行うために用意した武器が『瞬刃』で、制御にかなりてこずったが何とか形にすることができた。

 しかしクオンはまだ不満な様子だった。


「すぐ壊れちゃうから完成とは言いたくない」

「お前は技術者だからしょうがねぇが、武器なんて相手倒せればそれでいいんだよ。とりあえず二回使ったらメンテに来るってことでいいか?」

「うん、お願い。『瞬刃』についてはこれで終わりだけど、いくつか実験に付き合ってもらっていい?その後晩御飯ぐらいならおごるから」

「ああ、構わないぜ」


 その後いくつか実験を行い、シュウとクオンはクオンの自室でデリバリーの料理を食べながら明日の会議について話していた。


「明日の会議、何について話し合うか知ってるか?」

「明日の会議出るの?」

「ああ、じいさんが直接来て、多少の体調不良は押して来てくれって言われちまった。人使いの荒い上司持つと苦労するぜ」

「ふーん」


 シュウのぐちに適当に返事をしながらクオンは、シュウの疑問について考えていた。

 シュウは戦闘以外では全く役に立たず、シンラもそれは分かっているはずだ。

 大抵の議題ならリンシャが出席したほうがいいはずで、それにも関わらずシュウに会議への出席を求めたということは議題は限られてくる。


「さっきレイナから聞いたけど、新しい隊長が内定したって言ってたからその件かも知れない」

「へぇ、誰の部下だよ?」

「私」

「お前かよ。まあ、いいんじゃねぇの。戦力は大いに越したことはねぇし」


 今の隊長の席は序列九位までしか埋まっておらず、最大十人とされている隊長の最後の席をどう埋めるかはシンラの悩みの種の一つだった。


「でもそいつが隊長になったら、セツナお払い箱か?戦力的にきついなー」

「いつまでも死刑囚が隊長っていうのはさすがにまずい」


 セツナというのは序列八位の隊長で、クオンの発言にあった通り死刑囚だ。

 街で二百人以上の一般人を殺し、その後セツナを捕まえようとした『パニッシュメント』の隊員五十人以上を殺害、更にアヤネにも全治二週間の深手を負わせた。


 その後レイナにより捕えられ、すぐに死刑が確定したのだがシンラの尽力により隊長に就任した。

 隊長特権の内容はもちろん死刑の延期だ。


「ま、死刑になるっていうなら、それは自業自得だからしかたないか。それにしてもリクとヴェーダに後輩ができることになるんだな」

「でも確か私の一個下だったはず」

「ふーん。で、そいつ強いのか?」


 相手の年齢など気にしないシュウは、クオンの発言を軽く流して新人の強さを確認した。


「あんたやコウガよりは弱い」

「そりゃ当たり前だろ。お前よりは強いのか?」

「微妙、言う程の差は無いと思う」

「やる気出ねぇー。まあ、後輩の指導ぐらいはしないと、リンシャがうるせぇししかたねぇか」


 クオンの新人への評価を聞いたシュウは一気に後輩への興味をなくした。

 明日の会議への出席すら面倒になってきたシュウだったが、すでにリンシャに出ると伝えたためさすがに出るしかないだろう。


「がんばって。他の隊長が強くなればその分私が楽できるから」

「はい、はい」


 クオンの身もふたも無い本音に呆れたシュウが時計を見ると、すでに夜の九時半になっていた。

「さて、そろそろ帰らねぇとな」


 隊長の業務も行わないといけないクオンは、夜の十時以降を研究の時間にあてている。

 隊長特権の内容も『夜の十時から朝八時までは隊長の仕事をしなくてもよい』だ。

 そのためクオンは夜の十時以降は基本的に研究局局員以外とは会わない。

 それを知っていたシュウは部屋を後にした。


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