蹂躙
シュウが外周部に向かっていた頃、毎月月初めに行っている機構の局長四人による会見を直前に迎え、シンラ、レイナ、クオン、アヤネは会見の会場となる部屋の隣部屋に集まっていた。
「やれやれ、毎月のこととはいえ面倒ね。こっちも二ヶ月に一回にすればいいのに」
「同感。そもそも会見なんて何かあった時だけやればいい」
会見を前に面倒そうにするアヤネの発言にクオンが同意する中、それを見たレイナが口を開いた。
「あいにくだけどアヤネ、会見の後もっと面倒なことになるわよ?」
「どういうこと?」
レイナの発言に全く心当たりが無かったアヤネは不思議そうな表情を浮かべ、そんなアヤネにレイナは先程聞いたシュウの発言を伝えた。
「朝交換研修の件でシュウに会ったんだけど、その時外周部の知り合いに呼ばれてるって言ってたわ。それに死人が出るだろうとも言ってたわね」
「それ早く言ってよ」
レイナの発言を聞いたアヤネは慌てて通信機を取り出すと、今外周部にいるはずの副官、ミザーナに連絡を取った。
そんなアヤネの様子を見たシンラはシュウが暴れたのが会見と同時刻だったことが明日以降批判されるのだろうなと思い、深いため息をついた。
ヘルガの家を出たシュウはすぐに外周部の巡回をしていた『リブラ』の隊員たちに出会い、彼らに少女を預けるとそのままシュウが知っている『メリクリウス』の拠点へと向かった。
少女を預けた時に『リブラ』の隊員たちに自分がこれからすることを伝えてもよかったのだが、それで彼らに同行されたらヘルガの目論見が狂ってしまう。
ヘルガがシュウを呼んだのは治安維持局側に被害を出すのを防ぐためだからだ。
そのためシュウは単身目的地に向かい、正面から『メリクリウス』の拠点に殴り込んだ。
「『千刃』の襲撃だ!周りに気をつけろ!」
「安心しろ。俺一人だ」
仲間への警告を口にした『メリクリウス』の構成員を殴り飛ばしながらシュウは建物の奥へと向かった。
通路を曲がると同時に刃物を持った女二人が襲い掛かってきたので、シュウは以前見逃した覚えがある右側の女の首をへし折り、シュウ基準だと初犯の左側の女は両足を折るだけに留めた。
「おっ、いきなり襲われたにしては準備がいいな。これは当りか?」
女たちが落とした刃物を見てシュウは嬉しそうに笑った。
女たちが落とした刃物にはいずれも毒らしき液体が付着しており、製造・入手共に簡単ではない毒を所持しているということはこの女たちは幹部直属の精鋭の可能性が高い。
シュウが知っている『メリクリウス』の拠点はここを入れても三ヶ所しかないので、いきなり幹部を引き当てた自分の引きの良さにシュウは思わず笑みを浮かべた。
その後も襲い掛かってくる敵を無力化、あるいは殺害しながらシュウは建物内を進んだ。
襲ってくる者の中には思ったよりも初めて見る顔が多く、自分が犯罪者を見逃してきたことは無駄じゃなかったなと満足しながらシュウは奥へと進んだ。
そして建物の二階の一番奥の部屋の扉をシュウが開けた途端、シュウの胴体に水の槍三本が直撃した。
扉の向こうの気配から攻撃が来る事を察していたため、シュウはあらかじめ魔力を高めて攻撃に備えていた。
そのためシュウには傷一つ無く服も濡れすらしなかったが、敵の能力が解けたことにより靴が水で濡れてしまったことをシュウは嘆いた。
「うわ、最悪だ。こんなことならよけりゃよかったぜ」
靴下まで濡れて不快な気持ちになったシュウは、自分に向けられた殺意のこもった複数の視線を前に全く動じた様子を見せなかった。
そんなシュウに六人の男を従えてシュウを待ち構えていた女が話しかけてきた。
「私の攻撃をまともに食らって無傷とはさすがね。でもどうして毒まで効かないの?」
「毒?ああ、道理でひりひりすると思った」
皮膚からも浸透する致死性の毒を混ぜた水を大量に浴びたにも関わらず全く苦しむ様子の無いシュウを見て、水を操る能力を持つ『メリクリウス』の幹部の一人、チャルチィは思わず疑問を口にした。
そんなチャルチィの発言を聞き、シュウは馬鹿にした様な笑みを浮かべた。
「お前前にも一度会ったな。それなりに強いとは思ってたけど、戦い自体は素人みたいだな。まさか分からないこと敵に質問するなんて」
セツナの毒を受けて死にかけた経験があるシュウは、大抵の毒に対する免疫を持っている。
そのため今のアイギスで製造できる程度の毒はシュウには通用しなかった。
セツナの毒を受けて生きている人間はシュウとアヤネしかおらず、アヤネもシュウ同様毒が効きにくい体を持っている。
しかし二人のこの体質はあまり実戦で役立つ機会が無く、その上二人も特に吹聴していない。
そのため他の隊長たちすら知らないこの事実をチャルチィが知るはずもなかった。
シュウのチャルチィを馬鹿にした様な発言を聞き、周囲の男たちは気色ばんだが当のチャルチィは余裕の笑みを崩さなかった。
「あら、噂の『千刃』ならそれぐらい気前よく教えてくれると思ったのだけど」
「あいにくだったな。一度見逃してやったってのにまた馬鹿やってる奴に優しくする程お人好しじゃねぇんだ。でも一応レイナから言われてるし、才能ある奴はひいきしてやらないとな」
シュウのこの発言を聞き怪訝そうにしたチャルチィにシュウは投降を促した。
「悪い事言わねぇから大人しく捕まれ。お前なら二ヶ月も我慢すれば隊長だって夢じゃないぞ?今までしたこと気にしてるなら大丈夫だ。何せセツナが隊長やってるぐらいだからな。お前らのやってきたことなんてガキのいたずらみたいなもんだ。確か二週間ぐらいは、」
戸籍の無い外周部の人間が治安維持局や警察に捕まった際の扱いについて説明しようとしたシュウだったが、その途中でチャルチィが水の刃数発をシュウに飛ばしてきた。
この攻撃もシュウには効かなかったが、話の途中でシュウに攻撃をしてきたチャルチィを見てシュウはこれ見よがしにため息をついた。
「おいおい、俺がせっかく穏便にすませようとしてるんだから最後まで聞けよ。お前らみたいに街の人間誰も殺してない場合は、二週間ぐらいあれこれ調べられてそのまま釈放ってパターンが多いらしいぜ。討伐局入るって言えばもっと早く出られることもあるらしいし、お前クラスが三人討伐局に入るって言うなら他のモブの面倒見るぐらいはサービスでしてやる。本当ならお前の後ろにいる連中の内二人はアウトなんだけど、それも目をつぶってやる」
チャルチィの従えている男たちの内二人は、シュウが以前見逃した相手だった。
せっかくシュウが与えたやり直す機会を活かせなかった者など本来なら即殺すのだが、他の隊長たちが人手不足で苦労しているのだからシュウも我慢しなくてはならないだろう。
そう考えてシュウにしては珍しく犯罪者相手に粘り強く交渉していたのだが、シュウの上から目線の発言を聞いたチャルチィは不快感を隠さなかった。
「ずいぶんと上からもの言ってくれるわね。何様のつもり?」
後ろに水の竜を二つ創り今にも攻撃を仕掛けてきそうなチャルチィの鋭い視線を受け、シュウは呆れた様な表情で口を開いた。
「実力も立場も俺の方が上なんだから上から目線になるのはしかたないだろ?何様のつもりってこっちのセリフだろ。お前、少しは身の程わきまえたらどうだ?こっちは今日中に後二ヶ所回らないといけないっていうのにこうして丁寧にお前らの相手してるんだぞ。泣いて感謝するところだろ?」
このシュウの発言は煽りでも何でもなく、シュウは本心からこう考えていた。
しかしチャルチィたちの失礼な態度に徐々に不機嫌になっていくシュウを見て、チャルチィの方も険しい表情になっていった。
「後二ヶ所、どうして私たちの拠点をそこまで把握してるの?『猟犬』たちですら私たちの拠点は見つけられていないのに…」
アヤネの犯罪者間での二つ名を口にしたチャルチィは、シュウが自分たちの拠点のありかを三ヶ所も把握していることに驚いた。
いざとなったら機構全体の支援を受けられる治安維持局と『メリクリウス』が正面からぶつかったらどちらが勝つかなど考えるまでもない。
そのため『メリクリウス』の構成員たちは拠点の場所が知られないように細心の注意を払っていた。そのため『メリクリウス』の現在五ヶ所ある拠点の内、治安維持局が把握しているのは一ヶ所だけだった。
この事実も『メリクリウス』は把握していなかったのだが、それでもシュウが『メリクリウス』の拠点を三ヶ所も知っているというのはチャルチィにとって聞き逃せない事実だった。
そのためチャルチィはシュウの情報源を聞かずにはいられなかった。
そんなチャルチィに対してシュウは不機嫌そうにしながらも口を開いた。
「そんなこと気にしてる場合かよ?お前らの組織は今日中に俺が潰すから心配するな。ほら大人しく捕まるか、無駄な抵抗して俺に殺されるか早く選べ」
シュウはこれまで街の住民・外周部出身者を問わず多くの人間を個人的に助けてきた。
そうした人物たちからシュウは今でも相談や情報提供を受けており、その中にはいわゆる『ここだけの話』もかなり含まれていた。
その内の一つが『メリクリウス』の拠点の場所で、そのおかげでシュウはヘルガに相談を受けた直後に『メリクリウス』の拠点に襲撃をかけることができた。
そんな事情を知る由も無いチャルチィだったが、自分たちが追い込まれていることだけは理解できた。
しかしチャルチィにもプライドがあり、これまでシュウに挑み散っていった部下たちへの義理もある。シュウの提案にすんなりうなずくことはできなかった。
「せっかくの提案だけどあんたがそう言えるのはあんたが強いからよ。街の軟弱な連中が私たちを受け入れるとは思えない。あたしたちはあたしたちでやっていくわ!」
そう言い放ったチャルチィは背後に用意していた水の竜をシュウの足下に向けて放った。
チャルチィの狙いがシュウの足下の床を破壊だと考えたシュウは、いざとなったら近くの壁につかまるつもりだった。
しかしシュウの予想は外れ、チャルチィの放った水は球体となりシュウの足を膝の真下まで覆った。
「おっ、動けねぇ。意外とやるじゃねぇか」
自分の技を受けて傷一つ無いシュウを見て、チャルチィは内心動揺していた。
チャルチィが今回シュウに使った技は捕縛用の技ではなく攻撃用の技だ。
相手の捕えた箇所を高速の水流が破壊するというチャルチィの切り札の一つだったのだが、それを受けてもシュウは涼しい顔をしていた。
「これだけ能力使いこなしてるなら、まじで隊長も夢じゃないぜ。わざわざ死ぬことないって。大人しく捕まっとけ」
自分の攻撃を受けてもまだ余裕の表情で投降を呼びかけるシュウを見て、チャルチィはついに我慢の限界を迎えた。
「ふざけないで!あんただって知ってるはずよ!街の連中がどんな目であたしたちを見てるか……。街にあたしたちの居場所なんて無いわ!」
「だからそれはこっちで用意してやるって言ってるだろ?あんまりわがまま言うなよ?」
チャルチィが興奮すればする程、それに反してシュウの気持ちは冷めていった。
それに気づかずにチャルチィは自分の胸の内をぶちまけた。
「これまで私たちを放っておいたくせに、土地が足りなくなった途端勝手なこと言わないでよ!あの双子といい、本当にいらつくわ……」
「……いい加減にしろよ?」
怒りで口調が荒くなっていくチャルチィの耳にシュウの抑揚の無い声が届いた。
「何か勘違いしてないか?お前らに生きる場所を選ぶ権利なんて無い。力の無い奴は何されても文句言えない。何度も経験してるだろ?」
今もチャルチィの水球による攻撃を受けながら淡々とチャルチィたちを説き伏せる様に話すシュウを見て、チャルチィはようやく怒りではなく恐怖を覚えた。




