メリクリウス
リンシャと別れたシュウが外出許可を取りに事務局に行くと、いつも通りシュウ担当となっている事務局勤務の中年女性、フミナがシュウを出迎えた。
「今日はお仕事ですか?」
「いや、知り合いに呼ばれててな。一応は見回りってことにするけど」
隊長のシュウが休日以外に街に出るのは規則違反だ。
もちろん必要と判断したらシュウは平気で規則など破るが、今は治安維持局の見回りを手伝うということにすれば比較的容易に外出できる。
あえて規則に逆らう必要も無いため、シュウは面倒とは思いつつも事務局に顔を出した。
「知り合いというのは外周部の方ですか?」
「ああ、方なんていう程上等な相手じゃねぇけどな。ったく、警察や治安維持局が仕事しないから俺にばっか面倒事が来るぜ」
「何か危険なことをされるのですか?」
「それが仕事だからな」
シュウの愚痴を聞き不安そうにするフミナとは対照的に、シュウは余裕の笑みを浮かべた。
しかしシュウの余裕の笑みを見てもフミナの不安は消えなかった。
「……どうかお気をつけて」
「ははっ、俺より敵の心配してやってくれ。俺の活躍は明日の新聞に載ると思うから楽しみにな」
そう言って出かけたシュウをフミナは最後まで心配そうに見ていた。
シュウを見送った後、仕事に戻ろうとしたフミナだったが、今まで離れた場所からシュウとフミナのやり取りを聞いていた事務局局員たちの会話が聞こえてきた。
「相変わらずやべぇな、シュウ隊長。今から外周部で暴れるっていうのにいつも通りだったぜ」
「まあ、暴れるだけしか取り柄が無いわけだし、こういう時に貢献しとかないと首になっちまうもんな」
「違いねぇ。市民からの苦情受けるの俺たちなんだから、少しは自重して欲しいぜ」
同様の陰口は一階のロビーにいた市民たちからも聞かれ、フミナは不快な思いをしながら仕事に戻った。
シュウが機構本部を出発した一時間後、シュウは自分を呼び出した人物の家に到着した。
ノックもせずにシュウが家に入ると、家の中には老婆、男女が一人ずつ、そして一人の少女がいた。
女は眼帯をしており、無事な左眼でシュウをにらみつけてきたがシュウは無視した。
少女以外は顔見知りだったので、シュウはとりあえず家の主の老婆に声をかけた。
「よお、ばばあ。来てやったぞ。さっさと用言ってくれ。俺もひまじゃないんでね」
ゲームも進めないといけず、使えることが知られた以上『雷帝の鎧』まがいのあの技の訓練もしないといけない。
その上クオンに能力を借りてしている趣味や先程リンシャにされた無茶振りに上司として応えないといけないためシュウは多忙を極めていた。
そんな中呼び出しを受けたことを面倒だと思っていることを全く隠そうとしていないシュウを前にしても、老婆、ヘルガは全く物怖じした様子を見せなかった。
「悪かったのお、『千刃』。本当はこっちから顔を出すべきだったんじゃが、儂もあまり好きに動けない身でのお」
「そうかよ。俺は人間できてるから、数年間振りに手紙一つで呼び出されたことなんて全然怒ってねぇよ。安心して用件言ってくれ」
ほぼ棒読みのシュウの発言にもヘルガは表情を変えなかった。
ヘルガは相手の心を読む能力を持っており、それでシュウが本当に怒っていないことを知っていたためだ。
ヘルガは五十年以上に渡り外周部のまとめ役を務めあげた人物だ。
治安維持局や民間からの外周部への支援が充実するにつれ、ヘルガの影響力も小さくなり最近はほとんど隠居状態だった。
そのためシュウもヘルガについてはアヤネを介して近況を聞く程度だったのだが、今回ヘルガはどうしてもシュウの力が必要でこうして呼び出した。
「で、厄介事の原因はそのガキか?」
シュウに視線を向けられた少女が身をすくめる中、ヘルガが口を開いた。
「『メリクリウス』という組織を知っておるか?」
「メリクリ?ああ、治安維持局に潰されそうになってる雑魚の集まりだろ?」
『メリクリウス』というのは外周部最後の大規模犯罪組織の名だ。
シュウ、アヤネ、セツナが外周部を離れた後に作られた比較的新しい組織だが、多岐に渡る犯罪に手を染めている組織として治安維持局とここ一年ばかり激しくぶつかっていた。
『メリクリウス』の構成員のほとんどが食い詰めた有象無象だが幹部四人はなかなか強く、その内の一人、水使いの女はアヤネ、リク、ヴェーダとも何度も戦い逃げ延びていた。
幹部四人の内一人はアヤネに殺され、構成員の数も治安維持局の硬軟混ぜた懐柔策で徐々に減っているとリクやヴェーダからシュウは聞いていた。
そんな落ち目の犯罪組織がどうしたというのだろうか。
そう思っていたシュウにヘルガは説明を続けた。
「この子は奴隷として売られたところを『メリクリウス』から逃げてきたんじゃ。今さら両親も探しようが無いから、いつも通りアヤネに任せようと思ったんじゃがこの子がここにいることが『メリクリウス』に知られてのぉ。アヤネにこの子を任せたら万が一のことがあると思って、お主を呼んだんじゃ」
「なるほど。あいつじゃ、自分はともかくこのガキを守れるかは分からないからな」
そこらの雑魚ならともかく、隊長クラスの能力者に不意打ちをされたらアヤネでは同行者を守り切れないだろう。
とはいえシュウも相手の能力によっては不意を突かれると、この子を守り切る自信が無かったので代案を切り出した。
「こうしねぇか?もう少しこのガキ預かっててくれ。俺が遅くとも明日までには『メリクリウス』とかいうの潰すからよ」
シュウは自身の経験から子供を売買する『メリクリウス』を託児所扱いしていた。
奴隷にあまりに非道な行いをする組織は、シュウがシンラと会った頃にはシュウに潰されていたからだ。
その上リクとヴェーダのいい練習相手になると思い放っておいた『メリクリウス』だったが、こうしてシュウに実害が出た以上放置もできなかった。
しかし我ながら名案だと思っていたシュウの案は、ヘルガに否定された。
「悪いがここもすでに安全ではなくての。ここ三日で五回襲撃を受けた。『メリクリウス』の幹部の一人は比較的穏健なので儂に気を遣ってくれておるが、いつまでもはもたんじゃろ」
「ふーん。こいつらがいれば大丈夫だと思うけどな」
ヘルガの後ろに控えている男女は共にヘルガの護衛で、二人がかりなら並の隊長相手に互角以上に戦える程の実力者だった。
何とか比較的楽な自分の案を押し通そうとしたシュウだったが、ヘルガも引かなかった。
「ここで儂らと『メリクリウス』がこれ以上戦えば、街の者たちの外周部への見方がさらに悪くなるじゃろ?お主に入ってもらうのが一番都合がいいんじゃ」
確かに外周部で騒ぎが起きるにしても、外周部で住民同士による抗争が起こるよりは隊長による犯罪組織摘発の方が街の人間が受ける印象は遥かにましだろう。
シュウの手間を無視すればだが……。
「前から思ってたんだけど、もしかしてばあさん、俺が死んだら死んだで構わないと思ってねぇか?」
想像以上に大きな頼みをされて思わず口を突いて出たシュウの発言を聞き、ヘルガの後ろにいた男女の表情が固まった。
しかし質問されたヘルガは、一切表情を変えずにシュウの質問に答えた。
「あの時も言ったが、あの子のことなら恨んでおらんよ。そもそもあの子を殺してもらおうと思ってお主に声をかけたんじゃからな」
犯罪組織から逃げ出した当時子供だったシュウに護衛としての生き方を勧めたのがヘルガだった。後から知ったのだがヘルガは当時外周部を支配していた六人の犯罪者を殺せる人物を探しており、シュウは当時のヘルガのお眼鏡に適ったらしい。
ちなみにその六人の内最後に死んだ犯罪者、『堕落姫』はヘルガの実の娘で、シュウは『堕落姫』を殺して外周部最強の座を手に入れた。
「何度聞いてもひでぇ話だな。まあ、いいや。ここでこれ以上話してても時間の無駄だからこのガキは預かるけど、死んでも知らねぇぞ?」
「お主で駄目なら誰に頼んでも一緒じゃろう。後は任せた」
「あいよ。……とりあえずその『メリクリウス』とかいう組織は潰すからな?」
シュウの犯罪者への容赦の無い対応を知っていたヘルガはシュウの確認に即答できなかったが、やがて口を開いた。
「ここ一年程の間、抜ける機会はいくらでもあった。それでも組織に残っている連中じゃ。しかたなかろう」
「よし、じゃあ、面倒なことはさっさと済ませるに限る。おい、行くぞ」
シュウは返事をしない少女の手を引っ張りヘルガの家を出た。
ここに来た時同様敵意の含まれた複数の視線を感じながらシュウは外周部の奥へと向かった。
外周部を少し歩けば巡回している『パニッシュメント』か『リブラ』の隊員ぐらいすぐに見つかるだろう。
そうしたら彼らに少女を任せて自分は『メリクリウス』を潰しに行けばいい。
そう考えてシュウは先を急いだ。




