通常訓練
フウカの幻術は今回も完璧で、シュウが無理なのだから三人の内どれが本物のフウカか見て分かる者はアイギスにまずいないだろう。
それにも関わらずシュウは迷うことなく一番左、本物のフウカに攻撃を仕掛けた。
これまでと違い『飛燕』の全速力で加速したシュウの攻撃は正面から迫ってくると分かっていても回避できず、フウカは盾にした突撃槍を砕かれてそのまま蹴り飛ばされた。
「…驚きました。『飛燕』でしたか?そこまでスピードが出るんですね」
フウカはシュウの攻撃を受け、立ち上がれないまでも上半身を起こしてシュウに視線を向けた。
そんなフウカに対してシュウはフウカの勘違いを正した。
「あいにく俺のは特注だ。全部の隊に配られる奴は出力を抑えてる。それでも大抵の奴は使えねぇだろうけどな」
その後シュウは『飛燕』についての簡単な説明を周りにも聞こえるようにした。
シュウが今使っている『飛燕』はシュウの言う通り特注で、出力が普及品より高い他に短時間の障壁生成機能などいくつかの機能が搭載されていた。
それを聞いたフウカは、知り合いの研究局局員の『最近自分たちがシュウ専属の武器職人になっている気がする』という発言を思い出していた。
試作段階の『飛燕』すら、被験者に選ばれた『レギオン』の隊員によると扱いが難しかったらしい。
それ以上の出力の代物となると確かにシュウ専用と言っても過言ではなく、研究局局員の発言もうなずけた。
しかしフウカとしては自分が使えるか分からない『飛燕』よりもシュウが自分の幻術を見破った裏技とやらの方が気になった。
「どうやって私の幻術を見破ったんですか?自分で言うのも何ですけど、見た目ではばれないと思ってたんですけど」
「ああ、安心しろ。お前の幻術は完璧だった。邪竜に見破られることはまずない。今のは殺気を感じ取るっていう裏技で本物見破っただけだし」
フウカは最初シュウが何を言っているのか理解できなかった。
殺気などといったあいまいなもので自分の幻術が見破られたと言われ、すぐには信じられなかったのだ。
しかし昨日レイナに言われた『戦闘に限って言えばシュウの荒唐無稽な自慢は全て事実』と言う発言を思い出し、それと同時にシュウのからかうでもなく自慢するでもない表情を見てフウカはシュウの発言が真実であることを悟った。
念のためもう一度幻影を創りシュウの発言を確認したフウカだったが、シュウは今度も迷うことなく本物を言い当てた。
「すごいですね。殺気を感じ取るですか…」
もはや何と言えばいいか分からないといった感じのフウカにシュウは補足説明をした。
「別にこれ訓練の結果とかじゃないから、条件さえそろえば誰でもできるようになるぞ?実際治安維持局の局長様とセツナもできるし」
「へぇー、条件って何ですか?」
聞いた限りではかなり有用そうな技術だったので、条件次第では自分も習得したいとフウカは考えていた。
そんなフウカにシュウは殺気を感じ取れるようになる方法を説明した。
「簡単、簡単。ガキの頃から寝込み襲われたり、不意打ちされてしょっちゅう殺気浴びてればいつの間にかできるようになってるぜ。でもその分大人になってからだときついかもな」
フウカに申し訳なさそうな顔をしているシュウを見て、フウカはシュウについての様々なうわさ話を思い出していた。
「…すみません」
「謝られてもな…」
そう言って苦笑したシュウにフウカは若干重くなった空気を払拭するために明るい声で話しかけた。
「でもこれで納得しました。あの『妖精女王』とどうやって渡り合ってるのかと不思議に思ってたんですけど、それのおかげだったんですね」
セツナと並び称される犯罪者の名を口にしながらフウカは納得した様子を見せた。
「まあな。この技術邪竜が使ってくることはまずないから安心しろ。そもそもこれできる奴、今は外周部でもほとんどいねぇし」
外周部はアヤネの尽力もありこの数年でかなり治安が良くなっているため、この殺気を感じ取る技術は失われつつある技術になっていた。
そういった説明をした後でシュウはフウカに今回戦った感想を述べた。
「とりあえずまとめるとお前は能力も身のこなしももう完成してる。これから先急激に成長することはないだろ。一応研修が終わるまでに小技をいくつか考えてやるから使うかどうかはお前が決めろ」
「はい。ありがとうございます」
そう言うとフウカはわき腹を抑えながら壁際へと移動した。
フウカと入れ替わる形でリンシャとガドナーを除く『フェンリル』の隊員たちがシュウの前に立ち、それを見たシュウは壁際にいる見学者たちに声をかけた。
「お前らがうちの隊に入ったら、今からこいつらが受ける訓練をそのまま受けてもらう。邪竜は新人だからって手なんて抜いてくれねぇからな。訓練で骨の一本や二本は折れるし、うちの隊じゃ差し歯してる奴も珍しくねぇ。今日の訓練見て無理だと思ったらすぐに辞めてくれ。お互い時間の無駄だからな」
シュウが声をかけた見学者二十人は、今回『フェンリル』に入隊した隊員たちだった。
先月の隊長会議で発言した通り、シュウはこの二十人の内半数はすぐに辞めるだろうと思っていた。
『フェンリル』に対してシュウが行う訓練の苛烈さは並大抵のものではないからだ。
もちろん『フェンリル』との訓練の際はシュウは相当手加減する。
しかしこの手加減というのは『フェンリル』がぎりぎり勝てない強さで戦うという意味で、それ以外シュウは一切遠慮しない。
そのためシュウが行う訓練では毎回最低十人は重傷者が出る。
以前参考までに『リブラ』と『プロメテウス』の隊員たちにシュウが『フェンリル』に行っている訓練の様子を見せ、それぞれの隊長に隊員たちの反応を聞いたところ隊員たちは完全に引いていたらしい。
しかしシュウとしては訓練の手を抜く気は無く、むしろ段階的に厳しくしていきたいとさえ思っていた。
そのため今日の訓練を見て辞める者が出れば好都合だとさえシュウは考えていた。
「さてとそろそろ始めるか。あいにくだが新入り共がいるからってお前らに気ぃ遣う気は無い。集中しろよ」
シュウにこう言われた『フェンリル』の隊員たちは、シュウに言われるでもなくすでに臨戦態勢だった。
そんな部下たちを見たシュウは何も言わずに最初に目についた隊員に攻撃を仕掛けた。
シュウは『フェンリル』との訓練の際に使っている武器、五メートルの鎖が着いた小型の鉄球を隊員に投げつけた。
標的にされた隊員は、その後の反撃など一切考えずにシュウの攻撃をよけた。
自分の攻撃を回避した隊員に対してシュウは鉄球を引き戻しながら接近し、そのまま隊員の腕をつかみ床に叩きつけようとした。
しかしシュウの横から大量の氷のつぶてと風の刃が飛んできたため、シュウはそれを魔力を放出して防御した。
『フェンリル』との訓練では、シュウは一定以上の威力の攻撃を受けたら動きを止めることにしていた。
その他にも攻撃手段や移動パターンを制限することでシュウはAランクの邪竜相当の戦闘力を再現しており、このシュウ相手に三十分戦うことがシュウが『フェンリル』に課している訓練だった。
攻撃対象を自分に攻撃を仕掛けてきた隊員二人に変更したシュウは、鎖を横向きに振るい隊員二人をまとめて薙ぎ払おうとした。
しかし鎖の進路に障壁が発生してシュウの鎖の動きが阻まれた。
それによりシュウの動きが止まった隙を氷使いの隊員、ギオルは見逃さず、直径二メートルはある氷塊をシュウに投げつけた。
それを横から見ていた隊員数人が氷塊をよけたシュウに攻撃を仕掛けるために移動し、それを横目に見ていたシュウはどうするべきか考えた。
普段の訓練なら隊員が繰り出したにしては強力なこの氷塊による攻撃への対処は、回避するかまともに受けるかの二択だ。
隊員たちもそのつもりで動いているようだが、一つぐらいは想定外の事態も必要だろうと考えたシュウは普段訓練では使わない能力を発動した。
シュウは斬撃状の魔力を纏った両腕で氷塊に掌底を当て、自分目掛けて飛んできた氷塊を打ち砕いた。
そのまま砕かれた氷塊は複数の氷の砲弾となり、ギオルを含む隊員数人に襲い掛かった。
このタイミングでのシュウの反撃を予想していなかった隊員たちは、飛来した氷の攻撃を防ぐのが精一杯でシュウへの警戒を忘れてしまった。
そこにシュウは襲撃を仕掛けた。
完全に隙を突かれたギオルだったが、間一髪シュウの攻撃は障壁によって防がれた。
「ったく、ほんとうぜぇな、これ」
先程から自分の攻撃を防いでいる障壁に舌打ちをしつつ、ついでのように両手に持った鎖を振るった。
その攻撃で三人の隊員が吹き飛ばされたが、シュウは彼らには目もくれず障壁を殴り続けた。
もちろんシュウはこの障壁を創っている隊員が誰なのか分かっているが、邪竜役をしている今その隊員を直接狙うわけにはいかない。
その後しばらく障壁に攻撃を仕掛けたシュウだったが、ギオルたちが避難を終えて障壁が消えたことで攻撃対象を変えることにした。
『フェンリル』との訓練の際、シュウはとりあえず目についた隊員を襲うことにしているので、今回もシュウは最初に目についた隊員に攻撃を仕掛けた。
ヴェーダが使っているような大剣を手にした隊員は、シュウに狙われても動揺することなく武器を構えた。
その際シュウの横から隊員数人が遠距離攻撃を仕掛けてきたが、威力が低かったのでシュウは相手にしなかった。
シュウが接近するのを目の当たりにしながらも逃げ出さない隊員を見て、シュウは違和感を覚えた。
Aランクの邪竜の攻撃を一、二回なら防げる隊員は『フェンリル』に数人いるが、シュウの記憶では目の前の隊員はそこに含まれていなかった。
訓練だからとリスクの高い技を試そうとしているのなら、失敗した際にはそれ相応の罰を与えてやろう。
そう考えてシュウは大剣を持った隊員に攻撃を仕掛けた。
シュウの投げた鉄球が隊員へと迫り、先程何度もシュウの邪魔をした障壁は今回は役に立たない。先程ギオルたちを逃がすためにシュウの攻撃をしばらく受け続け、あの障壁は限界間近だったからだ。
この状況で隊員たちがどう出てくるかを楽しみしていたシュウの前で大剣を持った隊員がシュウに突撃を敢行してきた。
さすがにこれは無謀だと考えたシュウが少し不快に思いながら迎撃しようとした瞬間、シュウに攻撃を仕掛けようとしていた隊員の姿が消えた。
「あれっ?」
攻撃を仕掛けようとしていた隊員が消え、一瞬驚いたシュウだったがすぐに何が起こったか理解した。
確かシュウの目の前にいた隊員の能力は能力のコピーだったので、『フェンリル』の隊員の一人が持っている能力、『視界の先への転移』をコピーしたのだろう。
先程の大剣を持った隊員は右側に視線を向けていたのでそちらに攻撃を仕掛ければいいのだが、隊員の能力を知らない邪竜の動きとしてはそれで正しいのだろうかとシュウは数秒考えこんだ。
その間に別の隊員による攻撃を受けたシュウは、攻撃対象をその隊員に変更した。
その後隊員数人と戦闘を開始したシュウに先程の大剣を持った隊員が再び攻撃を仕掛けてきた。
どうやらコピー元の隊員と二人一組で連携を取っているらしく、互いに相手をうまく支援していて二人での連携だけを見ればシュウも一応合格点をやっていい程度の連携ではあった。
しかし周囲の隊員たちを見て二人の問題点に気づいたシュウは、その場で回転して周囲に対して鎖で無差別攻撃を始めた。
回転してある程度加速がついた時点でシュウは移動を始め、周囲の空間を鎖で攻撃しながら隊員たちを次々に弾き飛ばしていった。
それを見たギオルが仲間の障壁の支援を受けて鎖に攻撃を仕掛けた。
ギオルが鎖と刺し違える形で気を失い障壁も完全に砕けたものの、それと引き換えにシュウの右腕の鎖が破壊された。
「あれっ、まじか?」
シュウは鎖の魔力による強化に関しては一切手を抜いていなかったので、この戦いで鎖が破壊されるとは思っていなかった。
気を失い仲間に引きずられていくギオルを見たシュウは、自分の部下への評価を上方修正した。
しかしその間も残された鎖での攻撃は止めず、その鎖が大剣を持った隊員の右脚に絡みついた。転移能力を多用して疲れていた隊員は、とっさのことに対応できずそのまま床に叩きつけられた。
背中を強打して動けない様子の隊員にシュウが迫り、そのまま隊員の腹部を踏みつけた。
「「あっ…」」
隊員数人の声が室内に響く中、シュウは隊員の腹部から脚をどけた。
踏みつけたといっても、正確にはシュウは倒れた隊員の腹部に軽く足を乗せただけだ。
それにも関わらず周りの隊員たちはまるで邪竜戦で殉職者が出た様な表情で、そんな隊員たちにシュウが声をかけた。
「おい!一人やられたぐらいで動き止めるんじゃねぇ!罰として十分延長な!ったく、敵に励まされてんじゃねぇ、馬鹿かお前ら!」
シュウは自分の部下たちの切り替えの遅さに怒りを覚えながらも、その後残った鎖を振り回して『フェンリル』の隊員たちとの訓練を続けた。




