連戦
シュウの体からほとばしった魔力が周囲からも視認できる程になった頃、その光景を見ていた『フェンリル』の隊員たちとフウカは自分たちの前で起こっていることに言葉を失った。
そしてシュウと実際に対峙しているアヴィスは、周囲の面々同様驚いたものの何とか口を開いた。
「それは、コウガさんの…」
目の前でコウガの『雷帝の鎧』そっくりの技を発動したシュウを見て、アヴィスは動揺を隠せなかった。
そんなアヴィスを見たシュウは楽しそうな笑みを浮かべた。
「安心したぜ。これ見てもすました顔してたらどうしようかと思ってたからな。さてと、おしゃべりは後にして、とりあえず終わらせるか」
そう言ってアヴィス目掛けて走り出したシュウに対し、アヴィスは今までの様に邪竜もどきの群れを差し向けた。しかしシュウは自分目掛けて襲ってくる邪竜もどきたちを前に防御も回避もせずに突っ込んだ。
その結果シュウは一切移動速度を緩めることなく邪竜もどきの群れを突破し、そのままアヴィスに襲い掛かった。
シュウが自分に近づいて来る間、アヴィスも何もしなかったわけではない。
絶え間なく邪竜もどきをシュウに差し向け、魔力の弾丸を何十発も浴びせた。
しかしシュウはアヴィスの攻撃ではかすり傷一つ負わず、ひたすらに前進を続けた。
ただ全速力で走ればいいだけのシュウとシュウを視界に入れながらの後退をしていたアヴィスでは移動速度が比較にならず、三十秒どころか十秒程でシュウはアヴィスの肩をつかんだ。
その後シュウがアヴィスの全身に魔力を流し込むと、アヴィスの魔力による防御をものともせずにシュウの斬撃状の魔力がアヴィスの体を切り刻んだ。
「あがっ…」
全身を切り刻まれた痛みで拳銃を落としてまともに声もあげられない様子のアヴィスを見て、シュウは呆れた様子だった。
「ん?そんなに深くは斬ってないだろ?ちょっと体の表面斬られたぐらいで一々大げさな。まさか今までけがしたことありませんなんて言うんじゃないだろうな?」
今も膝をつき返事をしないアヴィスを見て、シュウは呆れた表情を浮かべながら『鎧』を解除した。
シュウが『鎧』を解除した瞬間、フウカがシュウに声をかけてきた。
「…すごいですね。まさかコウガ隊長以外にその技を使える人がいるとは思いませんでした」
心の底から驚いているといった様子のフウカを横目にシュウは口を開いた。
「俺は使えるっていうレベルじゃねぇけどな。ちょっと使っただけでこの様だし」
そう言ってフウカに腕を広げて見せたシュウの体は、全身が切り傷だらけだった。
シュウの言う通りシュウが今回使った技は、発動しても使用者のコウガはもちろん服すら焼けていないコウガの『雷帝の鎧』と比べるのもおこがましい程練度に違いがあった。
ここ数年のシュウは戦闘での防御を『空間切断』に頼り切っており、十代前半で会得したこの欠陥だらけの『鎧』はここ数年使用していなかった。
久しぶりの使用となる『鎧』だったが、この技を使ってからのシュウの圧勝を見た隊員たちは興奮しきりだった。
その内の何人かが『剣帝の鎧』などと口にしているのを聞き、自分の二つ名として討伐局以前の二つ名の『千刃』を広めようとしているシュウは少なからず焦った。
しかし今のシュウに隊員たちの会話に口をはさむ余裕は無かった。
発動直後に意識を失った昔と比べれば立っていられるだけましだが、それでも体の数ヶ所にかなりの痛みを感じたからだ。
後十秒も使っていたら脳や内臓に致命的な傷を負い、下手をしたら死んでいただろう。
現に今も右眼がかなり痛かった。
しかしそんなことは口にはせず、シュウは余裕綽綽という表情でアヴィスに話しかけた。
「新入り、少しは身の程ってものが分かったか?もちろん余裕は大事だ。ヴェーダにもいつも言ってるけど、自分が負けるわけないって顔するのも隊長の仕事の内だからな。でもお前まだそのレベルじゃねぇから」
額から流れてきた血を袖でぬぐいながらシュウは話を続けた。
「かっこつけるのは大事だけど中身が伴ってないとな。おい、聞いてんのか?今いい話してるんだぞ!」
先程から全く返事をしないアヴィスにシュウが大声をあげると、アヴィスは痛みからか顔をしかめながらも口を開いた。
「はい。シュウさんのおっしゃる通り調子に乗っていました。刀を使わないのかなどと失礼なことを言ってしまい申し訳ありませんでした」
そう言って深々と頭を下げるアヴィスを前にシュウは総括に入った。
「まあ、俺にこの技を使わせた時点でとりあえずは合格だ。使い捨てにしていい兵士大量に召還できるなんて今の討伐局にはありがたいだろうからな。期待してるぜ」
「はい!ご期待に沿えるようがんばりたいと思います!」
「ああ、がんばれ。後能力に関してはそうだな…、お前今はBランクと同じ強さのしか召還できないんだろ?多分Aランクを召還できるようにがんばってるんだと思うけど、邪竜の口だけとか翼だけ創った方はコスパはいいと思うぞ。今回だって翼創って飛ばれたらこんなに簡単には勝てなかっただろうし」
「なるほど…」
ここで初めて考え込んだアヴィスを見てシュウは話を終わらせることにした。
「火力は俺やコウガで間に合ってるから、それ以外で貢献すりゃ他の隊長たちも助かるだろうよ。…こんなところか。明日俺は顔を出さないから、後は俺とこいつらの訓練の様子を見て装備だの予算だのの話はガドナーに聞いてくれ」
「はい!ありがとうございました!」
そう言って壁際に向かったアヴィスと入れ替わりでフウカがシュウの前に立った。
すでに武器の突撃槍を手にしていたフウカだったが、勝ったとはいえ別の隊長との戦いを終えたばかりのシュウを気遣ってきた。
「アヴィス隊長と戦ったばかりなんだから無理をしないで下さい。私の訓練なら別に明日以降でもいいわけですし…」
こう言ってシュウに休むように言ったフウカだったが、シュウはその提案を断った。
「気にするな。俺この後うちの隊の連中ともやるつもりだから」
「えっ…」
シュウが週に一回しか隊の訓練を行わないことを知らなかったフウカは、まさかシュウが自分を入れて三連戦するつもりだとは思わなかった。
レイナからシュウの強さについては散々聞かされていたので、フウカはシュウに侮られているとは思わなかった。
しかしすでに治っているとはいえ先程の傷だらけだったシュウを見ていたので、フウカはこれ以上シュウに戦わせるのをためらってしまった。
しかしシュウに無理している様子はなく、むしろ困っている様子だった。
「お前との戦いで『飛燕』、新型の飛行用装備な、を使って、その様子をカメラで撮るつもりだ。その映像は明日のレイナとの話し合いの時に使うつもりだから、ここで遠慮されても困る。俺に気ぃ遣ってるんだろうが、短い間に超働いて後はサボるっていうのが俺のやり方だから変に気ぃ遣うな」
ここまで言われてようやくフウカは武器を構えた。
「分かりました。一応聞きますけど殺す気でやって構いませんか?」
「ああ、もちろんだ。格上相手の訓練の時はそれぐらいの気持ちがねぇとな」
フウカの物騒な提案を聞いたシュウは、嬉しそうに笑いながら『飛燕』を装備した。
先程同様リンシャの合図で戦いが始まり、武器を構えるフウカとは対照的にシュウは動かなかった。
「殺し合いじゃあるまいし、幻術使い相手に一気に間合い詰める程野暮じゃねぇよ。さっさと準備しろ」
シュウのこの発言を受け、フウカはすぐに能力を発動した。
フウカが能力を発動してすぐにフウカの左右に二人のフウカが現れ、合わせて三人のフウカがそれぞれ突撃槍を構えた。
フウカの能力は先程シュウが言った通り幻術だが、フウカは基本的に自分の近くに自分の幻影を二人創るという形でしか能力を使わない。
これはフウカが様々な幻を創る訓練をあまりしていないことが原因なのだが、これはフウカの怠慢というわけではなかった。
討伐局所属の能力者の中で邪竜との戦いに役に立たない能力を持っている者が自分の能力を鍛えないというのは珍しい話ではない。
特に幻術は下手に鍛えて広範囲に影響を及ぼせるようになると、むしろ他の隊員たちとの連携の邪魔になる。
効果範囲はそれなりだが精度は雑な幻術使いが多いことを考えると、周囲に影響を与えずかつ精度も高い形で幻術を使用しているフウカはがんばっている方だった。
実際フウカの幻術を目の当たりにしたシュウも驚きの声をあげた。
「おお、見ただけじゃどれが本物か分からねぇな。これを戦いながら維持できれば大したもんだ。さてそろそろ行くぞ」
そう言うとシュウは『飛燕』を発動し、シュウから見て一番右のフウカに襲い掛かった。
シュウがフウカのあごを蹴り抜こうと放った大振りの蹴りは、フウカの幻影を虚しくすり抜けた。その後二人目のフウカにシュウが攻撃を仕掛けると今度は本物だった。
シュウの『飛燕』とフウカの突撃槍がぶつかり、室内に金属音が響いた。
お互いの武器が接触したまま押し合いに発展した中、シュウが口を開いた。
「幻術使いだっていうから身のこなしは大したことないと思ってたが、伊達に『レギオン』でエース張ってねぇな。今の攻撃に反応できただけでも誇っていいぞ」
「話には聞いていましたけど、その新アイテム空飛べるだけじゃないんですね」
魔力による身体能力強化の前には男女間の腕力の差など誤差みたいなもので、能力者同士で単純な力比べになったら基本的な魔力の運用方法の練度の差がそのまま結果につながる。
そしてシュウは能力者が訓練で会得できることは全て最高水準でできる。
そのため押し合いは数秒も続かず、フウカは後ろに吹き飛ばされた。
シュウにあっけなく吹き飛ばされたフウカだったが、慌てることなく自分とシュウの間に壁の幻影を創り出してシュウの追撃を防ごうとした。
しかし壁の向こうから聞こえてきたシュウの声に焦りの色は無かった。
「さっきの幻に比べりゃ雑だが、まあ視界さえ遮れりゃいいんだからこんなもんか」
フウカの耳にシュウのこの発言が届いた次の瞬間、フウカは自分にかかった影に気づきとっさに後ろに下がった。
しかしフウカは上空から襲ってきたシュウの攻撃に反応できず、左肩を強打されてそのまま床に叩きつけられてしまった。
「駄目だぞ?格上相手に自分の視界も遮るような幻創っちゃ。まあ『レギオン』で戦ってる以上、自分の姿消す練習はしてねぇだろうからしょうがねぇけど」
邪竜との戦いの最中に姿を消していてはフウカはレイナの障壁による支援を受けられなくなってしまう。
ただでさえ使用が難しい幻術の持ち主のフウカが使用頻度のかなり低い透明化の訓練をしていないのは当然のことだった。
「思ったよりお前強いな。俺とガドナー以外だと、お前に勝てる奴うちの隊に十人もいないぞ」
床に倒れ込む自分を見下ろしながらそう評価してきたシュウにフウカは悔しそうな視線を向けた。
「この状況でそう言われても素直に喜べませんね」
「素直に受け取っとけ。さすがにあのチビには負けるが、幻術の方もかなりのもんだった。この一週間でできるだけうちの連中の相手もしてやってくれ。その代わり最後に対幻術用の裏技を見せてやるからよ」
そう言うとシュウはフウカから距離をとり、立ち上がったフウカはすぐに突撃槍を構えると再び二体の幻術を創りシュウに突撃を敢行した。




