飛行用装備
一方シンラたちがボルスたちと会っていた頃、シュウは機構本部二階の研究局でクオンとその部下たちと会っていた。
今日はとうとう完成した飛行用装備の試験が行われ、シュウはその被験者として呼ばれていた。
「よう。来てやったぞ。さっさと始めようぜ」
あいさつもそこそこに実験を始めようとしたシュウを前にしても、クオンはもちろんその後ろに控えていた研究局局員たちも特に物怖じする様子を見せずに準備を始めた。
今回の実験とは要するに飛行用装備を使った実戦で、これを装備したシュウとクオンが戦うことになっていた。
そのためいつもの白衣ではなく討伐局の隊服に身を包み戦いの準備をしているクオンに代わり、主に討伐局で使われる装備の開発を担当している研究局第二班の班長、ドローマがシュウに新装備を渡してきた。
「こちらが新装備になります。すでにシュウ隊長の血を混ぜてありますので、能力を使っても大丈夫です」
「ああ、分かってる。今日が初めてってわけじゃないんだから大丈夫だ。で、これの名前は何ていうんだ?」
ひじの近くまで覆う大きさの籠手型の装備を左手につけながらシュウは、何気なくドローマに新装備の名前を聞いた。
それに対するドローマの答えは、シュウの予想通りのものだった。
「まだ名前は決まっていません。局長はシュウ隊長が決めてもいいと言っていました」
「相変わらずだな、あんたの娘は…」
このシュウの発言から分かる通りドローマはクオンの父親で、母親のランは邪竜の研究をしている研究局の第四班の班長を務めている。
シュウとしてはせっかく完成した新装備なのだからいい感じの名前をつけて欲しいところだった。
しかしクオンのネーミングセンスは壊滅的で、隊長就任時に自分の部隊に『実験部隊』と名付けようとした話は機構では有名だ。
そうしたわけでシュウは新装備の名前に関してはクオンに期待しておらす、あらかじめ考えていた名前をドローマに伝えた。
「じゃあ、『飛燕』にしよう。空を超早く飛ぶ鳥って意味だ」
「ヒエンですか。はい、素敵な響きだと思います。局長もきっと賛成すると思います」
「そうかよ」
あまり気持ちが込もっていないドローマの相づちを聞き、似た者親子めと呆れながらシュウは部屋の中央へと向かった。
すでにそこではクオンが準備を終えており、離れた場所では研究局の第二班の面々だけでなくクオン直属の第一班の面々もこれから行われる戦いを見ようとしていた。
「ん?背中のそれ何だ?」
クオンの前に立ったシュウは、そこでクオンが拳銃を持っているだけでなく金属製の箱を背負っていることに気がついた。
その箱は決して小さくはなく、今からシュウと戦うというのに邪魔になりそうな大きさの箱を背負っているクオンを見てシュウは不思議そうな顔をした。
「新装備の試作品。正直重いから、早く戦い始めない?」
「オーケー、『空間切断』を使わない以外はいつも通りでいいか?」
「うん。いつも通り五分で」
今回の戦いはあくまでも新型の飛行用装備、改め『飛燕』の実験なので、今回シュウは『空間切断』は使わず戦うことになっていた。
そしてドローマの合図でシュウとクオンの模擬戦が始まった。
いつもなら開始早々切り込むシュウだったが、この模擬戦の目的ぐらいはわきまえていた。
クオンが牽制目的に撃ってきた魔力の弾丸をまともに相手にせず、シュウは『飛燕』で上空へと飛んだ。
『飛燕』は手のひらから魔力を噴射して飛ぶという単純な構造になっている。
全ての隊に配布される普及品は注いだ魔力の量に関係無く一度に十メートルか五十メートル進むようになっていて、移動距離はレバーで切り替えられるようになっていた。
一方シュウ専用の『飛燕』は移動距離の限界は普及品と同じ五十メートルだが、移動距離自体は注いだ魔力の量次第となっていた。
普及品をこの仕様にしなかった理由は、移動距離の調整を完全に使用者に任せる方式では普及は無理と判断されたからだ。
実際各隊から十人ずつ選ばれた被験者たちの中で完全手動型の『飛燕』を使える者は十人もおらず、ほとんどの者が壁にぶつかるか見当違いの方向に飛んでいた。
その『飛燕』をシュウは完璧に使いこなしており、すでにホバリングすら行っていた。
十秒程滞空していたシュウは、そろそろ計測は済んだだろうと判断して既に空中にいたクオンに斬りかかった。
正面から突っ込むのではなく、一度空中で軌道を変えたシュウの動きをクオンは全く目で追えていなかった。
そのまま向かって左から近づいてきたシュウにクオンは全く気付いていなかったが、シュウの振るった刀はクオンに届く前に何かに阻まれた。
クオンがシュウと戦う際に必ずと言っていい程入れている『磁力操作』が原因だった。
もっともこれ自体はシュウも織り込み済みで、刀が止められた次の瞬間には左の蹴りをクオンの胴体に叩き込もうとした。
これに対してクオンが『霧化』で回避するか何らかの転移能力で回避するかはその時次第で、今回クオンは『霧化』を使ってシュウの攻撃を回避しようとした。
しかし魔力の込められたシュウの蹴りを完全に無効にすることはできなかったようで、クオンは表情を変えると同時に動きを止めた。
そんなクオンに対してシュウは再び『飛燕』による加速をつけた蹴りを繰り出した。
何もしなければ確実にクオンの左肩を砕くシュウの攻撃に対し、クオンは何の反応もしなかった。
クオンとの模擬戦においてシュウは、急所を外す以外の手心は一切加えないことにしている。
シュウとの模擬戦がクオンにとって数少ない戦闘訓練でもあるからだ。
そのため容赦無くクオンの肩を蹴り砕こうとしたシュウだったが、完全にクオンを捉えたと思ったシュウの蹴りには手応えが一切無かった。
何が起こったか見ていたシュウは、クオンが転移能力で自分の攻撃を回避したことに驚いた。
今日のクオンは、すでに『飛行』、『磁力操作』、『霧化』と三つの能力を使っている。
そのクオンがどうして転移能力を使えるのか疑問を抱いたシュウだったが、その答えはすぐに分かった。
先程いた場所から二メートルも離れていない場所にクオンがいたからだ。
「今のワープ、その背中の機械のしわざか?」
「うん。でも一回使うために十時間充電が必要な上にワープする先も選べないから、まだ実用化は無理そう」
蹴りを繰り出した直後のシュウ目掛けて魔力の弾丸を撃ち出したクオンは、シュウが『飛燕』を使い自分から離れたのを見て安堵のため息を吐いた。
先程の転移もクオンはシュウの後ろをとる形で転移するつもりだった。
しかし実際は横に二メートル程移動しただけという結果に終わり、転移直後に目の前にシュウがいるのを見た時クオンは肝を冷やした。
一方未完成とはいえ転移を実現させる機械の実物を見たシュウは、素直に感心した。
「…それが完成したらやべぇことになりそうだな。小型化とかしたら犯罪し放題だろ」
「多分早くても数年後になると思うけど」
「へぇ、ま、それは楽しみにするとして、そろそろ決着といくか」
そう言うとシュウは『飛燕』による高速移動でクオンの死角をとった。
空中で何度も方向転換したシュウの動きはとてもクオンの目では追えず、クオンは『磁力操作』を発動しつつシュウを待ち構えた。
一応頭部と心臓は守っているので、いくらシュウでも刀と『飛燕』がクオンに弾かれる状態でクオンを一撃で倒すのは不可能だとクオンは考えていた。
クオンは恐怖を感じつつも、シュウの攻撃を今か今かと待っていた。
そしてそれ程待つことなく、クオンの前にシュウが姿を現した。
クオンが気づいた時には『飛燕』を装備したシュウの拳が眼前に迫っていたが、その攻撃自体は『磁力操作』で防がれた。
実際に『飛燕』を装備した相手と戦うとここまで目で追えないものなのかと驚きながらも、クオンは魔力の弾丸で牽制しつつシュウから離れようとした。
しかしそれより早くシュウが左手を開き、『飛燕』の手のひら部分にある噴射口から噴射された魔力をクオンの顔に浴びせた。
「わぷっ…」
生身ならともかく魔力で体全体を強化していたため、クオンは失明も怪我もしなかった。
しかし短時間とはいえいきなり視界を奪われたクオンは動きを止めてしまい、それでもかろうじて横に移動したクオンだったがそこまでだった。
左わき腹にシュウの蹴りを食らったクオンは、その後あごにシュウの掌底による一撃を入れられて気を失った。
その後気を失ったクオンを抱えてシュウは床に着地した。
「お疲れ様でした。実際に戦ってみてどうでしたか?」
「特に問題は無いな。微妙に手首が痛いけど、これは慣れればどうにかなるだろう。それよりこのブースターっていうのか?の威力上げられないか?邪竜倒すのは無理でも、目に食らわせてひるませるぐらいできれば便利だと思うんだが」
『飛燕』を使用したシュウの感想を聞き、ドローマは『飛燕』に関する研究の現状を説明した。
「噴出した魔力による攻撃は今も研究中です。出力だけならすでに『テンペスト』並の物を作れるのですが、今のままだと使用者の手首から先も吹き飛んでしまうので威力より制御が課題ですね」
「ああ、もう作ってるのか。そりゃそうか。俺が考えることぐらいとっくにやってるよな」
そう言って苦笑いしたシュウを見て、ドローマは慌てて口を開いた。
「いえ、実際に使った人間の感想というのは参考になりますし、シュウ隊長がいなかったら『飛燕』だけじゃなく『瞬刃』も実現しなかったわけですから」
『飛燕』や『瞬刃』の様に構想はあったが実用化は無理だと考えられていた装備が研究局には山の様にある。
実際ほとんどのものが日の目を見ることはないが、シュウが実験台となることで多少変化は加えられたが実用化に至った物も多い。
現在の研究局ではシュウが使えなかったらその装備の開発は諦めるという方針すらできており、そのためドローマだけではなく研究局局員の多くがシュウに感謝していた。
「まあ、お互いできる分野でがんばるってことで。じゃあ、俺はもう行くな。こいつはこのまま運ぶ」
シュウとクオンは、この後クオンの部屋で遊ぶ約束をしていた。
気絶している娘を同僚の男に運ばせるドローマの行動は警戒心が無いように見えるが、これはいつもの光景だった。
クオンは子どもの頃から研究一筋で、研究の気晴らしに別の研究をするような生活を送っていた。
そのためシュウと知り合い研究以外の時間を持つようになったことでクオンの両親はシュウに感謝しており、放っておくと一食や二食平気で抜くクオンの食事の面倒まで見てくれるシュウにドローマたちは全幅の信頼を置いていた。
「はい。娘がいつもお世話になります」
「まったくだ。じゃあな」
シュウは父親としての礼を口にしたドローマに見送られながらクオンを抱えて部屋を後にした。




