総力戦
ガドナーの心配していた通り、ミアはAランクの邪竜と対峙してすぐに戦うどころではなくなった。
以前戦ったBランクの邪竜と今回初めてミアが戦うAランクの邪竜の戦闘力の差がミアの想像以上だったからだ。
一度邪竜を斧で斬りつけたミアだったが全くと言っていい程傷がつかなかった。
かといって重力球で攻撃するためにもう少し近づくと、邪竜の移動の際の衝撃波でよろめいてしまう始末だった。
以前シュウ以外の隊長の戦闘記録も見たのだが、リンドウやアヤネも苦も無く邪竜との接近戦を行っている様に見えた。
これが自分と隊長たちとの差かと歯噛みしたミアだったが、幸い今のミアに長々と悔しがっているひまは無かった。
自分たちの周りを飛び回るミアに絶え間なく火炎を吐いてくる邪竜三体から逃げ回っていたからだ。
前回のシュウのアドバイスを思い出し、流れ弾で被害が出ない様にミアは上空に逃げたのだが、その結果ミアは邪竜三体の集中攻撃を受けるはめになった。
一瞬でも邪竜から視線を外したら殺されると思ったミアは、常に邪竜三体を視界に入れて後ろ向きに飛んでいた。
しかしそのために一切後ろを見ないでの飛行を余儀なくされ、いつ別の邪竜に激突するかと気が気ではなかった。
地上に逃げようかと何度か思ったのだが、戦いが始まってしばらく経った今では地上の戦況はぎりぎり均衡がとれている状況だった。
こんな状況で地上に追加の邪竜を連れて行くわけにもいかず、八方ふさがりだったミアにリンシャからの通信が入った。
「ミアさん、そのまま右斜めに降下して邪竜たちをおびき寄せて下さい」
「えっ、でもそんなことしたら下のみんなが…」
「いいから早く!」
珍しく慌てた口調のリンシャの指示を聞き、ミアは急いで指示通りに降下を始めた。
当然邪竜も追って来るが、リンシャに言われた通りに逃げているだけのミアにはどうしようもなかった。
このままでは地上で戦っている『フェンリル』の隊員たちが邪竜に殺されてしまう。
そう考えたミアがリンシャに質問をしようとした時、ミアは自分を追う邪竜たちにすさまじい魔力が近づくのを感じた。
次の瞬間にはミアに一番近かった邪竜の首の一部が吹き飛び、続いて別の邪竜の腹部が大きく吹き飛んだ。
首を吹き飛ばされた邪竜は動きが鈍ったが、腹部を吹き飛ばされた邪竜にはまだ余裕があるようだった。
「今の内にとどめを!」
再び聞こえてきたリンシャの指示に従い、ミアは腹部を吹き飛ばされた直後で隙があった邪竜の頭部目掛けて突っ込むとそのまま重力球を邪竜の頭部にお見舞いした。
元々致命傷に近いダメージを受けていた邪竜はミアの攻撃を受けて消滅し、その後ミアは首を吹き飛ばされて動きを止めていた邪竜もあっけなく倒すことができた。
こうしてAランクの邪竜二体は、今までのミアの苦労は何だったのかと言いたくなる程あっけなく消滅した。
『テンペスト』、それが先程二体の邪竜に致命傷を与えた弾丸の名前だ。
当たり所にもよるがBランクの邪竜が相手なら一発で倒すことも可能で、Aランクの邪竜と言えども当たればただではすまない。
それが『テンペスト』だった。
どうしてこれ程強力な弾丸が量産されていないのかというと、現在のアイギスでは大量生産できないからだ。
『魔鋼』の他にも火薬などいくつもの貴重な資源を材料にする『テンペスト』は、資源の限られた今のアイギスでは一ヶ月に三発しか生産できない。
また仮に資源が潤沢にあったとしても完全手作りの『テンペスト』を作れるだけの技術を持っている技術者はクオンを含めて数人しかいないため、どちらにしても量産は無理だった。
これらの理由から『テンペスト』の値段は一発百五十万と大変高価になっており、リンシャも滅多なことではこの弾丸は使わない。
そして『テンペスト』は実質リンシャ専用の弾丸となっており、その理由は『テンペスト』を目標に当てるのが非常に難しいからだ。
そもそも『テンペスト』は、巨大な固定砲台から撃ち出すことを想定した砲弾の試作品だ。
そのため拳銃程度では撃ち出すことができず、狙撃銃でやっとと撃ち出すことができる。
『テンペスト』は撃ち出した際の反動が非常に大きく、開発された当初は十メートル離れたところからすらまともに当てられる者がいなかった。
これ以上近づく必要があるならもはや飛び道具である必要が無く、『テンペスト』は計画そのものが見直されようとしていた。
しかしリンシャに決め技を与えたいというシュウの要望を受けたクオンが駄目元で『テンペスト』を渡したところ、リンシャは二発目で誤差一メートルで当てられるようになった。
「威力は申し分無いですね。命中精度はこちらで何とかします」
リンシャは『テンペスト』を始めて使った直後に涼しい顔でこう言い放ち、実際それ以来平然と使いこなしていた。
討伐局の各隊に支給される装備費の額は隊に所属している隊員の人数で決まるため、『フェンリル』に支給される装備費は他の隊の半分にも満たない。
そんな状況で隊の装備費で『テンペスト』の費用をまかなえるはずもなく、『テンペスト』の費用はシュウが自腹を切っている。
『テンペスト』という名前も使う度にシュウの手持ちの金が飛んで行くという理由からシュウが名付けた。
今日の戦いが始まる前に五発持っていた『テンペスト』をリンシャはすでに三発使っており、さすがに今日はこれ以上使いたくなかった。
今日さえ乗り切ればいいというわけでもないからだ。
ミアに一度隊全体で交代する旨を伝えたリンシャは、続いてガドナーに通信をつないだ。
「ガドナーさん、一度隊を下げた方がいいと思います。戦線が乱れていて先程一体邪竜を取りこぼしそうになりました」
「そうですね。そろそろ頃合いでしょう」
すでに戦いが始まって三十分程が経っており、戦っているガドナーや他の隊員たちの体力や気力を考えると確かに頃合いだった。
「邪竜は後何体残っていますか?」
「私たちの方に四体、リンドウ隊長たちの方に六体で計十体です」
「…十体、まあ、しかたありませんね」
これまでの戦いでかなり消耗している『フェンリル』と『ナイツ』では、残り十体のAランクの邪竜を倒すのは不可能だ。
全滅覚悟で挑んでも精々三体も倒せれば上出来だろう。
現時点で『フェンリル』だけでも自力で歩けない程のけがを負った隊員が数人いて、ガドナーも大きな傷は負っていないが魔力は底をつきかけていた。
普段通りの隊全体を守りながらの戦いをした場合、三分も持たず魔力切れになるだろう。
「いざとなったら残りの『テンペスト』も使います」
「お願いします。とにかく今は全力で撤退するように指示を。今が撤退の最後のチャンスだと思います」
「すでにミアさんたちに頼んであるので大丈夫です」
「ここの三体は二、三分なら足止めできると思うので、その間にお願いします」
「はい。また後で」
リンシャとの通信を終えたガドナーは、撤退する隊員たちを守るべく一人前線に向かった。
ちょうどその頃、ガドナーたちよりも早く後退を始めていた南西組は壊滅的な打撃を受けていた。特に『パニッシュメント』の被害は甚大で、数十人どころか半数以上の隊員が犠牲となっていた。
アヤネは今も邪竜数体を相手に戦っており、ミザーナも奮闘していたが元々戦力差が絶望的な戦いだった。
アヤネとミザーナの尽力だけでは限界があり、今生き残っている隊員たちが戦意を保っているだけでも奇跡と言えた。
「邪竜の相手は最低限に!負傷者の救出を優先して下さい!」
衝撃波で邪竜たちを牽制しながら隊員たちの指揮を取っていたミザーナだったが、現時点で限界を感じていた。
すでに隊は壊滅寸前で、その上邪竜はまだ十体近くいる。
今もまたアヤネとミザーナが抑えきれなかった邪竜が振るった尾で隊員十人以上が吹き飛ばされた。
この状況でどうしろというのか。
戦闘こそ続行しているミザーナだったが、もはやミザーナの行為は時間稼ぎ以上の意味は持っていなかった。
そう自覚しながらも戦っていたミザーナの視界に新たに一体の邪竜が飛び込んで来た。
アヤネと戦っていた邪竜の一体が狙いをこちらに変えたようで、すでに限界ぎりぎりの数の邪竜と戦っていたミザーナにそれに対処する余裕は無かった。
もう駄目だとミザーナがあきらめたその時、横からの雷撃が邪竜に直撃した。
ミザーナの視界に入って来た雷撃は一発ではなく、ミザーナのもとに向かっていた邪竜だけでなくミザーナが先程まで戦っていた邪竜までその雷撃により焼き殺された。
この雷撃の発生源に心当たりがあったミザーナは辺りを見渡し、目的の人物を見つけた。
「コウガ隊長!」
これまで話す機会の無い隊長だったが、窮地に現れたコウガに驚いたミザーナは思わずコウガに話しかけた。
「どうしてこんなに早く。まだ戦いが始まってから一時間も経っていないのに…」
遠征の際は、行きはともかく帰りは急ぐ必要が無い。
また車及びエンジンの性能も邪竜襲来以前程ではなく、長時間使用する際はあまり無理な使用はできない。
そのため帰りはゆっくり帰って来ることが多く、実際今回の戦いでは遠征に出ている隊長たちは戦力に数えられていなかった。
遠征に出た隊長たちの帰りを待っていてはアイギスに被害が出るためだ。
それにも関わらずコウガがこの場にいることをミザーナは不思議に思ったのだが、コウガはその疑問には答えなかった。
「そんなことを気にしている場合か。後は俺が引き受けるからさっさと負傷者を運べ。これから先の死者は無駄死にだぞ」
コウガの指示を受けたミザーナが走り去る中、コウガはアイギスに向けて撤退しようとしていた『パニッシュメント』に追いすがる邪竜二体をたやすく焼き払うと、次にアヤネと戦っている邪竜たちに狙いをつけた。
コウガから今からアヤネの戦っている邪竜に攻撃をしかけると通信が入り、慌ててその場を離れようとしたアヤネの横を雷撃が走った。その後二発三発と立て続けに雷撃を受けた邪竜たちは、どこから攻撃されているかすら分からずに消滅した。
その直後、コウガの無線からアヤネの非難の声が聞こえてきた。
「ちょっと、私が離れてから攻撃してよ!もう少しで丸焦げになるところだったわ!」
コウガの放った雷撃はアヤネに直撃こそしなかったが、雷撃の余波でアヤネは火傷を負い巻き戻しを使う羽目になった。
いくらすぐに傷を治せるといっても痛いものは痛い。
それゆえのアヤネの苦情だったのだが、コウガは取り合わなかった。
「お前ならまともに受けても大丈夫だろう。最初に助けただけでも感謝しろ。俺はもう行く」
アヤネとの通信を一方的に終えたコウガは、急いでクオンのもとに向かった。
クオンは七体の邪竜に囲まれて満身創痍の状態だった。
残り魔力は一割を切り、右肩からは流血までしていた。
すでに周囲に気を配る余裕は無く、邪竜にやられないようにするだけで精一杯だった。
そんなクオン目掛けて邪竜たちが襲い掛かろうとした瞬間、クオンの横を雷撃が走り、邪竜たちの動きが止まった。
雷撃を放った人物に心当たりのあったクオンは、雷撃の飛んできた方向を警戒する邪竜たちの間を霧になってすり抜けて先程の雷撃を放った人物、コウガのもとにたどり着いた。
コウガの前に来るなり、クオンは恨めし気な視線をコウガに向けた。
「もう、遅い。超待ってたのに」
「悪かったな。これでも急いだんだ」
クオンと短く言葉を交わす中、コウガはクオンが肩から血を流していることに気がついた。
「おい、その肩大丈夫なのか?」
「大丈夫、飛んできた岩の破片がぶつかっただけ」
「…そうか。後は俺が始末するから、お前はもうさがれ」
コウガの指示に従い大人しく後退したクオンを見送った後、コウガは『切り札』を切るべく魔力を高め始めた。
「…今日はもう疲れた。さっさと終わらせよう」
誰に言うでもなくつぶやいたコウガの体全体を厚さ一メートル程の雷が覆った。
これがコウガの切り札、『雷帝の鎧』(シュウ命名)だった。
戦場で過剰なまでに自己主張する高い魔力と雷鳴の音。
その二つを放つコウガ目掛けて邪竜たちは一斉に襲い掛かった。
比較的前にいた邪竜三体が同時に火炎を放つ中、コウガは一切回避する素振りを見せず、結果邪竜たちの放った火炎がコウガを直撃した。
自分たちの攻撃をまともに食らった敵の死を確信した邪竜たちは、そのままはるか前方にいる人間たちのもとへ移動しようとした。
しかし消えゆく炎の中から雷撃が飛んできたため、邪竜たちの目論見は大きく狂った。
さらに炎の中から放たれた雷撃一発で邪竜が消滅したため、邪竜たちは鋭い視線を消えゆく炎に向けた。
その後炎が消えた跡に立っていたのはもちろんコウガで、体にも服にも火傷どころか汚れ一つ無かった。『雷帝の鎧』発動中のコウガは、邪竜の火炎の直撃どころか邪竜の打撃すら弾き飛ばす程の防御力を持つ。
そのため邪竜たちの攻撃は、邪竜側の隙を作るだけだった。
そして厳密に言うと、『雷帝の鎧』発動中のコウガが邪竜の打撃を弾き飛ばすというのは正確ではなかった。
自分たちの放った火炎をものともしないコウガを見た邪竜たちは、コウガを踏み潰そうとした。
しかし邪竜たちはコウガを踏み潰すどころか、触れた先から脚を『雷帝の鎧』によって焼き尽くされていった。
鎧とはいっても雷でできているため、当然鎧自体にも殺傷力はある。
この攻防一体の『切り札』発動中のコウガはシュウと接近戦を行える程の強さを発揮し、力押ししか能のない邪竜程度が突破できるような技ではなかった。
強いてこの技の弱点を挙げるとするなら発動時間の短さだった。
意図的に能力を暴走させている様な技なので、魔力が百パーセントある時に使っても五分程で魔力が切れてしまう。
もっともシュウと戦った時を除き、実戦で『雷帝の鎧』を二分以上使ったことはないため特に問題になったことのない弱点だった。
邪竜の一体が瞬く間にやられたのを見た邪竜たちは、コウガと戦うのをさけようとしたのか上空へ向かったがすでに手遅れだった。
『雷帝の鎧』発動中はコウガの雷撃の威力が跳ね上がる。
はるか上空に邪竜たちがいるという状況を意にも介さず、コウガは雷撃を放った。
邪竜一体につき一発ずつ放たれた雷撃が邪竜たちを次々と焼き払い、コウガが現れてから数分の内にアイギス南西に残っていた邪竜たちは一掃された。
一方、ミアやガドナーがいるアイギスの東南においても必死の後退が行われていた。
邪竜が『フェンリル』の隊員数人目掛けて火炎を放とうとした。
ガドナーとリンシャは他の場所の支援を行っていたため、その攻撃を防ぐ者はいなかった。
誰にも邪魔されることなく邪竜が放った火炎の前に一人の隊員が立ち塞がり、自分の前に障壁を創り出した。
何とか邪竜の放った火炎を防いだものの、障壁からはすぐに不吉な音が聞こえてきて長くは持ちそうになかった。
そんな中邪竜に横から氷のつぶてと魔力の弾丸が当たり、邪竜は一瞬動きを止めた。
その隙に障壁を創り邪竜を食い止めていた女性、セラに同僚が声をかけてきた。
「セラ、パルキア!二人共下がれ!こいつは俺が食い止める!」
氷のつぶてを生み出した男、ギオルが同僚二人に逃げるように伝えたが、セラももう一人もギオルの言葉には従わなかった。
「一人でなんて無理よ!全員で戦わないと!」
「俺たちじゃ三人がかりでも無理だ!俺も長くは持たないから早く、」
隊員たちが互いを逃がそうと口論を交わしていたが、邪竜はそんなことを気にも留めなかった。
人間がいるなら殺すだけだ。
邪竜が再び火炎を放ち、セラはそれを再び障壁で防ごうとした。しかしセラのほとんど壊れかけていた障壁では時間稼ぎにもならず、ギオルともう一人の隊員は邪竜の火炎に包まれた。
「ギオル、パルキア!」
確実に即死の攻撃を受けた同僚を見て、セラが思わず声をあげた。
しかし邪竜の攻撃が止むと、そこには無事なギオルとパルキアの姿があった。
しかし無傷とは言えない姿で、体も服もいたるところが焼けていた。
とっさにギオルが自分たち二人を氷漬けにして邪竜の火炎を防いだのだが、とても全ては防ぎきれなかった。
正直言って助かったことにギオル本人が驚いているぐらいだった。
「おい、次来たら百パー死ぬ!もうぐだぐだ言ってないで逃げるぞ!」
もう邪竜相手に命懸けの足止めをする魔力すら残っていなかったギオルは、即座に邪竜に背中を向けて走り出した。
それに他の二人も従ったが、そこに邪竜の容赦ない追撃が行われようとした。
その時邪竜の右眼を何者かが斬り裂き、ギオルたちを危機から救った。
邪竜の右眼を斬り裂いた人物、ミアは邪竜を警戒したまま地上の隊員たちに声をかけた。
「私じゃ五秒も稼げないと思います。できるだけ邪竜の気を引くので、その間にみなさんは全力で逃げて下さい!」
隊員たちの返事を聞く間も惜しんで行動を開始したミアを見た隊員たちは、無言で視線を交わすと即座に撤退を始めた。




