開戦
邪竜の出現を間近に控えたアイギス周辺に討伐局の各隊が配置される様子を『創造主』はるか高みから見ていた。
彼の認識では今見ている街で印象に残る人間は精々三人で、その三人とは剣士、雷使い、毒使いの三人だった。
とはいえ彼の観察対象はあくまでも人類であり、その三人も比較的印象に残っているというだけでそこまで興味があるわけではなかった。
しかしその三人の内二人が街を離れている状況で残りの一人が戦いの場に姿を見せないのが不思議ではあった。
街の中で何かあったのかも知れないが、それを知るのは彼が自分に課したルールに反する。
今はただこれから起こる戦いを楽しもう。そう思って彼が下界に視線を向けると、ちょうど戦いが始まろうとしていた。
アイギスの近くに防衛線を敷くのはデメリットしかないため、どの戦線でも討伐局側はアイギスからできるだけ離れた場所に陣取っていた。
それは北の戦線でも例外ではなく、アイギスから北に数百メートル離れた地点にレイナ率いる『レギオン』、そして『シールズ』と『リブラ』の姿があった。
今までの記録をはるかに上回る数の邪竜が相手とあって全員が緊張していて、特に副官すらいない『リブラ』はその傾向が強かった。
本来ならそういった『リブラ』にシンラが気を遣うべきだったのだが、シンラはレイナたちと一緒には行動していなかった。
邪竜の戦力を初手で削るために単独でレイナたちのさらに数百メートル先にいたからだ。
空中に大きな渦が発生し、そこから予報通り二十体のAランクの邪竜が現れた。
これを見たシンラは、やはり自分やシュウの勘だけでは邪竜の出現の完全な予知は無理だと再認識していた。
どちらの勘もそろそろ邪竜が現れそうというあやふやなもので、実際今回はそこをまんまと突かれた。
改めて最新技術のありがたさを実感したシンラは、当然考え事をしながらも邪竜を迎撃する準備を進めていた。
渦が消えてアイギスへと向かい始めた邪竜たちを視界に捉え、いつ能力を発動するのが効率がいいか見定めていたシンラと邪竜の距離が百メートルを切った瞬間、シンラは自身の最大の切り札を発動した。
邪竜の群れの中心に突如として黒い球体が現れた。
一見邪竜出現の際の渦に見えなくもなかったが実際は違った。
その球体は瞬く間に大きさを増していき、最初の二倍程の大きさになるやいなや周囲の邪竜たちを吸い込み始めた。
いきなりのことに驚きながらも球体の吸引力に抵抗しようとした邪竜たちだったが、邪竜たちは次々に球体に吸い込まれて消滅していった。
黒い球体がこの場に存在していた時間は一分にも満たなかったが、シンラのこの攻撃により七体の邪竜が消滅した。
これがシンラの切り札の一つ、ブラックホールの生成だった。
一見最強に見える技だが弱点も多い。
最大の弱点は発動までの時間だ。
この技は発動までに五分ほどかかり、その間他のことに能力は使えない。
自分が吸い込まれないように身を守るのが精々で、正面切っての戦闘で使うのはまず無理だった。
準備中誰かに守ってもらおうにも発動したらその人物も吸い込んでしまう。
その上この技は球体を発動させる場所をあらかじめ決めておく必要があり、一度指定すると球体の出現場所は変えることができない。
こういった理由から待ち伏せにしか使えないがその分威力は絶大だった。
一度に大量の魔力を使うこの技は若い時ですら二度使うとまともに動けず、今では一度使うだけで息があがって体全体をひどい倦怠感が襲った。
しかし今はそんな泣き言は言っていられない。
すぐに後方で待機している部隊と合流し、『シールズ』と『リブラ』の指揮も執らないといけないからだ。
魔力と体力を大幅に消費した今のシンラの戦闘力は、隊長基準で言うと下の中といったところだ。
レイナの足を引っ張らない様に戦線を維持するのがやっとだろうが、ここからが本番と気合を入れ直したシンラはその場を離れた。
シンラの技により邪竜数体が消滅していく様子を後ろから見ていたレイナは、最初の攻撃で倒せた邪竜が予想より多かったことに安堵していた。
念のためシンラが倒せる邪竜の数を少なく見積もっていたが、一気に七体も倒せるとは嬉しい誤算だった。
とはいえ邪竜はまだ十三体残っている。
シンラの消耗を考慮に入れた北側の討伐局の戦力をAランクの邪竜に換算すると精々十体、よくて十一体といったところだろう。
Aランクの邪竜二体分の戦力の差は決して無視できない要素だったが、戦力の余裕が無い以上与えられた戦力でやるしかない。
即座に現状を思い出したレイナは、『レギオン』の各中隊に指示を出した。
レイナ率いる『レギオン』は五つの中隊に分けられており、全員が中隊ごとにレイナの指示に従って行動する。
レイナは一応斧槍こそ装備しているが前線には出ない。
隊の指揮と能力での支援で精一杯だからで、そんな戦闘スタイルが許されているのはレイナが隊長就任以来隊員を一人も死なせていないという実績があればこそだった。
「二番隊と三番隊は合図があるまで前進。四番と五番はそれぞれその左右にいて。一番隊は二番隊と三番隊の後方で待機」
耳につけた小型の通信機から聞こえてくるレイナの指示に従い、『レギオン』の各中隊は行動を開始した。
レイナの近くに残っているのはレイナの副官を含む三人だけだった。
「では私たちも前線に移動します」
「ええ、お願い。今回は『シールズ』と『リブラ』もできるだけ守るつもりだから、フウカは特別な指示が無い限りは彼らの前にいて。シェーラとリマはいつも通り前に」
力強く返事をして副官がその場を離れていく中、レイナは迫り来る邪竜に視線を向けた。
これから敵と一切攻防をしないレイナの戦いが始まるのだ。
レイナが副官たちと別れてすぐに北側の戦いの火ぶたが切って落とされた。
『レギオン』の主力を担う通称『三銃士』の一人、シェーラが武器のフレイルを能力の怪力で振るい、直径二メートルはある鉄球が邪竜の頭部に次々と命中していった。
邪竜の横から二番中隊と四番中隊が攻撃を加えているとはいえ、邪竜の意識は現在自分の顔に何度も鉄球を叩きつけてくるシェーラに向いていた。
レイナが創り出した障壁を足場に邪竜と空中戦を繰り広げているシェーラの身が危険に思えたが、当のシェーラは自分が危険な状況にいるなどとは全く考えていなかった。
度重なるシェーラの攻撃に業を煮やした邪竜がシェーラ目掛けて火炎を吐き出した。
しかしその攻撃はレイナが創り出した障壁によって防がれ、その後新たにレイナが創り出した障壁を足場にして移動したシェーラは邪竜の顔の右側を鉄球で思い切り殴りつけた。
この攻撃による邪竜へのダメージは大したことなかったが、それでもシェーラに殴りつけられた邪竜の動きが一瞬止まった。
それを見逃すレイナではなく、レイナの指示を受けた二番中隊と四番中隊が邪竜に集中攻撃を仕掛けて邪竜の左前脚と左の翼を潰すことに成功した。
もちろん邪竜も『レギオン』の攻撃を黙って受けていたわけではなかった。
邪竜の脚を潰すために接近戦を行っていた二番中隊目掛けて邪竜は火炎を放った。
しかしその火炎が二番中隊に届くことはなく、レイナが邪竜の眼前に創り出した障壁で防がれた。
しかも今回レイナは障壁を五枚使った箱状の障壁で邪竜の口元を覆ったため、行き場を失った邪竜の炎は『レギオン』に届かないどころか邪竜の顔を焼くだけに終わった。
この攻撃は邪竜にも効いた様で邪竜がこれまでで一番の隙を見せた。
そこにすかさずシェーラがフレイルの鎖を巻き付け、邪竜の首に鎖が巻き付くと同時にシェーラは力の限り邪竜の首を引きずり降ろした。
普段なら容易に抵抗できただろうが、顔全体を焼かれた直後だったことと左前脚が潰されていたこともあり邪竜はたやすく体勢を崩された。
そこに四番中隊と五番中隊が現れて攻撃を集中し始めた。
『レギオン』の中隊は遊撃担当の一番中隊、接近戦担当の二番中隊と三番中隊、遠距離戦担当の四番中隊と五番中隊という風に役割が決められていた。
そして今四番中隊と五番中隊は倒れている邪竜の顔に炎や雷撃、あるいは魔力の弾丸といったありったけの火力を叩き込んだ。
しかも今邪竜の上にはレイナが障壁を展開しており、邪竜は動くことすらできなかった。
もはやただの駆除としか言えない状況に追い込まれ、邪竜は程無く消滅した。
少し離れた場所でも『レギオン』の隊員たちと邪竜の戦いは行われており、こちらは邪竜二体を同時に相手にしているためかなりの苦戦を強いられていた。
レイナの副官、リマと三番中隊、そして彼らの援護に入っている一番中隊はAランクの邪竜二体を相手に一歩も引かずに戦っていた。
これは『レギオン』の隊員全員に共通した姿勢で、レイナの指揮と能力への信頼の結果だった。
隊員たちが隊長にここまで自分の命を預けるというのは他の隊ではまず無理だろう。
今も邪竜に攻撃を仕掛けようとしている三番中隊は、自分たちの横から別の邪竜が近づいているというのにそちらには見向きもせずに目標の邪竜へと突撃した。
彼らの期待通りに横から迫っていた邪竜の放った火炎はレイナの障壁で防がれ、三番中隊は予定通り目標の邪竜への攻撃を開始した。
リマは三番中隊とは離れた場所から邪竜に攻撃を仕掛けていた。
レイナの目に映るところにさえいれば安全なので攻撃に専念できるリマと三番中隊だったが、どちらも接近戦を得意とするため空を飛ぶ邪竜に決定打を与えられずにいた。
しかし現在のリマたちの主な役目は邪竜の注意を引くことなので、邪竜に決定打を与えられないこと自体はそれ程問題ではなかった。
今行っている攻撃も邪竜を倒すためではなく、邪竜に押し切られずに戦線を維持するという意味合いが強かった。
実際倒せこそしないもののリマと三番中隊は現在三体の邪竜の標的となっており、その分他の隊員たちは楽になっていた。
レイナは距離や障壁の大きさに関係無く障壁を十枚まで創ることができるが、これはあくまで能力の限界だ。
常に変化する戦場全体の変化に気を配りながらの実戦では六枚でもきつく、それ以降は障壁を一枚創る度にレイナの負担は加速度的に増えていく。
それを知っているリマはできるだけレイナの負担を減らすべく安全策を取っており、そんな中リマにレイナから通信が入った。
「リマ、障壁で足場を創るから今あなたの右にいる邪竜の右の翼を潰して。その邪竜はあなたと三番中隊で倒すわ」
「了解しました」
三銃士のメンバーは、他の隊員たちと違い自分の判断で動くことが許されている。
しかし彼女たち三人が好き勝手に動いて障壁の支援を受けるとレイナの負担が増えてしまう。
そのため普段はシェーラだけが障壁での支援を前提とした戦闘を行うことにしていた。
それにも関わずこの指示が出たということはレイナはここが攻め時と判断したのだろう。
いずれにしてもリマはレイナの指示に従うだけで、リマはレイナの障壁を足場にして邪竜の背中までたどり着くと能力による攻撃を開始した。
リマの能力は手のひらに爆発を起こせるというもので、威力だけならかなりのものだった。
そのためリマは三銃士の中で唯一武器を持っておらず、実際一分もかからずに邪竜の翼を潰すことに成功した。
翼を失った邪竜が地上に落ちていく中、リマはついでとばかりに邪竜の背中に爆撃を食らわせた。そして落下による加速がつき過ぎない内に邪竜から飛び降りると、リマは障壁を足場にして無事地面に着地した。
ちなみにリマが邪竜の翼を潰してから地上に降りるまでの間、レイナとリマは一切言葉を交わしていない。
それにも関わらずこれだけの連携ができることこそレイナたちの最大の武器だった。
邪竜を倒す際の苦労の半分以上は地上に落とすことなので、一度引きずり降ろせばレイナと『レギオン』の隊員たちにとってはただの作業の様なものだった。
防御や回避を一切考えていないリマと三番中隊の攻撃を受けて邪竜は程無く消滅した。
その後も三銃士と他の隊員たちの活躍でとりあえずのノルマのAランクの邪竜五体は倒したレイナたちだったが、周りを見るとその場にはまだ四体の邪竜が残っていた。
まさか放置して帰るわけにもいかず、レイナは『レギオン』に待機命令を出すと他の隊の支援に向かった。
『レギオン』に待機命令を出したのは二十分以上に及ぶ戦いで隊員全員が体力と魔力を消耗していたからだ。
自分の部下を犠牲にしてまで他の隊を助けるつもりはレイナには無く、そうでなくても『レギオン』は場合によってはこの後他の場所にも行かなくてはならないので余計な犠牲は出したくなかった。
レイナ自身はまだ魔力に余裕があり、これまでの戦いで割れた障壁は十枚中二枚だけだ。
割れた障壁は数時間使えないが八枚もあれば十分戦える。
その後レイナの支援を受けたシンラ及び『シールズ』と『リブラ』が残る邪竜を倒し、北側の戦いは討伐局側の勝利で終わった。
目の前の邪竜が全て倒されたことを確認したレイナは静かにため息をついた。
同時に複数の場所に能力による支援を行い、それと並行して各中隊への指示を出す。
実際に戦っている隊員たちに比べれば楽に見えるかも知れないレイナの戦闘スタイルだが、精神的な疲労は相当なものだった。
特に今回は全く思う通りに動かない『シールズ』と『リブラ』の支援も行わないといけなかったのでいつもより余計に疲れた。
正直に言うと今すぐ倒れ込みたいところだったが、レイナが突然倒れては『レギオン』の隊員たちに不安を与えてしまう。
またレイナの性格からしてもそんな無様をさらすわけにはいかなかった。
「お疲れ様でした。こちらの支援までしていただき本当に助かりました」
「いえ、それを言うなら局長の最初の攻撃が無かったらもっと苦戦したでしょうから」
戦いが終わり近づいてきたシンラが述べた礼に対してレイナは素直な気持ちを口にした。
今さら自分の能力に不満を言う気は無いが、自身の攻撃力が皆無なレイナからすれば条件付きとはいえAランクの邪竜数体をまとめて消せるシンラは素直にすごいと思えた。
実際この場で一番多くの邪竜を倒したのはシンラだった。
ここでレイナの発言を否定しても堂々巡りになると考えたのか、シンラは自分への称賛を素直に受け取ると話題を変えた。
「それにしてもかなりの被害が出てしまいましたね」
シンラにつられる形でレイナはさっきまで戦場だった場所に視線を向けた。
正確な数は分からないがレイナたちの視線の先では少なく見積もっても五十人以上の死体が転がっていた。
邪竜との戦いでは死体が回収できない程損壊することも珍しくないので、実際の被害者数は見た目より多いだろう。
しかし今はそれを悼んでいる暇は無く、シンラとレイナは無線で他の場所の状況を確認した。




