『瞬刃』
「あの馬鹿が…」
自分が支援を始める前に邪竜の尾を斬り落としているシュウを見て、コウガは自分が支援しなくてもシュウなら今回の邪竜を倒せるではと思った。
単にチーム戦を楽しんでいるだけなのではという疑いすら抱き始めていたコウガだったが、連携して戦った方が勝率が高いのは事実だったため疑いを押し殺して用意していた技を発動した。
すぐにコウガの両手を起点とし、幅五メートル、長さに至っては二十メートルに及ぶ雷の鞭が創り出された。
コウガがその鞭を上空に向けて振るうと、鞭は空中で姿を消していた邪竜とぶつかりその居場所を炙り出した。
邪竜の居場所が明らかになった後も、コウガは鞭を振り続けた。
コウガの鞭の攻撃範囲には邪竜だけでなくシュウたち三人もいたが、コウガは気にせず鞭を振るい続けた。
これは別にコウガが非情というわけではない。
この『雷帝の鞭』(命名:シュウ)は見た目の派手さとは裏腹に威力はそれ程高くない。
Bランクの邪竜にすら通用せず、能力者が相手でも討伐局局員どころか並の能力者にすら耐えられる威力しかなかった。
あくまでも大量のCランクの邪竜を倒すための技で、本来ならSランクの邪竜との戦いで使う技ではなかった。
しかし今回に限っては問題無かった。邪竜にダメージを当たることが目的ではないからだ。
とても回避できない攻撃にさらされて驚く邪竜をよそに、シュウたちは自分たちも巻き込んでいる『雷帝の鞭』を気にも留めずに邪竜を攻め立てていた。
『空間切断』で創った足場を使い邪竜の背中までたどり着いたシュウは、手慣れた様子で邪竜の左の翼を斬り落とした。
その後邪竜が地上に墜落するなり待ち構えていたリクとヴェーダも攻撃に参加し、邪竜にとどめを刺そうとした。
リクの薙刀による連続攻撃が邪竜の腹部に無数の傷をつけ、ついでとばかりに邪竜の後ろの左脚を潰した。
一方の邪竜の首を斬り落とそうとしたヴェーダは邪竜そのものは見えないので苦労していたが、それでも適当に繰り出した攻撃で邪竜の右眼を潰すことには成功していた。
邪竜に遅れて地上に落下したシュウはもはや作業となり果てた戦いに興味をなくし、適当に邪竜の胴体を斬り刻んでいた。
シュウの見込みではリクとヴェーダに任せておけば後二、三分で決着がつき、コウガもすでに『雷帝の鞭』の使用を止めて観戦モードに入っていた。
リクとヴェーダは二人程余裕があったわけではなかったが、それでも決着が近いことは確信していた。
確かにこの場の隊長たちの考える通り、後少しで決着はついていただろう。
この邪竜がただのSランクの邪竜だったなら。
徐々に抵抗を弱めていく邪竜に対してリクとヴェーダの二人がとどめを刺そうかと考え始めたちょうどその時、邪竜が突然幻術を解除してその姿を現した。
幻術を使えない程弱ったのかと考えたリクとヴェーダだったが、そこにシュウの声が届いた。
「リク、ヴェーダ、下がれ!こいつ二つ目の能力使う気だ!」
珍しく慌てた様子のシュウの声を聞き、危険を悟った二人はすぐに邪竜から離れた。
シュウのこの警告は何の根拠も無い直感によるものだったが、今までの経験からリクとヴェーダがそれを疑うことはなかった。
シュウが叫んだ数秒後、邪竜の体中から大量の槍が生え、そのまま全方位に射出された。
狙いも何も無く撃ち出された無数の槍が周囲の空間を埋め尽くし、隊長四人を襲った。
いきなり撃ち出された無数の槍に驚きこそしたものの、シュウは慌てることなく『空間切断』による障壁で攻撃を防いだ。
「ったく、カウンター系じゃないならコウガに任せりゃよかったぜ」
発動前の邪竜の能力など分かるわけがないのだから、このシュウの発言は軽口の類だった。
実際シュウはこの邪竜の攻撃を面倒だとは思ったものの、脅威とまでは思っていなかった。
とはいえこの弾幕を突破して邪竜を倒すのは今のリクとヴェーダには荷が重いので、邪竜へのとどめはシュウが刺すしかないだろう。
記念すべき初めてのSランクの邪竜との戦いなので、せっかくだからリクかヴェーダにとどめは譲りたかったがこればかりはしかたない。
そんなことをシュウが考えていた時、自分が創った障壁にひびが入ったのを見てシュウの表情が一変した。
「まじかよ」
すぐに後退したシュウは二枚目の障壁を創った。
しかし次の瞬間には一枚目の障壁が破壊され、二枚目の障壁も次々と撃ち出される槍の雨の前では長くは持たなかった。
『空間切断』による障壁では今回の攻撃は防ぎきれないと判断し、シュウは刀の柄のボタンを押した。すると柄が伸びて刀は瞬く間に薙刀へと姿を変えた。
その後シュウは薙刀を回転させ、次々に槍を撃ち落としていった。
結局一分程続いた槍の射出が終わる頃にはシュウの薙刀の柄はぼろぼろだった。
柄の部分は鉄が多めに使われていたので、シュウの魔力による強化の恩恵をあまり受けられなかったのだ。
槍の弾幕の第二波が来ないことから察するに連発はできないようだが、それも時間の問題だろう。
次にあの攻撃が来るとシュウでも危ない。
邪竜の次の攻撃が来る前に勝負を終わらせるべく動きながらシュウは、三人に通信をつないだ。
「おい、お前ら、無事か?」
コウガはともかくリクとヴェーダについては最悪の事態も考えていたシュウだったが、幸い三人共無事でヴェーダが現状を報告した。
「コウガさんが守ってくれたので、私も兄さんも無事です!ただ兄さんは右肩に槍を受けて、武器も壊されました!」
「そうか、無事ならそれでいい!次にあれが来たらやばいから、俺が片をつける!お前らは先に車に戻ってろ!コウガは二人のサポートを頼む!」
そう言うとシュウは三人の返事も聞かずに邪竜に視線を向けた。
再び槍の充填が終わるまでの時間稼ぎのつもりか、邪竜は幻を創り出すとその場から離れようとした。
脚を一本潰された邪竜の走行速度はあまり速くなかったが、それに伴う地響きにより追撃が妨害されてしまった。
もっともすでに接近戦をするつもりの無いシュウからすれば、邪竜との距離は大した問題ではなかった。
邪竜が動く度に巻き起こる土煙で邪竜の居場所は丸わかりで、空が飛べなくなっていた時点で勝負はついていた。
シュウは今まで使っていた刀をしまうと『瞬刃』を抜き、そのまま邪竜目掛けて振り降ろした。
次の瞬間、世界そのものが斬り裂かれた。
五十メートル以上の距離を無視して邪竜の巨体が真っ二つになり、断末魔の叫びをあげる暇すら無く邪竜は消滅した。
シュウの振るった刀は邪竜を斬り裂くだけに留まらず、大地に邪竜の数十倍はある傷跡を残した。
その上遠目には分かりにくいが空間も広範囲に渡り斬り裂かれていて、しばらくは人も邪竜も行き来できない空間ができあがった。
邪竜、大地、そして空間まで斬り裂かれた光景を目の当たりにし、コウガ達三人は驚いていた。
目の前の光景もさることながら、シュウが遠距離攻撃を行ったことに三人共驚いたのだ。
シュウが魔力を飛ばせないことは隊長なら全員知っており、それにも関わらずシュウが行った超長距離攻撃にリクとヴェーダは絶句した。
一方コウガは驚きこそしたものの納得もしていた。
シュウとクオンが協力してシュウ専用武器を作っているというのはクオンから聞いていた。
そのためコウガは、アイギス最高の技術者と最強の剣士が手を組めばこれぐらいの武器はできるだろうと納得した。
それと同時にこんな武器があるなら最初から使えと思わずにはいられず、実際コウガはシュウと合流するなりすぐに不満をぶつけた。
「あんな武器があるなら最初から使え、この馬鹿が」
「おいおい、もっと驚いてくれよ。この二人みたいによ」
コウガの批判もどこ吹く風で、シュウはリクとヴェーダに視線を向けた。
リクを見ると右肩に包帯が巻かれ、若干動きにくそうにしていた。
「正直お前とヴェーダは死んだかと思ってたから、無事でよかったぜ。けがはどんな感じだ?」
「はい。きれいに貫通したのがよかったみたいで、多分二時間もすれば元に戻ると思います」
「そうか。一応言っとくとこの武器、『瞬刃』っていうんだけど、そう気軽には使えない武器なんだ。来る前にも言ったけどそもそも使う気無かったからな」
『瞬刃』は一言で言うなら刀身一キロメートルの刀だ。
斬撃を飛ばせないなら刀身を伸ばそうというのがシュウとクオンの結論で、刀身一キロメートルの刀などほとんど冗談で作ったのだが役に立ってよかった。
これで多額の製作費も浮かばれる。
討伐局の隊長の技の中にはあまりの威力の高さから使用に制限がかかっているものがある。
今の隊長でいうとシンラ、コウガ、セツナの技のいくつかに使用制限がかかっており、おそらくこの『瞬刃』もその仲間入りを果たすだろう。
しかしシュウが口にした『瞬刃』が気軽に使えない理由は威力とは関係無く、もっと切実な理由だった。
「どうして気軽に使えないんですか?戦いがつまらなくなるからですか?」
自分がどう思われているかが如実に表れているヴェーダの質問に苦笑しつつ、シュウは『瞬刃』を使うのをためらっていた理由を説明した。
「まあ、それも無いわけじゃねぇが、もっとまじめな理由がある。気づかないか?」
そう言って両手を開いて見せたシュウを見て、ヴェーダが口を開いた。
「もしかして魔力が…」
「正解。この『瞬刃』は五秒しか使えないくせに俺の全魔力を持っていくっていう燃費の悪い武器で、そうほいほい使えないんだ。今の俺、Cランクの邪竜すら倒せないぞ」
能力者の魔力の総量は隊長も一般隊員も大差無く、魔力を使い切ると全て回復するまでに二時間程かかる。
『瞬刃』発動にかかる魔力の消費は練習次第で改善の余地はある問題だったが、練習の度に全魔力を消費するため気軽に練習もできなかった。
もっともこの『瞬刃』は敵を倒したという実感が得にくいのでシュウとしても多用する気は無く、使用制限がかかろうともシュウとしては痛くもかゆくもなかった。
「さて、帰るか。帰りは戦闘中後ろでゆっくりしてたお前が運転な」
そう言うとシュウはコウガの返事も聞かずに車に向かった。
一方アイギスでは別の事件が起きていた。
シュウたちがSランクの邪竜討伐に出発してから十分程経った頃、アイギスに残っていた隊長たちはセツナを除き全員が再び会議室に集まっていた。
そうして告げられたシンラの言葉に室内が静まる中、アヤネが口を開いた。
「ごめん。もう一回言ってくれる?」
「一時間後、Aランクの邪竜六十体がアイギス近辺に現れます」
「…そう」
一語一句違わず繰り返されたシンラの発言にアヤネは短く言葉を返すのがやっとだった。
今回アイギスに残っていた隊長たちにとってこれは不意打ち以外の何物でもなかった。
隊を率いた隊長が対応できるAランクの邪竜の数の目安は五体とされている。
この対応できるというのは足止めができるという意味で、時間をかければほとんどの隊長はAランクの邪竜程度なら十体は倒すことができる。
しかし隊長が一度に相手をできる邪竜の数には限界があり、隊長が戦っている間他の邪竜を足止めするのは隊員たちの役目だった。
Bランク以上の邪竜が相手の場合、相手が五体以上だとほとんどの隊が戦線を維持できず、取り逃がした邪竜によるアイギスへの被害を覚悟しなければいけなかった。
しかも今回はその強さで五体以上に対応できるシュウとコウガ、そして二人という数とその能力で隊長トップスリーに次ぐ対応力を持つリクとヴェーダがそろってアイギスを離れていた。
苦戦は免れないだろう。
「レイナさん、あなたの障壁でシュウさんたちが帰って来るまで耐えられますか?」
「いえ、Aランク六十体が相手だと十分も持たないと思います」
以前試しにAランクの邪竜二体を障壁で作った箱に閉じ込めたところ、障壁は五分もかからず破壊された。
レイナの隊長就任のきっかけとなった事件の場合は邪竜の数が少なかったので防げたが、相手が六十体となると試す気も起きなかった。
レイナの返答は現在アイギスに残された戦力を考えると絶望的なものだったにも関わらず、シンラは大して気にした様子も無かった。
答えの内容が予想通りだったということもあるが、何よりそんなことを気にしている暇は無かったというのが大きかった。
「正面から迎え撃つしかないですね。予報によると北、南東、南西からそれぞれ二十体ずつで、距離は五キロとのことでした。セツナさんを除く全戦力で応戦します」
この状況で討伐局最強の一角のセツナを出撃させない理由は、リスクが高過ぎるからだ。
セツナを抑えられるシュウとコウガがそろって不在と分かったら、セツナがどのような行動に出るか分からない。
ただでさえ戦力が足りない中、これ以上の面倒事は避けたかった。
「『シールズ』、『リブラ』、『フェンリル』には私の方から連絡を入れます」
有事の際に隊長が不在の場合は隊の指揮は討伐局の隊長が執ることになっている。
隊長に匹敵する力を持っているガドナーがいる『フェンリル』以外の隊の被害は甚大なものになるだろうが、隊員四百人以上を遊ばせておく余裕は今のアイギスには無かった。
その後の話し合いで北をシンラとレイナと『レギオン』、それに加えて『シールズ』と『リブラ』が、南西をアヤネとクオンが隊を率いて対応することになり、残る南東は隊を率いたリンドウと『フェンリル』が担当することになった。
「時間がありませんのですぐに準備をして下さい。厳しい戦いになるでしょうがよろしくお願いします」
シンラの指示を受けて隊長たちが部屋を出ていく中、シンラは今回の邪竜の出現について考えていた。隊を率いていないシンラは、他の隊長たちに比べると時間に余裕があるからだ。
Sランクの邪竜との戦いのために戦力が二分された状態での立て続けの邪竜の襲来。
しかも二つの襲撃の間隔が短かったためシュウとシンラも邪竜の出現が二回起こることを予知できなかった。
これを偶然で片づけるのは楽観的過ぎるだろう。
『創造主』などただの言い伝えだと思っていたのだが、意思を持って邪竜に指示を出している存在がいるのは間違い無い。
今後はそのつもりで動く必要があるが、全ては今日の戦いを乗り越えてからだ。
シンラは備え付けの電話を取ると隊長が不在の三つの隊に連絡を入れた。
シンラからの連絡を受けて集まった『フェンリル』のメンバーは、リンドウ率いる『ナイツ』と共にAランクの邪竜二十体を相手にすると聞いてさすがに表情を固くした。
みんなガドナーの強さは知っているためシュウ抜きでも他の隊に負けない自信はあるが、それでも二つの隊でAランクの邪竜二十体はきつい。
そう考えて一様に不安そうにしていた隊員たちをガドナーが一喝した。
「落ち着け!今回は防衛戦な以上戦わないという選択肢は無い。シュウ隊長たちが帰って来るまで二時間以上かかる。シュウ隊長たちが来るまで持ちこたえるなどという気持ちではすぐに負けてしまうぞ。数体取り逃がすのはしかたないにしてもリンドウ隊長たちもいる。私たちなら時間をかければ担当の邪竜ぐらいは倒せるはずだ。終わらせた後他の所にも行くぐらいのつもりでいろ。いいな?」
ガドナーの檄を受けて『フェンリル』の隊員たちが士気を上げる中、ミアはリンシャに近づくと質問をぶつけた。
「正直どうなんですか?Aランク六十体ってこれまでで一番多いですよね?」
これまでの記録に残っているAランクの邪竜の最大出現数は二十五体で、それを大きく上回る規模の邪竜の襲来にミアが不安を覚えるのは当然だった。
気休めを言ってもしかたがないと判断したリンシャは、少し悩んだものの正直に答えることにした。
「正直きついですね。隊長四人がいない上にセツナ隊長も出さないそうですから。今回はアイギスへの被害も覚悟しないといけないでしょう」
「…そうですか」
リンシャの言葉を聞き不安そうな表情を浮かべたミアにリンシャは淡々と事実を告げた。
「不安を感じるのはしかたないですけど、先程ガドナーさんが言っていたように防衛戦の場合は戦うしかありません。アイギスが滅びたら結局は長く持ちませんから」
このリンシャの発言は遠征なら逃げてもいいという意味ではなく、防衛戦の際はどんな状況でも開き直るしかないという討伐局での常套句だ。
それを聞きミアもようやく覚悟を決めた。
リンシャやガドナーの言う通り戦うしかないのだから悩むだけ無駄だと気づいたからだ。
アイギスの外まで移動するのにもそれなりに時間はかかるため、『フェンリル』のメンバーは準備を整えるとすぐに現場へと向かった。




