Sランク
五月十五日(金)
ミアが討伐局に入ってから一週間以上が経ち、『フェンリル』の隊員たちもミアも新しい環境に慣れ始めていた。
ミアがシュウに挑んで返り討ちに遭うのがすでに日常の風景となった頃、昼下がりの機構本部に隊長の緊急招集を告げる放送が鳴り響いた。
隊長の緊急招集がかかる理由など邪竜出現しかなく、シュウが何も感じていないということは今すぐ現れるというわけではないはずだ。
そう考えたシュウは、放っておけばリンシャが行くだろうと思い放送を聞き流していた。
しかしその後の放送の内容を聞き、シュウは会議に自ら出席することを決めた。
機構本部にいなかったアヤネとリク、ヴェーダの到着を待ち、招集から二十分程でセツナを除く全隊長が会議室に集まった。
シュウ以外の隊長の顔は若干硬いものになっていたが、重くなっていた空気を断ち切る様にシンラが口を開いた。
「先程の放送で伝えた通り、明日のSランクの邪竜の出現が予想されました。時刻は午後三時頃、場所はアイギスから東に八十キロ程の地点です」
このシンラの発言の後、誰のものか分からないため息が室内に響いた。
久々のSランクの邪竜の出現を受け、シュウを除く誰もが少なからず恐怖を感じていた。
「もちろん俺は出るぜ」
周囲の重い空気を一切気にせずに自分の要望を告げてきたシュウに対し、元々シュウを出撃させるつもりだったシンラは一言返事をするとそのまま話を続けた。
Sランクの邪竜が相手の場合は隊長三人であたるのが一般的なので、後は残りの二人を決めるだけだった。
「二人目はコウガさんにお願いします」
このシンラの発言には、シュウもわずかながら驚いた。
別に自分一人で出撃しても構わないと思っているシュウにとって、他の二人が誰かはどうでもよかった。
隊長全員が足手まといにならない程度の力は持っているからだ。
しかしシュウに続いてコウガが指名されるのは意外で、これはシュウ以外の隊長たちも同様の感想を抱いていた。
シュウとコウガの二人が今の隊長のツートップであることは隊長全員の共通認識だが、Sランクが相手とはいえ遠征にこの二人を同時に投入するとは思わなかったからだ。
日帰りで帰って来れる距離とはいえ、この二人が同時にアイギスから離れるのは戦略としては間違っている。
どうして一時的にとはいえ街の守りが薄くなるような人選をシンラがしたのかと隊長たちが疑問に思ったが、次に指名された隊長たちの名前を聞いてその疑問は解消された。
「そして最後の隊長はリクさんとヴェーダさんにお願いします」
指名された瞬間、リクとヴェーダの表情が一瞬凍った。
隊長に就任して一年足らずの二人にとって、これが初めてのSランクとの戦いになる。
本音を言うと怖かったが、まさか嫌とも言えず二人は了解の返事をした。
「そんなびびることねぇよ。俺とコウガが出るんだ。へたするとお前らの出番ねぇぞ。死なないようにだけ気をつけとけばいい」
シュウのこの発言に対していつもなら何らかの返事をしたであろうリクとヴェーダだったが、さすがにこの状況ではそうもいかずあいまいな返事をするのがやっとだった。
なおシュウのこの気楽な発言を聞いてコウガが何か言いたそうな顔をしていたが、シュウが相手では何を言っても無駄だと判断して結局口をつぐんだ。
今回は隊を伴わない出撃なので決めるべきことはそれ程多くなく、出撃する隊長が決まった後、会議はすぐに終わった。
五月十六日(土)
この日の午前中、午後にSランクの邪竜との戦いを控えた四人の隊長たちは思い思いに過ごしていた。
シュウはいつもの様に昼前に起きると、適当に食事を済ませて軽く体を動かした。
その後はいつもなら修行を行うのだが、さすがにSランクの邪竜との戦いの前に魔力を消費するわけにもいかない。
戦闘服に着替えたシュウは、普段の刀と新しく開発した武器、『瞬刃』を携えて出発の時を待ちわびていた。
コウガは午前中に隊長の業務を終わらせると、後は自室にこもっていた。
昨日の会議でのシュウの言動と嬉しそうな笑顔を思い出し、コウガは今日何度目になるか分からない舌打ちをした。
どういう思考回路をしていたらSランクの邪竜との戦いが楽しみなどといった狂った発言が出てくるのか。
コウガには理解できなかった。
コウガは戦いが怖い。相手の強さに関係無く戦いそのものがだ。
自分が隊長の中でも強い部類に入ることはコウガも分かっており、周りからの評価だけでなく今までのコウガの実績から見てもそれは事実だろう。
しかし戦いと言うのは不測の事態がつきもので、実際当時のコウガと互角の力を持っていた風使いの隊長は三年前のSランクの邪竜との戦いで命を落とした。
出撃したのがコウガだったらコウガが死んでいただろう。
コウガが助かったのは単に運がよかったからだ。
三年前に当時の主力の隊長二人が殉職してシンラが大けがをした結果、コウガが最強の隊長となってしまった。
この事実自体もコウガを不快にするものだったが、それに追い打ちをかけたのがシュウとセツナの存在だった。
二人共強力な能力者で、実際シュウを勧誘するために戦った時はコウガの『切り札』も突破されそうになった。
しかしよりによってその二人が戦闘狂と死刑囚だった。
この二人の性格がまともだったならどれだけよかったかとコウガが思ったことは一度や二度ではなく、シュウとセツナはここ数年コウガのストレスの原因になっていた。
セツナとは顔を合わせる機会が無いのでまだいいが、シュウとは頻繁に顔を合わせる。
職場も住居も一緒なのだからしかたないのだが、コウガとしては勘弁して欲しかった。
しかもコウガにとって迷惑なことにシュウはコウガのことを気に入っているらしく、事ある毎にからんできてうっとうしいことこの上なかった。
ここ数年の悩みに不快な気持ちになったコウガは、深いため息をつくとソファーに深くもたれかかった。
こんな力いらなかったなどと言う気は無い。
この力のおかげで今の生活ができていることも事実だからだ。
今日の戦いにしても、シュウと自分が一緒に出向く以上そこまで苦戦しないだろうとは思っている。しかし怖いものは怖い。
いざ戦いが始まれば後は戦うだけで気が楽なのだが。
理由こそ違うものの、シュウ同様早く戦いたいとコウガは考えていた。
その日の午前中、リクは自室で事務仕事を行っていた。
二人で隊長を務めているリクとヴェーダは事務仕事と隊の訓練を一日交代で行っており、今頃ヴェーダは『リブラ』の隊員たちを指導しているはずだ。
隊の装備の消耗や隊員たちの訓練への参加状況の確認などの仕事をリクはいつも通り行っていた。
少なくともリクはそのつもりだった。
しかしふと気づきリクが時計を見ると思った以上に時間が経っていて、それなのに仕事は全然進んでいなかった。
自分が仕事に全然集中できていないことに気づいたリクは、気を取り直すと書類に意識を向けた。しかし五分も持たずにリクの手は止まり、再びリクは考え事を始めた。
今日シュウとコウガが同時に出撃するのは、明らかにSランクの邪竜との戦いが初めてのリクとヴェーダへの配慮だった。
実際あの二人がいるなら今回自分たちの出番は無いのではとリクは考えていた。
その後も全く集中できないまま、リクは机に向かい続けた。
ヴェーダはもっとひどかった。
朝から隊員たちに訓練をつけているヴェーダだったが、全く集中できておらず隊員たちに余計なダメージを与えていた。
ヴェーダが邪竜と戦う際に使っている武器は、刃渡り三メートルに及ぶ大剣だ。
元々は普通の剣を使っていたのだが、性格が攻撃的ではないのだから武器ぐらいは殺傷力が高いものを使えとシュウに言われ、隊長就任以来ずっとこの大剣を武器にしている。
ちなみにリクは突っ込み過ぎだと言われ、シュウに勧められた薙刀を武器にしている。
訓練用の武器は刃を潰してあるとはいえ、それでも金属の塊であることに変わりはない。
今もヴェーダの攻撃をよけ損ねた隊員二人が吹き飛ばされ、そのまま動かなくなった。
慌てて隊員たちに駆け寄り彼らの安否を確認したヴェーダは、隊員たちがうめき声をあげているのを見て安心した。
隊員たちが動けなくなるような訓練をする隊長はシュウだけで、他の隊長たちはそこまではしない。
いつもならヴェーダも適度に手加減をするのだが、今日は訓練開始から十分足らずで五十人近くの隊員たちが訓練どころか歩くことすらできなくなっていた。
その後もしばらく訓練を続けたヴェーダだったが、隊員たちからの要望もあり今日の訓練は中止となった。
シュウを含む出撃予定の四人の隊長は、午後一時にアイギスの東に集まった。
全員が討伐局の制服に着替え、コウガ以外の三人はそれぞれの武器を手にしていた。
そこでリクがシュウの装備がいつもと違うことに気がついた。
「あれ?今日は刀二本持ってるんですね?」
「ああ、完成したばかりの武器で今日が試運転ってことになるな。といってもクオンと冗談半分で作った武器だから、使う機会あるか分からねぇけど」
楽しそうに新しい武器の説明を始めようとしたシュウだったが、そこにコウガの不機嫌そうな声がかかった。
「おい、話は車に乗ってからにしろ。間に合わなかったらどうする?」
そう言うとコウガは、二人の返事を待たずに車に乗り込んだ。
今のアイギスには車は百台も残っておらず、そのほとんどが民間で使われている。
機構の所持している車は三台だけのため、隊を伴っての遠征の場合は徒歩で行くしかないのだが、今回は隊長四人での出撃なので車を利用することにした。
車の数そのものが少ないので、今のアイギスには運転免許というものは無い。
法律で十五歳になったら運転してよいとだけ定められているが、一生運転をしない者も珍しくなかった。
ガソリンなどとっくになくなっているので、車の動力源は別にある。
現在アイギスで稼働中の車には魔力を動力源とした魔動エンジンが搭載されており、今の技術では最大二時間しかもたないため今回は後ろに予備のエンジンを積んでいた。
運転席にコウガが座り、その後助手席にシュウが、後部座席にリクとヴェーダが座った。
その後コウガが車を走らせてしばらく経った頃、シュウがふいに空を見上げた。
「どうしたんですか?」
今の天気は晴天で、特に空模様を気にする必要は無かった。
そのためリクは空を見上げたまま黙り込むシュウを見て不思議そうにしていた。
これは声こそ出さなかったもののコウガとヴェーダも同じだった。
その後三人の視線を受けたシュウは、すぐに口を開いた。
「いや、何か嫌な予感が。…気のせいか?」
何か引っかかっている様子のシュウだったが、結局そのまま何も言わずに視線を前に戻した。
この様子をはるか高みから見ていた創造主は、驚くと同時に笑みを浮かべていた。
全知全能といえる力を持つ創造主だったが、彼の目的はあくまで人間たちの進化の過程を眺めて楽しむことだ。
そのため人間と邪竜の戦いを見る時も気まぐれに人間たちの世界の様子を眺める時も街の中の様子は見ないことにしていた。
そんなことをしては楽しみが半減するからだ。
街の外で見聞きした人間たちの会話から察するに、今見ている確かアイギスと呼ばれている場所の人間たちは邪竜の出現をあらかじめ察知する技術を持っているようだった。
中には邪竜の出現を個人で察知できる者もいるらしく、それを知った創造主は今回アイギスの人間たちの真価を図るために邪竜を送り込む際に一つ小細工を施した。
アイギスの人間たちは今回の試練を無事に乗り越えてくれるだろうか。ぜひ乗り越えて自分を楽しませて欲しいものだ。
心の底からそう思った創造主は、もうすぐ始まる戦いに胸を躍らせた。




