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機構

『お前たちの進化を速めよう』

 今から二百年前、自ら『創造主』と名乗る存在は人類にそう告げた。


『お前たちの進化はあまりにも遅い。それを速めるために一つ『贈り物』をやろう。しかし忘れるなよ?私は与えるだけではない。進化には試練も必要だからな』


 この一方的な宣言から数年経った頃、人間たちの間に特殊な人間を持つ者が現れ始めた。

『創造主』の言う『贈り物』が現れたことで、では『試練』とは何なのかと人々は恐怖した。

 そしてそのさらに数年後、その答えは明らかになった。


『邪竜』の襲来だ。

 世界各地に現れた邪竜たちは当時の文明を徹底的に破壊した。

 初めの内は自国の軍事力で邪竜を撃退していた国もあったが、絶え間無く出現する邪竜にどの国も対抗しきれなくなり最終的には全ての国が滅ぼされた。


 その後邪竜の襲撃の規模と頻度が緩やかになった後、生き延びた人々はいくつかの街を作り何とか邪竜に対抗していた。

 この時代の邪竜への対抗策は、多くの技術が失われたことと邪竜には魔力のこもっていない攻撃の効果が薄いことからどの街も能力者を中心としたものになっていた。


 そして今年で王歴二百年を迎えるこの王都『アイギス』では、隊長に任命された能力者十人がそれぞれ能力者を率いて戦うという方法で邪竜に対抗していた。

 先程一人で戦っていた剣士、シュウも隊長の一人だった。


〈 シュウ(二十) 討伐局隊長序列九位 能力:万物切断 〉


「だから遊んでたわけじゃねぇって。ほら、俺の斬った場所って壁みたいになるじゃねぇか?しかも簡単には壊れない。だから敵の攻撃に合わせてカウンター気味に置いとけばいい感じになると思ったんだよ」


 結局駄目だったけどなとつぶやくシュウに対してリンシャは苦言を呈し続けた。


「隊長にとってBランクの邪竜との戦いは遊びかも知れませんが、一般の隊員にとって邪竜との戦いは命懸けです。常に安全な場所から攻撃している私が言うのは僭越ですが、みんなどれだけ隊長が来るのを待っているか…」


 リンシャがこう言ってもシュウに反省の色は見られなかった。


「いつも言ってるだろ?戦場で来るかどうか分からない援軍待ってる様な奴は俺の隊にはいらない。俺は勝てない相手とは戦わせないから負けて死んだらそれはお前らのせいだし、俺のやり方が気に入らないなら機構辞めるなり他の隊に移るなりすればいい」


 これはシュウの本心だった。

 この場だけでなくシュウは他の隊員の前でも同じことを口にするし、今残っている隊員たちはそれでもいいと言ってシュウに従っている。


 しかしシュウのこの言動がシュウの率いる部隊、『フェンリル』の隊員数が少ない理由の一つなので、『フェンリル』の副官も務めているリンシャとしては看過できなかった。

『フェンリル』の隊員数は、他の隊が上限いっぱいの二百人の中その半数にも満たない六十八人だ。


 そのためシュウが不当な評価を受けることも多いため、無駄と分かっていてもリンシャは事ある毎にシュウに苦言を呈していた。

 そうしてリンシャの苦言が出尽くしたところで、今までシュウとリンシャの話を黙って聞いていた男、ガドナーが二人の会話に入ってきた。


 ガドナーはリンシャと共にシュウの副官を務めており、『千里眼』の能力を使って狙撃を行うリンシャが後方支援の要ならガドナーは前線の要だった。

『影から影の転移』という能力で隊員たちを支援し、一度命令を出したら隊員たちの面倒を見ないシュウに代わり邪竜との戦いではガドナーが前線で指揮を執る。


「まあまあ、リンシャさんもその辺で、ね?隊長も私たちを信じて任せてくれてるんですから」

「ガドナーさんの言いたいことは分かりますけど…」


 ガドナーのとりなしを受けてもまだ納得していない様子のリンシャにシュウが更なる問題発言をした。


「そもそも今の時点で命懸けとか言ってたら、その内まじで死人出るぞ。その内Aランクの一体ぐらいはお前らに任せようと思ってるし」


 このシュウの発言にはリンシャだけでなくガドナーも言葉を失った。

 そんな二人の様子を見て、シュウは安心するように告げた。


「安心しろ。俺も別にお前ら死なせたいわけじゃねぇ。任せるって言っても、今すぐってわけじゃねぇよ」


 シュウにそう言われても二人の表情は固く、その後他の隊員たちの前をシュウたちが無言で歩いているとシュウたちの目的地が見えてきた。

 アイギス最大の病院と隣接するこの建物がシュウたちの所属する『邪竜討伐機構』、通称『機構』の本部だ。


 今はまだ昼下がりということもあり、建物には多くの人の出入りがあった。

 機構は邪竜と戦う『討伐局』、武器などの開発を行う『研究局』、警察と共に街の治安維持にあたる『治安維持局』、そして各局の仲介、及び外部との交渉を行う『事務局』で構成されている。


 建物の一階が事務局の本部で、二階が研究局本部、三階には実験や訓練用の部屋が用意され、そして四階が隊長たちの住居となっており一階以外は部外者は原則立入禁止となっている。

 治安維持局はこことは別に本部を構えているが、討伐局専用の場所は特に用意されていない。


 これは討伐局所属の各隊の隊員たちが有事の際以外は招集されないからだ。

 一応毎日二時間の訓練に顔を出すことが隊員たちには義務付けられているが、週数回さぼる隊員も少なくない。

 そんな状況なので専用の場所を用意する必要性も低く、強いて言うなら各隊に一つずつ用意された機構本部三階の訓練室がそれにあたる。


 邪竜の出現は月に二、三回で、今は高い精度で前日までに予想できる。そのため余暇の時間の多さと言う意味では討伐局所属の隊員たちは恵まれていた。

 一般の討伐局局員と違い隊長たちは休日以外は本部待機が義務付けられているが、その分待遇はよい。

 給料は討伐局局員の年収が五百万なのに対し、序列十位〜四位が三千万、三位〜一位が五千万となっていた。


 いずれかの局の局長を兼任している場合は、これに役職手当が加わることになる。

 これだけ見れば破格の待遇の様に思えるが、娯楽が限られている今のアイギスでは年収は一千万を超えたところでほとんど意味がなくなる。その上隊長たちは定年か職務続行が困難なけがを負うか死亡しない限り仕事を辞めることができない。


 人柱とすら陰口をささやかれている役職だった。

 隊員たちの年収についても一般の会社勤めに比べれば高く就職も容易だったが、毎月合同葬を行っている職場が恵まれているかどうかは意見が分かれるところだろう。

 装備の返却や隊員たちへの指示出しに向かったガドナーとリンシャと別れ、シュウが遅い昼食を取ろうと本部に入ったところでよく知る人物と出会った。


「よう、珍しいな。お前が仕事以外で外出なんて」


 シュウが出会った人物はシュウと同じ隊長で、研究局の局長も兼務している人物だった。


〈 クオン(二十二) 討伐局局長序列四位 研究局局長及び能力者刑務所特別顧問兼任 能力:能力の移動 〉


 眠そうな顔に眼鏡、そして白衣という飾り気の無い恰好からは想像もつかないが、クオンは史上初めて隊長と研究局局長を兼務している才女だ。

 クオンは邪竜討伐以外は自分の部屋か研究局にこもりっきりで滅多に出歩かない。


 たまに遊ぶこともあるシュウはまだいい方で、隊長の中には数日クオンの顔を見ない者もいるぐらいだった。

 そんな彼女がどうしてこんなところいるのかと不思議に思ったシュウだったが、それについてはクオンの方から説明してきた。


「飛行アイテムの開発が最終段階で、ちょっと煮詰まったから気分転換を兼ねて出てきた。明日の朝までには最終案をまとめないといけないから」

「おっ、とうとう完成するのか。助かるぜ。空中戦の度に刀振るの面倒でよ。自由に飛べるお前やシンラのじいさんがうらやましいぜ」

「私は自由に飛べるわけじゃない」


 クオンの言う通り、クオンの能力は飛行能力ではない。

 クオンは能力者から能力を抜き取り、別の能力者に移せるという能力を持っている。普段のクオンは、飛行能力を別の能力者から言わば借りている状態だった。


 能力を抜き取られる相手の同意こそ必要だが、クオンはこの能力の移動を同時に三つまで行えて戦闘だけでなく実験にも活用していた。

 邪竜討伐に臨む際は受刑者を含む数十人からその時に応じた能力を借りれるため、クオンは様々な状況に対応することができる。

 ちなみに受刑者との能力のやり取りは、刑期の短縮を見返りに行っている正式な取引だった。


「ま、とにかく頑張ってくれ。実験台ぐらいならまた付き合うからよ」


 その後少しばかりクオンと話したシュウは、はるか上空から向けられている視線を無視して本部に入った。

 一階の食堂で食事を終えたシュウが四階の自分の部屋に向かうと、部屋の前で一人の老人が待っていた。


「どうした?何か用か?」

「少しお願いがありましてこうしてお邪魔しました」


 車いすに座っているこの老人は、討伐局の隊長の序列一位を任されているシンラだ。


〈 シンラ(六十四) 討伐局隊長序列一位 討伐局局長兼任 能力:重力操作 〉


 死と隣り合わせの討伐局において、この年まで現役でいることがシンラの実力を物語っていた。

 今も年齢による体力の衰えこそあるが、お飾りとしてではなく戦力として討伐局の主力の一角を担っていた。


 三年前の邪竜との戦いで負った傷が原因で車いす生活を余儀なくされて以来、隊こそ率いていないシンラだったが、防衛戦では他の隊長に引けを取らない活躍を見せていた。

 邪竜が出現した場合、現在のアイギスではその出現場所に応じて二通りの対応がとられていた。


 邪竜の出現がアイギスから十キロメートル以内ならアイギスの近くで防衛戦を行い、それより離れた場所に邪竜が現れた場合はこちらから戦力を送って倒すという具合だ。

 現在の技術ではアイギスの周囲五十キロメートルまでの邪竜の出現を、正確に言うなら邪竜出現の際に現れる魔力の渦の出現を予測できる。


 数十年前から渦の観測自体はできていたのだが、直前になってようやく分かるという状態で予測には程遠い状態だった。

 渦の観測の精度の向上、及び出現する邪竜のランクの特定方法を確立したのがクオンで、特に出現する邪竜のランクの特定は余計な戦力の投入を防げるという意味で大いに役立っていた。


 ちなみに今までアイギスの周囲二キロ以内に邪竜が出現したことはない。

 これは『創造主』の目的が人類の殲滅ではなく人類の進化の促進であることから、不意打ちを避けているためだと言われている。

 もっともそれが事実だろうがそうでなかろうが、邪竜の存在が人類にとって迷惑なことに変わりはなかった。


 アイギスでは邪竜の危険度を四段階に分けて評価していた。

 まずは一番弱いCランクは、体長二メートル程で角は生えていない。Cランクに関しては討伐局の隊員はもちろん、能力者なら素人でも勝つのは難しくない。


 その上のBランクは体長十メートル程で、白い角を持ち戦闘力は極めて高い。

 平均的な討伐局の局員百人が一斉に挑み、五十人以上の犠牲を出してようやく勝てる強さを持つ。

 さらに上のAランクは討伐局の局員二百人で挑んで、半数以上の犠牲で勝てるといった強さで角の色は黒で体長は二十メートル程だ。


 基本的にAランク以上の邪竜の相手は隊長がすることになっており、Aランク三体を一人で倒せることが隊長になるための条件となっている。

 そして最後がSランクと呼ばれる邪竜で、一言で言えば能力を持った邪竜だ。


 Aランクの邪竜の戦闘力に加えて『傷口から邪竜を生み出す』、『超再生』など様々な能力を持つ相手で、対抗するためには隊長が最低でも三人は必要とされてそれでも死者が出る恐れがある相手だ。

 AランクとSランクを見分ける方法は簡単で、Sランクの角の色は白か黒以外なのですぐに分かる。


 Sランクの邪竜は年に一度出るかどうかの相手なので何とか対処できていたが、三年前まではSランクとの戦いでは必ず隊長が一人は殉職していた。

 幸いここ数年は隊長に限って言えば安定した布陣を実現できていたが、それでもSランクは油断できない相手だった。


「お願い?細かいことならリンシャかガドナーに言ってくれよ?」


 隊における戦闘以外の業務を副官二人に丸投げしているシュウは、シンラの発言を聞き面倒そうな表情を浮かべた。しかしシュウのその態度にも表情を変えることなくシンラは話を続けた。

 ちなみにシュウは誰に関してもこの口調のため、シンラは特に気分を害してはいなかった。


「あさっての隊長会議はかなり大切な議題が出るので、多少の体調不良はおして来てくれませんか?」

「ああ、そういうことか」


 書類上は一つの局ということになっている討伐局だが、実際はそれぞれの隊が独立しており隊長全員が集まる機会はほとんどない。

 その少ない機会の一つが隊長会議で、これは序列三位の隊長のみが開くことができる。


 もちろん邪竜出現の予測が出れば全隊長が集められるが、それ以外の細かい事案のほとんどは各局の局長や序列三位以上の隊長が決めており隊長会議が開かれる頻度は月に精々一度といったところだった。


 あさってに隊長会議が開かれること自体はシュウもリンシャから聞いていたが、シュウはいつも通り『体調不良』で休むつもりだった。

 シンラの発言はこれを踏まえたもので、リンシャを代理として出席させるのでなくシュウ本人に出席させるためにシンラが直々に出向いたのだろう。


「じいさんに直々に頼まれちゃ断れねぇな。分かった。でも手短に頼むぜ?」

「ありがとうございます。それ程時間は取らないと思いますので。それでは失礼します」


 そう言って立ち去るシンラを見送りながらシュウが考えていたことは、会議の議題についてではなく休日になっている明日の予定だった。


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