初訓練
五月七日(木)
この日の朝八時、『フェンリル』に割り当てられた訓練室にはガドナーとリンシャを含む隊員六十八人、そしてシュウとミアの姿があった。
シュウは隊の訓練は週に一回しか行わず、今週の分はすでに終えている。
しかしリンシャを怒らせると面倒なので、シュウはリンシャに言われた通りミアを紹介するために今日も顔を出していた。
「もう知ってるかも知れねぇけど、うちに入ることになった奴がいる。ほら、あいさつしろ」
まだ若干眠そうな顔をしているシュウに促され、ミアが『フェンリル』の隊員たちにあいさつをした。
「今日から『フェンリル』に配属されることになったミアです。よろしくお願いします」
簡単にあいさつを済ませたミアに続く形でシュウが説明を続けた。
「シンラのじいさんの孫娘で能力も同じだ。特別扱いするなって言うべきなんだろうが、今の時点でかなり強い。そろそろお前らにAランクの一体ぐらいは任せようと思ってるんで、細かいことはお前らに任せるがこいつ中心の戦法とった方が楽だと思うぞ。こんなところか。よし、解散」
いきなりAランクを任せるなどと言われたにも関わらず、隊員たちは驚いた様子も見せずに訓練に移った。
そんな中その場に残ったシュウとミア、そしてリンシャはミアの武器についての話を始めていた。
「さてと、昨日クオンと話してるの聞いてただろうが、お前はまず研究局に行って自分用の武器を作ってもらって来い。余程特別なのじゃない限り、明日にはできるだろう」
「分かったわ。それが終わったら訓練に合流すればいいのね?」
「ああ、それにしても今日は大人しいな」
「どういう意味よ?」
意外そうな表情を浮かべたシュウの発言にミアは反射的に反発した。
「いや、昨日の感じだと今日も突っかかってきそうだったからよ。何もしてこないから意外だっただけだ」
「くっ…」
シュウの指摘に思わず口ごもったミアにリンシャが助け舟を出した。
「隊長、余計な挑発をしないで下さい。隊長と隊員の私闘なんてそう頻繁にやられても困ります」
「はいはい。ま、昨日の今日でやってもつまらねぇし、しばらくお前の相手はいいかな」
ここでシュウは想像以上に大人しいミアにシュウなりのフォローを入れた。
「もしかして俺に負けてショック受けてるのかも知れねぇけど、調子に乗るなよ。一万歩譲って俺とお前の才能が同じだとしよう。だったら年上の俺の方が強いに決まってるじゃねぇか。張り合うならリクとヴェーダにしとけ」
「じゃああんた、他の隊長たちより弱いの?」
ミアの質問にシュウは苦笑いを浮かべた。
確かにシュウは今の隊長たちの中ではリクとヴェーダの次に若いが、それでも討伐局最強の地位にいる。
ミアの質問は的を得てはいたが、せっかくのフォローを当のミアに台無しにされたシュウは笑うしかなかった。
「せっかくの俺のフォローを…。まあいいや。お前が十三歳でAランクを倒した超天才の俺と張り合いたいって言うなら止めはしないさ」
「じゅ…」
シュウの発言を聞いて言葉を失ったミアの後ろでリンシャも驚いていることに気づき、シュウは意外そうな表情を浮かべた。
「あれ?お前らには話したことなかったか?」
「初耳です」
「ふーん。まあいいや。後はお前とガドナーに任せるからいいようにしてくれ」
「分かりました。隊長の部屋の机に書類を置いておいたので、夕方までにサインをお願いします」
「あいよ」
そのまま退室したシュウを見送ったミアは、リンシャに断ると自分も研究局に向かうため訓練室を後にした。
本部二階の研究局で武器開発を担当している第二班に割り当てられた部屋を尋ねたミアが用件を伝えると、部屋に入ってすぐに研究局の局員による採血が行われた。
その後研究局局員は、ミアに武器の仕様についていくつか質問をしてきた。
「武器は斧をということでしたけど大きさはどうしますか?大きさによっては二つ用意できますよ?」
「長さ二メートルの大きな斧を用意して下さい。左右に刃がついたやつをお願いします」
「分かりました。その大きさですと、用意できるのは一つになりますね。後は血の配分量ですけどどうしますか?大まかに言うと、武器の耐久力を重視するか能力発動の補助を優先するかのどちらかになります」
研究局局員の質問を受けてしばらく考えたミアは、思いついた質問をぶつけてみた。
「あの男、シュウ隊長はどっちを選んでるんですか?」
シンラやリンシャに聞いたところ、シュウは典型的な接近戦タイプらしい。
ミアはシュウと違い全く遠距離攻撃ができないわけではないが、それでも離れた場所への能力行使を苦手としていた。
隊長を目指すとなると接近戦を主体にするしかなく、その目標としては大変しゃくではあるがシュウが適していた。
そう考えての質問だったのだが、ミアの質問を受けて研究局局員はすぐには答えなかった。
そんなに答えにくい質問をしただろうかと戸惑ったミアを前に、研究局局員はようやく口を開いた。
「シュウ隊長の武器は少々特殊でして、九対一で『魔鋼』を多めに配合しています」
専門知識が無いミアにはぴんとこなかったが、研究局局員のこの発言はあり得ないものだった。
『魔鋼』とは能力者の血を配合した金属の総称で、使われている金属が何かに関わらずこう呼ばれる。
この『魔鋼』と通常の金属を混ぜて能力者用の武器が作られ、『魔鋼』の配分量が多い程能力の通りがよくなるのだが、『魔鋼』の配分が六割を超えると武器としての耐久性に支障が出る。
『魔鋼』の金属としての強度は、銀にも劣るからだ。
魔力による強化である程度は補えるがそれにも限界はあり、一般的に接近戦用の武器に四割以上の『魔鋼』を混ぜるのは危険とされている。
そのため『魔鋼』の配合比が九割の武器など正気の沙汰ではなく、本来なら実験にしか使われないような代物だった。
「それを使うと能力の威力がすごく強くなるんですか?」
「はい。それは断言できます。ただし数回使ったら武器が壊れてしまうので、正直お勧めはしませんが…」
「でもシュウ隊長の武器は十回以上使っても壊れませんでしたよ?」
昨日のシュウとの戦いを思い出しながらミアは、研究局局員に疑問をぶつけた。
「シュウ隊長は魔力での武器の強化がずば抜けてうまいので、『魔鋼』が多めの武器でも戦えるんです。逆に普通の武器だとシュウ隊長の全力には耐えられないと、以前クオン局長に聞きました」
「なるほど。他に似た様な武器を使っている人はいるんですか?」
「いえ、シュウ隊長以外にはいません。シュウ隊長の真似は止めておいた方がいいと思いますよ?武器もただじゃありませんし。特に希望が無いというなら、鉄と『魔鋼』を七対三で混ぜた武器が一般的ですがどうしますか?」
研究局局員の質問を受け、ミアは昨日のリンシャの指摘を思い出していた。
リンシャによると、今のミアの技術では全力で戦うと武器が耐えられないらしい。
今すぐに能力の制御がうまくなるわけもなく、シュウの真似をする程うぬぼれてもいない。
悩んだ結果、ミアは耐久性を重視した鉄八割、『魔鋼』二割の武器を発注した。
明日の夕方にはできるとのことだったので、ミアは研究局を後にした。
研究局にミアがいたのは二十分程のことで、ミアが訓練室に戻るとガドナーが『フェンリル』の隊員たちをしごいていた。
「ほら、どうした、どうした?お前ら邪竜のえさになりに行くのか?」
怒号を飛ばしながら剣を振るうガドナーの周りでは、隊員たちが次々と吹き飛ばされていた。
隊員の一人がガドナー目掛けて直径二メートルの火球を撃ち出した。
両者の視界を遮ったその火球をガドナーは回避せず、剣の側面で叩いて別の隊員に向けて弾き飛ばした。
弾き飛ばされた火球の先にいた隊員は、直撃こそ避けたものの爆発の余波で動きが一瞬止まった。その光景に目もくれず、ガドナーは火球を撃ち出した隊員に襲い掛かった。
その攻撃の隙をつき、二人の隊員が左右からガドナーに攻撃を仕掛けた。
巨大な氷の槍と魔力の弾丸の雨が迫る中、ガドナーは氷の槍に剣を投げつけて粉砕し、魔力の弾丸は魔力を高めることで耐え切った。
その後最初に狙っていた隊員を殴り飛ばして気絶させると、ガドナーは投げた剣を拾い上げて二人の隊員への攻撃を開始した。
十秒後にはその隊員二人も床に倒れており、ガドナーは疲れた様子も見せずに残りの隊員たちと戦い始めた。
一連の訓練、いや蹂躙の一部始終を見ていたミアは、あっけにとられていた。
昨日のシュウが本気でなかったことは理解したつもりだったが、シュウは今ミアの見ている前で鎧袖一触とばかりに隊員たちを蹴散らしているガドナーより強いというのだろうか。
もしそうだとすると、自分は相当無謀な計画を立てていたのかも知れない。
ミアが『フェンリル』に正式に配属されてからまだ一時間も経っておらず、訓練に参加すらしていない。
それにも関わらずミアは少なからず恐怖を感じ始めており、そんなミアにガドナーが話しかけてきた。




