取引
シュウとシンラの戦いがリンシャの攻撃で中断し、地上には気まずそうな顔をしたシンラと不機嫌そうな顔をしたシュウがいた。
「申し訳ありません。一対一の約束を破ってしまって」
「別に構わねぇよ。はなから信じてなかったし」
シュウのこの発言は、別に皮肉で言ったわけではなかった。
シュウが戦闘中に敵の言葉を信じる程平和な頭をしていないというだけのことだ。
先程シンラにとどめを刺そうとした時、来ても無視しようと思っていた狙撃に過剰に反応してしまったのはシンラが強くて気持ちが高ぶっていたからで、先程の攻撃を思わず中断してしまったのは完全にシュウの失敗だった。
シュウが不機嫌そうにしているのも別に戦いに水を差されたからではなかった。
今のシュウは能力を使用したために両腕と右脚が使えず、さらに近くにはシンラの他にガドナーとリンシャがいた。
シンラの目的がシュウの殺害なら、シュウはとっくに殺されていた。
生殺与奪の権を他人に握られているという今の状況にシュウは不快感を覚えていたのだが、そんなシュウを放置してリンシャはシンラとシュウの処遇について話していた。
「シンラ隊長、この男はどうするんですか?治安維持局に引き渡しますか?」
「いえ、彼には機構で治療を受けたらそのまま帰ってもらいます」
「いいんですか?」
リンシャの妨害が無かったら、シュウは確実にシンラを殺していた。
そんな人物をわざわざ治療して帰すというのだから、目の前の女が驚くのも当然だとシュウは思った。しかしシンラの考えは違った。
「今回の戦いは私から提案したもので、私が殺されそうになったのは私のせいです。さすがに治安維持局に引き渡すのは悪いですし、ここは恩を売っておこうと思います」
「ここに置いていってもらって構わないぞ」
妙な流れになりそうだったのでシュウはシンラの提案を断ろうとしたが、シンラはそれを許さなかった。
「あなたの知り合いの毒使いならともかく、犯罪者でもない実力者をけがしたまま放置しておくのは、アイギスにとって不利益にしかなりません。無理矢理にでも連れて行きます」
「…言っとくけど討伐局には入らないぞ」
いざとなったら刺し違えてでも抵抗して見せる。
そう決めてシンラたちをにらみつけたシュウを見て、シンラは敵意を感じさせない口調で話しかけた。
「でも討伐局の戦力が突破されて、外周部で邪竜が暴れたらさすがに放置はしませんよね?それで十分です」
そう言ってその場をまとめたシンラは部下二人に指示を出すと、シュウを連れてアイギスへと帰還した。
その後クオンとアヤネの手を借りてシュウの治療をし、その上シンラはシュウの全力に五百回耐えられる刀まで贈った。
「さすがにここまでされると悪いな。討伐局に入る気は無いが、あんた個人の頼みなら一回だけ聞いてやる」
「ありがとうございます。その時はお願いします」
刀を受け取り立ち去るシュウをシンラは見送るしかなかった。
今となっては恥ずかしい話だが、自分が負ける可能性などシンラは全く考えていなかったのだ。
そしてシュウとシンラが別れた十日後、事件は起きた。
その日の夜、寝ていたシュウの耳に爆発音が届き、シュウは即座に起き上がると外に出た。
そして目の前に広がる光景にシュウは愕然とした。
視線の先で邪竜が暴れていたのだ。
邪竜が暴れている場所はすでに外周部の一角で、建物が壊される音に混じって悲鳴や怒号も聞こえてきた。
周囲がこんな状態になるまで自分が邪竜の襲来を気づけなかったことに困惑しながらも、シュウは邪竜のもとへと向かった。
「おっと、こりゃまた…」
シュウが現場に着くと、周囲はひどい有り様だった。
辺り一面火の海で、肉の焼ける臭いが立ち込めて無傷な建物は一つもなかった。
周囲に転がっている死体の数は数える気にもならない程で、シュウは周囲の惨状から意識を外すと我が物顔で空中にいる邪竜に視線を向けた。
シュウは最初建物の屋上から邪竜の背中に跳び乗るつもりだったのだが、近くの建物が軒並み破壊されていたため計画の変更を余儀なくされた。
そしてもう一つ致命的な問題があった。
能力が使えなかったのだ。
厳密に言うと使えないわけではなかったがかなり能力が発動しづらく、それに加えて魔力による身体強化もいつもに比べてやりにくかった。
「めんどくせぇな。初めて戦うSランクがこれかよ」
どうしたものかと考えながら邪竜に近づいていたシュウは、そこで見知った顔を見つけた。
「おい、大丈夫か?」
シュウが発見したシンラに近づくと、シンラは体中に傷を負っていた。
特に下半身の負傷がひどく、かろうじて限界を保っているだけという状態だった。
「はは、無様なものです」
「しゃべるな、死ぬぞ」
シュウにそう言われても、シンラは口を閉じずにシュウに邪竜の能力を伝えた。
「気をつけて下さい。あの邪竜は能力を阻害してきます」
最初からそれが分かっていればまだ対処できたのだが、邪竜はシンラを含む隊長四人が近づいたのと同時に能力を阻害してきた。
そのためまともな戦闘すら行えず、シンラたちは壊滅的なダメージを負ってしまった。
この邪竜が相手では増援の能力者を送り込んでも効果は薄く、今は数の少ない純粋な重火器で足止めしようとしているらしい。
しかしそれも大して効果をあげておらず、邪竜がアイギスの中心部までたどり着くのも時間の問題だった。
シンラからこういった現状を聞かされたシュウだったが、街に危険が迫っているかどうかなどシュウには関係の無いことだった。
自分の睡眠を妨げた時点であの邪竜を殺すことはシュウにとって決定事項だったからだ。
「しかたねぇからあれは俺が倒す。じいさん、悪いけど俺を邪竜の背中まで飛ばしてくれ。そしたら後はこっちで何とかする」
普段なら自力で跳び乗るなり『空間切断』で近づくなりするのだが、能力全般を阻害されている現状ではそれもままならなかった。
「分かりました。まさかこんなに早く力を借りることになるとは…。よろしくお願いします」
「任せとけ。俺が寝てるとこ起こすなんていい度胸してやがる。あのデカブツにマナーってものを教えてやらないとな」
行っていた重火器での攻撃をシュウの頼みで止めさせたシンラは、シュウを飛ばすべく能力を発動した。
無傷のシュウでさえ能力発動に手間取ったのだから、意識があるのが不思議な程の重傷のシンラにとって能力の発動はかなりきついはずだった。
十秒という普段のシンラからは考えられない程の長い時間をかけ、シンラはシュウを打ち上げる準備を整えた。
そしてシュウを打ち上げると同時に、シンラは意識を失った。
シンラの能力によりシュウが高速で邪竜目掛けて打ち出され、あと少しで邪竜へとたどり着くという時に邪竜がシュウに気づいた。
今のシュウはただ飛ばされているだけなので、邪竜に気づかれたところでどうしようもなかった。
大きく口を開けて自分に襲い掛かる邪竜を前にし、何とか致命傷だけは避けようとシュウは刀を握る手に力を込めた。
しかし次の瞬間邪竜の動きが一瞬止まり、シュウは無事邪竜の背中にたどり着いた。
「ったくあの女、よくもまあ、毎度毎度こんないいタイミングで…」
シンラとの戦いの際に感じた超長距離からの攻撃の気配を今回も感じたシュウは、呆れた口調で狙撃手がいると思しき方角に視線を向けた。
シュウが背中に着地したことに気づいた邪竜がシュウを振り落とそうと体を揺らした。
落とされないように邪竜の体にしがみつきながらシュウは、何とか邪竜の翼の根元まで近づいた。邪竜の翼の根元までたどり着いたシュウは、これまで貯めていた力を解放した。
時間をかけたにも関わらず、シュウの放った斬撃はいつもの斬撃以下の威力しかなかった。
しかし邪竜の翼を斬り落とすことには成功し、翼を失った邪竜は叫び声をあげながら墜落した。
墜落の衝撃でしばらく動けずにいた邪竜の背中をシュウは数度斬り裂いたが、いつもとは比べ物にならない程の小さな傷しかつかなかった。
らちが明かないと思ったシュウは邪竜の首元に移動すると、邪竜の首に刀を突き立てた。
普段ならこれで決着がつくのだが、今回は刀が少し刺さっただけだった。
これ自体は予想通りの展開だったため、シュウは慌てることなく能力を発動した。
いつもの様に斬撃の威力を上げるのではなく、シュウは斬撃の性質を持った魔力を邪竜の体に流していった。
本来は傷をつけるのがやっとの硬い敵用の技で、シュウの能力が『万物切断』と呼べる程の威力になったここ数年は使っていない技だった。
久しぶりの使用な上に能力も阻害されているため、かなり苦労しながらもシュウはじわじわと魔力を流していった。
邪竜もすぐに異変に気づいた様子だったが、空を飛んでいない邪竜が首元にいる人間にできることなどたかが知れていた。
激しく体を揺さぶり抵抗してくる邪竜から振り落とされないように苦労しながらも、シュウは邪竜の首を大きく損壊させることに成功した。
その後遅れて邪竜の体全体も崩壊を始め、シュウはようやく体の力を抜いた。
「さてとじゃあ、寝直すか。俺の家を壊さなかったことだけはほめてやる」
すでに姿の無い邪竜にそれだけ言うと、シュウはその場を後にした。
シュウが現場を去ってから数分後、現場に到着した討伐局局員の手でシンラとレイナは救出された。
シンラが意識を取り戻した数日後には隊長会議が開かれ、突如空いた隊長二人の穴を埋めるべくシュウの勧誘が行われることが決定した。
しかしこの事実はもちろん、その後行われたシュウと当時の隊長たちとの戦いまでを含めた一連の事実を知る者はアイギスでも限られていた。




