合宿終了
七月二十一日(火)
『創造主』が告げた戦いの日を明日に控え、昼までに合宿最終日の訓練を終えたシュウはギオルとサヤ相手に訓練の総括を行っていた。
「能力の制御は大分うまくできるようになりましたね。地味子さんとの連携も一応は合格と言えるところまではきましたので、後は他の人とも同じ様にできるとAランク相手でも安定して戦えると思います。氷での防御に関してはまだ課題も多いですけど一人で戦わなければ問題にはならないと思います。これからもがんばって下さいね」
「……はい。ありがとうございます。今回学んだことを明日からの任務で活かしていきたいと思います」
部下相手に評価を下す時にシュウが部下をほめること自体は珍しいことではなかったが、それでもここまで賞賛や期待の言葉をかけるのは珍しかった。
そのためギオルはシュウの発言を受けて一瞬戸惑い、そんなギオルを見てシュウは不思議そうにしていた。
「ん?どうしました?私だってほめる時はほめますよ?」
「いえ、見た目がミアさんだからかシュウ隊長がいつもより優しく見えて少し混乱しただけです。すいませんでした」
シュウは話し方以外は普段と変えていないつもりだったが、どうしてもこの話し方だと考え方までモデルに引きずられてしまうようだった。
「……こういう話し方を普段しないのでリンシャさんとかテュールさんを参考にしました。だからもしかしたら少し話す内容も変わっちゃったかも知れませんね。体が元に戻ったら今まで通りびしばしいくので安心して下さい」
「はい!シュウ隊長をがっかりさせないようにがんばります!」
シュウの隊長就任直後ならともかく今の『フェンリル』の隊員の中にシュウに訓練の質を落として欲しいと考えている隊員は一人もいない。
そのためシュウの発言を受けてもギオルは全く委縮せずにやる気を示した。
子どもの頃から年上とばかり戦い勝ってきたシュウには理解できなかったが、年下に負けると悔しいと考える人間が一定数いることをシュウは討伐局に入ってから知った。
ミアとサヤという存在に刺激を受けて最近は『フェンリル』全体がやる気に満ちているとシュウはガドナーから聞いていたので、合宿を終えた後もやる気を見せているギオルを見ても特に何も思わなかった。
ギオルへの総括を終えたシュウがサヤに視線を向けると、サヤは無表情を装いながらもほめられることを期待しているのを隠せていなかった。
そんなサヤを見てシュウは呆れたが、ここでサヤをほめない程シュウもひねくれてはいない。
アヤネはシュウの隊員たちへの訓練を鞭百パーセントなどと揶揄するが、シュウも鬼ではない。
今回の合宿中のサヤはそれなりの成果を見せていたのでほめてやろうと考えながらシュウはサヤに話しかけた。
「初日に『メリジューヌ』を使って派手に攻撃したと思ってたら後はほとんどサポートに回ってましたけど何か考えがあってのことですか?」
ギオルとミアには一歩劣るがサヤも討伐局の隊員の平均をはるかに上回る強さを持っており、単純な能力の殺傷力ではサヤはギオルやミアより上だった。
このことをシュウはサヤに伝えていたのでサヤが今回の合宿中ほとんどギオルの支援に回ったことがシュウには意外だった。
もし兄であるギオルを立てようとしての行動ならそれとなく注意しようとシュウは考えていたのだが、サヤにその様な意図は一切無かった。
「あなたの下で戦うなら支援役もできた方がいいとガドナーさんを見て考えました。戦い方としてはガドナーさんを参考にしようと思っています」
「ガドナーさんを参考にですか?それはまた……」
シュウに勝とうとしているミアよりはましとはいえ実現困難な目標を掲げたサヤを前にしてシュウは一応忠告しておくことにした。
「言っておきますけどガドナーさんって今の隊長の半分以上には勝てるぐらい強いですからね?」
多くの隊員たちを支援しながら邪竜と戦うのは当然ながらかなり難しく、単純に強い以外の技術も求められるので討伐局に入って半年足らずの人間が目標にするのは無謀だった。
しかしサヤの発言を聞いて呆れとも驚きともとれる表情を浮かべるシュウを前にしてもサヤに自分の考えを変える気は無かった。
「もちろん一人で戦う訓練は続けます。でも私が手っ取り早く『フェンリル』の役に立とうと思ったらこれが一番だと思います」
「まあ、別に反対する理由も無いですから好きにして下さい。ただ『フェンリル』の中で支援役に回ろうって言うならどの隊員ともある程度の連携は取れるようにして下さいね?現に彼はどの隊員と組んでも効果的な連携を取れますから」
サヤが前衛と支援役のどちらもこなせるようになるというのはシュウにとっても魅力的だったが、ギオルとしか連携を取れないというのでは話にならなかったのでシュウはサヤの兄のギオルを引き合いに出してサヤに釘を刺した。
ギオルは戦闘時の『フェンリル』全体の潤滑油の役目という意味ではミアなど比べ物にならない程『フェンリル』に貢献していたこともありシュウはサヤに釘を刺すのにギオルの名を使ったのだがその効果はシュウの予想以上だった。
シュウがギオルの名を使った途端サヤはギオルに熱い視線を送り、それを見たシュウは公私混同しないようにサヤに注意しようか迷った。
しかしサヤはまだギオルに自分たちが兄妹だと伝えていないようだったので、あまりプライベートに踏み込み過ぎるのもまずいと考えてシュウは何も言わなかった。
ギオルとサヤの強さを考えると今すぐAランクやBランクの邪竜と戦って死ぬこともないだろうからしばらくは様子を見よう。
そう考えたシュウはさっさと妹だと名乗ればいいものをと考えながら知り合いから受けていたある苦情をサヤに伝えた。
「ところで知り合いから聞いたんですけどあなた病院で輸血してもらおうとしたそうですね。食費がきついんでしょうけど病院の血は手術とかに使うために用意してるんですからもらいにいくのは止めて下さい」
「お金で買うのも駄目ですか?」
「……お金に困ってる人たちなら喜んで血をくれそうですけど法律とかに触れるんじゃないですか?」
シュウがその気になれば無料でサヤに血液を提供する人間を数十人集めることも可能だったが、それを行ったらマスコミに恰好の攻撃材料を与えることになるだろう。
そう考えたシュウはサヤに今まで通り血液は食事で補うように伝えた。
「他人から血を買うって臓器売買一歩手前ですからね。余計な騒ぎはごめんですから我慢して下さい」
シュウに止めろと言われた以上病院にある輸血用の血液や希望者からの血液の購入は諦めるしかなかったが、シュウの発言を聞いてサヤはある案を思いついた。
「私の内臓を病気の人にあげてその代わりに血をもらうのはどうですか?」
再生能力が前提とはいえサヤといいアヤネといい自分の体を何だと思っているんだと軽く引きながらシュウはサヤの案を否定しようとした。
「……他人から血をもらうって発想から離れ、……いや、割といけるかな?私の体を治せたってことは拒絶反応も多分無いでしょうからうまくやれば病院から血をもらえるかも知れませんね。……あなたが病院に協力してその代わりに血をもらうっていうのは不可能じゃないかも知れません」
「拒絶反応?」
始めて聞く単語を口にしたシュウを前にしてサヤが戸惑う中、シュウは思いついたばかりの案を実現する手はずをサヤに伝えた。
「病院には知り合いも何人かいますし、クオンさんとレイナさんに相談して細かいところを詰めれば割といけそうな気がしてきました。来月の会見が終わったら諸々(もろもろ)の準備始めるのでそれまでは大人しくしてて下さい」
レイナ相手に用意した手土産が予想外に役に立ちそうだと考えながらシュウはサヤにしばらく大人しくしておくように伝え、シュウが想像以上に自分の力になってくれそうなことに驚きながらサヤはシュウに礼を述べた。
「そこまでしてくれるとは思ってませんでした。ありがとうございます」
「気にしないで下さい。この案がうまくいけば色んなところに恩を売れて私も得しますから。でも細かいところはクオンさんとレイナさんに確認してからになりますから失敗しても恨まないで下さいね?」
「はい。ところで拒絶反応って何ですか?」
まるで知っていて当然といった形でシュウが話を進めたので聞きそびれたが、サヤは先程シュウが口にした拒絶反応という言葉の意味が分からなかった。
そのためシュウに質問をしたサヤにシュウは以前クオンから聞いた話を伝えた。
「私も前に聞いただけの話ですけど他人の内臓を移植する場合って合う合わないがあるそうなんですよ。場合によっては血が繋がってても駄目みたいです。でもその辺りは私が大丈夫だったんですから大丈夫でしょう」
シュウのこの説明を聞きサヤは何やら考え込んでいる様子だったが、自分が漠然と考えていた案がいきなり具体的に進んだため戸惑っているのだろうと考えてシュウはサヤの様子を特に気にせずに合宿中のサヤの総括を行った。
「合宿中の様子を見ている限りではあなたは全パラメータが順調に上がってるみたいだったのでその調子でがんばって下さい。さっき言ってた状況によって隊での役割変えるっていうのも難しいでしょうけどうまくいけばかなり助かりますし」
「はい。分かりました」
シュウの総括を聞いてうなずくサヤを見ながらシュウはミアに視線を向けた。
「今回の合宿はあなたにとってはあまり意味の無いものでしたけど、その分明日は私がいいものを見せてあげます。明日の私の戦いをよく見て今後に活かして下さい。でも、流れ弾には本当に気をつけて下さいね?くどいようですけど明日の戦い、私が邪竜ならあなたに狙いを集中しますから」
「はい。分かってます。空を飛ぶのはまだ難しいですけど移動はかなりできるようになったので明日はひたすら逃げてます」
ミアは今回の合宿中ひたすら『飛燕』の訓練を行っており、このことにかなり不満を持っている様子だった。
しかしミアも明日の戦いで自分にできることが無いことは分かっているようで、ミアの素直な返事を聞きシュウは安堵した。
「はい。そうして下さい。あなたなら数日分の遅れぐらいならすぐに取り戻せると思いますけど明日死んだら元も子もないですからね。明日はお互いがんばりましょう」
そう言ってシュウが三人全員への話を終えた直後、機構本部から隊長会議を開くという放送が聞こえてきた。
「……また何かあったんですかね?」
明日のシュウとミアの邪竜との戦いについての会議は既に済んでいたので、このタイミングで隊長会議が開かれるとしたらまた外部からの横槍への対応についてだろう。
そう考えたシュウは不快そうな表情を浮かべ、『ロイヤルアイギス』の記事についてはミアたち三人も知っていたのでシュウに同情的な表情を向けた。
「ま、レイナさんたちに用があったしちょうどいいか。じゃあ、合宿はこれで終わりということで。また明日からよろしくお願いしますね」
シュウのこの発言を受けて三人はそれぞれに返事をし、それを聞いたシュウは隊長会議に参加するために機構本部へと向かった。
一方シュウを見送った後、ミアはサヤに話しかけた。
「あの、血が足りないってことなら私の血少し分けましょうか?何なら毎日でも別にいいですけど」
友人のサヤが困っているのなら少しでも力になりたいと思ってのミアの提案だったが、サヤはミアの提案をすぐに断った。
「気持ちは嬉しいですけど血を毎日抜くのは体によくないそうです。ミアさんは自分の武器とか服用に血もいるでしょうから無理はしないで下さい」
戦闘スタイルにより個人差こそあるものの討伐局の隊員たちは日々の訓練や邪竜との戦いで武器や隊服を損傷する。
その際武器や服を修繕・新調するために討伐局の隊員たちは週に何度か採血を行っていた。
輸血用の採血同様この採血も立て続けに行うことは禁止されており、これが理由でサヤは『フェンリル』の隊員たちに血液の提供を求めなかった。
『フェンリル』の隊員たちが体調を崩すぐらいならまだしも死亡した場合取り返しがつかないからだ。
シュウが色々動いてくれるそうなので今は待つしかないだろうとサヤが考えているとそこにギオルが話しかけてきた。
「少し汚いですけど戦いで使った血を回収するわけにはいかないんですか?」
サヤは戦闘や訓練の際ためらうことなく自分の血液を使って大技を連発し、それらに使われた血液は地面や床に飛び散ることになる。
それらの血液を戦闘や訓練の後に回収すれば血液不足にはならないのではギオルは考えたのだが、ギオルの考えをサヤはすぐに否定した。
「何度か土とか汚れがついた血を取り込んだんですけど、毎回気持ちが悪くなって頭やお腹が痛くなりました。だからできればしたくないです」
「……なるほど。色々大変ですね」
これまで見聞きしてきた能力の中でもサヤの能力はかなり強い部類に入るとギオルは思っていたが、戦闘後のサヤの苦労を聞き考えを改めた。
その後三人も解散して今回の合宿は終了した。




