カミングアウト
「揃いも揃って能無し共が!こんな記事しか書けないようなら今すぐ辞表を持って来い!」
ドアも窓も閉め切った社長室で『ロイヤルアイギス』の社長、エンバーは各部署の幹部を呼び出して最近の記事の内容の悪さに憤慨していた。
「『アクア』を批判する記事を書けと言ったはずだぞ!どうしてこんなぬるい記事しか書けないんだ!」
エンバーは先週『ロイヤルアイギス』の会長と共に王族に呼び出され、討伐局に加えてリクとヴェーダの両親が経営している『アクア』を批判する内容の記事を載せるように命令された。
『ロイヤルアイギス』は事実上王族の所有する新聞社なので、王族に命令された時点でエンバーはもちろん会長にも拒否権など無い。
エンバーはここ最近毎日の様に会長に呼び出されて叱責を受けており、その鬱憤をぶつけるという意味合いもあり自分が呼び出した幹部たちに怒号を飛ばしていた。
しかし『ロイヤルアイギス』の幹部たちにも言い分があり、幹部の一人がエンバーに反論した。
「しかし社長、『アクア』は運営実績もよく、いくら調べても批判記事は書けそうにありません。ここは狙いを討伐局に絞るべきかと……」
数々の特権が認められている上に無条件で批判しても許される外周部出身者を三人も隊長に就任させている討伐局とただの民間企業に過ぎない『アクア』では批判する難易度が大違いだ。
数日前に匿名で送られてきたリクとヴェーダの運用方法に関する指摘を基に『アクア』への批判記事を書いてはいるが、機構への寄付は『ロイヤルアイギス』自体はしていないものの関連する会社数社は行っている。
そのためこの切り口では『アクア』に関してあまり批判的な内容の記事は書けないと呼び出された幹部の誰もが考えており、恐る恐るといった感じで幹部の一人が口にした発言を聞きエンバーは怒りを露わにしながら机に拳を振り降ろした。
「お前たちは正義の味方にでもなったつもりか?お前たちは言われた相手を批判する記事を書いていればいいんだ!会社自体に問題は無くても、社員一人一人を調べれば金、女、家族、いくらでも記事のネタはあるだろう!お前らの尻拭いをさせられるのは私なんだぞ!」
どうして自分が無能な部下の代わりに王族や会長から叱責を受けなければならないのかと憤りながらエンバーはその後も部下たちに怒号を飛ばし、それから三十分程経った頃、エンバーは目の前にいる各部署の幹部たちに憤慨していた。
「揃いも揃ってこの能無し共が!こんな記事しか書けないようなら今すぐ辞表を持って来い!」
呼び出されて早々エンバーの怒号を聞かされ、『ロイヤルアイギス』の幹部たちは表情こそ変えなかったものの内心眉をひそめていた。
先月『アクア』に対して好意的な記事を書いたばかりだというのにその翌月に『アクア』を批判する記事を書けという自分たちの上司の朝令暮改振りに呆れながら幹部たちはエンバーの怒号に耐えた。
エンバーが幹部たちに怒号を飛ばし始めてからそれ程経っていないにも関わらず、エンバーも幹部たちも酷い倦怠感を覚えた。
しかし怒りに我を忘れかけているエンバーに疲れているから帰りたいなどと言えるわけもなく、幹部たちはエンバーの不毛な叱責を黙って受けるしかなかった。
結局開いた窓から下の階にまで自分の怒号が聞こえていることに気づかないままエンバーは幹部たちへの不毛な叱責を続け、最後の方は発言の内容が支離滅裂になっていたエンバーの説教を聞き終えた幹部たちは疲れた体を引きずる様に社長室を後にした。
エンバーの『ロイヤルアイギス』の幹部たちへの説教が終わりを迎えそうになっていた頃、『ネスト』でのバイトを終えたサヤはおろし器を求めて街へと向かっていた。
料理などしたことがないサヤはおろし器という名前だけを頼りに店を三件回ったのだが、店員に紹介されたおろし器はどれも魚を捌ける様な形状をしていなかった。
サヤの知っている調理器具を販売している店は既に回り終えていたので、今日サヤは『ネスト』の同僚たちに教えてもらったいくつかの店を回るつもりだった。
これでお目当てのおろし器が見つからないようなら店員たちの言っていたシュウの言うおろし器は俗称なのではという可能性も考えなくてはならない。
そう考えながら外周部を歩いていると上空からここ数日ですっかり覚えてしまったミアの血液の反応をサヤは感じ取った。
血液の反応がなぜか上空から伝わってくることを不思議に思いながらサヤは血液の反応がする方に視線を向けたのだが、サヤの視線の先には日が沈みかけた空が広がっているだけだった。
ミアの血液の反応がするということは今上空にいるのはシュウのはずで、飛行はともかくどうやってシュウが姿を消しているのかサヤは疑問に思った。
シュウなら規則など無視して装備を持ち出すだろうから姿を消す装備でも使っているのかとも思ったが、サヤはそれとは別にある可能性を思いついた。
サヤの思いついた可能性というのは可能性があるというだけで何の根拠も無いものだったが、思いついた瞬間にサヤが歩きを止めてしまう程衝撃的なものだった。
いくら何でも三人は多過ぎると思っていたのだが、自分の考えが正しければこれにも納得がいく。
そう考えたサヤの頭からはおろし器のことなど消え去っており、血液の反応が機構本部に向かっていることを感じ取ったサヤは急いで機構本部へと向かった。
隊長会議が終わった後、隊長としての仕事を終えたアヴィスは隊員たちが帰り誰もいなくなった訓練室で能力の訓練を行っていた。
アヴィスが匿名で『ロイヤルアイギス』に送った手紙によりアヴィスの狙い通りの内容の記事が『ロイヤルアイギス』に掲載され、その後計画通りアヴィスはリクとヴェーダの代わりにシュウの後詰に回ることになった。
しかし肝心のシュウとミアの殺害が失敗したらわざわざした細工が全部無駄になってしまうのでこれからが肝心だった。
アヴィスと『オーダー』は三日後にシュウとミアの後方五キロの地点に待機することになっており、それだけ離れるとアヴィスも召還した邪竜もどきにあまり細かい命令は出せなくなる。
さすがに『オーダー』から離れてアヴィス自らシュウたちを襲うわけにもいかないので、三日後までに邪竜もどきの遠隔操作の精度を上げる必要があった。
といってもアヴィスは今日から慌てて能力の訓練を行うわけではなく、隊長として通常の活躍をするために毎日能力の訓練は欠かさず行ってきた。
仮に今すぐ出撃することになってもシュウたちの暗殺を成功させる自信がアヴィスにはあり、訓練を行うのはあくまで成功率を上げるためだ。
例え不意打ちでも万全の状態のシュウを殺せると思う程アヴィスもうぬぼれてはおらず、今回の機会を逃したら殺すという形でシュウを排除するのは不可能になるだろう。
万が一にも失敗は許されないとアヴィスは改めて気を引き締めて能力の訓練に取り掛かった。
各自夕食を終えた後、シュウたちは思い思いに過ごしており、シュウがテントの中で一人黙々と裁縫を行っているとサヤが訪ねて来た。
この合宿中シュウとサヤが話す機会は普段より増えていたが、それでもサヤは合宿初日以外はシュウのテントを夜訪ねて来ることはなかった。
サヤの訪問を受けたシュウは手にしていた布をテントの奥にしまい、その後サヤを見るなり夕方に外周部でサヤとすれ違った時のことを話題にした。
「夕方私のことに気づいたみたいですけど何をしてたのか聞きに来たのなら話すつもり無いですよ
「……気づいてたんですか」
「あれだけはっきり見られればさすがに気づきますよ」
確かにシュウはミアの体で透明化能力を使ったことで予想以上の疲労を覚え、そのせいで今日の外周部での活動で多少ミスをしてしまったが普段通り他者の視線には敏感だった。
まさかあそこまでずれるとは思っていなかったので相手には悪いことをしたと考えながらシュウはサヤに訪問の目的を尋ねた。
サヤが感じた血液の反応はかなり上空にあったので、サヤはシュウが自分の存在に気づいているとは思っていなかった。
そのため当然の様にシュウが自分の存在に気づいていたことにサヤは驚いたが、話したいことはそこではなかったので話を進めた。
「あなたはテュールさんと付き合いがあるんですよね?」
「まあ、それなりには。……それがどうかしましたか?」
この時点でサヤが面倒な話題を振ってきたと確信し、シュウは面倒そうな表情を浮かべた。
サヤはそんなシュウの反応に気づいていたが、今さら話を止める気も無かったので話を続けた。
「テュールさんが今日のライブに出なかったの知ってますか?」
本来ならサヤは今日ミアと共にアリアとテュールが出演するライブに行く予定だった。
シュウとミアの体が入れ替わったため今日のライブにはサヤも行かなかったのだが、このサヤの発言を聞いてシュウは心底面倒そうな表情でため息をついた。
「あの人のプライベートなんて一々把握してないので初めて知りました。……急に話が変わりましたけど私が前に言ったことちゃんと覚えてますか?」
このまま放置するとサヤが面倒な発言をしそうだと考えてシュウはサヤに釘を刺したのだが、それを受けてもサヤはあまり動じなかった。
「ちゃんと覚えてるから安心して下さい。今の生活は結構気に入ってますし」
サヤのこの発言を聞き、少し考え込んでからシュウはサヤに話しかけた。
「こういう探り合いって苦手なのではっきり言っておきますね。私はテュールさんに兄だと名乗る気はありません」
シュウのこの発言を受けて今度はサヤの方が黙り込み、そんなサヤを見てシュウは意外そうな顔をした。
「あれ?私とテュールさんの血が繋がってるって気づいたからテュールさんの話振ってきたんですよね?」
「血が繋がってる、ですか?」
「はい。あれ、もしかして早とちりでしたか?だとしたらあなたの能力って思ったより精度低いんですね」
自分の早まった発言を後悔しているかの様な表情を浮かべたシュウを前にしてサヤは焦った。
思わぬ形でシュウのサヤへの評価が下がってしまったからで、どんな形でもシュウの自分への評価を下げたくなかったサヤは慌てて自分の能力の精度の高さをアピールした。
「もちろんあなたとテュールさんの血が繋がってることは分かってましたし、それにもう一人あなたと血が繋がってる人がいるのも知ってます。誰かは言いませんけど」
自分の能力の精度をアピールしたい一心で余計な事まで口走ってしまったことにサヤは発言の後で気づき慌てて一言付け加えたが、幸いサヤのこの発言を聞いてもシュウに気分を害した様子は見られなかった。
「ああ、もう一人って私の母親ですよね?……私が気づいてたからいいですけどうかつな発言は気をつけて下さいね?」
本人から名乗られたわけではなかったがシュウは自分の母親が生きていることもそれが誰かも分かっていた。
そのため先程のサヤの発言を聞いてもシュウは驚きも怒りもしなかったのだが、シュウが自分の母親の生存を知っていたことにサヤは驚いた。
「まさかどっちにも気づいてるとは思いませんでした。どうやって気づいたんですか?」
「テュールさんの方は簡単でしたよ。あっちは私のこと知らなくてもこっちは妹がいるって知ってるんですから何回か身の上話してる内に気づきました。母親の方は私しか知らないはずの私の誕生日知ってたので多分そうなんだろうなぐらいに思ってただけです。今のあなたの反応でようやく確信できました」
「……すみません」
シュウが母親の生存を確信していなかったと聞きサヤはシュウに謝罪したが、シュウに怒っている様子は見られなかった。
「気にしないで下さい。あなたなり気を遣ってくれたんでしょうから別に怒ってはいません。ただこのことは誰にも言わないで下さいね。聖女様の兄が人殺しだなんて知られたらテュールさんに迷惑がかかるでしょうし、母親の方は今さら母親面されてもって感じですから。今日話したことを忘れてくれればそれでいいです」
「…分かりました。夜遅くに失礼しました」
「いえ、それではお休みなさい」
シュウに見送られてテントを後にしたサヤは自分のテントに戻りながら先程のやり取りを思い出して頭を抱えたくなった。
夕方のシュウとの遭遇の結果、自分がとんでもない勘違いをしていたと知らされたからだ。
結果的に問題は起きなかったが一歩間違えるとシュウとの仲が悪化するところだったので、能力で気づいたことを基に行動するのは当分控えようとサヤは反省した。
それにしても自分の様な能力を持っているわけでもないのに生き別れの自分の肉親二人に気づくとはさすがシュウだ。
もはや一つの能力と言える領域にまで踏み込んでいるシュウの勘の良さを知り、サヤは改めてシュウへの敬意を深めた。
一方サヤを見送った後、シュウは安堵のため息をついていた。
「やっぱめんどくさいですね、あの能力」
シュウが母親の生存に気づいていたこともテュールと自分の仲がいいと言われないように気をつけているのも本当の事だったが、シュウは先程のサヤとの会話で一つだけ嘘をついた。
先程のサヤの様子を見る限りでは今回は誤魔化せたようだったが、今後も同じ様なことが続くと面倒なことになりそうだとシュウは再びため息をついた。
マスコミへの対応といい今回のサヤの件といい暴れてどうにかなるわけではない問題の対処はできるだけ他人に任せたいとシュウは考えているので、姿を隠しているトラースの件や『ロイヤルアイギス』の件も含めて最近自分が空いた時間に行っている仕事はシュウにとって面倒な事この上なかった。
それにしてもサヤはどうして機構本部とも『ネスト』とも正反対の『ロイヤルアイギス』本社の近くを歩いていたのだろうか。
そんな疑問を抱きながらシュウは眠りについた。




