横槍
七月十九日(日)
ギオルとサヤがシュウ相手の訓練に慣れ始めたこの日、早朝の訓練を終えたシュウは三人に夕方まで留守にすると伝えた。
ここ数日も別にミアたち三人は朝から夜まで訓練漬けというわけではなくそれぞれ一人の時間を取っていたのだが、ミアと体が入れ替わっている状態で外出をするとなると話は別だ。
ここ数日機構本部か森で過ごしていたシュウが外出するつもりだと聞きミアは難色を示した。
「今のシュウ隊長は見た目は私なんですよ?何しに行くつもりか知りませんけど止めて下さい」
シュウが外出をすると数回に一回は新聞沙汰になるとミアはリンシャたちから聞いていたのでシュウの外出を止めようとしたのだが、シュウにミアの頼みを聞く気は無かった。
「あなたが嫌がるのも無理ないですけどもう三日も外出してません。私も結構忙しいんでさすがにそろそろ顔出さないと色々面倒なことになるんですよ」
「……何しに行くんですか?」
シュウのプライベートに口を出したくはなかったがミアとしても自分の評判がかかっている。
シュウの説明が抽象的だったこともありミアはシュウに外出の目的を尋ね、ミアの質問を受けたシュウは少し考え込んでから口を開いた。
「……一生知らなくても困らない嫌なこと話しますけどいいですか?」
いつになく真面目な表情のシュウを見てミアは一瞬迷ったが、普段シュウが訓練以外に何をしているのかは前から気になっていたのでシュウの質問に無言でうなずいた。
「外周部には私が知っているだけで非合法の賭けをしている場所が三つあります。そこでは次の任務でどの隊長が死ぬかみたいな内容の賭けをしています。そんなに怒らないで下さいよ。これでも話す内容選んでるんですよ?」
自分の発言を聞いた途端ミアとギオルが不快そうな表情を浮かべたのを見てシュウは発言を一回止め、その後二人に確認を取ってから話を再開した。
「とにかくそうやってばれないように色々してる人たちがいて、不謹慎な賭けしてるぐらいなら大目に見るんですけどそういう人たちの中にはブレーキ踏めなくて奴隷の子供使って馬鹿なことしようとする人たちがいるんですよ。そういう人たちのとこに今から行くわけです。一応顔は隠しますから安心して下さい」
想像以上に不快な内容の話を聞かされてミアとギオルは言葉を失っていたが、そんな二人をよそにサヤはシュウに質問をした。
「『メリクリウス』はなくなったのに私みたいな目に遭ってる子供がまだいるんですか?」
確かに『メリクリウス』が壊滅した今奴隷の売買は行われていないが、それ以前に『メリクリウス』が売った奴隷は今もアイギスのどこかで購入者から物同然の扱いを受けている。
『メリクリウス』から押収した帳簿から分かっているだけで今のアイギスには二百人程の奴隷がいるはずで、彼らの中には警察や治安維持局の手で助けられる者もいるがそれらは極めて幸運な例で購入された奴隷のほとんどは買われて二年も持たずに死ぬ。
奴隷を買う人間の中には権力者が多いことに加えて外周部から買われた奴隷は戸籍上は存在しない存在のため治安維持局の奴隷関連の捜査はあまり進んでいないのが現状だった。
奴隷に関する事柄の内ここまでは少し調べれば機構に所属していなくても知ることができる事だったのでシュウは隠すことなく三人に伝えた。
『メリクリウス』からの奴隷の供給が無くなったことを受けて奴隷の購入者の中に奴隷が死なないように気をつける者が出始めたこともシュウは知っていたが、この情報は『妖精女王』を通して知ったものだったので三人には伝えなかった。
「とにかくそういったわけで大人の事情で手が出せない人たちに自首を勧めたり引退してもらったりということを個人的にしてるんです。来月の私の会見までには済ませておきたいので悪いですけど行かせてもらいます」
「は、はい。どうぞ」
シュウが想像以上に緊急かつ重要な活動をしていると知り、ミアはシュウの発言に即答した。
それを受けてシュウが外周部に行く前にクオンのもとに向かおうとしたちょうどその時、隊長会議を開くという放送が聞こえてきた。
シュウの勘では今すぐ邪竜が現れることはないはずだったのでこのタイミングで隊長会議が開かれた理由がシュウには分からなかった。
しかしこの時間ではまだリンシャは機構本部にはおらず、元々クオンのもとに向かうつもりだったこともありシュウは隊長会議に参加するために会議室に向かった。
シュウが会議室に向かう二十分程前、朝食を終えたシンラは自分の部屋で若者向けのファッション誌に目を通していた。
今日は差し迫った用件も無く、三日後にシュウとミアが臨む戦いに関して討伐局としてできることはほとんどない。
一応シュウたちが負けた時に備えて参戦したと見なされない程離れた後方にリクとヴェーダが『リブラ』を率いて待機することになっていたが、討伐局として決めなくてはならないことはこれぐらいだった。
先日シュウが見せたミアの体を使っての戦い振りを見る限り三日後の戦いも心配は不要とシンラは考えていて、今日は比較的穏やかな気持ちで朝を迎えていた。
何度目を通しても理解できないファッション雑誌を漫画などが入っている引き出しに入れた後、シンラは今日の新聞に目を通し始めてすぐにため息をついた。
「また、面倒な事を……」
『ロイヤルアイギス』に載っていたある記事を見てシンラは深々とため息をつき、しばらく悩んだ後で隊長会議を開くことにした。
隊長会議についての放送から三十分程経った頃、セツナ以外の隊長が会議室に集まるとシンラは早朝の招集を謝罪してから隊長たちに今回の会議の議題を説明した。
「もう読んだ人もいるかも知れませんが今朝の『ロイヤルアイギス』に討伐局のリクさんとヴェーダさんの運用方法を批判する記事が掲載されました」
シンラのこの発言を受けてシンラの言った通り既に記事を読んでいた何人かの隊長は納得した様な表情を見せ、討伐局への批判記事に名前が載ったリクとヴェーダは表情を硬くしていた。
「まったく、私たちの仕事の仕方にまで口を出すとか本当に調子乗ってますね」
リクとヴェーダは前線に出ることが少なく、これは機構に多額の寄付をしているリクとヴェーダの両親への配慮だというのが今日の『ロイヤルアイギス』の記事の内容だった。
それをシンラから聞かされたシュウは機構の足を引っ張りたがる自殺志願者の行動に呆れながらリクとヴェーダに話しかけた。
「気にしないで下さいっていうのは無理でしょうけど今は我慢して下さい。来月私が会見することになってるのは知ってますよね?そこでちょっとおもしろいことしようと思ってて準備もしてます。それさえ済めば馬鹿な人たちも大人しくなると思いますから」
「……何する気?」
シュウがおもしろいことを企んでいると聞いた時点で嫌な予感しかしなかったので、アヤネはすぐにシュウに何を企んでいるのか尋ねた。
さすがに会見の場で暴力を振るう程シュウが短絡的だとはアヤネも思っていなかったが、シュウの不敵な笑みを見てアヤネは不安しか感じなかった。
しかしそんなアヤネの質問を受けてもシュウは笑みを崩さず、ただアヤネをはぐらかすだけだった。
「企業秘密です。前にシンラさんたちにも言いましたけど暴れたりはしないから安心して下さい。まあ、大人しく質問受けて終わるつもりも無いですけど」
シュウのこの発言を聞きアヤネ以外の隊長たちも不安を募らせたが、来月のシュウの会見自体は機構としてはどうすることもできずシュウに任せるしかなかった。
そのため隊長たちは結局シュウに何も言えず、そんな中アヴィスは三日後にリクとヴェーダがシュウとミアの後方で待機する予定となっていることに言及した。
「その記事は私も読みました。機構の外部のみなさんに我々の活動が誤解されているのは残念ですが、これに関しては時間をかけて理解してもらうしかないと思います」
リクとヴェーダが後方の控えに回されることが多いのは転移により瞬時に戦力の配置換えが行えるからだ。
これにより他の隊なら二つの隊が必要となる横に広がる布陣を『リブラ』は単独で行うことができるのだが『ロイヤルアイギス』もその程度のことは分かっているはずで、今回の記事もいつもの様に批判することだけが目的の記事だ。
それを考えると丁寧に説明しても時間の無駄で、一応反論する必要はあるが今は三日後のことを決めるのが先だとアヴィスは他の隊長たちに訴えた。
「今すぐに『ロイヤルアイギス』の誤解を解くのは無理でしょうがそれをしない内にリクさんとヴェーダさんを出陣させるとさらに反発されると思います。ですから三日後は私に出陣させてもらえないでしょうか?私なら能力を使えばお二人程うまくはできなくてもある程度は戦線を維持できると思います」
アヴィスのこの提案を聞いた瞬間シュウは驚き、その後すぐにアヴィスの提案に賛同した。
「私は彼の案に賛成です。無駄に相手刺激することないですから彼の言う通り三日後にリクさんとヴェーダさんを出すのは止めておいた方がいいでしょう。隊を二つ出してもいいんですけど正直な話私が負けた時の備えなんて私はいらないと思ってるのでそんな仕事に隊二つも使うのも悪いですから。それに彼がせっかくやる気を見せてくれたんですから断る理由は無いですよ」
「……なるほど。私としても特に反対する理由はありませんが、隊を二つに分けた場合アヴィスさんは離れた場所から召還した邪竜を操れるのですか?」
もしアヴィスが自分の召喚した邪竜もどきを遠隔操作できないならいくら戦線を広げても戦力的に不安な部分ができてしまい意味が無い。
そう考えてのシンラの質問にアヴィスは自信に満ちた表情で答えた。
「召還した邪竜から離れると細かい命令は送れませんが人間以外の相手にだけ攻撃するように指示を与えて離れることは可能です。私が近くにいない場合の小型の邪竜との連携は隊員たちも訓練済みですので、仮にシュウさんたちが突破されても最低限の役目は果たせると思います」
「なるほど、それなら問題無さそうですね。リクさんとヴェーダさんもそれで構いませんか?」
「はい。お任せします」
今回の件で自分たちが何を言っても他の隊長たちの迷惑になると判断したリクはシンラの確認を受けてすぐにうなずき、ヴェーダもそれに同意した。
「さっきも言った通り備え自体は無駄に終わると思いますけど三日後よろしくお願いしますね」
「はい!『創造主』のせいで助けに行けないのが残念ですが後ろのことは心配せずに戦って下さい!」
アヴィスの力強い宣言を受けてシュウは笑顔でうなずき、三日後にシュウとミアの後方で待機する隊が決まった後『ロイヤルアイギス』への対応を決めるために会議室に残ったシンラ、リンドウ、レイナを残して隊長たちは会議室を後にした。
会議室を出てすぐにリクとヴェーダがシュウとアヴィスに謝罪をしてきた。
「今回はご迷惑をかけてすみません」
「詳しくは話してくれませんでしたけど両親と王族の間で何かあったらしくて、そのせいで今回あんな記事が載ったのかも知れません」
リクの謝罪に続く形でヴェーダが自分たちの両親と王族の間に問題が起きたことをシュウとアヴィスに伝えると、アヴィスは驚きながらも二人に気にしないように伝えた。
「お二人の両親と王族の方々の間に何があったかは分かりませんけど今回の件でリクさんとヴェーダさんが謝る必要は無いですよ。まだ頼りないかも知れませんけど私もみなさんと同じ隊長です。少しでも力にならせて下さい」
アヴィスのこの発言を聞きリクとヴェーダはアヴィスに礼を述べ、シュウはアヴィスに感心しながらリクとヴェーダに話しかけた。
「お二人も出ずっぱりは疲れるでしょうから彼の言った通り気にしないで今回はゆっくりしてて下さい。どうせいざとなったらお二人の意見関係無く出陣することになるんですから」
「……はい。お願いします。後僕が言う事じゃないかも知れませんけど来月の会見、無茶はしないで下さいね。今回みたいなことはこれまでもありましたから僕もヴェーダもそんなに気にしてませんし」
リクのこの発言はシュウが無茶をし過ぎないように気を遣ったという面もあったが、リクとヴェーダが今回の『ロイヤルアイギス』の記事をそれ程気にしていないというのも本当のことだった。
それはシュウにも分かっていたがシュウはリクの頼みを聞く気は無かった。
「今回の件リクさんがそれ程気にしてないのは本当でしょうけど、それに単に慣れたからですよね?どうしてこっちが馬鹿な人たちの戯言に慣れないといけないんですか?」
笑顔を消してリクにこう問いかけたシュウを前にしてリクは返事ができず、そんなリクにシュウは笑顔で話しかけた。
「さっきも言いましたけど今回の記事とは関係無く来月の会見のために私なりに準備は進めてきました。悪いですけど私、後輩のためにせっせと準備する程できた人間じゃありません。会見は私の好きにさせてもらいます」
こう言ったシュウが邪竜にとどめを刺す時と同じ笑顔を浮かべているのを見てリクとヴェーダはシュウの説得を諦め、それと同時に当日シュウを相手にする記者たちに同情した。
その後すぐにシュウは三人と別れて待たせていたクオンのもとに向かった。
「お待たせしてすみません。今日もお願いしますね」
「体が元に戻るまでは大人しくしてればいいのに」
体が他人と入れ替わっているという状況下でも外周部での活動を続けようとしているシュウにクオンは呆れ、そんなクオンにシュウはここ最近の一番の悩みを伝えた。
「私もそうしたいのはやまやまなんですけどさっき言った会見の準備もありますし、何より名前忘れましたけど『メリクリウス』の幹部が一人まだ見つかってないので早いところ見つけたいんですよね」
会議前にミアたちに伝えた理由も嘘ではなかったが、シュウはレイナと討伐局の戦力増強について話してから多くの時間を今も逃走中の『メリクリウス』の幹部、トラースの発見に費やしていた。
トラースの足取りは警察と治安維持局はもちろんシュウの情報網でも発見できず、ここ最近ではトラースはどこかで自殺でもしたのではとシュウは考えていた。
しかし仮に生きていた場合遊ばせておくには惜しい人材だったのでシュウは他のいくつかの活動と並行してトラース探しを行っており、シュウからそれを聞いたクオンはシュウにある質問をした。
「その男強いの?」
「まあ、それなりには。具体的に言うとしっかり準備したあなたよりは強いです」
「ふーん。いたら割と便利そう」
自分の強さが隊長としては低いことを自覚しているクオンはトラースが自分より強いと聞いても悔しがったりはせず、そんなクオンを相手にシュウは話を続けた。
「すごく強いというわけではないのでリクさんたちに任せても捕まえるなり殺すなりはできると思います。ただ生け捕りとなるとあの三人じゃ厳しいでしょうから私が行かなくてはいけません」
「ふーん。まあ、がんばって」
徹夜後の眠気覚ましのために出る必要の無い会議に参加しただけのため終始眠そうにしていたクオンに透明化能力を入れてもらった後、シュウは先程の会議の結果できたある頼み事をするために既に『フェンリル』の訓練室にいるはずのガドナーに会いに行った。




