ガールズトーク
ミアと共に自分の部屋を去った一時間後、シュウは機構本部の隣に広がる森の奥でテントを張り、その中でサヤと二人きりで話をしていた。
「で、あなたの母親の話聞きたいって話でしたけど具体的に何を聞きたいんですか?正直話せる程あの人について知ってるわけじゃないですけど」
サヤを納得させるためにこの場を設けたシュウだったがシュウがチャルチィと会ったのはあの日が二度目で、一回目に至ってはチャルチィがすぐに逃げたので会話すらしなかった。
そのためチャルチィについて知りたいなら自分ではなくアヤネに尋ねるべきだとシュウはサヤに伝えたのだが、このシュウの考えを聞きサヤはシュウの考えを否定した。
「別に私の母親の性格とかを知りたいわけじゃないのであなたでいいです。私の母親は強かったですか?」
シュウと話す時にこれまでサヤはチャルチィのことをほとんど話題にしなかったのでシュウはサヤがチャルチィに興味が無いのだろうと考えていた。
シュウ自身も自分の母親に大して興味が無かったためサヤのチャルチィへの興味の無さは特に不思議だとは思っておらず、そのためサヤがチャルチィに興味を持ったことにシュウは少なからず驚いた。
しかし生前のチャルチィの性格は無理でも強さならある程度は語ることができたので、シュウはサヤの質問に答えることにした。
「強かったですよ。強さだけならその日の内に隊長になれるぐらいでした」
「勧誘しようとは思わなかったんですか?」
このサヤの発言を聞き、シュウはサヤがチャルチィを殺したシュウを批判しようとしているのかも知れないと考えた。
もしそうならサヤの行動はシュウにとって予想外なものだったが、あの時のチャルチィへの対応に関して隠す必要があることは何一つ無い。
そう考えたシュウはチャルチィを殺した時のことをサヤに伝えた。
「言い訳に聞こえるかも知れませんけど私結構がんばったんですよ?毒の入った水かけられても我慢して討伐局に入るよう説得して、多少は苦労するだろうけどセツナさんですら隊長やってるんだからあなたたちなら余裕でやり直せる、みたいな説得をしました」
「……どうして私の母親はあなたの説得に応じなかったんでしょうか?」
サヤがこの質問をした途端、これまで特に表情を変えることなくサヤと話していたシュウの表情が変わり、シュウは蔑みと呆れが入り混じった表情で自分の考えをサヤに伝えた。
「私と戦って死んでいった仲間や部下に悪いから自分だけ助かるわけにはいかない、みたいなこと言ってましたね。したこと無いんで分からないですけど誰かのために、とか盛り上がって死ぬのって気持ちいいんでしょうね。一人で勝手に死んでろって感じですけど」
「私の母親のこと嫌いなんですか?」
シュウの不快そうな表情はあまり見た記憶が無かったので心底不快そうにチャルチィの行動を切り捨てたシュウを見てサヤは驚き、そんなサヤを見てシュウはすぐに笑みを浮かべてサヤに謝罪した。
「すみません。私自分に酔ってる死にたがり嫌いなんですこし話し方が汚くなりました。あなたの母親は別に好きでも嫌いでもありません。ああいう馬鹿な人の自殺には何度も突き合わされてきましたから今さら怒ったりはしませんよ。ただまあ、こっちが助けるって言ってるのに特攻してくる人間は本当に何考えてるんだか分かりませんけど」
完全に怒りが消えた様子で呆れた様な表情を浮かべるシュウにサヤはある提案をした。
「ここには私とあなたしかいないんですからいつもの話し方でいいですよ」
先程一瞬だけ怒りを見せた時のシュウの口調を思い出してサヤはこの提案をしたのだが、シュウはサヤの提案を断った。
「気持ちは嬉しいですけど私別に演技のプロってわけじゃないですからね。徹底しとかないとぼろが出そうなんでこの体を使ってる間はこのしゃべり方で通します。……まあ、このしゃべり方注文してきた当の本人はしゃべり方全然変えれてませんけど」
今頃シュウの部屋のベッドで寝ているだろうミアのことを考えながらシュウはため息をつき、もう一人の合宿の参加者、ギオルのことを思い出してサヤにあることを確認した。
「死んだ人たちの話はこれぐらいにしておきましょう。それよりよかったんですか?私なんかと話してて」
「どういう意味ですか?」
今回の合宿中に機会があればシュウとゆっくり話そうとサヤは合宿前から考えていた。
そのため今回の合宿でシュウと話す以上に重要なことなどサヤにはなかったのだが、ここでシュウはサヤが予想もしていなかったことを口にした。
「孫娘さんとはよく遊びに行ってるみたいですけどあの氷使いさんとはこういう機会でもないとなかなか話せないと思いますよ?別に男女で夜遅くまで一緒になんてうるさいこと言う気無いですし、せっかくですからゆっくり話したらどうですか?」
「別にギオルさんとはいつでも話せますからわざわざ今話す必要はありません。……どうしてここでギオルさんが出てくるんですか?」
サヤにとってギオルはただの同僚だったのでシュウの突然の提案をサヤは不思議に思い、そんなサヤの質問を受けてシュウは一瞬返答に困った。
シュウがギオルとサヤの関係に気づいていると伝えるのはさすがにプライベートに踏み込み過ぎだと考えたからだ。
シュウは兄妹と聞いてリクとヴェーダを基準に考えていたがギオルとサヤは年が離れている上にガドナーやリンシャから聞く限りではサヤはギオルに自分たちに血縁関係があるということを伝えていないはずだ。
サヤにはサヤのペースがあるのだろうと考えてシュウは自分が二人の関係に気づいていることは伝えないことにした。
「ガドナーさんたちからあなたたち二人はよく一緒に訓練をしてるって聞いてましたから仲がいいんだろうと思っただけです」
「……ギオルさんとは能力の相性がいいからよく訓練してるだけです」
サヤがわずかながら不機嫌になったのを見てシュウはやはり踏み込み過ぎたかと反省し、そんなシュウを見て自分が不機嫌さを表情に出していることに気づいたサヤは露骨に話題を変えた。
「さっき思ったんですけど私はもう少し周りに気を遣った方がいいんでしょうか?」
ギオルとの相性がいいというサヤのうかつな発言に呆れながらもシュウはサヤの話題転換に乗ることにした。
仕事に支障をきたさない限りプライベートなことにまで踏み込む気は無かったからだ。
「うーん。それに関しては私もあんまり周りに気を遣う方じゃないからあんまり偉そうなことは言えませんね。結局相手次第じゃないですか?クオンさんとか私の境遇知ってて普通に両親の話題とか振ってきますし」
二週間程前にもシュウはクオンから両親がそろそろ孫の顔が見たいとか言ってきて困っているという相談をされていた。
それに対してシュウは媚薬を作ってコウガに盛ればいいと答えたのだが、そんな初めては嫌だとクオンに真面目な顔で返されてしまった。
隙あれば自分の分の洗濯すらシュウにさせようとしてくるクオンと話していると、シュウは自分がクオンから異性だと思われていないのではと考えていた。
自分の助言への返答に余計な情報まで付け加えてきた友人に呆れながらもその日のシュウはクオンの愚痴に付き合ったのだが、シュウもさすがに赤の他人にこの様な真似をされたら不快に思う。
それを踏まえてシュウはサヤに簡単な助言をした。
「相手によって流れで対応変えられれば一番なんですけど今のあなたにはそれは難しいでしょう。だから簡単な方法教えておきます。関係無い人の前で余計なこと言わなければいいんですよ。プライベートな話は人目が無いところでして下さい。ただでさえあなたは他人の興味を引く身の上なんですから」
シュウの指摘を受けてサヤは確かに自分についての個人的な話を人前でし過ぎだったと反省した。
サヤは先程シュウからミアとギオルが困っているという指摘を受けて自分の言動で周囲を不快にしないように気をつけようと考えたのだが、それとは別に周囲から自分への好奇の視線にも気をつけないといけないと気づかされてかなり面倒になった。
「人目を気にするって面倒ですね」
「そうですね。私は割とそういうの気にしない方ですけどこれはこれで面倒事多いですから。でもその内慣れますよ。人間関係を面倒に感じるようになったのもある意味成長ですし、『ネスト』での仕事も前よりはうまくなってるって聞いてます。戦いもそうですけどやってる内に体で覚えますよ」
「なるほど。ところで私の『ネスト』での様子を誰に聞いたんですか?テュールさんですか?」
サヤはシュウがテュールのことを嫌っていると聞いていたがサヤ以外の『ネスト』の店員がシュウと交流があるとは思えなかった。
そのためサヤはシュウの情報源がテュールだと考え、そんなサヤの質問を受けてシュウは一瞬考え込んでからサヤの質問に答えた。
「あの人の性格は気に入りませんけどあの人は色々顔が広いので外周部で何かやろうと思ったら付き合わないわけにはいきません。その時聞いてもいないのにあなたの働き振りとか話してきました。ああいう私他人の幸せ喜んでますって態度がむかつくんですよね」
「……どっちも人助けをしてるんですから仲良くした方がいいと思いますけど」
サヤとしては一般論ではなく個人的にもシュウとテュールには仲良くして欲しかったので一応自分の考えをシュウに伝え、サヤの発言を受けて少し考え込んでからシュウは口を開いた。
「努力はしますけど期待はしないで下さいね。相性ってありますから」
テュールと仲良くなる努力程虚しいことはなかったのでシュウはサヤの発言をあっさり切り捨て、そんなシュウを見てサヤは残念そうにした。
その後も戦い方や今の外周部の状況などについてシュウとサヤは語り合い、日付けが変わって少し経った頃にサヤはシュウのテントを後にした。
サヤを見送った後、シュウはテントの奥に置いてあった箱を開けて一枚の布を取り出した。
見たところシュウが取り出した布は端の部分が縫いかけで、シュウの見立てでは現時点でこのシュウ専用装備作成の進捗状況は四割程だった。
「暇な時やっておかないと終わりませんからね」
そういうとシュウは針を手にして黙々と作業を進めた。
シュウとサヤがテントの中での語らいを始めた頃、ミアはシュウの部屋のベッドに座りながらシュウの腕や脚をしげしげと観察していた。
といってもいかがわしい意図は一切無く、むしろシュウの体のあちこちを見る度にミアは深いため息をついていた。
目の届くところだけでもシュウの体には傷口を縫った跡が五ヶ所あり、小さな傷は数え切れない程あった。
それらの傷を見ながらミアはシュウの生まれ育った境遇について考えていた。
子どもの頃から多くの修羅場を潜り抜けてきた、と言葉にすると簡単だが、自分が同学年の男子たちと隊長ごっこに興じていた小学生の頃にはシュウは既にいくつもの視線を潜り抜けていたのだとシュウの体中の傷口を見てミアは思い知らされた。
その結果が今のシュウの強さだと考えるとシュウには悪いがミアはシュウに純粋に同情はできず、自他共に認める討伐局最強の今のシュウの強さについて考える度に同情と憧れが入り混じった感情を抱かされた。
ミアだって『フェンリル』に入る前からシンラに訓練をつけてもらっていたが、当然シンラは相当手加減をしてミア相手の訓練を行っていただろうから討伐局に入る前の経験という点ではミアはシュウに遠く及ばない。
以前シュウは自分の方が年上なのだから自分がミアより強いのは当たり前だと言っていたが、シュウが今の隊長の中でリク、ヴェーダ、アヴィスに次いで若いという事実がシュウのこの発言を虚しくしていた。
悔しいが才能ではシュウには遠く及ばず、強くなるための環境という意味では幼少期の環境もシュウの方が恵まれていた。
そう考えるとシュウを超えるという自分の目標を達成するためにはこれから先一日だって無駄にはできないとミアは考えていた。
そんな矢先に今回のシュウとの入れ替わりでミアは出鼻をくじかれたがその代わりに自分やシンラ以上に重力操作を使いこなすシュウを見る機会を得ることができた。
せっかくの機会を逃さずにシンラ、そして認めるのはしゃくだがシュウの様な戦場で部下から信頼される隊長を目指すためのきっかけをつかんでみせる。
そう改めて決意したミアは気分を高ぶらせながら眠りについた。




