年長者の意地
「数日だけですから我慢して下さい。第一こんな肩の凝る話し方しているだけでも感謝して欲しいぐらいなんですから。演技なんて柄じゃないですし」
そう言ってシュウは演技がかった動作でシンラ以外の隊長にも視線を向け、その後ミアに視線を向けた。
「私のすごさに驚いてるところ悪いですけど六日後の戦いで正直あなたは足手まとい以外の何物でもありません。私が敵なら間違い無くあなたを狙います。だって私たちのどちらかが死んだらもう片方も死ぬんですから」
自分の発言を受けて表情を硬くしたミアを前にシュウは更に発言を続けた。
「元に戻るまでの間に重力操作の使い方の手本をいくつか見せるつもりではいますけど、まずは『飛燕』の使い方を覚えることに集中して下さい。多少の怪我は大目に見ますからがんばって下さいね」
「……分かってます」
他の能力者と体を入れ替えられても問題無く戦うという芸当はミアにはできないが、六日後のSランクとの戦いにはミアも参加しなくてはならない。
そして数日でミアがシュウの能力に慣れるというのは現実的ではなかったので、当日のミアは戦いの場に行くだけで戦いには参加しないことが決まっていた。
しかし邪竜が自分とシュウが戦っている近くで棒立ちになっているミアを見逃してくれるわけもなかったので、ミアは当日までに『飛燕』の操作を覚えて当日はひたすら逃げることになっていた。
最近ミアは自分なりに強くなっていると実感していたのでこの決定は正直おもしろくなかったが、かといって能力抜きの基本技術だけでSランクの邪竜と戦える程自分が強くないことは分かっていた。
そのためミアは体が元に戻った後まず役に立たないであろう『飛燕』の訓練にも一応やる気は出していたが、それでも六日後に自分が足手まといになるということを何もシンラを含む隊長たちの前で言う必要は無いだろうと考えてシュウをにらみつけた。
先程のシュウの発言はシュウなりに考えがあって行ったもので、何より身の程をわきまえるというのは戦いにおいて実力より大事な事だとシュウは考えていた。
このことはミアを含む『フェンリル』の隊員たちには何度も伝えていたのでシュウは不機嫌そうな表情をしているミアに特に何のフォローも入れず、今日の午後四時に機構本部裏の森に来るようにだけ告げると訓練室を後にした。
シュウがリンドウたちと模擬戦を行ってから三時間程経った頃、『フェンリル』の訓練室ではいつもの様にガドナーによる隊員たちへの訓練が行われていた。
既に訓練が始まってから一時間近くが経っており、本日二回目となるガドナーとの戦いを行っている隊員はギオルとサヤの二人だけだった。
『フェンリル』の訓練でこの二人が最後まで残ることは珍しくなかったが、いつもならここにミアが加わる。
そのためギオルとサヤは二人だけでガドナーと戦い苦戦を強いられていた。
「ほら、どうした、どうした?受けてばかりじゃ勝てないぞ!」
時折自分あるいは相手の影から刃を生やしながら剣で斬りつけてくるガドナーを前にギオルは手も足も出ず、一人では攻撃の糸口すら見出せずにいただろう。
生やす影の刃の数は常に一本だけという手加減をしているガドナー相手にギオルは時間稼ぎを続け、やがてギオルの後ろにいたサヤがギオルに声をかけた。
「大丈夫です!お願いします!」
サヤのこの発言を受けてギオルは足下から氷の槍を生やし、それを見たガドナーは『貪る氷槍』を警戒して即前に出た。
『貪る氷槍』を防ぐとなるとガドナーもかなりの力と意識を割かなくてはならず、他の隊員たちならともかくギオルとサヤ相手にその状況に持ち込まれるのは避けたかったからだ。
ガドナーはシュウから大技を正面から受けるという戦い方は自分がするのでガドナーは隙があれば隊員たちの大技を積極的に妨害するように言われていた。
そのためガドナーは氷の槍を生やしたギオルをサヤと合流する前に倒そうとしたのだが、ガドナーがギオルに斬りかかろうとした瞬間ギオルが突然後方へと移動した。
ギオルの体勢、重心の位置、視線のいずれからもギオルが後退するとは予想できなかったので、ガドナーはギオルのこの移動に一瞬驚いた。
その後ガドナーはすぐにギオルの後ろにいたサヤがギオルを引っ張ったのだと気づいたが、それと同時にある疑問が浮かんだ。
ギオルとサヤが同時に能力を発動しないと『貪る氷槍』は発動できないはずで、ここでギオルを後退させたら『貪る氷槍』は使えなくなる。
正直な話ガドナーにとって『貪る氷槍』以外のギオルとサヤの攻撃は全く脅威ではなく、それは二人も分かっているはずだ。
そのためサヤがギオルを後退させたのを見てガドナーはサヤが『貪る氷槍』の発動を諦めたのかと思ったが、サヤはギオルと入れ替わる形でガドナーの前に飛び出してきた。
血液で創った鎌を持たずに飛び出してきたサヤを見てガドナーは一瞬戸惑ったが、ギオルの残した氷の槍にサヤが手をかざそうとしているのを見て慌ててサヤに攻撃を仕掛けた。
位置的にはサヤを倒すより氷の槍を破壊した方が楽だったのだが、どれだけの氷の槍が残っていればサヤが『貪る氷槍』が発動できるのかがガドナーには分からなかったのでガドナーはサヤの方を倒すことにした。
二人で同時に能力を発動しなくてもサヤはギオルが氷の槍を創ってから五秒以内なら氷の槍を起点に『貪る氷槍』を発動できるようになっていた。
何度か二人で一緒に訓練してようやく使えるようになったこの技術を当然ガドナーは知らなかった。
それにも関わらず瞬時にサヤを妨害しようとしたガドナーにサヤは感心しながらも『貪る氷槍』を発動しようとし、それに対してガドナーは剣の横側でサヤの左わき腹を叩いた。
サヤ相手にただ斬りつけても再生するだけなのでガドナーは剣で叩くという選択肢を取り、打撃への対応がいまいちの今のサヤならこれだけで十分妨害できると考えていた。
実際このガドナーの攻撃はサヤを数メートル吹き飛ばす程の威力を持っていたのだが、ガドナーの間合いに入った時点でサヤが『メリジューヌ』を発動していたためガドナーの攻撃は不発に終わった。
『メリジューヌ』発動中のサヤは他の技は使えず周囲の状況の把握すらおぼつかないと聞いているが、この状況で使うということはサヤはこの欠点も克服しているのだろうとガドナーは判断した。
ガドナーとサヤの実力差を考えるとサヤが体を不定形に変えたところでガドナーは力押しで勝つことができる。
しかし液状化した上に再生能力も持っているサヤを数秒で倒すのはガドナーにも不可能だったので、ガドナーはすぐに後退して『貪る氷槍』を迎撃する態勢に入った。
『貪る氷槍』の面倒な点はギオルとサヤが揃っていれば容易に連発できる点で、いくらガドナーでも『貪る氷槍』を何発もは防げなかった。
影を使った転移を使えば回避は容易だったが、ガドナーは『フェンリル』相手の訓練では転移を使わないようにシュウに言われていた。
そのためガドナーは『貪る氷槍』を防いだ直後にギオルを倒すことを決め、既に迎撃準備を終えたガドナー目掛けてサヤは『貪る氷槍』を発動した。
予想はしていたとはいえサヤが『貪る氷槍』と『メリジューヌ』両方の欠点を改善していたことにガドナーは驚き、それと同時にサヤの支援能力の高さを改めて実感した。
ガドナーはギオル、ミア、サヤのいずれか一人が相手なら能力を使わなくても勝つことができ、ギオルとミア二人が相手でも能力無しで勝てるだろう。
しかしギオルとミアのどちらか一人とサヤが相手となると話は別で、最近はガドナーでも気を抜けないことが多くなっていた。
しかし気が抜けないというのはあくまで手加減が難しいという意味で、現時点ではまだサヤを含む三人はまだガドナーの敵ではなくこの程度で満足されても困る。
そう考えたガドナーは幅二メートル、長さ六メートル程の氷の槍を前にしても特に慌てず、自分の影から影の刃四本を生やして『貪る氷槍』を迎え撃った。
初めの内は質量の関係で『貪る氷槍』がガドナーの影の刃を押していたが、すぐに能力の練度の差が出始めて『貪る氷槍』は五秒と持たずに影の刃に斬り裂かれた。
その後ガドナーはすぐに影の刃を消すと、サヤの影から影の刃を三本生やして血液化を解いていなかったサヤを切り刻んだ。
サヤなら数秒程度では死なないだろうと考えたガドナーはサヤへの攻撃を続けながらギオルのもとに向かい、程無くギオルはガドナーに倒された。
ギオルを倒した後、ガドナーはサヤ相手に発動していた影の刃を消してサヤに話しかけた。
「どうしますか?最後までやるというのなら相手になりますけど」
「……これ以上は血がもったいないので止めておきます」
シュウならサヤが戦えなくなるまで戦いを続けるのだろうが、最近のサヤが前に出るのではなく他の隊員たちの支援を行おうとしていることにガドナーは気づいていた。
実際今日のサヤは他の隊員たちを『ウロボロス』で支援する立ち回りをしており、最後の一人がサヤになった時点でこれ以上戦う必要は無いとガドナーは考えた。
今日の夕方から始まるシュウとの合宿のために血液を残しておきたかったサヤとしても勝ち目の無い戦いを続けたくはなかったので、サヤはガドナーの提案に乗り体を元に戻した。
「じゃあ、サヤさん。今日もお願いします」
「分かりました」
ガドナーに促されたサヤは再び『メリジューヌ』を発動すると室内に散乱した『貪る氷槍』の残骸を飲み込み始めた。
ここ最近の『フェンリル』の訓練ではギオルとサヤは毎回『貪る氷槍』を使うのだが、その後始末は想像以上に大変だった。
残る物がただの氷なら拭くだけでいいのだが『貪る氷槍』はその半分近くがサヤの血液だ。
そのため普通に掃除をすると大変な手間がかかり、それに隊員の誰も気づいていなかった『貪る氷槍』初お披露目の日の翌朝は『フェンリル』の訓練室は見るも無残な姿になっていた。
シュウの創り出した炎で気体となって室内に充満したサヤの血液が訓練室中に付着していたからだ。
それを見て呆然としていた隊員たちを見てサヤが任せて下さいと言い、その後サヤは『メリジューヌ』を発動して訓練室中の血液を吸収して回った。
それを見た多くの隊員が床に落ちた血液を体内に取り込むことの不衛生さなどを指摘したのだが、『貪る氷槍』を使う度に隊員総出で掃除をするわけにもいかないと無表情でサヤに切り捨てられた。
『フェンリル』の訓練の相手役はほとんどガドナーが行い、影の刃で『貪る氷槍』を迎撃すれば天井や壁にサヤの血液が飛び散ることはない。
しかしそれでも巨大な氷塊は残り、まさか隊員に訓練で力を抑えろと言うわけにもいかなかったので、サヤ本人が問題視していなかったこともあり『貪る氷槍』の後始末はサヤに一任されていた。
『メリジューヌ』を使い訓練室の掃除をしているサヤを見ながらガドナーは今後の『フェンリル』の訓練について考えていた。
以前二人で話した時シュウも言っていたが、ここ最近のギオルとミアの成長は目覚ましく、総合力ではこの二人に劣るがサヤも他の隊員たちよりは頭一つ以上抜けている。
特にギオルは実力が近い同僚ができたせいか付き合いの長いガドナーですら驚く程の成長を見せていた。
今日から行われるシュウ直々の合宿の内容次第では三人共更に成長し、そうなるとガドナーもそろそろ不覚を取りかねなかった。
今年で三十四歳のガドナーがこれから能力者として成長するのは難しく、成長著しい部下たちの相手はどんどん厳しくなっていくだろう。
しかしガドナーの上司はその様な泣き言を聞き入れてくれる人物ではなかったので、ガドナーががんばるしかなかった。
妻に断って自分の訓練の時間を増やそうと考えながらガドナーは明日からシュウにしごかれるギオルとサヤに同情した。
サヤが訓練室の掃除を行っている中、ギオルは他の隊員たちから今日から始まるシュウ直々の数日間の訓練に関して激励を受けていた。
「とりあえず生きて帰って来い。いつでも逃げて来ていいからな」
「サヤさん割と平気で特攻するから気をつけてやれよ」
シュウに数日に渡って訓練をつけてもらえるという状況に置かれたギオルに対する隊員たちの視線に嫉妬や羨望や全く込もっておらず、まるで死地に向かう知り合いに向ける様な表情をギオルに向けている隊員までいた。
からかいと心配が入り混じった表情を浮かべる同僚たちを見てギオルは不敵に笑った。
「ま、精々がんばるさ。さすがに殺されはしないだろうし、新技の一つも覚えて帰って来るつもりだ」
今回の合宿に参加するに当たりギオルはシュウとミアの現状を聞いており、サヤからこの事実を聞いた時は本当に驚いた。
しかし一週間後にシュウがSランクの邪竜を倒せば二人は元に戻ると聞いたギオルはすぐにシュウたちに心配は不要だと考え、そうなると今回の合宿は純粋にギオルにとって強くなる好機だった。
もちろん恐怖や不安もあるものの十歳以上年下のミアやサヤに追いつかれそうになって焦っていたところに得たこの機会を必ずものにしてみせるとギオルは周囲が思っている以上に今回の合宿に闘志を燃やしていた。




