『魔装』の真価
リンドウとアヤネが立て続けにシュウにやられた直後、シュウはこれ見よがしにブラックホールを創ってリクとヴェーダに話しかけた。
「あなたたちの考えてる通り、このブラックホールは転移を防げます。本当はこれでどちらか一人を倒そうと思ってたんですけど、代わりにやられた上司に感謝するんですね」
それだけ言うとシュウは斧を手にリクへと近づき、それを受けてリクとヴェーダは正面からシュウとぶつかることにした。
リンドウとアヤネがやられた時点で攪乱の必要性が下がり、この状況で魔力の消費が大きい転移を多用してもシュウ相手では意味が無いと判断したからだ。
戦況の変化に即対応した後輩たちを見てシュウは嬉しく思うと同時にこれからが本番だと後輩たちを前に気を引き締めた。
一方リクとヴェーダは最初の方こそシュウがミアの見た目をしていることに戸惑っていたが、敵の数が少なくなって意識を集中できるようになったシュウの攻撃を受けて徐々に本気を出し始めていた。
リクがシュウの頭に薙刀を振り降ろしたかと思った次の瞬間にはリクの持つ薙刀の柄が下からシュウの右わき腹に迫り、このリクのフェイントは傍から見ていた他の隊長たちの中にも気づけなかった者がいる程見事なものだった。
結局この攻撃もシュウには通用しなかったがさすがに斧での防御は間に合わず、シュウはリクの振り上げた薙刀を踏みつけることで防いだ。
シュウに踏みつけられたことでリクの薙刀の柄は床にめり込み、それを見てシュウはリクとヴェーダの取れる選択肢を瞬時に考えた。
現在ヴェーダはシュウとリクから離れた場所にいたが、先程シュウがあえて伝えた通り今のシュウはブラックホールで転移による逃走を阻害できる。
もっとも並の転移能力持ちならともかくリクとヴェーダならシュウが先程アヤネ相手に使ったブラックホール程度なら数メートル離れるだけで影響を無視できる。
そのためリクは薙刀さえ捨てればシュウから逃げることができ、それはリクとヴェーダも気づいているだろう。
シュウはその気になればもっと大きなブラックホールも創れたが、手加減し損ねる可能性があるので先程アヤネに使った以上の大きさのブラックホールは再生能力を持っていないリクとヴェーダには使いたくなかった。
また転移能力持ち二人を追うのは面倒だというだけでなく転移による安易な逃走は二人の成長を妨げるとシュウは考えていたため、リクにこの状況で転移して逃げるという選択肢を取って欲しくはなかった。
この考えは二人にも伝えていたのでシュウは二人の出方を期待しながらリク目掛けて斧を振るった。
今回はクオンとアヤネが近くにいるので死にさえしなければ問題無いため、シュウはリクでは防御不可能な威力の攻撃を繰り出した。
自分の向かって右から斧が迫り来る中、リクは転移での逃走を選ばずにシュウに攻撃を仕掛けた。
薙刀を手放してすぐにリクはシュウに殴りかかろうとしたが、リクの拳が届くよりもシュウの斧がリクを斬り裂くのが早いのは誰の目にも明らかだった。
しかしリクの前に転移したヴェーダがシュウの斧の柄を受け止めたことでリクは難を逃れ、その後更にヴェーダの前に転移してシュウの胴体に拳を叩き込もうとした。
斧を振ることに両手を使っている状態でこの不意打ちを受けてはシュウも完璧な抵抗はできないだろう。
シュウが斧を手放した場合はヴェーダが斧を遠くに弾き飛ばしてから二対一に持ち込めばいいだけで、既にこの場合の手順をリクとヴェーダはテレパシーで確認済みだった。
リクもヴェーダも最終的に自分たち二人がシュウに負けることは分かっていた。
しかしシンラには悪いが今のシュウはアイギスで一番強い重力使いで、そんな相手と訓練を行えるという好機に半端な戦いをする気は二人には無かった。
少しでも多くのことをこの戦いで掴み、そしてシュウに自分たちの成長を見せる。
そう考えて最後の勝負に出たリクとヴェーダを前にシュウは嬉しそうな笑みを浮かべた。
「この状況で逃げなかったことはほめてあげます。お礼におもしろいものを見せてあげますね」
シュウはそう言うと斧を手放したのだが、その後起こったことに斧を受け止めていたヴェーダは驚いた。
シュウが手放したにも関わらず斧がまるで推進力を持っているかの様に動き出したからだ。
斧の勢いはヴェーダを動かす程とまではいかなかったが、それでも少しでも力を抜くとヴェーダは後ろに追いやられてしまいそうだった。
(ヴェーダ!どうしたの?)
リクからすればヴェーダが宙に浮いた斧相手にパントマイムをしている様にしか見えなかったのでリクはヴェーダに現状を確認し、リクのテレパシーを受けてヴェーダは斧との押し合いを強いられている現状を伝えた。
(どうやってるのか分からないけど斧がすごい力で押してくる!少しでも力抜いたらそのままやられちゃいそう!転移もできない!)
シュウの仕業なことは明白だったが何をどうすれば重力操作で斧を遠隔操作できるのか分からず混乱したリクにシュウの声が届いた。
「私との戦いの途中で考え事とは余裕ですね。あの斧あんまり長くは持たないんでさっさと終わらせますね」
そう言うとシュウは『魔装』を発動しての高速移動でリクに接近してリクの顔面に掌底を叩き込もうとしたのだが、今回も高速移動の制御に失敗してリクの正面から少しずれた場所に止まってしまった。
自分がここまで高速移動の制御に手間取るとは思っておらず、シュウはため息をつきながらリクのあごに裏拳を食らわせてリクの意識を奪った。
その後すぐにシュウがヴェーダに視線を向けるとヴェーダの足下には斧が転がっており、ヴェーダは闘志を感じさせる視線をシュウに向けていた。
「今のは一体どうやったんですか?」
シュウがただ空中に手放したとしか思えない斧相手に数秒間全力の押し合いをさせられ、ヴェーダは今も斧を警戒しながらシュウに何をしたのかを尋ねた。
シュウはそんなヴェーダの反応を見て穏やかな笑みを浮かべた。
「まだ訓練は終わっていないのでネタばらしは後にしましょう。そんなに心配しなくてももうその斧は動きませんよ」
シュウがこう言ってもヴェーダは斧への警戒を止めなかったが、シュウはこのヴェーダの反応には何も言わずに話を進めた。
「思ったより高速移動って難しいですね。また失敗しても嫌ですし、高速移動ばっかり使うのも芸が無いので今度はゆっくりいきます」
そう言うとシュウは『魔装』を発動しながら宣言通りヴェーダ目掛けてゆっくりと歩き出した。
「できればリクさんのところには転移しないでもらえると助かります。それをされるとリクさんに乱暴なことしないといけなくなるので」
このシュウの発言を受けてヴェーダは一瞬シュウの後ろに倒れているリクに視線を向け、その後すぐにシュウに正面からぶつかることを決めた。
この状況ならシュウは攻撃をよけないだろうという楽観的な予想を前提にヴェーダは大剣を上段に構え、シュウが二歩目を踏み出す前に自分からシュウに近づいた。
そんなヴェーダを前にしてもシュウは歩みを早めることなく進み、程無くヴェーダの振り降ろした大剣がシュウの左肩に命中した。
正面から放った自分の攻撃がシュウに通用するとはヴェーダも考えておらず、自分の攻撃がシュウの『魔装』で防がれたのを見てもヴェーダは特に慌てたりはしなかった。
お互い武器を持っている状態ならともかくシュウが素手なら今の自分にも少しは勝機があるはずだとヴェーダは考えていて、シュウの魔力が切れるまで小細工無しでひたすらシュウに攻撃を叩き込むつもりだった。
『魔装』の連続使用でシュウの魔力が切れるのが先か自分がシュウの攻撃を受けるのが先か。
そう考えながら次の攻撃の手順を考えていたヴェーダは、『魔装』が防御用の技だという自分の勘違いを身をもって思い知らされることになった。
シュウに振り降ろした大剣をヴェーダが持ち上げようとした瞬間、ヴェーダの大剣はまるで天井に引き寄せられる様な動きを見せ、それに引きずられる形でヴェーダも体勢を崩してしまった。
大剣の勢いはすさまじくヴェーダが慌てて手を離した次の瞬間には大剣は天井に突き刺さっていた。
何とか大剣と一緒に打ち上げられることだけは避けたヴェーダだったが両腕が上がったことでできた隙はシュウ相手には致命的で、それを逃さずシュウはヴェーダの腹部に手のひらを当てようとした。
シュウのこの行動は掌底と表現するにはあまりに緩やかな動きで、ヴェーダはシュウの意図こそ分からなかったものの危険を感じてリクのもとに転移しようとした。
転移してすぐに他の隊長たちにリクを預ければリクがシュウに何かされることもないだろうとヴェーダは考えていたのだが、ヴェーダのその考えは甘かった。
そもそもリクのもとへの転移自体ができなかったからだ。
「なっ?」
先程斧と押し合いをしていた時同様に転移ができない状況にヴェーダは困惑し、そんなヴェーダの耳にシュウの声が届いた。
「驚いてる暇があったら魔力高めた方がいいですよ。今からすごく痛いですから」
そう言ってシュウがヴェーダの腹部に触れると次の瞬間にはヴェーダは高速で吹き飛ばされて壁に激突し、壁にひびが入る程の勢いで壁にぶつかったにも関わらずヴェーダは何とか意識を保っていた。
「すごいですね。まさか私に横向きの重力をかけるなんて。しかもあんな威力で……」
シュウに軽く触れられたと思った次の瞬間には吹き飛ばされていたヴェーダは自分の身で受けたこともありシュウの先程の攻撃の正体を正確に把握していた。
能力者が創り出した物に他者が能力で干渉するのは難しく、対象が能力者となると干渉の難易度は更に跳ね上がる。
それにも関わらず自分とその周囲の重力をあっさりと操作してみせたシュウにヴェーダは驚かされた。
一方のシュウはヴェーダが何をされたか理解していたこと自体には驚いていなかったが、自分の先程の攻撃を食らってヴェーダが意識を保っていることには驚いていた。
「今の食らって気絶してないのは結構ショックですね。割と本気でやったんですけど」
シュウのこの発言を聞きヴェーダは黙り込み、それを見て模擬戦の決着はついたと判断したシンラがシュウに話しかけた。
「すごいですね。ヴェーダさんにあれだけの重力をかけるなんて。それも『魔装』の効果ですか?」
シンラもやろうと思えば先程のシュウの様に横向きの重力をかけて能力者を吹き飛ばすことはできる。
しかし相手が隊長クラスとなると相手を吹き飛ばすのにシンラなら数秒は必要で、かかる手間を考えてシンラが普段相手への攻撃手段として加重を行う時は下向きのものしか使用しない。
しかし先程のシュウはシュウの攻撃をはっきりと認識していたヴェーダをいとも簡単に吹き飛ばした。
仮にシュウの能力の出力がシンラの数倍でも先程の様にはいかないはずなので、先程のシュウの能力の異常とも言える出力の原因が『魔装』なのではとシンラは考えた。
『魔装』の効果自体は別に隠すことでもなかったので、シュウはシンラの質問に素直に答えた。
「はい。そうですよ。『魔装』はもちろん防御力も上がりますけど、一番のメリットは能力の威力と精度が上がることですから。コウガさんもやろうと思えば色々できますよね?」
「……お前の様に出し物をするつもりはないがな。邪竜を倒せればそれで十分だろう」
突然シュウに話を振られたコウガは不機嫌そうな表情をしながらもシュウの発言自体は否定しなかった。
「あんたたち二人と『妖精女王』しか使えない『魔装』の仕様をさも当然みたいに言われても困るけど、ヴェーダが斧と押し合いしてたのもその精度アップとやらのおかげなわけ?」
アヤネのこの質問を受けてシュウは少し驚いた様子だった。
「あれはシンラさんも時々やってますよね?物は割と簡単に操れますから」
そう言ってシュウは浮き上がると天井に刺さっていたヴェーダの大剣を引き抜き、それをアヤネに投げつけた。
大剣を引き抜いた直後のシュウの笑顔を見てアヤネはシュウが何をするつもりか予想していた。
そのためアヤネは回転しながら落下してくる大剣を余裕を持って回避したのだが、シュウの投げた大剣は空中で軌道を変えてアヤネに襲い掛かった。
シュウの手元から離れた後で大剣が軌道を変えたことにはアヤネも驚いたが、この大剣自体はただ高速で飛来しているだけだったのでアヤネが正面から受け止めるとあっさりと勢いを失い床に落ちた。
「自由自在とはいきませんけど十秒ぐらいなら操れますし、重力纏わせて転移を防ぐこともできます。あれ、どうしたんですか?物飛ばすのも転移防ぐのもシンラさんできますよね?」
「はい。一応は……」
シュウの言う通りシンラは触れた物を飛ばしての攻撃も自分の周囲での転移阻害も行える。
しかし転移の阻害はともかく飛ばした物を手元から離れた後で操作するのはシンラにはできない芸当だったので、シュウの投げた大剣が当たり前の様に空中で軌道を変えたことにシンラは衝撃を受けていた。
もちろんシュウの技量もあってこそだとは思うが、『魔装』というのはここまで能力の精度を上げるのかとシンラは驚かずにはいられなかった。




