勧誘
王歴百九十七年九月、討伐局は一つの話題で持ち切りだった。
邪竜の出現予報に従い討伐局の局員が現場に駆けつけると、誰かが先回りして邪竜を倒しているということがすでに三回も起きていたのだ。
しかもその内二回はAランク数体が倒されており、現場から立ち去る集団の目撃証言が無かったことから単独、あるいは少数で一連の邪竜討伐は行われていると機構は判断していた。
明らかに隊長に匹敵する力を持つ正体不明の能力者の行動に機構の幹部たちは頭を抱えた。
もちろん邪竜を倒すことは犯罪ではない。
しかしこうも続くと討伐局としても放置はできないため、四度目の現場を押さえるべく監視の目を強化していた。
そしてようやくアイギス郊外で監視を行っていた討伐局の局員が正体不明の能力者の姿を捉えた。
今回も手早く邪竜数体を仕留めた少年、シュウは急いで現場を離れようとしていた。
しかし数歩も進まない内に自分の影を見下ろすと、シュウは面倒そうな表情を浮かべた。
「おい、いるのは分かってる。五秒以内に出てこなかったら影ごと斬るぞ」
そう言ってシュウが刀に手をかけるのに合わせ、シュウの影から一人の男が現れた。
討伐局の制服に身を包んだ男、ガドナーは両手を挙げて戦う意思が無いことを示しながらシュウに話しかけた。
「待って下さい。戦いに来たわけではありません。話を聞いてもらえませんか?」
「言うだけ言ってみな」
警戒を全く解く気配が無いシュウを前にガドナーは口を開いた。
「あなたは討伐局に所属していませんね?もしよかったら討伐局に、」
「入る気は無い。よし、これで話終わりな。じゃ」
取り付く島もなく立ち去ろうとするシュウをガドナーは止めようとした。
「待って下さい。まだ話は、」
シュウを説得しようとしたガドナーの発言は、シュウがガドナーに斬りかかったことで中断させられた。
シュウが腰に差した四本の刀の内一本を抜き仕掛けた攻撃をガドナーは何とか防ぐことができた。
しかし今のシュウの攻撃はガドナーの防御が間に合わなければ間違い無く致命傷を負わせるもので、そんな攻撃をためらうことなく繰り出してきた少年にガドナーは恐怖を抱いた。
「うぜぇな。こっちはもう話すことなんてねぇよ。これが最後だ。次に止めようとしたら殺す」
自分の半分程の歳の少年の剣幕に引き下がりそうになったガドナーだったが、ガドナーも仕事で来ている以上そう簡単には引き下がれなかった。
何とか自分の上司が来るまでは目の前の少年を足止めしなくてはならない。
そう決意したガドナーを見て、シュウもガドナーに退く気が無いことを悟ったのだろう。
シュウは何も言わずに攻撃を再開した。
先程と同じ右肩から袈裟懸けに斬り裂こうとするシュウの攻撃を防いだガドナーだったが、シュウの攻撃はそれで終わりではなかった。
先程のシュウの攻撃にガドナーを殺す意図はそれ程無かった。
しかし相手を殺すと決めたシュウの攻撃は、熾烈を極めるものだった。
シュウが受け止められた刀を引いたと思った次の瞬間には、ガドナーの顔目掛けて突きが繰り出された。
それをとっさに回避したガドナーだったが、またすぐにガドナーの右から刀が迫った。
それをかがんでよけたと思ったら続いて左下から追撃が繰り出された。
今度は回避が間に合わず剣で防いだガドナーだったが、一息つく間も無く繰り出されたシュウの刀がガドナーの左肩を貫いた。
「ぐっ…」
自分以外の魔力を帯びた刀に肩を貫かれて激痛が走ったが、ここで動きを止めたら死ぬと直感したガドナーは肩の痛みを無視して後退しようとした。
しかし刀が抜け切る前にシュウが振り下ろした刀がガドナーの左腕を大きく斬り裂き、その痛みにガドナーは動きを止めてしまった。
そこにシュウが斬りかかり、わずか数度の攻防でガドナーは剣を弾かれてしまった。
ガドナーの影を使った転移は、発動中に影に攻撃をされるとガドナーは無防備な状態で攻撃を受けることになる。
そのため体格が圧倒的に違う邪竜相手ならともかく、人間が相手の場合は相手が相当格下でなければ逃走には不向きだった。
目の前の少年相手では時間稼ぎになるかも怪しいが、こうなったら切り札を切るしかない。
そう決意したガドナーにシュウが斬りかかり、ガドナーがそれを迎え討とうとしたその時、シュウがいきなり後ろに飛んだためガドナーはその隙に自分の影に逃げ込んだ。
「ちっ、まあ一人で来てるわけねぇか」
そうぼやいたシュウは、誰もいない遠方に視線を向けた。
先程シュウがガドナーへの攻撃を中断したのは、攻撃、おそらく魔力の弾丸が飛んできたからだった。
威力そのものは大したことはなかったが、急に飛んできた攻撃に対してとっさに回避行動を取ってしまった。
おかげで転移能力持ちの敵を逃がすという失態を犯したシュウは、忌々し気に狙撃手のいるであろう方角に視線を向けた。
とはいえすぐに見つかる程近くに狙撃手がいるわけもないので、狙撃手を見つけ出すのは無理だろう。
先程の男については今度間合いに入ったら警告無しで斬るつもりなので特に問題は無い。
これ以上の増援はさすがに面倒だったので、すぐに外周部に逃げ込もう。
そう考えて移動しようとしたシュウだったが、突然動きを止めるとぎこちない動きで上空に視線を向けた。
並の能力者ならよくて骨折という威力の重力増大に耐えつつ、シュウが見上げた先には討伐局の制服を着た老人、シンラがいた。
「また別のが来やがった。めんどくせぇな」
ここに来る前の邪竜戦に続き、影使いの剣士、狙撃手、そして重力使いの老人と立て続けに相手にすることになったシュウは、暇つぶしで邪竜退治を始めたことを後悔し始めていた。
しばらくは大人しくしておこう。
そう考えていたシュウにシンラが上空から声をかけてきた。
「いきなり攻撃をしたことは謝ります。このままでは逃げられてしまいそうだったもので」
そう言うとシンラは、重力増大によるシュウへの束縛を解除した。
「構わねぇさ。別に試合してるわけじゃねぇんだから。とはいえ、こう次から次に来られると、さすがにうぜぇかな」
「先程私の部下からも聞いたと思うのですが、討伐局に入ってもらえませんか?いくらあなたが強くても、私を含む討伐局全体を相手にしては勝ち目は無いと思いますが…」
「その件ならさっき断った。仲良しこよしってのが苦手でね。後脅してるつもりなのかも知れねぇけど、大勢の雑魚相手にするのは慣れてるからやろうってなら相手になるぜ?」
シンラの恫喝と言われてもしかたない発言を聞いても、シュウに動じた様子は見られなかった。
それどころかさぞ名案とばかりにシンラにある提案をしてきた。
「とはいえ雑魚いたぶるのは趣味じゃ、あ、雑魚いたぶるで思い出した。人手不足なら街に逃げ込んだ奴が一人いるから、そいつ勧誘しな」
「…もしかして毒使いのことですか?」
「なんだ、知ってたのか?そいつも俺と同じぐらい強いから、そいつで我慢しとけ」
自分が殺そうとしたらすぐに逃げの一手を打ったセツナの顔を思い出しながらシュウがした提案は、シンラに即否定された。
「残念ですが彼は殺人の罪で捕まったので、さすがに彼を隊長にするのは無理です」
「あの馬鹿…」
シュウとの戦いで百人以上の人間を巻き込んで一週間も経っていない内のセツナの凶行を聞き、シュウはさすがに呆れた。
しかしシンラの発言に一つ気になったことがあったので、シュウはすぐに問いただした。
「捕まえた?殺したじゃなくてか?」
ここで初めてシュウの表情に大きな変化があった。自分と同等の強さを持つセツナが捕まったと聞き、驚いているようだった。
「はい。私の同僚が捕まえました」
「へぇ、あいつを殺したならまだしも捕まえたのか。へぇ」
シンラの説明を聞いたシュウの敵意がわずかながら薄れたことを感じ取ったシンラは、改めてシュウへの説得を試みた。
「討伐局に来ていただければ紹介しますが?」
「興味はあるが遠慮しとく。そもそもあんたの態度が人にもの頼む態度じゃねぇよ。はなから相手見下ろしやがって」
今もシュウの数メートル上から話しかけてくるシンラ相手に、シュウは殺気のこもった視線を飛ばした。
そんなシュウに対し、シンラは非礼を認めながらも地上に降りようとはしなかった。
「この様な形で話をしていることはお詫びします。しかし私が地上に降りたら、あなた私に斬りかかりますよね?」
「人聞きが悪いこと言うなよ。さっきの攻撃のお礼するだけだ」
シンラの質問を受け、シュウは獰猛な笑みを浮かべながら刀に手を伸ばした。
そのシュウの様子を見て、シンラはようやく話し合いでの決着をあきらめた。
「ではこうしませんか?今から私とあなたで勝負をして、私が勝ったらあなたが討伐局に入り、あなたが勝ったら私があきらめます」
シンラのこの提案を聞き、シュウは苦笑いを浮かべた。
「びっくりするぐらい俺にメリットがねぇな。ったく隊長様ってのは、どいつもこいつもお高くとまってやがる」
数年前に戦ったある隊長のことを思い出しながらシュウは、シンラに毒づいた。
しかしシュウとしても討伐局全体を相手にするのはできれば避けたいので、シンラの提案は渡りに船だった。
「嫌って言っても聞かないだろうしな、いいぞ。ただし一対一だ。これ以上増援が来るようなら、即逃げるからな」
「それはご心配無く。私としても一対一であなたの力を見たいので。ところでお名前を聞いてもいいですか?」
「あんたと違って有名人じゃねぇから言っても無駄だと思うけど、シュウだ。でも覚えなくていいぞ。そんなに長い付き合いにはならないだろうしな」
シュウの言う通り、外周部の事情に詳しくないシンラは、シュウの名前を聞いても特に思い当たることはなかった。
しかしレイナが捕まえた毒使いや目の前のシュウを見る限り、外周部には予想以上に人材が眠っているようだ。
これからは外周部での人材探しにも力をいれる必要があると考えながらも、シンラはすぐにシュウへと視線を戻した。
「いえ、これから同僚として一緒に働くことになるのですからしっかり覚えておきます。ところでなぜ刀を四本も装備しているのですか?」
アイギスでは珍しい武器、刀を四本も装備しているシュウの姿は、シンラの眼にはとても奇異に映った。
二刀流というわけでもなさそうだし、予備にしても刀三本は多過ぎる。
そう思ったシンラのふとした疑問が口に出たのだが、シュウはその質問には答えずに不敵に笑うだけだった。
「戦えば分かるさ。その後であんたが生きてるかまでは、保証できないけどな」
そう言うと同時に、シュウは一気に跳び上がった。
地上のシュウとそれを上空から見下ろすシンラの間には数メートルの距離があったが、能力者なら一回の跳躍で詰めれる距離だった。
当然シュウはシンラを間合いに収めた時点で斬るつもりで、すでに刀を抜いていた。
一方のシンラもそれを黙って見てはいなかった。
シンラは自身の代名詞とも呼べる技、重力球を二十個創り出してシュウ目掛けて撃ち出した。
すでに空中に跳び上がったシュウにそれを回避することはできず、刀で全て迎撃できるような数でもなかった。
さすがにこれで決着といかなくても、シュウにかなりのダメージを与えられるはずだとシンラは考えていた。
シュウが刀を遠隔操作する能力者だと考えていたシンラは、自分の予想が外れながらも自分に優位に戦いが進んだことに安堵した。
しかしそれはとんだ勘違いだった。
重力球二十発が迫り来る中、シュウは自分の前の何も無い空間に刀を走らせた。
一体何をしているのかとシンラが不思議に思った次の瞬間には、シンラの耳に重力球と何かが衝突する音が届き、音の発生源である空間がゆがんでいた。
何が起こったか理解できなかったシンラが地上に視線を向けると、そこには無傷のシュウがいた。重力球二十発というのは、Bランクの邪竜すら倒せる攻撃だ。
もちろんある程度散らして撃ったので、シュウは二十発全てを迎撃したわけではない。
しかしそれでも七、八発はシュウに命中したはずで、それにも関わらずシュウは無傷だった。
刀を一本折ったことがシンラの唯一の戦果だったが、あれだけの重力球を撃ってそれだけでは割に合わなかった。
シンラの魔力も無限ではなく、若い頃に比べると減っている。レイナと同等の防御能力を持った相手との戦いとなると、長期戦になり厳しくなる。
自分が勝つことを前提にして動いていたシンラは、ここでようやく気を引き締めた。




