成長の手応え
『空虚な新星』を邪竜に向けて放った後、サヤはすぐに『飛燕』を使って邪竜と距離を取った。
邪竜から離れるサヤの後ろではサヤが創り出した黒い球体が人間の徒歩並の緩やかな速度で邪竜に近づき、邪竜の体に触れた途端球体はその輪郭を崩して邪竜の体を取り込み始めた。
『空虚な新星』は小型のブラックホールを創り出す技だ。
球体の制作と制御を行うサヤは当然ながらシンラの様にブラックホールから能力で身を守ることなどできないので、球体がすぐに効果を発動しないように制御する必要がある。
『空虚な新星』を発動した時点でミアの重力球の勢いはほとんど失われてしまい、サヤには能力を遠くに飛ばすことはできない。
そのためこの球体の移動速度は大変遅く、今回の様に標的が止まっていないとまず当たらなかった。
その上『空虚な新星』によって創られたブラックホールはシンラのものと比べて吸引力が小さく対象に触れなくては吸い込めないなど課題が山積みだったが、それでも威力だけならAランクの邪竜と変わらない今回の邪竜に十分通用した。
墜落の衝撃から立ち直り飛び立とうとしていた邪竜の左肩と腹部にそれぞれ球体は当たり、突然動きが封じられた上に次々に自分の体が消滅していくことに邪竜は驚いた。
『空虚な新星』によって創り出された球体はとても不安定なので、Bランク以上の邪竜の火炎放射はもちろん突風攻撃を受けただけでも球体は形を保てなくなる。
そのため正面から球体が近づいて来たのなら邪竜は容易に『空虚な新星』に対応でき、体の一部を失うだけで戦いを続けられただろう。
しかし『空虚な新星』は威力そのものはシュウやコウガたちの域に届く技だったので、サヤたちが『空虚な新星』を必中させる用意をしていた時点で勝負はついていた。
そのため『空虚な新星』により創り出された球体に対して邪竜も必死に抵抗したものの、やがて邪竜は体のほとんどを球体に吸い尽くされて戦闘不能となった。
「……これ当たりどころが悪かったら倒せませんでしたね」
『空虚な新星』で創り出した球体が消えてしばらくしてから邪竜の様子を見に戻って来たサヤは、首だけとなり蛇の様に這っている邪竜を見て不満そうにしていた。
サヤは今回『空虚な新星』を使うにあたり球体の制御に失敗して攻撃を外すか自分が巻き込まれる可能性は考えていたが、『空虚な新星』が命中すれば邪竜を倒すことは容易だと考えていた。
しかし実際は邪竜の首はほぼ無傷で残っており、『空虚な新星』の命中場所が少しでもずれていたら邪竜は倒し切れなかったかも知れない。
ミアと開発していた切り札を使ったにも関わらずのこの体たらくにサヤは不快感を抑えられず、どうせダメージは与えられないだろうが腹いせに残った邪竜の首に攻撃でもしてやろうかとサヤが考えていると上からミアの声が聞こえてきた。
「えぇ、『空虚な新星』で倒し切れなかったんですか?……どうします、これ?」
『瞬刃』で斬り裂かれた空間を壊しながら『空虚な新星』が発動したのを見ていたミアは自分たちの切り札で邪竜は倒されていると考えていた。
そのため首だけになったとはいえ今も動いている邪竜を見てミアは驚き、そんなミアにサヤは心配無いと伝えた。
「首の根元から少しずつですけど消えていってるので放っておけばその内消えると思います。私は血があんまり残ってないのでもう『空虚な新星』は使えませんし」
「そうですか。安心しました。私たちじゃこの状態の邪竜も倒せませんしね」
サヤの発言を聞きミアは邪竜の首の根元に視線を向け、サヤの言う通り邪竜が徐々に消えているのを確認して安堵した。
とはいえ自分たちが目の前の消えかけの邪竜すら倒せないという事実にミアは敗北感を覚え、サヤ同様不満気そう表情を浮かべた。
そんなミアの表情を見てサヤは慰めの言葉をかけようと思ったが、それより先にシュウと合流するべきだと考えた。
『瞬刃』発動直後のためシュウは『飛燕』での移動が不可能なので、サヤたちの方から向かわないと合流が遅くなってしまう。
そう考えてサヤはミアに話しかけた。
「とりあえずシュウ隊長と合流しませんか?消えかけの邪竜に巻き込まれて怪我をするのも嫌ですし」
「そうですね。どうやって帰るかも考えないといけませんし」
地上に降りる途中ミアは何度か機構本部にいるはずのガドナーたちに連絡を取ろうとしたのだが結局繋がらなかった。
現在位置が分からない以上適当に動き回るわけにもいかず、戦闘に関係無いことでシュウが当てになるとは思えないが一度シュウも交えて今後のことを相談する必要がある。
そう考えたミアはサヤと共にシュウのもとへ向かった。
一方『瞬刃』で魔力を使い果たしたシュウは徒歩でミア、サヤのもとに向かっており、その道中『空虚な新星』を見た感想をつぶやいていた。
「ったく、あいつら基礎すっ飛ばして大技ばっかり作りやがって。地味子はともかく孫娘はまじで隊長になる気あるのか?」
Sランクの邪竜に勝つことを求められている隊長にとって毎回切り札を使って勝利することはあまり望ましいことではない。
Sランクの邪竜の能力次第では切り札が通用しないことがあり、その場合切り札が通用しなかったから勝てませんでしたでは話にならないからだ。
切り札というのはきちんとした基礎ができた上での手札の一つであるべきで、切り札ばかりに頼って基礎をおろそかにしてはある時あっさりやられる。
『時間加速』が通用しない相手には手も足も出ないアヤネがいい例で、シュウは身の丈に合っていない切り札で勝利したミアとサヤを見て顔をしかめた。
しかし先程の技の威力自体は大したものだったので、今後の心構え自体は今後の訓練で体に叩き込んでやればいいと考えてシュウは今回は素直に二人をほめることにした。
そもそも今回シュウは二人がいなかったら邪竜になす術無く負けていただろうから、今シュウが二人に何か言っても説得力は無いだろう。
そうシュウが考えているとミアとサヤがシュウの視界に入り、シュウはすぐに二人に礼を述べた。
「今回はまじで助かった。お前らが来なければ俺普通に死んでただろうからな」
「結構ギリギリだったけどね。新しい発見もあったし、ま、結果オーライってことで」
「Aランクと同じ強さの邪竜と戦えたのはついてました。Bランクとあそこまで差があるとは思ってませんでしたから」
今回の戦いで成長のきっかけを掴むことができてミアは喜んでおり、サヤも不満な点の方が多かったものの今回の戦いの結果に手応えは感じていた。
サヤはシュウに会って以来どうすれば自分がシュウの目に留まるかをずっと考えていた。
最初は強くなればいいのだと考えていたがシュウどころかミアやギオルにすら勝てない今の状況では強さでシュウの目に留まるのは無理だとサヤは判断した。
その後しばらく悩んだサヤだったがシュウやミアの様に先陣を切るのではなく周囲を支援する立場になればシュウの目に留まるのではという結論にたどり着いた。
どう見ても今のサヤより弱いリンシャがシュウに名前で呼ばれていることからサヤはこの結論にたどり着き、もちろん今後も訓練は続けるが当面はこの方向でやっていこうと考えていた。
合流してしばらくは興奮気味の二人の話をシュウが聞くという状況が続いていたが、話が一段落するとミアは今回の邪竜への文句を口にし始めた。
「あの邪竜はまじでずるいでしょ。一人じゃ絶対に勝てないじゃない」
「他にも隊長いたのに俺だけ転移させたってことは最初から俺狙いだったんだろ。文句言ってもしかたねぇとはいえ、これまたやられたらきついな」
「あんな邪竜を送り込んで来るなんてよっぽど『創造主』はあなたが怖いんですね」
邪竜への文句というよりシュウへの称賛に聞こえるサヤの発言を聞き、シュウはからかう様な口調で話しかけた。
「それより俺殺さなくていいのか?今俺魔力ほとんどないから簡単に殺せるぞ」
シュウのこの挑発を聞きシュウとサヤ以上にミアが表情を変え、そんなミアを横目に見ながらサヤは口を開いた。
「私の母親を殺した責任は取ってもらいたいと思っていますけど、別にあなたを殺したいとも思っていません。今の生活は気に入っていますし」
「あっそ」
シュウが知る限りサヤは『ネスト』でも『フェンリル』の訓練の時同様無表情で仕事をしていた。
そのためサヤに紹介する仕事先を間違えたかも知れないとシュウは考えていたのだが、このサヤの発言に嘘は無いようだったので安心した。
サヤの様な愛想も社交性も無い人間にはミアの様な直情的な人間が相性がいいのだろうなとシュウは感謝しながらミアに視線を向けたが、さすがにこれは口には出さずにどうやって本部に帰るかの相談を二人にした。
何しろ外部と連絡も取れない上に現在位置も分からないのだから、シュウとしても手の打ちようが無く正直手詰まりだった。
しかし部下二人の前であまり気弱な様子も見せられずシュウが気丈に振る舞っていると三人の前に『創造主』が姿を現し、『創造主』を見てシュウは表情こそ変わらなかったが驚いていた。
「こんなに早くまた会えるとは思わなかったぜ」
「ああ、私もお前と会うことはもうないと思っていた。あの邪竜に今まで勝った者はいなかったからな」
「ああ、やっぱあれ、そういうあれなのか」
攻略法の一切無い今回の邪竜が『創造主』のとっておきだったと知りシュウは一つ疑問を抱き、実際『創造主』にそれをぶつけた。
「俺殺すためにあの邪竜送り込んだって言うならどうしてこの二人まで呼んだんだ?余計なことしなければ俺普通に殺されてたぞ?」
シュウももちろん殺されたかったわけではないが必勝の布陣を組んでおきながらわざわざ『創造主』がシュウに勝ち目を与えた理由がシュウには分からなかった。
そのためシュウは『創造主』がミアとサヤまでこの場に転移させた理由を尋ねたのだが、シュウの質問を受けて『創造主』は苦笑いを浮かべた。
「もちろんお前以外をここに呼ぶ気は無かった。今回私が送り込んだ邪竜は標的の魔力を感知して逃がさないようにしている。そのせいであの二人まで転移させてしまったのだ」
「……ああ、そういうことか。ってことはやっぱ本当なら俺何もできずに殺されてんだな」
「ああ、あの邪竜と戦って生き延びた人間はお前が初めてだ。誇りに思え」
サヤもミアも先日ニュースで流れた映像で『創造主』の姿は知っていた。
そのため二人は自分たちの前に現れた少年が『創造主』だとすぐに気づき、『創造主』を前に委縮しながらシュウの邪魔にならないように黙っていた。
しかし『創造主』の発言にどうしても聞き逃せない箇所があったためサヤは二人の会話に口を挟んだ。




