刺客
「……まだリンシャ残ってるだろうけどついでだし行ってやるか。お前らも体はどうもなってないだろうから明日出ることになったらちゃんと出ろよ」
『妖精女王』の能力を受けた影響は今も多少残っているだろうが、別に『妖精女王』はミアとサヤにそこまでの敵意を持って能力を使ったわけではない。
一日程『妖精女王』の魔力の、言わば『残り香』の様なものが二人の体に残るだろうが、戦闘に支障は無いはずだった。
そのためシュウはミアとサヤに出撃準備を命じると、他の隊長たちと共に会議室に向かった。
隊長たちが医務室を去った後、サヤはミアに今回の件について謝った。
「今回はすみませんでした。シュウ隊長が警戒してる相手に何も考えずに近づいたのは本当にうかつでした。結果的には無事でしたけどシンラ隊長にも心配をかけることになりました。本当にすみません」
「いえ、私もできれば『妖精女王』に会ってみたいとは思ってましたし、結局何も無かったんだから気にしないで下さい。半年もすれば笑い話になってますよ」
今回の件はミアにとってもサヤにとっても不本意な結果になったが、ミアは今回の件でサヤを恨んではいなかった。
サヤの言った通り結局無事に終わったためで、ミアとしては家に帰ってから今回の件でキキョウに怒られることの方が問題だった。
危険人物として周知されている『妖精女王』に自ら近づき意識を奪われたのだから、今回の説教は十分や二十分では終わらないだろう。
どうせなら『妖精女王』も誰にも気づかれないように終わらせてくれればよかったのにとミアは心の中で『妖精女王』に毒づきながらベッドを離れた。
一方サヤは今回の件に関してそれ程ショックは受けていなかった。
確かに『妖精女王』と接触した際の記憶を消されたことは痛手だったが、最悪廃人にされる可能性もあったことを考えるとシュウと同格の相手の不興を買った結果としては今回の結果はかなりましな方だったとサヤは考えていた。
『妖精女王』について気になっていることを確認したいというサヤの気持ちは今も強かったが、再び『妖精女王』に接触するのはあまりに危険過ぎる。
ここで欲張って今の生活を失うのはあまりに愚かな行為だ。
そう考えたサヤは『妖精女王』についてすっぱり諦めて意識を明日の邪竜との戦いに向けた。
外に出ていることが多いアヤネ、リク、ヴェーダが既に機構本部にいたため、今回の邪竜討伐のための会議は呼び出しの放送後すぐに開かれた。
リンドウは休日に呼び出しを食らう形になったが、息子の見舞いも終わっていたため特に気分を害している様子も無かった。
「明日の午後四時に邪竜の出現予報が出ました。Sランクが一体、Aランクが二十体、場所はアイギスから北に二十キロの地点です」
シンラの発言を受けてアヤネがすぐに質問をした。
「ちょっと待って。SランクとAランクが同時に現れるの?」
「はい。予報ではそうなっています」
「へぇ、とうとうSランクが雑魚引き連れて現れるようになったか」
アヤネの質問に対するシンラの答えを聞きシュウが楽しそうに笑う中、他の隊長たちは一様に顔をしかめた。
Aランクの邪竜とBランクの邪竜の強さの差すら一般の隊員たちにとっては大きく、この二つのランクの邪竜が入り混じった群れを相手取る際にすら大抵の隊員たちはそれぞれの邪竜の攻撃の範囲や威力の違いの差に勝手が狂い死亡する。
そのためSランクとAランクの邪竜が同時に出現すると聞き、ほとんどの隊長は隊への被害を考えて沈痛な表情を浮かべた。
そんな中、他の隊長たちの心配を払拭するためにシンラはあらかじめ考えていた案を口にした。
「今回は隊員たちの被害を最小限に抑えるためにSランクには私、コウガさん、シュウさんの三人で対処したいと思っています」
「それだとAランクの相手がきつくねぇか?」
不確定要素の大きいSランクの邪竜をセツナを除いた最強の布陣で手早く倒したいというシンラの狙いは分かるが、シュウとコウガのどちらか一人は隊を率いてAランクの邪竜の相手に回らないと今度はAランクの邪竜による隊員たちへの被害が大きくなってしまう。
そう考えてのシュウの指摘をシンラは否定しなかった。
「シュウさんの言いたいことは分かりますが、それよりもSランクを少しでも早く倒した方が結果的には被害が少なくなると判断しました。最近の傾向を考えると今回のSランクもどんな面倒な能力を持っているか分かりませんから」
被害を少なくしたいならセツナを出撃させればいいとシュウは思ったが、シュウが考えている以上にシンラはセツナを出撃させたくないようだったので結局口にはしなかった。
その後シンラの案に特に異論は出ず、Aランクの邪竜二十体はリンドウ、レイナ、クオン、アヤネ、アヴィスがそれぞれ隊を率いて相手をし、リクとヴェーダは『リブラ』の隊員を半数ずつ率いてアイギスの近くで待機、『シールズ』と『フェンリル』の隊員は本部で待機することが決まった。
七月十五日(水)
後数分で午後四時になろうという頃、アイギスから北に二十キロ離れた地点は緊張した雰囲気に包まれていた。
この場には現在隊長八人に隊五つという戦力が用意されていた。
それでも隊員たちのほとんどは自分たちがSランクの邪竜が現れる現場に駆り出されたという事実に恐怖を感じ、そのため邪竜が出現する時刻が近づくにつれて隊員たちは言葉少なになっていった。
そんな隊員たちの様子を見ながらシュウはため息をついた。
「どうして今さらSランクが相手だからってびびるんだろうな。リンドウのおっさんとかクオンならまだしも、あいつらどうせBランクにすら勝てないんだから相手のランクなんて気にするだけ無駄だろ」
「恐怖を乗り越えるには理屈ではなく経験を重ねるしかないですからしかたがないですよ。一般の隊員が何度もSランクと戦うことになってもそれはそれで困りますし」
「なるほど。悩むだけの余裕があるっていうのも考えもんだな」
シンラの発言を聞きシュウが隊員たちに同情とも呆れともとれる発言をした直後、シュウたちの目の前の空間に巨大な渦が現れ、そこから予報の通り二十一体の邪竜が現れた。
「ちっ、角一本かよ」
銀色の角を一本だけ生やしたSランクの邪竜を見てシュウはつまらなそうな表情を浮かべた。
ここ最近はSランクと言えば二本角だったので、今回も当然二本角と戦えるとシュウは考えていた。
そのためただのSランクを目の当たりにしてシュウは若干気が抜けてしまい、そこにコウガが声をかけてきた。
「何を油断している?余裕を見せるならあの邪竜を倒してからにしろ、馬鹿が」
「りょーかい。仕事は真面目にやるから安心しろ」
シンラからも今回は周囲に多くの隊員がいるので可能な限り手短に戦いを終えて欲しいと言われており、それが無かったとしても既に周囲で各隊とAランクの邪竜の群れが戦いを始めていた。
この状況で長々と邪竜との勝負を楽しむつもりはさすがにシュウにもなかった。
とりあえず邪竜の首をはね飛ばしてみるかと考えながらシュウが『飛燕』で加速した瞬間、それに合わせるようにSランクの邪竜の角が光を放った。
それを受けてシュウは『纏刃』を発動しながら右に軌道を変えて邪竜の攻撃に備えた。
しかしその後邪竜は特に何も仕掛けてこず、それならばこちらから攻撃を仕掛けようとしてシュウはようやく異変に気づいた。
シュウの周囲からコウガやシンラだけでなく他の隊長たちや隊員たちの姿が消えていたのだ。
「俺だけどっかに飛ばされたってことか」
周囲の風景を少し見渡してシュウは自分と目の前のSランクの邪竜だけが先程までいた現場から遠くに転移させられたのだと当たりをつけた。
その後シンラたちとの通信を試みたのだが誰とも連絡はつかなかった。
「ワープ能力持ちの邪竜と一対一か。こりゃ気合入れないと負けるな」
格下の能力者相手でも転移能力持ちを相手にする時は神経をすり減らすため、目の前の邪竜が転移能力持ちと知りシュウは気を引き締めた。
そして自分の勘違いに気づかないままシュウは邪竜との戦いを再開した。
まずは相手の転移能力の精度を確かめようと考えて邪竜に近づいたシュウに対し、邪竜は火炎を放った。
その攻撃を『飛燕』を使って大きく回避してからシュウは邪竜の首を斬りつけた。
しかしシュウの刀は邪竜の体をすり抜けてしまい、その後邪竜が高速で前進したためシュウは慌てて邪竜との距離を取った。
「は?ワープ能力の応用で攻撃をかわしたってことか?」
先程斬りつけた際の感触からしてそうとしか考えられず、そうだとすると今回の邪竜は相当高い練度で転移能力を使いこなしていることになる。
まともに見えていないはずの自分の攻撃に正確に合わせて能力を使ってきたことといい、この邪竜は相当の強敵だとシュウは気を引き締めた。
相手が転移能力の応用で攻撃を回避するなら連続攻撃を仕掛けるまでで、シュウは攻撃の手順を手早く考えるとすぐに実行に移した。
まずシュウは邪竜のはるか上に移動すると刀に魔力を込めて邪竜へと投げつけ、その刀が邪竜に刺さる前に『飛燕』で加速した蹴りを邪竜に叩き込もうとした。
シュウの蹴りは先程同様邪竜の体をすり抜けてしまったが、それから二秒程遅れてシュウが先程投げつけた刀が邪竜の体に命中し、さらにシュウは駄目押しで『纏刃』を発動した状態で邪竜の腹部を殴りつけた。
この連続攻撃ならどれかは邪竜にダメージを与えられるだろうとシュウは考えたのだが、結局どの攻撃も邪竜に傷一つつけられず刀も邪竜の体を素通りしてしまった。
「……ワープ能力じゃないってことか?」
転移能力を極めれば一瞬物質通過能力に近いことはできるかも知れないが、先程のシュウの連続攻撃は始まってから終わるまでに六秒はかかっていた。
それだけの間転移能力を発動していれば確実にシュウが見て分かる程の変化があるはずだ。
それにも関わらず先程のシュウの攻撃の間、邪竜の見た目に変化は無く位置も変わっていなかった。
その後二度試してみたがシュウの攻撃は全て邪竜の体をすり抜け、空気の流れを読んで確認したため幻術の可能性も無い。
シュウには今回の邪竜の能力の見当もつかなかった。
しかし当然ながら邪竜はシュウの謎解きが終わるのを待ってはくれず、翼を動かして突風でシュウを吹き飛ばそうとした。
翼による突風程度なら『纏刃』を使わずとも魔力を高めるだけで防げるので、シュウはいつも通り魔力を高めて突風をやり過ごそうとした。
しかし邪竜が翼を動かした次の瞬間にはシュウは大きく吹き飛ばされてしまい地面に強く叩きつけられてしまった。
「なっ……」
想定外のことにシュウが驚いていると、邪竜が駄目押しとばかりにシュウ目掛けて火炎を放ってきた。
その攻撃を何とか回避したシュウ目掛けて邪竜は尾を振るい、その攻撃をシュウは『空間切断』で防ごうとした。
しかし邪竜の尾は『空間切断』による障壁を当然の様にすり抜けてシュウに襲い掛かった。
「ちっ、どうなってやがる」
三年前の邪竜との戦いの様に能力が使えなくなっているわけではない。
それにも関わらず自分の攻撃も防御も邪竜に通用しないという状況にシュウは思わず舌打ちしてしまった。
そんな中邪竜が再びシュウに火炎を放ってきたため、シュウはふと思いついた仮説を確かめるために『飛燕』を外してから『纏刃』を発動した。
そしてシュウが左腕の先を邪竜の火炎の軌道上にかざすと、『纏刃』を発動しているにも関わらずシュウは手のひらに火傷を負った。
「……俺の攻撃と防御、どっちも完全に無視できる。そんな感じの能力か」
まるで何もしていないかの様に邪竜の火炎で火傷を負った自分の左手を見て、シュウは今回のSランクの邪竜の能力を確信した。
「完全に俺専用の邪竜だな。こんなの送り込んでくるぐらいなら直接呪い殺すなり何なりしろよ」
直接人間には手を出さないという『創造主』が自分に課している制限を知らないシュウは理不尽極まりない能力を持つ邪竜を前に顔をしかめた。




