医務室
「その二人が最近僕のこと探してるみたいで、うっとうしかったから少し痛い目に遭ってもらった。次にふざけたことしたらただじゃおかないって伝えておいて」
突然『妖精女王』が自分たちの前に姿を現しただけでも驚きだったというのに、その後『妖精女王』がミアとサヤを地面に放り投げたことを受けてヴェーダは思考停止に陥りそうになった。
そんな中『妖精女王』が伝えてきた二人を気絶させた理由を聞き、ヴェーダは怒りを露わにした。
「それだけの理由で二人を気絶させたんですか?いくら何でもやり過ぎです!」
こちらから手を出さない限り何もしてこない危険人物というのが治安維持局・警察の『妖精女王』に対する共通認識だ。
そのため『妖精女王』がミアとサヤに危害を加えたと聞き、ヴェーダは今回の事件のきっかけは二人の方なのだろうとは考えていた。
しかしまさかそんな些細なことで『妖精女王』が二人に危害を加えたとは思わず、ヴェーダは『妖精女王』を叱責した。
先日助けてもらったとはいえヴェーダは今でも『妖精女王』のことをあまりよくは思っていなかった。
そのため『妖精女王』から今回の件のいきさつを聞きヴェーダは怒りを覚えたのだが、そんなヴェーダを前にしても『妖精女王』はまるで動じた様子を見せなかった。
「やり過ぎ?別に頭の中空っぽにしたわけじゃないんだからいいでしょ?何か怒ってるみたいだけどプライベート邪魔されて怒りたいのは僕の方。機構の本部で暴れるぐらいしないと分からないって言うならそうしてもいいけどどうする?」
そう言って『妖精女王』が手を叩くとヴェーダたちの前から『妖精女王』の姿が消え、次の瞬間には『妖精女王』はヴェーダと隊員たちの間に立っていた。
隊員や容疑者たちの反応からようやく自分が『妖精女王』に後ろを取られたことに気づき、ヴェーダは慌てて後ろを振り向いた。
そしてヴェーダが『妖精女王』を視界に捉えた瞬間、『妖精女王』は紫色に光る蝶の群れに姿を変えた。
「さっきも言ったけど次にふざけたことしたらこんな穏便には済ませない。『千刃』には勝てなくても普通の隊員操って街で暴れさせるぐらい僕なら簡単にできる。そこの二人はあなたたちに任せるから後はいいようにしておいて」
この発言だけを残して『妖精女王』はヴェーダの前から完全に姿を消し、その後ヴェーダは急いでシュウと連絡を取ろうとした。
しかし隊長が携帯を義務付けられている通信機にかけてもシュウに繋がらなかったので、とりあえずヴェーダは容疑者たちを部下に任せて自分はミアとサヤを機構本部に運ぶことにした。
ヴェーダたちと別れた後、『妖精女王』も目的こそ違うが機構本部を目指していた。
姿はもちろん体温、臭いなど様々な情報を誤魔化しながら屋根から屋根に移動していたので、今の『妖精女王』は誰にも気づかれることなく足を進めていた。
そして『妖精女王』が機構本部の近くまで来た時、リンドウが妻と息子と歩いている姿が『妖精女王』の目に飛び込んできた。
機構本部とそれに隣接した病院の裏庭は入院患者もよく顔を出す場所なので、この病院に入院しているリンドウの息子が両親と出歩いているのは別に不思議なことではなかった。
実際現在裏庭にはリンドウたち以外にも多くの家族連れや子供たちの姿があったのだが、『妖精女王』の視線は一切それることなくリンドウたちだけに向けられていた。
しかしそれも数秒のことで『妖精女王』はすぐにその場を離れた。
ヴェーダが『妖精女王』と別れてから一時間程経った頃、機構本部一階の医務室にはヴェーダとヴェーダに運ばれたミアとサヤ、そして連絡を受けて駆けつけたシュウとリクの姿があった。
ヴェーダから先程の『妖精女王』とのやり取りを聞いたシュウはいすに座りながら呆れた様な表情をベッドの上のミアとサヤに向けた。
「お前ら二人だけでのこのことあのチビのとこに行くとかよく無事に帰って来れたな。言っとくけどあいつがちょっと気まぐれ起こしたら、お前ら廃人か通り魔にされてたぞ?」
「……そうね。あんなにけんかっ早いとは思ってなかったわ。ヴェーダ隊長も今回はすみませんでした」
「いえ、私は特に。どっちかと言うと『妖精女王』を野放しにしてることを謝らないといけないぐらいですし」
シュウの言う通り、今回ミアとサヤはろくに警戒もせずに『妖精女王』に会った結果ヴェーダに迷惑をかけた。
そのためミアはヴェーダに謝ったのだが、自分一人で可能なら『妖精女王』を捕まえたいと常日頃考えているヴェーダにとってこのミアの謝罪は複雑なものだった。
そんなヴェーダの反応を受けてシュウが口を開いた。
「野放しも何も俺やコウガクラスの相手、お前らでどうこうできるわけないんだからしかたねぇだろ。俺ですら透明化能力入れていかないと勝負にならないんだぞ?今回の件はあんな危ない奴に余計なちょっかい出したこいつらが悪い」
「はい。すみませんでした」
シュウに直接叱責されてサヤが謝る中、リクは以前から気になっていたあることをシュウに尋ねた。
「シュウさんって『妖精女王』だけじゃなくてセツナさんもあんまり嫌ってませんよね?この二人より酷い人ってなかなかいないと思うんですけど」
「セツナは殺した数がやべぇだけでただの人殺しだからな。昔知り合いが殺された時はムカついたけど、別に今はどうも思ってねぇよ。こいつが入る時にも言ったけど、俺人殺しは悪いことですなんて偉そうに言える立場じゃねぇし」
サヤを引き合いに出してセツナをどう思っているかリクに説明したシュウにリクは更に質問をした。
「だったら『妖精女王』はどうですか?僕のことは置いておくとしても留置所を襲ったのはやり過ぎだと思いますけど」
「あれはあいつらの自業自得だろ」
以前『妖精女王』が留置所に拘留されていた男二人を襲撃して男たちを再起不能にするという事件があった。
『妖精女王』の関与が明らかになっている時点でこの事件が見せしめであることは明らかで、実際この二人は襲われる数日前の裁判で『妖精女王』の怒りに触れるある発言をしていた。
この二人は自分たちが『妖精女王』に操られて犯罪を行ったと供述したのだ。
既に裁判中だった彼らのこの供述はすぐにニュースになり、この事件に全く関与していなかった『妖精女王』はすぐに彼らに制裁を加えた。
この二人は洗脳こそされなかったが首から下の各所を徹底的に破壊され、発見された際に自分たちの供述が嘘だったと泣きながら自白した。
しかし『妖精女王』による暴行を受けた後だったため彼らのこの自白の信憑性は多くの人間に疑われ、結局この事件の真実はうやむやとなってしまった。
ちなみにこの事件の前まではいたずらをした子供に悪いことをすると『妖精女王』が来るぞ、と言う親が一定数いたのだが、この事件以降冗談でも『妖精女王』の名を口にする親はいなくなった。
シュウはこの事件の顛末を知っていたのでこの件は襲われた二人の自業自得だと考えており、リクにもはっきりそう伝えた。
あらかじめ予想していたとはいえ、セツナにも『妖精女王』にも悪感情を持っていないシュウを前にリクは戸惑いを隠せなかった。
シュウも自分がこういった発言をすればリクが戸惑うことは分かっていたが、この様な大事な話で嘘をつく方がリクに失礼だと考えて自分の考えを素直に伝えた。
その結果室内の雰囲気は微妙なものになったが、そんなことを気にもせずにサヤがシュウにある質問をした。
「だったらあなたの知ってる一番悪い人って誰ですか?」
突然サヤが話に入ってきたことに一瞬驚いたものの、シュウはすぐにサヤの質問に答えた。
「一番悪い奴、……考えたことも無かったな。俺、って答えじゃ駄目か?」
「あなたはプラスマイナスで言うと大きくプラスなので最悪とまでは言わないと思います」
「何様だよ、お前」
偉そうに自分を評価するサヤに苦笑しながらシュウはこれまで自分が殺してきた相手を思い出し始めた。
「『虐殺公』は普段は大人しかったし『千武帝』はただの馬鹿だったな」
『女王』はただの小者で『堕落姫』は見ていて気の毒になる程の善人だったので、そうなると答えは一人しかいなかった。
「……『冥王』、『冥王』だな。死体を操る能力者だったんだけど、わざわざ親の死体を使って、」
「こーら」
外周部にいた頃に外周部の覇権を争って戦った能力者たちの名を挙げながらサヤの質問に答えようをしたシュウだったが、頭に突然柔らかな感触が伝わったことで発言を中断した。
会話中とはいえシュウの背後を取った時点で予想はしていたのだが、シュウの頭に胸を乗せて会話を中断させたのはアヤネだった。
突然現れたアヤネにシュウ以外の面々も驚き、特に自分の胸を誰かの頭に乗せるという考えたことすら無かった行為にミアが絶句する中、シュウは不機嫌そうな表情でアヤネに話しかけた。
「うぜぇ近づき方するなっていつも言ってるだろ」
そう言うとシュウは不機嫌そうな表情でアヤネの腹部にひじ打ちを食らわせ、それを受けてアヤネは一瞬痛みに顔をしかめながらもすぐに能力を発動した。
しかし体の時間を巻き戻しても痛みが全く消えないことに驚き、アヤネは腹部を押さえながらシュウに話しかけた。
「ねぇ、ちょっと何した?全然痛みが消えないんだけど」
子どもの頃からどんな怪我も能力で治してきたアヤネの痛みへの耐性は一般人と大差無い。
そのため能力で消せない痛みにかなり苦しんでいる様子で、そんなアヤネにシュウは呆れたような表情を向けた。
「感謝しろよ。お前のためだけに開発した痛みだけを与える技だ。怪我なんてさせてないからお前の能力でもどうしようもないだろ?」
「ちょっと、待って。これまじで痛いんだけど」
実戦中なら迷わず体を斬り落としている程の痛みにうめくアヤネにシュウは心配しないように伝えた。
「二、三人に実験したけど一分もすれば治まるっぽいから我慢しろ」
「ながっ」
自分を苦しめている技の説明を受けて顔をしかめたアヤネだったが、能力でどうしようもない以上打つ手が無かったので黙って痛みに耐えるしかなかった。
やがて痛みも引き余裕を取り戻した様子のアヤネにシュウは話しかけた。
「これに懲りたらまじで止めるんだな。もっと地味に痛い技も用意してるから次やるならそのつもりでいろよ」
「酷い。かわいい後輩たちにグロい昔話しようとしてるところを止めただけなのに……」
「はっ、言ってろ」
たわいのない雑談をしている時でもアヤネは今回の様な真似をしてくるため、シュウはアヤネの泣き言をあっさり切り捨てた。
自分とアヤネのやり取りを聞き呆然としている四人に何かフォローを入れようかとシュウは思ったが、結局口にしたのは別のことだった。
「そもそもお前どっから湧いて出た?まさかあのチビの件でわざわざ来たのか?」
今回『妖精女王』はミアとサヤを気絶させただけで治安維持局の隊員にも一般人にも危害を加えていない。
この程度のことで何かと忙しそうにしているアヤネが駆けつけたことがシュウには意外だったのだが、シュウの指摘を受けてアヤネは呆れた様な表情をした。
「『妖精女王』が機構の隊員襲ったのよ?こんな大事件聞いたら何があっても飛んで来るわよ」
「大げさな。……言っとくけど今回の件はこの二人が悪いから、あのチビ捕まえるって言うなら俺手ぇ貸さないからな?」
「……あんたあの子に甘くない?」
部下に手を出されたにも関わらずシュウが今回の件で全く怒っていないことをアヤネは不思議に思ったが、そんなアヤネの視線を受けてシュウは含みのある笑みを浮かべた。
「俺やお前だってガキの頃は似た様なこと散々しただろ?少しぐらいは大目に見てやれよ。まあぶっちゃけると、あのチビに関しては殺すか放っとくしか選択肢が無いからあんまり関わりたくないっていうのが本音だ」
「分かったわ。あんたが捕まえる気無いなら私たちじゃどうしようもないし、この件はこれで終わりにしましょう。でも二人共『妖精女王』に会いに行くなんてもう二度としないでね。今回の件は『妖精女王』の出方次第では機構もただじゃ済まない大事件になってもおかしくなかったんだから。特にミアちゃんはもう少し考えて行動しないと、シンラ引退前に心労で倒れるわよ?」
「……はい。気をつけます」
アヤネに穏やかに注意されて意気消沈といった様子のミアを見て、確かに孫娘が『妖精女王』に襲われたとなるとシンラの心中は穏やかではないだろうなとシュウは考えた。
しかしこの件に関してシュウはこれ以上何もする気は無かったので、明日の仕事についての話題を口にした。
「まあ、お前が来てたのはちょうどよかったな。そろそろ呼び出しかかると思うし」
「呼び出し?何の?」
唐突なシュウの発言にアヤネだけでなく他の面々も不思議そうにしている中、シュウは話を続けた。
「明日邪竜が出るっぽい。この感じだと昼過ぎから夕方ぐらいか」
「まじで?この前来たばっかじゃない」
「文句なら『創造主』に言え。二本角だの繭だの色々試してるみたいだし、やりたいこと片っぱしからやってるんだろうよ」
「今さらですけど本当に迷惑ですね」
シュウの明日邪竜が来るという発言を聞き、アヤネだけでなくリクまでシュウの予想が当たることを前提に話しているのを見てミアとサヤは少なからず驚いた。
シュウが邪竜の出現を予想できることは二人共知っていたが、それでもシュウの予想をまるで疑っていない隊長たちの様子は二人にとって衝撃的だったからだ。
そんな中明日の邪竜の出現が予想されたので隊長たちはすぐに集まるように告げる放送が聞こえてきたため、隊長たちはすぐに四階の会議室へと向かおうとした。




