遭遇
『妖精女王』の一件や三年前の事実の公表でアイギス全体が良くも悪くも騒がしくなっている中、アヴィスはこの日の夕方自分の部屋で一人不満を募らせていた。
「あの男が『妖精女王』とここまで親しかったとは予想外だった。このままでは間違い無くあの男は邪魔になる」
心底忌々し気な表情でアヴィスが思い浮かべていた男とはシュウのことだった。
シュウが繭の攻略のために『妖精女王』を連れて来るまでアヴィスはシュウのことをそれ程警戒していなかった。
研修中に屈辱的な目に遭わされたことを多少恨んではいたものの、隊長就任前からシュウの性格は伝え聞いていたのでアヴィスはこのこと自体は我慢するつもりだった。
しかしシュウが討伐局内でのアヴィスの立場を脅かすことは我慢できなかった。
序列一位の隊長を目指しているアヴィスにとって、シュウと『妖精女王』が親しいという事実は最悪としか言い様がなかった。
もし数年後『妖精女王』が討伐局に入ったら間違い無く隊長になるだろう。
アヴィスがアヤネに話を聞いたところ、『妖精女王』はシュウ、コウガ、セツナと比べても遜色無い強さの持ち主だったらしい。
そんな『妖精女王』とシュウが共に討伐局で働き始めればシュウの討伐局内での評判も上がってしまうだろう。
三年前にシンラとレイナ、ひいてはアイギスの危機を救っていたことが知られ、既にシュウの討伐局内での評価は一変していた。
アヴィスは自分が上に行くためにはリクとヴェーダの排除が最優先だと考えていたが、まずはシュウと『妖精女王』を何とかしなくてはならないと考えるようになっていた。
しかしリクやヴェーダと違いシュウを任務中に事故に見せかけて殺すのは難しく、『妖精女王』に至っては居場所すら分からない。
こうなったら世論が少しでもシュウに批判的になってくれることを祈るばかりだ。
来月議員たちがシュウを相手に行う会見でシュウの評判が少しでも悪くなればいいのだがと考えながらアヴィスは研究局が用意した装備の一覧に目を通し始めた。
七月十三日(月)
この日の正午過ぎ、ミアとサヤは外周部でここ数日の日課となっていた『妖精女王』の探索を行っていた。
明日までには見つからなければ『妖精女王』の探索は終了だったので、二人の顔にも焦りの色が見え始めていた。
「見つかりませんね、『妖精女王』」
「……予想が外れたかも知れません」
サヤは『妖精女王』がシュウとテュールと同格の人物だと考えていたため、サヤにはサヤなりに『妖精女王』を見つけ出す算段があった。
しかし数日外周部を歩き回っても何の成果も得られず、サヤは自分の見込みが甘かったことを思い知らされた。
もっともサヤが『妖精女王』を簡単に見つけられると考えていた理由自体が希望的観測によるものだったので、サヤも心のどこかで今回の結果に納得していた。
シュウとテュールに会えただけでも十分なのだから、『妖精女王』にまで期待するのはもはや妄想の類だろう。
そう考えたサヤは今回の探索を終えようと考えて、隣を歩いているミアにそのことを伝えようとした。
今回『妖精女王』の探索に付き合ってくれたミアには悪いことをしたので何か埋め合わせをしないといけない。
そう考えていたサヤの表情が急に変わり、そんなサヤを見てミアはすぐに何かが起きたことを察した。
「何かあったんですか?」
「『妖精女王』を見つけたかも知れません。屋根の上をすごいスピードで移動してる人がいます」
そう言うとサヤはミアの返事も待たずに近くの建物の屋根へと跳び移った。
「えっ、ちょっ、サヤさん?」
突然屋根へと跳び移ったサヤを見てミアは急いで後を追った。
「何も見えませんけどどこに『妖精女王』がいるんですか?」
「『妖精女王』かは分かりませんけどこの先の屋根の上に誰かがいます。『妖精女王』じゃなかったとしても、それならそれで屋根の上を移動してる不審者です。どっちにしろ見過ごせません」
機構本部とも『ネスト』とも離れた場所を移動している何者かの気配を頼りにサヤは全速力で移動を続けた。
急に思わぬ事態になり緊張したミアだったが、サヤの言う事が事実なら確かにその様な不審者を見過ごすことはできない。
今回ミアは武器になる物を何も持っていなかったが、大抵の能力者は自分とサヤなら何とかなるだろうと考えてサヤの後を追った。
その後数分間屋根から屋根へと移動した後、足を止めたサヤに合わせてミアも足を止めた。
ミアが周囲を見渡した限り誰の姿も見えなかったのだが、サヤは迷うことなくある一点に話しかけた。
「そこにいるのは分かってます。姿を現してもらえませんか?」
サヤにこう言われて姿を現した人物を見てミアは驚いた。
先日映像で見た『妖精女王』が姿を現したからだ。
サヤに呼び止められた『妖精女王』は不機嫌そうにサヤに話しかけた。
「何か用?僕急いでるんだけど」
『妖精女王』にこう質問されたサヤは動揺していた。
今の状況が信じられなかったからだが、見るからに不機嫌そうな『妖精女王』を前にいつまでも呆けているわけにもいかない。
そう考えたサヤは『妖精女王』に話しかけた。
「『フェンリル』所属のサヤといいます。この人は同僚のミアさんです」
「ふーん、『千刃』の。で、僕に何か用?」
サヤの自己紹介を聞いても『妖精女王』は特に表情を変えず、そんな『妖精女王』にサヤは自分の目的を伝えた。
「あなたと血が繋がってる人を知っています。できれば引き合わせたいと思っているんですけどどうでしょうか?」
サヤの『妖精女王』への用件を聞きミアが驚いている中、『妖精女王』は少し考え込んだ後でサヤに返事をした。
「わざわざそのために僕を探してたの?だったら悪いけど興味無いから遠慮しとく。それが用ならもう帰って。最近僕のこと嗅ぎ回ってたみたいだけどあんまりそういうの好きじゃないからもう止めて。次に同じ事したら少し痛い目に遭ってもらう」
そう言って左右の手のひらに紫色に光る蝶を発生させた『妖精女王』を見てミアは身構え、そんなミアの横でサヤは考えを巡らせた。
このまま押し問答を続けても機嫌を損ねた『妖精女王』に記憶を消されて終わりだろう。
シュウと同等の強さを持つ『妖精女王』相手に自分とミアが挑んでも勝てるわけもなく、そもそもサヤは『妖精女王』と争うこと自体を避けたかった。
こうなったらシュウに頼んで落ち着いて『妖精女王』と話せる状況を用意するしかない。
シュウの説得の方も面倒ではあるが露骨にサヤの提案を面倒がっている『妖精女王』の説得に比べたらまだ実現の可能性がある。
そう考えてサヤはこの場は『妖精女王』の指示に従うことにした。
「分かりました。そういうことなら諦めます。失礼しました」
そう言ってミアを連れて立ち去ろうとしたサヤに『妖精女王』の声が届いた。
「……めんどくさい。また来られても面倒だからやっぱり痛い目に遭ってもらう」
『妖精女王』はサヤの発言を即座に嘘だと見抜き、今後のために二人には少し痛い目に遭ってもらうことにした。
『妖精女王』の発言を聞きミアとサヤは即座に警戒したが、二人と『妖精女王』の実力差を考えると警戒などしてもしなくても一緒だった。
「ミアさん、向かって右から『妖精女王』が近づいて来てます!気をつけて下さい!」
『妖精女王』は血の気配を感じる能力など使ったことがないので、サヤの能力を幻術で誤魔化すことはできない。
サヤも『妖精女王』の居場所を知るだけなら自分の能力で可能だと考えていたので、ミアに『妖精女王』が前方から来ていることを伝えて注意を促した。
しかし何故かミアは右に視線を向け、無防備になっていたところに『妖精女王』の攻撃を受けた。
『妖精女王』に頭を触られて倒れるミアを見て表情を硬くしたサヤを前に『妖精女王』はつまらなそうにしていた。
「あまり調子に乗らない方がいい。確かに僕はあなたの能力は誤魔化せないけど、あなたが他の人に出した指示はどうにでもできる。……僕のことなめてるでしょ?」
サヤのミアへの指示を能力で誤魔化すなどという小細工をしなくても、『妖精女王』なら二人を気絶させることができた。
しかし今回不用意に自分に近づいた二人への警告の意味を込めて『妖精女王』はサヤの能力に対して自分の能力で上回ってみせたのだが、すぐに自分のしたことに意味が無かったことに気がついた。
二人のこの場での記憶を『妖精女王』は消すつもりだったからだ。
自分を真っすぐ見つめてくるサヤに『妖精女王』は正面から近づき、そんな『妖精女王』にサヤは話しかけようとした。
「待って下さい!私は、」
「ごめん。そういうのほんとに興味無い」
そう言って『妖精女王』はサヤの意識も奪った。
「まったく、こんな理由で僕に近づくなんていくら何でも警戒心が無さ過ぎる」
そう言って寝息を立てるミアとサヤを見ながら『妖精女王』は二人をどうするかを考えた。
この場での二人の記憶を消してある罰を与えるのは決定事項だったが、この二人を機構本部まで運ぶのはさすがに面倒だ。
誰かにこの二人を任せたいところだったが、シュウやテュールと違い『妖精女王』にはそういったことを頼める知り合いはいなかった。
どうしたものかと考えていた『妖精女王』だったが二人を任せるのに適任な者がいることを思い出した。
「悪いけどプライベートまであなたたちに付き合う気は無い」
誰も聞いていないつぶやきを口にした後、『妖精女王』は二人に能力を使ってから二人を担いでその場を離れた。
一方『妖精女王』とミア、サヤが会っていた頃、ヴェーダは四人の男を連行して『リブラ』の部下数人と共に警察に向かっていた。
去年討伐局に入り給料をもらった直後に隊員が姿を消すという事件が数件発生した。
その事件の容疑者の内まだ捕まっていなかった四人が外周部に潜伏しているという匿名の情報提供があり、それを基にリクとヴェーダは部下を引き連れて外周部で捜査を行っていた。
結局容疑者たちはまるで捕まえてくれと言わんばかりに無防備に歩いていたところをヴェーダに捕まり、これで討伐局が被害に遭った詐欺事件の容疑者は全員捕まえることができた。
今回の容疑者たちは強さという意味では危険性は低かったので、彼らの逮捕は警察でも可能だった。
しかし機構の面子のためにできれば治安維持局の手で彼らを逮捕したいとレイナとアヤネが考えていたのを知っていたので、自分たちの手で彼らを逮捕できてよかったとヴェーダは今回の結果を喜んでいた。
後は彼らを警察に突き出してリクと合流するだけだとヴェーダは考えていた。
しかしそんなヴェーダの前に突然紫色に光る蝶の群れが現れ、蝶の群れの中から『妖精女王』が姿を現してミアとサヤを地面へと放り投げた。
『妖精女王』の出現を受けてヴェーダの部下はもちろん連行されていた容疑者たちの間にも動揺が走ったが、そんな彼らをよそにヴェーダは油断することなく『妖精女王』から視線を外さなかった。
「二人に何をしたんですか?」
気を失っているように見えるミアとサヤを見て、ヴェーダはすぐに『妖精女王』に敵意の込もった視線を向けた。
そんなヴェーダに『妖精女王』は事情を説明し始めた。




