追い打ち
「シンラ隊長がその斧を使っていたのは四十代後半までだと聞いています。それ以来使っていないはずなのに錆一つ無い。余程大切に手入れをしてきたのだと思います。当時の部下の方たちは全員殉職するか討伐局を辞めているでしょうから、形見でもありますね。討伐局は危険な職場です。私も一週間後にはどうなっているか分かりません」
急に話題が変わった様に感じ、不思議に思ったミアだったがそれには気づかずにリンシャは話を続けた。
「本音を言えば、シンラ隊長もあなたの討伐局入りには反対したかったはずです。しかし討伐局局長でもあるシンラ隊長が討伐局は危険な職場だから入るなとは言えず、お守りとしてそれを贈ったのでしょう。まさかそれでいきなり自分の上司に斬りかかるとは、シンラ隊長も思っていなかったでしょうが…」
「じゃあ、あいつもそれを知ってて…」
「当然です。シュウ隊長が斧を斬らなかったことを不自然だと思わなかったのですか?」
「斬り落とした破片でけがをするから斬らないんだと思ってました…」
徐々に声に力がなくなっていくミアを前に、自分の口調がきつくなっていることに気づかずにリンシャは話を続けた。
「あなたが自分の身のこなしにどれだけ自信を持っているのか知りませんが、シュウ隊長なら余裕をもって斧を斬って、そのままあなたに追撃を加えることができます」
ようやく自分がシュウの力を見誤っていたことに気づき言葉を失ったミアだったが、リンシャの話はまだ終わっていなかった。
「それに見ているこっちがひやひやしたのですが、斧を振るう際の重力制御が雑過ぎてシュウ隊長が何もしなくても斧が壊れそうでした」
リンシャの発言を聞き慌てて斧に目をやったミアだったが、最初のぶつかり合い以外シュウが斧との衝突をできるだけさけたため、斧に目立ったダメージは無かった。
「あのままシュウ隊長が時間を稼いでいるだけで、その斧は壊れていたでしょうね。だからシュウ隊長はけがをしてまで勝負を急いだのでしょう。これだけ気を遣われていることにも気づかないで引導を渡すですか。勇ましいことですね」
リンシャの冷たい視線を受け、ミアは何も言い返せなかった。
「シュウ隊長を尊敬して下さいと言う気はありません。性格に難があるのは事実ですから。シュウ隊長が世間でどういった評価を受けているかは知っていますが、せっかくシュウ隊長の部下になったのですから自分の眼で判断したらどうですか?それとこれからあなたは、シンラ隊長の孫という目で見られることになります。シンラ隊長の名を傷つけるような言動は慎んでください。…話が長くなりましたね。ではまた明日」
リンシャが出て行ってしばらく経った後も、ミアはその場を動けずにいた。
(やってしまった…)
それがリンシャの素直な気持ちだった。
先程ミアに言ったことが間違っていたとは思わないが、もう少し言い方というものがあったとリンシャは後悔していた。
本人に言っても調子に乗せるだけなので決して言わないが、リンシャはシュウに感謝している。
三年前の事件の際、機構の都合で当時部外者だったシュウを隊長に就任させたからだ。
三年前、アイギスに能力阻害能力を持つSランクの邪竜が現れた。
この邪竜は公式にはシンラ、レイナ、シュウを含む五人の隊長が倒したことになっているが、実際は違う。
当時の隊長四人で挑み二人が死亡、シンラとレイナも重傷を負ったところに現れたシュウが一人で邪竜を倒したのだ。
当時現場にいたリンシャも多少手を貸したが、ほとんどシュウ一人の手柄だった。
しかしこの事実は公表されていない。
討伐局の隊長が倒せなかった邪竜を当時部外者だったシュウが倒したという事実は、機構の存在意義を揺るがしかねなかったからだ。
その後、殉職した隊長二人が抜けた穴を埋めるため、機構はシュウに隊長の就任を打診した。
常に死の危険と隣り合わせの討伐局の隊長への就任は、決して強制してはならないことだ。
もちろん周囲の期待から断れないことがほとんどだが、当時討伐局の局員ですらなかったシュウを隊長に就任させるために当時の隊長総出で捕まえようとしたのは完全にアウトだろう。
結局その後シュウを捕まえることに当時の隊長たちは失敗したのだが、自分を襲った隊長全員を返り討ちにしたシュウが機構本部に現れて隊長就任を承諾した。
公式にはシュウは、能力阻害能力を持った邪竜出現の四日前にシンラの推薦で隊長に就任したことになっている。
隊長就任後のシュウの振る舞いはお世辞にも立派と言えるものではなかったが、こと戦闘に関してはすさまじい成果をあげていた。
シュウが隊長に就任するまで、隊長は平均して年に一人は殉職していた。
全てSランクの邪竜との戦いによるものだったが、シュウが隊長に就任してからは隊長の死者は一人も出ていない。
もちろんこれがシュウ一人のおかげだとはリンシャも言う気は無いが、シュウが隊長就任以来全てのSランクの邪竜との戦いに参加しているのは事実だ。
それにも関わらず、今も根強く残っている外周部出身者への差別と自分が推薦したリクとヴェーダ、そして死刑囚のセツナより序列が低いという事実のせいで、機構の外部からのシュウの評価はかなり低かった。
もちろん討伐局の中にもシュウを内心馬鹿にしている人間は一定数いるが、仮にも隊長のシュウを面と向かって馬鹿にする者はいない。
そんな中でシュウへの不当な怒りを見せたミアに対し、リンシャは言い過ぎてしまった。
これでミアが『フェンリル』を辞めると言い出したら、シュウとシンラに申し訳ないとリンシャはかなり落ち込んでいた。
訓練室から機構本部の裏庭に移動していたシュウたちは、道中ミアについて話していた。
「あんま期待してなかったんだけど思ってたより強かったな。あれなら一年もかからないで隊長になれるだろ。その時はお前らの後輩になるんだからよくしてやれよ」
「本当に隊長辞めるんですか?」
複雑な表情をしたリクに尋ねられてさすがのシュウも罪悪感を覚えたが、リクの質問自体は肯定した。
「ああ、隊長自体は辞めるつもりだ。局長様の許しも出たしな。第一俺、隊長って柄じゃねぇんだよなー。他にいねぇならまだしも、俺抜きで十人そろうっていうなら別に俺が隊長やる必要もねぇし。…お前らを推薦しといて俺だけ辞めるのは悪いと思ってる。でもSランクが出たら出るなって言われても出るから安心しろ」
「でもシンラさんが辞めたらまた隊長の席一人分空きますよ?」
「そういや、そうだな。じいさんどうする気だろ?」
ヴェーダの指摘を受け、シュウは少しの間考え込んだ。
シンラが自分の後継者に選ぶとしたら、コウガかレイナのどちらかだろうとシュウは考えていた。
もしリンドウを指名したら、シンラの正気を疑う。
この二人が苦労する様子を見るのは楽しそうだが、さすがにリクとヴェーダにまで苦労させるのはシュウとしても気がとがめた。
しかしもうシュウが隊長を辞めることに関しては、シンラの許可も下りたのでどうしようもない。シュウは適当にごまかすことにした。
「ま、隊長の一人や二人、誤差みたいなもんだ。最悪じいさんが後五年ぐらい続ければいい話だしな」
「シンラさんならできそうですけど、それをしちゃうと隊長は一生戦うことになりかねませんから」
「どっかにお前らみたいな天才歩いてねぇかな」
面と向かって天才と言われて反応に困る二人を見て、シュウは苦笑した。
これだけ強くてどうして自身が持てないのか、シュウには不思議でしょうがなかった。
特にヴェーダは部下に移りかねない程不安そうにしているため、シュウが何度も指摘しているのだが一向に改善される気配が無かった。
その後話題は、先程のミアの態度に移った。
「それにしても、どうしてあの人シュウさんに対してあんなに敵意むき出しなんでしょうか?」
初対面のはずのシュウに対してあの態度。
リクの疑問は当然のものだったが、シュウ本人は当然のことだと思っていた。
「さっきじいさんにも言ったけど、尊敬するじいさん助けられなかった俺を恨んでるだけじゃねぇのか?別に変なことじゃねぇと思うぞ」
「でも当時のシュウさんは討伐局に所属してなかったわけですから、シンラさんたちより遅くなったのはしかたないと思います。それを責めるのはさすがに…」
第一遅れたも何も当時のシュウには現場に駆け付ける義務さえ無かったのだから、三年前の件に関してはシュウに責められるいわれは一切無かった。
そう判断してのヴェーダの発言だったが、シュウはそれに違和感を覚えた。
「なんでお前があの事件のこと知ってるんだ?お前当時隊長どころか討伐局にすら入ってないだろ?」
不思議そうにするシュウを前に、ヴェーダはおずおずと説明をした。
「最近隊長しか閲覧できない資料を読み始めたんです。戦いはまだまだですけど、機構のこと少しは知っておこうと思って。一応隊長ですから…」
「真面目だな、お前は。リクも見習えよ」
自分が決してしない方向に努力をしているヴェーダにシュウは呆れとも感心ともとれる態度を見せた。そんなシュウの態度を見て、リクが質問をしてきた。
「三年前何があったんですか。アイギスにSランクの邪竜が現れて当時の隊長二人が殉職して、その邪竜をシュウさんが倒したんですよね?」
「公式発表ではシュウさんも入れて五人の隊長で倒したことになってますけど、当時隊長じゃなかったシュウさんは現場に遅れて現れて、そしてSランクの邪竜を一人で倒した。で、合ってますよね?」
リクの発言を補足する形のヴェーダの発言を聞き、シュウは思わず苦笑した。
「どんな英雄だよ、俺。実際はシンラのじいさんとリンシャの手も借りて倒した。別に一対一で倒したわけじゃねぇよ。資料とやらにはそう書いてなかったのか?」
「資料にはシンラさんが部下一名と他一名の協力を得て倒したと書いてありました」
「なんだ。ちゃんと書いてあるじゃねぇか。しかし俺はともかくリンシャの名前も書いてないなんて、モブって不憫だな。お前ら『リブラ』の連中には優しくしてやれよ」
『リブラ』とはリクとヴェーダが率いる隊の名前で、名付け親はシュウだ。
隊長の死亡や昇格で隊長の序列が頻繁に変わるため、討伐局では〜番隊という呼称が使えない。そのため討伐局では、隊長が就任三日以内に隊の名前を決めて事務局に提出することになっていた。
隊長就任当時に隊の名前をどうするか悩んでいた二人を見たシュウが、自分を含めて好き勝手やっている隊長たちのバランスを取って欲しいという願いを込めて『リブラ』と命名した。
自分たちの隊の名前を出したシュウに対し、リクが意気込みを述べた。
「はい。もちろんです。僕たちを信じてついてきてくれる以上、全力でがんばります」
「そうか。まあ、がんばれ」
自分で話を振っておきながら、激励とはとても言えないそっけない言葉しか言わなかったシュウをいつものことと気にせずにリクは質問を続けた。
「三年前の事件について詳しく教えてくれませんか?確かその少し前にシュウさんとシンラさんって一度戦ってるんですよね?」
資料を読むよりシュウ本人から聞いた方が早いと思ってのリクの発言だったが、シュウはそれを聞いて顔をしかめた。
自分が負けた戦いについて喜んで話す程シュウは物好きではない。
しかしリクだけでなくヴェーダまで聞きたそうにしているのを見て、シュウはため息をついた。
「そんなにおもしろい話じゃないぞ」
そう断ってからシュウは、三年前の一連の事件について語り始めた。




