1年前の話
モンスターをいくら撃ち抜いたところで血が溢れることはない。まあ、そんなことをする奴とは相容れないだろうが。
今まさに光線により墜落したモンスターを見ながらそんな事を思った。
「右を頼む、陽祐!」
暗い洞窟、眼前に広がるコウモリ型モンスターの群れを睨みながら、友人にして最大の仲間である陽祐に指示を飛ばす。
「了解だぜ、飛鳥!」
ボス前の、仲間のMPは温存しておきたい場面。俺と陽祐だけで片をつけたい。
「蹴散らせ、アスモデウス!」
群れに向かって魔法を使う。すると水の渦が空中に生まれ、群れの半数を吹き飛ばした。
「飛鳥先輩、流石ッス!」
群れを吹き飛ばすと周りから歓声が上がったが、その中でもひときわ大きな翼と言う男の声が聞こえた。
「あまり持ち上げるな。恥ずかしいだろ!」
その歓声の主である翼に声をかける。
「いやー、カッコよかったッス。一生付いていきます!」
「暑苦しいからやめろ」
そう話しているうちに陽祐も半面を片付けたようだ。向こうを見ていた人たちから再び歓声が上がった。
雑魚の次は、いよいよボスの部屋が待ち受けている。壁に付けられた松明だけが灯る洞窟を走り抜けた。
「よし、次はいよいよドラゴンだ。みんな行けるな?」
重厚感のある扉の前、後ろにいる三十人程の人々を見ながら呼びかける。すると皆は思い思いの掛け声で同意を示した。
「よし、行くぞ!」
そんな集団の先陣を切るのはいつも俺と陽祐だった。今回も先頭を走り、ドラゴンの部屋へ突入する。
ドラゴンの部屋は荘厳な雰囲気であった。室内はヒヤリとした風で充満していて俺の肌をサラサラと撫でる。光源は壁に付いた燭台に灯る蝋燭でゆらゆらと辺りを照らしていた。
中央を見るまでもなく、そこにはドラゴンがいる。蒼いざらざらした鱗を持つ西洋風のドラゴンはどこか気品さえ感じた。
「来たか挑戦者よ。我を楽しませよ!」
ドラゴンが吼える。
「ドラゴンか。やはりいつ見ても怖いな」
巨大な体躯は見るものを怯えさせ、咆哮は空気を揺らしたように感じた。
「まずは小手調べだな」
ドラゴンまでの間合い、キリキリと張り詰めた異様な空気。
何もない空間から氷の礫を作り出し、ドラゴンに飛ばす。しかしあまり強くない魔法のためか、怯みすらしなかった。
「おらよッ!」
横で陽祐も風の刃を飛ばすと、今度は少し傷がついた。それでドラゴンの弱点が判明した。
「ヤツの弱点は恐らく風だ。風魔法使いは前に出て攻撃、物理攻撃型は待機、援護型は風魔法を強化しろ!」
俺が指示を出すと、後ろの奴らは一斉に魔法を放ち始めた。次々と風がドラゴンを傷つけていく。
「やるな、人間共!」
攻撃は通じているが、ドラゴンだってやられっぱなしではない。魔法が止んだタイミングを見てか、ドラゴンは炎の玉を連続で吐き出してきた。
「ロキ、頼む!」
「承知しました」
ドラゴンの攻撃に合わせ、ロキと呼んでいる男が黒い玉を浮かべる。するとドラゴンの攻撃はすべて黒い玉に呑まれていった。
このロキと呼んだ男、本名露木はこの世界最強の男の一人である。露木の重力魔法によって遠距離攻撃などは半数ほどは無効化できる。
「よし、ドラゴンの尻尾には気をつけて引き続き攻撃だ!」
ドラゴンは本腰を入れたのか、いよいよ飛び上がって突進や尻尾での攻撃も放ってきた。
「うげっ、ヤバいッス、先輩!」
何ならケツが燃えて慌てているヤツがいるが、致命傷ではないので無視でいいだろう。
「いいか、風属性の魔法が使えない奴は自分の身を守ること、そして仲間に飛んできた攻撃を防ぐことだけを考えろ!」
これで手持ち無沙汰の人はいなくなったはずだ。再び魔力を溜めた風魔法組が第二射目を発射する。
ドラゴンとの戦闘が始まって三十分が経過した。こちらの風魔法の使い手達は疲弊し始め、ドラゴンのHPを可視化すればまだ半分は余っていた。燭台の青い炎は消えることなく、なお揺らめいている。
「どうするッスか、先輩?」
「俺が出よう」
ドラゴンとタイマンを張るのは無謀だが、風魔法使いたちの回復の時間くらいは稼げるだろう。
「皆、俺がしばらく時間を稼ぐから回復に専念しろ! 援護組はサポートを頼む!」
すぐさま強化魔法が飛んでくるのが分かる。俺は一歩前に出てドラゴンと対峙した。
「ほお、一人か。その度胸だけは買ってやろう」
ドラゴンの挑発を受けるが、負ける気なんて更々ない。
「舐めるのもいい加減にして欲しいな。ラ・ヴィエント!」
サポートのおかげもあり、極大になったかまいたちがドラゴンを撃つ。
「やるな。だが我と戦うのには早すぎるわ!」
ドラゴンがブレスを放つ。熱気こそ感じないが、喰らったらゲームオーバーなのは間違いないだろう。このすれすれの闘いの中で、それに反してわずかに興奮している自分もいる。
「防げ、アスモデウス!」
悪魔の名前を呼ぶとシールドが展開され、炎を防いだ。幾度となく俺を守ってきたこのシールドはそう簡単には破れない。そして炎が止むと、巨大な体躯がこちらを目掛けて迫りくる。
「行動パターンの解析は完了だな」
地を蹴り突進を空中に躱し、ドラゴンの尻尾付近に着地する。するとドラゴンは尻尾を振り上げて攻撃の動作に入る。その一瞬、勢いに気圧されるがそれは計算の内だ。
「ラ・フォートレイサー!」
自身に最上位の強化魔法をかけて振られた尻尾を受け止める。その重さに小さく息を吐いて。ご自慢の尻尾が軽く止められたようで、ドラゴンは少し動揺した様子を見せた。
「ゼロ距離からのコイツは効くぞ!」
アスモデウスに呼びかけ風属性の切断魔法を放つ。するとドラゴンの尻尾はたちまち切断され、HPも大きく減少した。
「ぬぅ、やりおるわ」
ドラゴンが低く唸る。
「流石先輩ッス!」
ドラゴンの反応とは対極にまたも歓声が上がり、その中でも一際大きな翼の声が聞こえた。
「やるな、人間。だが遊びもここまでだ!」
ドラゴンが吼える。だがこの地点で俺の仕事は終わった。
「尻尾が無い今、ヤツを安全に攻撃できる! 物理組は前へ!」
声を張り上げ、信頼ある仲間に後を託す。すると最初から温存しておいた物理攻撃主体の仲間が、一斉にドラゴンに斬りかかった。鬼気迫った追撃組の勢いは凄まじく、ドラゴンの残りのHPは見る見るうちに減少していき、終いには完全に赤くなったHPバーが消滅した。
「あっぱれ。我の敗北だ」
そう言い残し、ドラゴンは灰になった。ゲーム屈指の敵を倒した広間に大歓声が広がる。
「最後良いところ持ってかれちまったな、飛鳥」
陽祐が肩を叩いてくる。陽祐はHP削りに大きく貢献していたので、物理組にとどめを取られたことに不満なようだ。
「気にするな。勝ったんだからそれでいいだろう」
そう言うと陽祐は笑顔で同意し、喜びに包まれる集団の中へと入っていった。
最強の一角であるドラゴン相手にリタイアゼロ。これが俺、来栖飛鳥の伝説と呼ばれるきっかけになった引退試合である。この時まではこのままトップクランを率いて、今日みたいに仲間内で集まって敵を倒して、という生活が続くと思っていた。
だが実際これはただのVRゲーム。そう、たかがゲームなのだ。何かがきっかけで辞めるかは分からない。
この後俺の両親がVRに熱中しすぎた男のトラックに轢かれて亡くなった。それから俺が一切VRに手を出すことはない。
それが今から一年前の話である。