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写真家・ササキの存在意義  作者: 1103教室最後尾左端
CASE001 【枢木雪枝篇】
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009「枢木家 本邸」

 枢木家の本邸の入り口につくと、枢木雪枝が待っていた。

 休日にもかかわらず、制服姿だ。おかげですぐに見つけることができた。

 

 ちなみに、僕も制服で来た。枢木邸に入るのにどんな格好がふさわしいか悩んだが、どの服も安物過ぎて失礼に当たる気がしたのだ。


「いらっしゃいませ。今日はお越しくださり、ありがとうございます」

 

 会うなり枢木はそう言った。

 

 僕とササキも簡単に挨拶をすますと、枢木は僕らを案内してくれた。


 枢木家は想像通り広かった。入口は庭園になっていて文化財として登録されているらしい。休日ということもあって、観光客もちらほらいる。


 しばらく庭園の中を進んでいくと、巨大な西洋風の建物が見えてきた。おそらくあれが、実際に枢木一家が生活している建物なのだろう。


 分かっていたことだが、この家でかい。でかすぎる。


 部屋の数が多く、一つ一つの部屋も大きい。僕が暮らしているワンルームよりは、この家のトイレの方が広いだろう。


 年末の大掃除を始めたら、終わるころには次の年末が来そうだ。

 メビウスの輪を想起させる。メビウスの大掃除である。



 そんなこんなで、僕たちはその巨大な建物の入り口までたどり着いた。

 扉の前にはエプロンドレスを着た若い女性が立っていた。


 おお、本物のメイドだ……。生まれて初めて見た……。


「おかえりなさいませ。雪枝お嬢様」


 そういって、枢木に対して一礼した。

 おお、すごい。本物のメイドはお辞儀一つも洗練されている。

 

 僕がひそかに感動しているとメイドは口を開いた。


「それで、この浮浪者はどこで拾ってきたんですか?」


 台無しだ。

 このメイド、口悪い。


 だが、やつれ切っているササキの姿はみすぼらしく、浮浪者に見えてしまうのも仕方がなかった。


「夏目、失礼よ。この方はササキさん。写真家よ……多分」


 枢木も自信なさげだ。自分で依頼しといて、こいつも大概失礼だな。


「どうも。ササキです。今日はよろしくお願いしますよ」


 当のササキはどこ吹く風といった様子で、いつも通りのにやけ面で挨拶した。


「……まあ、芸術家の方は変わった方が多いですからね。そちらの制服の方は? お嬢様のお友達ですか?」


「違うわ。途中で拾ってきたの」

「僕まで浮浪者扱いするな!」


 乗っかるな。制服姿の浮浪者なんていないだろ。


「あれ、じゃああなた誰?」

「赤坂だよ! お前の依頼受けたのは僕じゃないか!」

「何よ。私を責めるつもり? それはお門違いよ。覚えにくい顔をしているあなたが悪いんじゃない」

「僕のDNAに責任転嫁するな!」

 本当に失礼な奴だ。


「あはは、シュン君は特徴ない顔してるからねぇ」

「うるさい! お前まで乗っかるな!」


 嬉しそうな顔しやがって。

 お前の顔が特徴的すぎるだけだ。隣にいると影が薄くなるんだよ。


 メイドは一連のやり取りを聞いた後、口を開いた。


「まあ、仲がよさそうで何よりです」

「どこがですか……」

 むしろ今、仲が悪くなっているとさえいえる。


「改めまして、ようこそいらっしゃいました。わたくしは当家のメイド、夏目と申します。以後、お見知りおきを」

 

 メイド、夏目さんはそういって僕らに一礼した。


「じゃあ夏目。私は彼らを案内するから」

「ああ、お嬢様。それなのですが……」


 夏目さんは少し苦々しげな口調で言った。


「ご当主様がお戻りです」


 瞬間、枢木の雰囲気が変わった。

 明らかに先ほどまでの談笑していた彼女とは違う。

 緊張感が伝わってくる。


「……。どうして? 今日は会議のはずじゃなかったの?」

「重役に不幸があったそうで、中止になったようです」

 

 枢木の表情が曇る。無表情が崩れるとは珍しい。

 枢木はため息をつくと、僕らの方を向いて言った。


「あの……」


 枢木は遠慮がちにササキに言った。


「事前にお伝えせず、大変申し訳ございません。実は、今回の依頼は枢木家とは関係なく、私が個人的にお願いしました。ですから……」


「わかってるよ。ご家族には内緒なんだろう? ばれないように静かに仕事するさ」


 ササキが遮るように言ったので、枢木は驚いたような顔をした。


 ササキの予想は当たっていたらしい。彼女は家族に相談せずに依頼をし、誰にも気づかれないままに完遂しようとしていたのだ。


 しかし、どうやら予定に狂いが生じたらしい。


「……くれぐれもよろしくお願いします。では、中へ」

 枢木はそういうと扉を開いた。

 


 外から見た通り、館内は広く部屋の数も多かった。迷路のような館内を僕とササキは枢木の背中を追いかけて歩いた。

 

 枢木の背中には緊張感が漂っている。それにつられてか、僕もササキも一言もしゃべらなかった。


 三分ほど歩いただろうか。枢木は足を止めた。


「こちらが私の祖母、枢木幸(くるるぎさち)の部屋になります」


 枢木は、扉の前で少しだけ目を閉じた。何かを祈るように胸に手を当てる。

 そして、意を決したように扉をノックした。


 ノックの返事はない。


 一瞬の空白の後、突然扉が開いた。


 

 扉を開けて現れたのは、黒いスーツに身を包んだ初老の男だった。 



 男は僕らを一瞥した。



 情けないことだが、僕はそれだけで縮み上がってしまった。

 得体のしれない緊張感が僕の身体を締め上げた。

 逃げ出したい、しかし身体が動かない。

 叫びたい、しかし声が出ない。


 それほどまでに、男の威圧感はすさまじかった。


 男は、枢木の方に向かって言った。


「雪枝。なんだこいつらは」

 低い、よく通る声だった。館中を震え上がらせるような圧力がある。


「……お父様」

 枢木雪枝の声はかつてないほど弱弱しく、震えていた。


 扉を開ける前、彼女が何を祈ったかは定かではないが、おそらくその祈りは届かなかったようだ。

一目見ただけで怖い人っていますよね。

この後、若干シリアス展開です。お付き合いいただけると幸いです。

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