026「最高の被写体」
「じゃあ、さっそく撮影に入ろうか」
ササキは、そう言って蓮見をカメラの正面へと促した。蓮見はやや緊張した面持ちで、カメラの前に立つ。
「あの、ササキさん」
「ん~? どうかした?」
不安げな蓮見の声に、ササキが間延びした返事をする。
「撮影する前にこんなこと言うのって、どうかと思うんですけど」
「うん」
「私の今の恰好って、ちゃんと私の言った通りになってますか? 私の理想をきちんと表現できてるでしょうか?」
「おや、随分弱気だね? 自信がないのかな?」
ササキにすれば少し茶化すように言う。ササキにしてみれば平常運転だが、蓮見は少しムッとしたようだ。
「それは……今までのかわいい姿だったら、良し悪しの判断つきますけど……こういう恰好は初めてで……ちゃんと思った通りの写真になるか……」
そこまで聞くと、ササキはニヤリと笑った。
「ああ、それはならないね。君の思い通りの写真にはならない」
「え?」
想像もしない一言だったのだろう。蓮見の驚きの声はスタジオに響くほど大きかった。ササキはその声に驚くでもなく、ニタニタと笑っている。
「ササキさん、プロなんですよね? それなのにそんな……」
「蓮見ちゃん。写真ってね。野球選手がボールを投げるのと同じなのさ。どんなにフォームを研究して、何百回と同じ動作を繰り返したって、指先からボールが離れた瞬間、もうボールの行く先は分からない。もちろん素人よりはコントロールはつくだろうけど、完全に想像通りのボールが投げられることはめったにない」
ササキは流暢に写真について語る。こういう時のササキの言葉には、妙な説得力があって、どうにも聞き入ってしまう。
「写真も同じでね、シャッターを切った瞬間から現像がされるまで、どんなものができるかボクにだって分からないのさ。撮る側がこんなものなんだから、撮られる側の君の思い通りになんかならないよ」
「……そういう意味でしたか」
蓮見は、納得したような表情だ。
ササキの言うことが、僕にも少し理解できた。
「ボールと同じ、か……言い得て妙かもな」
「まあ、ボクは野球なんかしたことないけどね」
「……」
ササキはケタケタと笑ったが、僕と蓮見は絶句した。
なんでコイツは自信満々に野球を例に挙げたんだ……一気に話の信憑性がなくなっただろうが。
まあ、冷静に考えればヒョロ・ガリ・メガネと三拍子そろった、見るからに運動苦手そうなササキがスポーツしている姿は全く想像できないけど。
でもね、とササキが少しだけ真剣なトーンで言葉をつなぐ。
「でもね、蓮見ちゃん。思い通りにならないからこそ、新しい何かが生まれるんだよ」
それが写真の魅力なんだ。と、ササキは続けた。何というか、写真の魅力を語るときのササキは、妙に若々しい。瞳にはうっすらと少年のような輝きが宿る。
「ちょっとドラマチックな言い方をすればね、このカメラは、君以上に君のことを知っている。君以上に君のやりたいことを理解しているんだ。撮るボクも、撮られる君も気づかなかったようなことまで、しっかりとね」
「……」
「だからきっと、写真は君の力になってくれるはずさ」
ササキはそれだけ言うと、「さ、始めるよ」と、ファインダーを覗く。蓮見も、何か吹っ切れたように、カメラに向かって、笑顔を向けた。
こうして、撮影は始まった。
スタジオに、シャッターとフラッシュの音が響く。蓮見はポーズを時々変え、ササキはそれに合わせてシャッターを切った。写真を撮るたびに、カメラの液晶やカメラと接続されたパソコンの画面に蓮見の画像が現れる。
ササキは撮れた画像を見る度、顔のニヤけさせた。その表情には驚きが混じっているように見える。どうやら撮影は順調のようだ。
蓮見の表情も、自然になっていく。作り笑いがなくなって、心から撮影を楽しむような、明るい表情になっていった。
ササキも蓮見もほとんど会話をしなかったが、二人が創る写真が、どんどん良いものになっていくのが分かる。カメラが、蓮見の輝きを引き出しているような、そんな感覚が傍から見ていても感じられる。
そして、蓮見の輝きが最高潮に達した瞬間、
パシャッパシャッ
と、ササキは二回シャッターを切った。
その後、カメラの液晶を覗き込み、その日一番緩んだニヤケ面になった。
「……うん。これでいいだろう。蓮見ちゃん。お疲れ様」
「……はい! ありがとうございました!!」
蓮見も、ここで撮影が終わることを、たった今最高の一枚が撮れたことを、何となく感じ取っているようだった。
何というか、あっという間の撮影だった。驚くほどスムーズに撮影は進み、時間にすれば30分もかからずに撮影は終わった。
しかし、ササキも蓮見もとても満足そうだった。
撮影が終わり、スタジオを出ると、もう夕方になっていた。
「今日は本当にありがとうございました」
蓮見が丁寧に頭を下げた。来るとき着ていた私服にもう戻っている。
「蓮見ちゃん、気が早いなぁ。どんな写真になるかはまだ分からないよ?」
「まあ、そうなんですけど……それでもご協力いただいたので」
蓮見はそう言ってはにかんだ。僕に依頼に来た当初から比べると、見違えるほど自然な笑顔だ。「見られるための笑顔」ではなく、ありのままの表情に見える。
あ、そうだ。とササキは思い出したように切り出した。
「今回のご依頼だけど、お渡しする形式はどうする?」
「形式?」
「SNSで使うならデータでお渡しするし、現像して欲しいならそうする。ただ、撮った画像全部を写真にするとなると、かなり時間がかかる。そのうえ報酬が高額になるかな」
蓮見は少し考え、
「……データはいただきたいです。今後の参考にしたいので。写真にするのは、最後に撮った一枚だけお願いします」
と言った。やはり、本人も最後の写真が一番よかったと感じているようだ。
ササキは眼鏡の奥の細い目を、さらに細めた。
「うん。それが懸命な判断だと思うよ。じゃあ、データと写真は完成したらシュン君経由でお渡しするね。お金は写真の出来を見てから相談ってことで」
「分かりました。では……」
蓮見は最後にもう一度一礼して、自分の家へ帰っていった。
「……なあ、ササキ」
「なんだい?」
仕事を終え、気が抜けたのか、大あくびをかましながらササキが返事をする。
「撮影、どう、だった?」
「どう、ってこれはまたざっくりとした質問だね」
ササキは億劫そうに頭を掻いた。この数分で一気に老け込んだように見える。やはり撮影とはそれなりに体力なり精神力なりをつかうのだろうか。
「……正直言ってね、今日ほど楽な撮影はなかったよ」
「楽? 蓮見の撮影か?」
「うん。前にも言ったかもしれないけど、いい写真が撮れるときって、ボクが意図してシャッターを切るというより、被写体にシャッターを切らされるのさ。一番輝くその瞬間、思わず指が反応する感じだね」
「……前に似たようなこと言ってたな」
「いつもはね、その瞬間を引き出せるようにボクはいろんな工夫をするんだ。枢木家の時の問答とか、大槻ちゃんの時の心霊写真とかね。けど……」
ササキは大きく伸びをした。背中の骨が小気味よくパキパキなる音がする。
「今回は最初から被写体が輝いていた。蓮見ちゃんがあの制服で現れたあの瞬間から。だから、ボクは蓮見ちゃんにカメラを向けて、身体が反応するままに写真を撮っていればよかったのさ」
それって、つまり……。
「それだけ、蓮見ちゃんが凄かったってことさ。久しぶりだよ。あんな感覚」
ササキはそう言って、笑った。その笑顔にはほんの少し驚きが混じっている。撮影の時、撮った写真の画像を眺めている時と同じ顔だった。
やっぱり蓮見は只者ではなかったようだ。
でも、それなら……。
「……それ、本人に言ってやればよかったのに。写真に関する持論を並べるより、よっぽどリラックスできたんじゃないか?」
僕がそう言うと、ササキは呆れたように大きく息を吐いた。
「そんなこと言ったら、彼女が意識しちゃうでしょ? 思っていることを全部伝えればいいって話でもないのさ。何事も、ね」
なんだか諭すような声色だ。子供扱いされているようで少しムカついた。
「そういうもんか」
僕がボソッと言うと、ササキはふっとため息をついた。
「分かってないなぁ」とか言われるかなと思ったら、やっぱり言われた。
「分かってないなぁ。シュン君は」
ラスト一話と言ったな。あれは嘘だ。
えー。ごめんなさい。後二話くらい続きます。
どんだけアドリブで書いてんだって話ですが、お付き合いいただければ……。




