023「夜明けを告げる声」
屋上での一件で、僕は蓮見に言いたいことをすべて伝えた。
伝わったかどうか分からないけれど、蓮見はきっと前を向けたと思う。
それに、天海さんの作品集を渡すこともできた。蓮見にとってあの「FACE」がどういう意味合いを持つか、僕には分からないけれど、絶対に蓮見を支えてくれるはずだ。
いやあ。自分で言うのもあれだけど、今回は僕、頑張ったなぁ……。
「……言い訳はそれだけかい? シュン君」
いつになく冷たいササキの視線が僕を貫く。いつもよりも顔色が悪く、いつもよりもややこけた頬。そして、にやけ面でないササキの顔はかなり怖かった。
まっすぐ見る事ができず、僕の目は激しく泳いだ。そのスピードは海を高速で泳ぐマグロを彷彿とさせるほどであった。泳ぐのを辞めると息ができなくなるあたりも状況に即してるように見える。
週末の昼下がり、僕はササキに詰められていた。
「いや、その……」
「……ボクはシュン君に何を頼んだっけ? 天海先輩の作品集の宣伝をしろって言ったかな? かっこいいセリフで蓮見ちゃんのハートをつかんで来いって言ったっけ?」
「う、うぐう……」
ササキは矢継ぎ早に答えの分かり切っている質問をぶつけてくる。
いつもの感じではなく、何となく余裕のない、疲労感交じりの話し方だ。
僕のミスにかなり怒ってるように見える。おっかねえ……。
そう、僕がササキに頼まれていたことは「ササキのもとに蓮見を連れてくること」だった。屋上で熱いセリフを言う事でも、まして自分の好きなものを宣伝することでもない。
状況に流されて、完全に失念していた。100パーセント僕の落ち度である。
ササキは淡々と僕を詰め続ける。
「はあ……シュン君の記憶力はニワトリ並みだね。三歩歩いたら忘れちゃうんだね。ちょうど性格も臆病者だからぴったりじゃないか」
「く、くそう……」
「風見鶏よろしく状況に流されちゃったってわけかい?」
「そ、そんな言い方……!」
「おや、どうしたんだい? トサカにきたのかな?」
「うぐっ……」
ぐうの音も出ない。怒涛のニワトリ攻めである。
「まあまあ、その辺にしといてやれよ」
状況を見かねた店長が助けに入ってくれた。
「て、店長~」
「それはそうと、シュン、今日のまかないは唐揚げに……あ、すまん。共食いになっちまうな」
「店長まで!」
完全に四面楚歌である。
しかし、今回ばかりは悪いのは自分だ。言われた通りのことができなかった僕の責任だ。
だからここは耐えるしかない。
不動心。不動心だ。
そう、何物にも動じない木鶏のように!!
「シュン君まで乗ってくると訳が分からなくなるよ……」
ササキが呆れたように言った。本当に疲れ切ったような声だった。
「す、すまん……せっかくお前が僕に頼んでくれたのに……」
僕が謝ると、ササキは少し表情をゆるめた。
「ま、ボクが写真を撮ろうって言ったのは、蓮見ちゃんが新しい道を見つける手助けをするためだったわけだし、シュン君の言葉で立ち直れたなら、まあいいか」
そう言って椅子にぐったりと体重を預けるササキを見ると、罵倒されているときよりも強く、罪悪感が湧き上がってきた。
……やっちまったな。
そう僕が落ち込んでいると……
チリンチリン
入口ベルの音がして、扉が半分だけ開いた。扉の透間から見慣れた顔がのぞいている。
「お、お邪魔します……あの、ササキさんいらっしゃいますか?」
噂をすればなんとやら。やってきたのは蓮見であった。
「蓮見? どうしてここに?」
扉の近くまで行って声をかける。
「あ、赤坂君! こんにちは! ササキさん来てるかな?」
「ああ、奥にいるけど……どうして急に?」
「お話、いや、お願いがあるんだ」
僕は訳も分からないまま、ササキの座る一番奥の席まで蓮見を案内し、ササキの目の前に座らせた。
急な訪問にも関わらず、ササキは落ち着き払っている。
「久しぶり……なのかな? 倒れた時以来だもんね」
「そうですね。あの時は大変ご迷惑をおかけしました」
蓮見の声も、どこか落ち着いている。
というか、肝が据わっているような印象だ。
「で、今日はどうしたんだい?」
「はい……本当に図々しいお願いだとは思っています。でも、ササキさんにどうしても頼みたいことがあるんです」
「ふーん……聞かせてくれるかい?」
「きちんとお代はお支払いいたします。だから……」
蓮見は、膝に置いていた手のひらをぎゅっと握りこんだ。そして、はっきりと言い放った。
「写真を撮ってください。私を『私』にしてほしいんです!」
その言葉を聞いて、ササキは驚いたように目を見開いた。そして、僕の方をチラリと見た。
そしておそらく、ササキの目には、ササキと同じようにびっくりしている僕の顔が映っていることだろう。
「……シュン君。君は嘘をついたのかい? 本当はボクの依頼、ちゃんと伝えていたのかい?」
「いや、伝えてない……これは……」
純粋な蓮見の意思だ。
次の「自分」を見つけるために、自ら踏み出した一歩だ。
「……あの、どうかなさいましたか?」
蓮見は少し不安げに僕らに声をかける。
ササキは、ゆっくりとかけていた眼鏡をはずし、ポケットからハンカチを取り出して拭きながら、少しきまり悪そうに言った。
「いや……少々ばつが悪くてね。……どうやらボクは君を侮っていたみたいだ」
「はぁ……」
「本当はね、赤坂君に頼んでいたんだよ。君をボクのもとへ連れてくるように。君が新しい自分を見つけるための手助けを……いや、敢えて傲慢に言えば、指導をしてあげるためにね」
「……! じゃあ撮ってくれるんですね!」
「うん。もちろんだよ」
蓮見の顔がぱあっと顔が明るくなる。
脇で見ている僕もドキっとするほど、可愛らしい表情だった。
眼鏡を拭き終えたササキは、手に眼鏡を持ったまま天井をあおぎ、煙草の煙でも吐くように長く細く息を吐いた。
「……ほっときすぎるのもいけないし、手を加えすぎるのもいけないし……教育っていうのは難しいものだね。ボクには難しすぎる」
「何を言ってるんですか?」
怪訝そうな顔をする蓮見に、眼鏡をかけなおしたササキは軽く笑いながら答える。
「いやいや、こっちの話。で、撮影はいつがいいんだい?」
「……私はいつでも大丈夫です。なんなら今日でも」
それは……いくら何でも急すぎる、と僕が口をはさもうとした瞬間。
「わかったよ。じゃあ今日にしよう」
と、ササキはこともなげに答え立ち上がった。
蓮見は少し驚いたようだったが、同じくすぐに立ち上がり、「準備があるので、一時間後にまたここに来ます」とだけ言って、店から出て行った。
「おい、大丈夫なのか? 準備とか……撮影場所とか」
慌てて僕が声をかけると、ササキはしれっと応じた。
「予定通りさ。シュン君が蓮見ちゃんを連れてくるとすればこの週末だろうからね。スタジオは抑えてある」
「でも、お前……」
「あんまりボクも体力が残っているわけじゃないからね」
そう言っていつもより弱弱しく笑うササキ。
そのやつれた顔を見て初めて僕は気づいた。
ササキの習慣。撮影前は眠らず、食事もとらないという悪癖。
今日のササキの疲労具合は、撮影前のそれだ。
つまりもともと今日、写真を撮るつもりだったということだ。
それはつまり、僕が確実に蓮見を説得し、ここまで連れてくるという一種の確信を持って準備を進めていたということになる。
「おい、ササキ……お前僕をそんなに信用してたのか?」
「……まあね。見事に裏切られたわけだけど」
うぐっ……。そう言われると罪悪感二割増しだ……。
「でも結果オーライさ。多分、この形が。つまり、蓮見ちゃんが気づいて自分から来る形が一番よかったんだと思う」
「……そうか。そうだといいな」
「うん。そういう意味では見事な手羽先……いや、手さばきの仕事だったよ。シュン君」
「……まだニワトリ引っ張るのかよ」
そんなくだらないやり取りをしながら、僕とササキは仕事の準備を進めた。
ニワトリでまだ深堀できたかなぁ……とは思っています。
もうちょっとニワトりたかった(謎)
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