019「大人げなさの罪滅ぼし」
「そんな優しいシュン君にやって欲しいことがある。蓮見ちゃんをなんとかして、もう一度ボクの所に連れてきてくれ」
ササキは真剣な顔でそう言った。
僕は耳を疑った。
ササキが、僕に、頼み事?
それも、こんなにはっきりと?
しかも、自分から蓮見を助けようとしている?
「……ヤリでも降るのか今日は」
「シュン君……流石にちょっと失礼じゃない?」
ササキが呆れて肩をすくめる。
うるさい。自分の日ごろの行いを振り返ってから言え。
「でも、どうしたんだよ? いつものお前なら絶対『写真家ほど無責任な職業はないよ』とかドヤ顔で言うはずだろ?」
「……ま、そうかもね。でも……」
ササキはばつが悪そうに首に手をやり、そしてぼりぼりと首筋を掻きながら言った。
「このままじゃあまりにも大人げないかなって思ってさ」
「大人げない……?」
うん、とササキは頷いた。
「二週間、蓮見ちゃんに時間をあげたでしょ? あれは彼女の準備のため……と同時に、ボクが彼女の求める『かわいい』写真が何なのかを調べるための時間でもあったんだ」
「調べるってどうやってだよ?」
「え? 彼女のアカウント『ASUMI』の投稿とかをチェックしたり、つぶやきを見てみたり、彼女がフォローしている他のインフルエンサーたちなんかも確認したり……」
「……うわぁ……」
ドン引きした。
ガチのネットストーカーだ。ニュースとか新聞とかで見たことあるやつだ。
いつもみんな僕を犯罪者呼ばわりするけど、よっぽどコイツの方が危険人物だろ……
「失礼な。プロ意識と言って欲しいね。ボクはあくまでクライアントの要望を確かめただけさ。シュン君みたいに欲望のままに他人のプライバシーに首を突っ込んだりはしないよ」
「失礼はお前だ……!」
よくよく考えたら、コイツ枢木の時も大槻の時もびっくりするほどしっかりクライアントの身辺調査してるよな……。
探偵気取りか?
それとも高校生に欲情するロリコンか?
はたまたかわいい女の子を付け回すストーカーか?
いや、探偵気取りロリコンストーカーという合わせ技も考えられる。
外見だけでもストレートに変人なのに、性癖がこれではまさしくロイヤルでストレートにフラッシュな変質者だ。
とっとと通報してやろうかとも思ったが、コイツの話を聞いてからでも遅くはないと思い返し、僕は続きを促した。
「……で、二週間で何か分かったのか?」
ササキは細く長く息を吐いた。
辛そうな、哀れむような、苦し気な溜め息だ。ひどく真剣な空気が立ち込める。
「……シュン君だって今なら分かるでしょ。蓮見ちゃんの求める『かわいい』から、彼女は時を経るごとにどんどん遠ざかってたんだよ」
「……それは」
「見れば見るほど彼女は自分の思い描く『かわいい』自分と違う姿になってしまっていた。それは努力や根性でどうにかなるような問題じゃない。単純に成長しただけ。人間として、生物として当たり前の出来事が、彼女の生きる拠り所を蝕んでいたと言えるだろう。この時点で、ボクは悪い予感がしたんだ」
つまり、それは。
蓮見の、文字通り身を削る減量のことだろう。
異常ともいえる、間違った方向の努力のことだろう。
「二週間たって、蓮見ちゃんを見たとき、予感が的中したことが分かった。届かない自分の理想に、無理やり自分をめり込ませようとして、彼女の身体はひどく不自然で、不安定になっていた。これではとてもじゃないが、彼女の求める『かわいい』写真なんて撮れない」
「……」
「仮に、ボクが上手いこと彼女の求める写真を撮ったら、撮れてしまったら、彼女はこのまま突き進んでしまうかもしれない。身体も心も、ボロボロになって、擦り切れてなくなるまで『かわいさ』を求め続けてしまうかもしれない。そんな危うさがあったのさ」
「……だから、撮らなかった、と?」
「……あの時も言ったけど、ボクは初めから失敗すると分かっている依頼を引き受けるほど落ちぶれちゃいない。あの時の判断は間違ってなかったと今でもはっきり言えるよ」
ササキの言葉は穏やかだが、芯があった。プロとしての矜持を語るときのササキはブレがない。僕が何を言っても通用しないだろうと感じさせる強さがあった。
「……わかったよ。でも、それならなんでもう一度蓮見の写真を撮りたいなんて言うんだ?」
「……本多さんに怒られちゃったからね」
「あ……」
本多先生の言葉。
蓮見が倒れて、救急車で運ばれる直前、本多先生がササキに言ったこと。
おぼろげながら、僕も覚えていた。
『こいつらはまだまだ子供なんだ。正しいだけじゃダメなんだよ。大人なんだからちゃんと考えろ』
「無理やり現実を突きつけて、拠り所を粉々にしておいて、『さあ、次の自分を見つけろ』……なんて、ちょっと大人げないなと考え直したのさ。本当は自分で見つけるのが一番なんだけどね」
ササキはそう言って手のひらを上に組んで伸びをした。
その動きは少し不自然で、表情をごまかしているかのようにも見えたし、照れ隠しのようにも見えた。
「……つまり、お前は、蓮見の……」
「新しい魅力の入り口を探してみよう……って感じかな。写真を撮りながら、ね」
ササキは、どこかたどたどしく言った。やっぱり声には照れが混じっているように聞こえる。
もしかすると、コイツは人のために素直に何かをするのが単純に恥ずかしいだけなのかもしれない。
だとしたら、随分ややこしい思春期の拗らせ方をしたものだ。
悪い事してるわけじゃないんだから、堂々としていればいいのに。
なぜだか分からないが、口元ににやけが走った。
「……なんだいシュン君。ニヤニヤ笑って……気持ち悪さに拍車がかかってるよ?」
「べ、別に? お前にもかわいいところあるなと思ってな」
「ん? ボクはいつだってゆるふわ愛されキャラだよ」
「いや、それはない」
お前はなんか「ゆる不和」って感じだ。
「とにかく。できるだけ早く蓮見ちゃんを連れてきてくれるかな」
「いけるかな……アイツ素直に来てくれるか分かんないぞ? お前も言ってたけど周囲との摩擦とかもあるだろうし、自分の中でまだ踏ん切りついてないかもしれないし……」
僕がそう言うと、ササキはびっくりするぐらい気軽に「ま、大丈夫でしょ。シュン君だし」とだけ言った。
どこから来るんだその信頼感……。
まあ悪い気はしないけど……。
ササキは僕の方をまっすぐ見て、不敵に口角を上げていった。
「じゃ、頼んだよ。シュン君」
……ニヤリと笑ったササキのいつもの表情を見て、少しだけ、ほんの少しだけ、喜びなのか安心なのか、そんな感じのものが心の中で広がってしまったことは、一生コイツには言わないことにしようと思う。
019はめちゃくちゃ書くの難しかった……個人的には「ゆる不和」が気に入ってます。
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