018「珍しくわかりやすいリクエスト」
長らく更新が遅れて申し訳ありません……
本多先生が蓮見(とついでに僕)に弁当を作り始めてはや二週間が経過した。
店長のまかないと本多先生の弁当。一日二食が確約されているという僕にとっては夢のような日々だ。食費が浮いたことによって「アマミ・ショック」と命名された僕の真っ赤な家計簿は、徐々にその赤の濃度を下げ、歴史的飢饉は一応の収束をみることとなった。
二人の料理の腕前は甲乙つけがたいのだが、店長の料理はまさしく「男!」といった感じで、量も味付けも大変大雑把だった。暴力的な旨味と栄養を摂取できる代わりに、あらゆる生活習慣病のリスクも引き受けなければならない、ハイリスクハイリターンな献立はまさしく「男らしい」料理と言えるだろう。慢性的に栄養失調だった僕にとって、こうした料理は大変ありがたかった。
一方で本多先生は大槻をして「『女子力道』永世名人」(多分大槻は将棋も詳しくないのだろう)とまで言わしめた男である。弁当箱という量や質の制限を受けるフィールドにおいてなお、ありとあらゆる食材や調理法を駆使してバランスの取れたメニューを構築してくる。揚げ物に使う油や、サラダにかかるドレッシングなどもカロリーの計算に入れつつ、見た目まで色鮮やかに仕上げるその職人芸は、同僚の家庭科の先生が呆れかえるほどであった。彼の弁当のPFCバランスを三角グラフ化すれば、ピタゴラスもうっとりするような美しい正三角形が完成することだろう。
双璧をなす二人の料理を食べているうちに、僕の身体はみるみる健康となった。空腹から来る頭痛もなく、夜もぐっすり眠れる。脳に糖分が送れるおかげで勉強もはかどる。順風満帆とはまさにこのことだろう。バイト中に窓に映る自分の姿も心なしかがっしりしているように見える。
しかし、しかしだ。
このまま運動もせず、自堕落に二人の料理に舌鼓を打っていては、僕はぶくぶくと太ってしまうのではないか?
というか、既に太り始めているのではないか?
僕が筋肉だと錯覚しているこの身体の重みは脂肪の塊が内臓に付着しただけなのかもしれない。筋肉も脂肪にも縁のない世界で生きてきた僕はその二つの違いをうまく理解できていない可能性が高い。
今では若い世代のメタボリックシンドロームも目立つと聞く。治療には多額の医療費が必要であるとも聞いている。「太りすぎて困る」なんて、万年食費に悩んでいた僕にとってはライトノベルばりにファンタジーな世界だったが、急に現実感が出てきた。
いかん。早急に対策を立てねば!!
「ダイエット……してみるか……」
「……シュン君。人は痩せても顔のパーツが整ったりはしないんだよ?」
僕のつぶやきが聞こえていたらしい。バイトにいそしむ僕の姿を、喫茶クロワッサンの奥の席で見物していたササキは、僕に哀れむような視線を送った。
「うるさい! 僕は別に自分の顔面偏差値に期待なんかしてない!」
「……ボクから振っといてなんだけど、言ってて悲しくならないのかい?」
ササキが呆れはてたように言った。
言うな。僕も自分の発した言葉に打ちのめされたところだ。自分の拳でアッパーカットである。
「……いいんだ。僕、偏差値は高いし。学年一位だし」
「こんなにみじめな成績自慢聞いたことないよ……」
ため息を一つついて、ササキはまた本を広げた。積んである本はササキにしては珍しく、写真集ばかりだった。しかも内容はイカした男女が室内でポーズをとるものが多い。なにか人を撮る仕事の予定でもあるのかもしれない。
「……そう言えば、蓮見ちゃんの調子はどうだい?」
いつも通り店内にほとんど客はおらず、店長は買い出しに出かけていたため、店内は僕とササキしかいなかった。僕がカウンターを拭いていると、ササキはさりげなく、しかし、ややわざとらしさが残るさりげなさで(つまりはとても不自然に)蓮見のことを聞いてきた。
「別に。最近はあんまり会ってない。本多先生の弁当はちゃんと食べてるみたいだ。少しずつまともな生活に戻りつつあると思うぞ」
「戻りつつある、か」
ササキは僕の言葉に引っかかりを覚えたようだ。本から目線を外して天井をぼんやり見上げながら続けた。
「蓮見ちゃんにとっては……『戻りつつある』、というより『変わりつつある』って言った方が正しいね」
「かわいい男の娘」を諦めて、「普通の男子高校生」に。
その変化は、蓮見にとってはきっととても大きいものだろう。
「そう……かもな。でも、仕方ないだろ。アイツの身体が女の子みたいな恰好を許さなかったわけだし、無理して痩せようとしたら本当に壊れてしまう。蓮見は自分に合った良さとか、拠り所みたいなものを見つけないといけないだろ」
「そうだね。ボクもそう思う」
でも、とササキは言葉を切った。
「蓮見ちゃんのその変化を、周囲の人間はどう思うかな?」
蓮見の……周囲?
「……どういうことだ?」
「蓮見ちゃんが新しい魅力を自分に見つけるのは必要なことだ。でもそれは彼女自身の問題で、それを見ている周りがどう思うかってことだよ」
ササキは本を閉じて、僕の方を見て言った。大きな眼鏡でよく見えないが、真面目な表情をしていることはなんとなくわかった。
「変わることはいつだって難しい。自分を変えるだけでも相当な労力なのに、周りを納得させるなんて、さらに大変なことだ。今までは『かわいい男の娘』としてやってきた子が『普通の男子高校生』になる、なんてすんなり受け入れられるかな?」
「……難しい、かもな」
一部始終を知っている僕らならともかく、何も知らないクラスメイトからすれば、蓮見の変化には戸惑いを隠せないだろう。蓮見の変化に、拒否反応が起こってしまうことも想像できる。
「……蓮見ちゃんは今も女子用の制服で登校しているのかな?」
「ああ……そう聞いている」
「そうかい……もしかすると、今あの子はかなり苦しい状況にいるかもしれないね。今までの自分と、これからの自分。それと周囲とのギャップに擦り切れそうになっているかもしれない」
「……」
蓮見のことを考えてみる。努力家で、自分を必死にかわいいに押し込めて、それを自らの身体に拒否されて……苦悩の末に新しい自分になるために踏み出した一歩が、周囲の人間との摩擦を生んでしまう。
それは……想像するだけで辛すぎる。
「……なあ、ササキ。僕にできることはないのかな?」
「……君ならそう言うと思ったよ。本当に、シュン君は優しいね」
「うるさい。僕は優しくないし、優しいは褒め言葉じゃない」
いつも通りのやり取りだ。僕は心が少しだけ冷えていくのを感じた。
きっとこの後、ササキは「求められたことだけをすればいい」というだろうと思った。
蓮見が、本当に助けを必要とするなら声を上げるはずだと。
その時に手を差し伸べればいいと。
こちらからわざわざ介入するのは越権行為だと。
きっとササキならそう言うだろうと思った。
だから、ササキの次の言葉には心底驚かされた。
ササキは僕の方をまっすぐ見ながら、いつになく真剣な声でこういった。
「そんな優しいシュン君にやって欲しいことがある。蓮見ちゃんをなんとかして、もう一度ボクの所に連れてきてくれ」
主要人物の変化、みたいなところも楽しんでいただければ幸いです。
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