017「女子力の権化」
それからしばらく、本多先生は蓮見に毎日弁当を作り続けた。
献立は蓮見の体調に寄り添ったもので、最初は流動食、三日目以降は段々と固形物が混ざるようになり、一週間も経つと、いわゆる「一般的な弁当」になっていた。
「一般的な弁当」といっても、流石は管理栄養士の国家資格を持つ本多先生である。彼の弁当は、栄養バランスはもちろんのこと、色合いや食材の歯ごたえまで、様々な部分に工夫がなされていた。
また、本多先生は、家でも健康的な食事がとれるようにレシピを渡したり、蓮見用の運動プログラムや、良質な睡眠を補助するアプリなども蓮見に紹介していた。
「そんなことになってたんだ……流石ぽんちゃん……」
ある日の昼休み。僕の説明を聞いて、大槻は少し引きつった笑いを浮かべた。目の前には自分の弁当を広げている。
「ああ、でも流石にやりすぎだよな。いくら生徒指導の一環って言っても毎日弁当作ってるなんて、他の生徒にしれたら問題になりかねないよ。一応このことは黙ってろよ?」
「言わないよ、そんなこと。でも、なんか、ぽんちゃんなら問題になってもうまい事切り抜けそうだよね」
大槻は、そう言って今度は楽しそうに笑った。
ちなみに、「ぽんちゃん」は本多先生の生徒間での愛称である。
大槻には蓮見の一連の出来事については説明した。蓮見のパーソナリティーに関わる部分はできるだけ避けて、伝えられる事実だけを話した。
蓮見が栄養失調で倒れたこと、幸い大事には至らなかったこと、体調をもどすために本多先生に協力してもらうこと……。
「……なんにせよ、ぽんちゃんがいてよかったね」
「ああ本当に、稀有な存在だよ。よくも悪くも」
「だねー。……ところで、赤坂君そのお弁当ってもしかして……」
大槻はおずおずと僕の机に広がっている弁当を指さした。弁当屋で売っているような使い捨ての容器に、色合い鮮やかな料理と、純白の米が半分ずつ敷き詰められている。見ているだけで涎が出てくる、旨そうな弁当だ。
「ああ、これか? これは本多先生の作った弁当だ」
「なんで!?」
「え? 本多先生が一人分も二人分も変わらないとか言うから……」
正直、僕の栄養不足も蓮見とほとんど変わらない。僕の金欠から来る慢性的な食糧不足を知った本多先生は、いつの間にか僕の分の弁当まで作ってくれるようになっていた。
現状、僕は本多先生と店長の二人から安定して食事をいただくことができ、「一日二食」という近年まれに見る豪華絢爛な食生活を送っている。
「こんな贅沢……僕はなんて幸せなんだ……」
「赤坂君、赤坂君、最近の人類は大概一日三食食べるよ?」
大槻が引いている。
いや、流石に知ってるよ? 僕だって普通の生活してた時期あるし。
「まあ、ともかく。今はこの弁当のおかげで大分楽させてもらってるよ。これで僕も健康優良児の仲間入りだ」
「……ふーん。ふーん、あーそーですかー」
ちょっと不機嫌な顔になる大槻。
「どうした? ふくれっ面して」
「べっつにー。ぽんちゃんの美味しーいお弁当食べれてよかったねー」
ちょっととげとげしい言い方だ。何か僕に落ち度があっただろうか。
……もしかして、羨ましいのか? この弁当が。
こいつめ、自分もうまそうな弁当持ってるくせに、僕の弁当まで欲しがるなんて……。この食いしん坊め……。
「大槻」
「……なにさ」
「……そんなにお腹空いてるのか?」
「ひっぱたくぞ」
「なんで!?」
明らかな作り笑顔に、箸を握りこむ拳。その拳の硬さでは「ひっぱたく」というよりは「ぶん殴る」の方が適切に思えた。
なんだか大槻の逆鱗に触れてしまったらしい。
怒りを鎮めるためにはいたしかたあるまい……。
「ご、ごめん! この煮物を少し分けるから許してくれ!」
「違う! 別にお腹は空いてない!!」
「何?! じゃあ、このきんぴらごぼうで勘弁してくれ!」
「違う! 献上するメニューに不満があるわけじゃない!!」
「くっ……かくなるうえは……メインディッシュの唐揚げでどうだ!!」
「ねえ、私の話聞いて!! わざとやってるでしょ!?」
バレたか。
大槻はノリがいいからつい悪ノリしてしまう。大槻は僕がボケに回れる数少ない存在だが、少々調子に乗ってしまったようだ。
「はーあ……せっかく……」
「ん? どうした?」
「……何か色々めんどくさくなってきちゃった。ね、やっぱり唐揚げ、食べてもいい?」
「お、おう。いいぞ」
大槻は握りこんでいた箸をそのまま僕の弁当箱の唐揚げに突き刺し、荒々しくワイルドに貪った。
そして、食べた瞬間、大槻の目からハイライトが消え、虚ろな表情となった。
その表情はどう考えても、美味しい料理を食べたときのリアクションじゃないような気がするんだが……。
「ど、どうした?」
「……あー美味しいわー。腹立つくらい美味しいわー。私の中で築き上げてきた『女子力』が音を立てて砕け散ったわー」
「……そんなにか」
大槻は背もたれにぐったりと体重を預け、天井を見つめた。
なんか打ちのめされたボクサーみたいだ。
「ぽんちゃん、いや、本多先生、いや、本多師範は『女子力』の権化だね。私程度の小娘では師範の『女子力』には遠く及ばないよ……」
六十を過ぎたおじいさんが女子高生よりも高い『女子力』を持つとは……。
『女子力』という単語の持つ不可解さに首をひねらざるを得ない。
師範とか言っちゃってるし。
大槻はガタンと席を立った。そして、まだ中身が残っている自分の弁当をそそくさと片付けてしまった。
「赤坂君」
下を向いたまま大槻は僕の名前を呼んだ。その声は小さいながらも決意に満ち溢れていた。
「お、おう。なんだ?」
「私、未熟だったよ。私はこれから旅に出ます」
「な、何の旅だ?」
「『女子力』道を磨くための旅に!!」
そう力強く宣言し、大槻は走り出し、一瞬で教室から出ていってしまった。
「……『女子力』道ってなんだよ」
僕のつぶやきは、誰にも聞かれずに空しく消えて行った。
ほとんど本多先生の話しかしてねえな……。
次回からはちゃんと物語進みますので、ついてきていただけると幸いです……。
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