012「努力の行方」
それから、昼休みが終わるまでに簡単に明日のことを確認すると、蓮見は自分のクラスに帰っていった。その足取りはおぼつかない感じがする。
「あいつ、大丈夫かよ……」
「うーん、あすみんはたまにあんな感じになるけど、今回はちょっと過激だね……」
「そうなのか……それだけ今回の撮影にかけてるってことなんだろうな……」
「どうしてそんなに……っていうのは聞かない方がいいよね?」
「そうだな。流石に依頼人の動機はペラペラしゃべれない」
「だよねー。まあ、ササキさんなら多分うまくやってくれるでしょ」
大槻はそう言った直後、眉に皺をよせた。どこか悲し気な、哀れむような表情だった。
「……でもさ、今回の撮影が終わっても、あすみんは『かわいく』あり続けようとするよね。仮に最高な写真が撮れたとしても、あの子が『かわいさ』を求める限り、お腹いっぱいご飯を食べたり、力いっぱい運動したり、そういうことはできない……のかな」
それって、なんかとっても……。切ないよ。
消え入りそうな声で、大槻は言った。
「……理想の自分を求めて努力するのは、誰でもやってることだろ。別に、悪い事ことじゃないと思うけどな」
「……それはそうなんだけどさ……でも……うーん」
大槻はうーんとうなりながらしばらく頭をひねっていたが、しばらくして、
「ごめん。言葉にならないや……」
と力なく笑った。
「そうか……そろそろ授業始まるな。席戻れよ」
「そうだね……ねえ。赤坂君」
「なんだ?」
椅子から立ち上がり、大槻は僕の方をまっすぐ見て言った。
「あすみんのこと。よろしくね。私の時みたく、寄り添ってあげてね」
「……僕にできる事なんてほとんどないぞ」
「それでも、だよ。お願い」
いつになく真剣な声に、僕は少しだけ気おくれした。
大槻は何を心配してるんだ? 僕に何ができるっていうんだ?
「……わかったよ」
僕がそう応じると、大槻は少し安心したようににっこり笑って、自分の席に戻っていった。
そして、翌日。
その日はきれいな秋晴れとなった。
こんなに天気のいい日に室内に閉じこもるなんて、ほとんど犯罪と言っても差し支えない。そんなうららかな天気だった。
そして、そんな日に限って「喫茶クロワッサン」は謎の盛況を見せる。ほとんど常連客だが、珍しく十数人お客が入れ替わりやってきた。そしてどのお客もほとんど書類送検くらいは経験していそうな怪しげな見た目の者がほとんどだ。
テーブル席の一番奥で大量の本を重ねるササキのことは今更特筆することもないだろう。当店の汚いインテリアとして常連の中では有名人である。だが、それ以外のメンツもかなり味が濃い。
ある者は限りなく黒に近い茶色に変色した文庫本を食い入るように読んでいる。
ある者は予想外にうまい店長のコーヒーを胃に穴が開きそうなほど飲んでいる。
またある者は白紙の原稿用紙を親の仇のようににらみつけ、なにやらうんうん唸っている。
そしてまたある者はパイプをふかしながら、店長と「禁煙ファシズム」について討論、というか世にはびこる禁煙の流れを一方的に糾弾していた。
そんな様子であるから、新規のお客は、やって来ても数分で席を立つことが多い。数十分、又は一時間以上この店に居座ることができるのは相当な胆力をもった人間であり、そんな人間もまた既存の常連客と同等、もしくはそれ以上の変人であることは間違いない。ゆえに、ゆっくりとしかし着実にこの店の変人度は濃度を高めているのであった。
そんな異様な店内に現れた蓮見はまさしく掃溜めに鶴、地獄に現れた堕天使であった。
「……おお。来たな蓮見。待ってたぞ」
「ごめんごめん。ササキさんいる?」
「ああ、奥にいるぞ。こっちだ」
金髪のウィッグは装着済み。短めのスカートから伸びる足は僕と同じ性別とは思えないほどに細く、白いTシャツから伸びた腕はシミ一つない。顔には軽く化粧がほどこされていて、顔色は明るい印象だ。パッと見て蓮見が男であると気づくものは一人もいないだろう。
そして何より、「見られることに対する意識」が最大限まで高まっている。もともと存在感のあるやつだが、今日はさらに洗練されているような気がする。蓮見の一挙手一投足に、店内のお客の全員が静かに注目しているのを感じる。
厳しい食事制限を乗り越えて身体を仕上げ、撮影の準備は万端。
そんな蓮見に、僕も少し見惚れてしまった。
蓮見をササキの前に座らせると、ササキは本から目を上げて、ニヤリと笑った。
「……やあ。よくきたね。蓮見ちゃん」
「おまたせしましたササキさん。二週間できっちり準備してきました」
蓮見の声にはどこか自信がみなぎっていた。それも頷ける。蓮見の努力は(方法はともかく)僕も知る所だったし、この撮影にかける思いは痛いほど伝わってきていた。たった数日断食しただけでおかしくなってしまいそうだった僕からすれば、二週間にわたって何も食べず、体型をコントロールしてきた蓮見の精神は、あっぱれとしかいいようがない。
「確か、今日の私の様子を見て、撮影できるかどうか判断してくださるんですよね?」
「うん。そうだよ」
「……どう、ですか?」
蓮見の表情に少しだけ緊張が走る。テーブルの上の手がぎゅっと握られる。ササキはじっと蓮見の顔と身体を見た。値踏みするような視線だが、いやらしさは不思議となかった。「写真家」の視線にさらされ、蓮見はますますその表情をこわばらせた。
蓮見の緊張とは裏腹に、僕はさほど心配はしていなかった。
心配はいらない。きっとお前の努力は伝わるはずだ。ササキはひねくれてはいるが、誰かの思いを無下にあしらったりしない。
憎たらしいことに、僕はササキのそういう部分は認めていた。
蓮見がどれほど強い思いでこの依頼のために準備してきたかを見抜けないはずがない。どんな時でも、相手の気持ちを汲み取る奴だ。今までだってずっとそうだった。
だから……。
「ダメだね。今の君を撮る気にはなれない。この依頼はなかったことにしてくれるかな」
そうササキが返事をしたとき、僕が受けたショックは、もしかしたら蓮見と同じか、それ以上かもしれない。
いつもより人が多いはずの店内で、ササキの声はひどく大きく響いたように思えた。
やっと物語が進みます。ちょっとシリアスが続くのですが、お付き合いいただけると幸いです。
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